隠れオタでもいいじゃないか

主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。  あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。

「それは舞い散る桜のように完全版」2008年10月30日発売

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CLLANAD 一ノ瀬ことみSS 〜その二人、バカップルにつき〜
  CLANNAD 一ノ瀬ことみSS 
    〜その二人、バカップルにつき〜



 さんさんと降り注ぐ日差し。耳障りになるほどの蝉の声が輪唱に継ぐ輪唱を重ね、そろそろ殺意が芽生えそうになるのだが、まあ手を下すまでもなくすぐにお陀仏の時間なので情状酌量の余地はあるかもしれないなあと意識もうろうに考えてしまうほどの猛暑。
 人間は27度を超えるとアイスがほしくなるとかそんなことを聞いたことを思い出した藤林杏。ちなみに今現在アイスを食べながら水を張ったバケツに足を突っ込んでいるのだった。
「それにしても水に足つけるだけでも大分変わるものね。日陰に入れば風も気持ちいいし」
「ええと……」
 そんな姉の言葉への返答を詰まらせるのは妹の藤林椋。こちらも姉同様にアイスとバケツを使用しているのだが、表情はリラックスしている様子ではなく、逆に困惑しているように見える。
「こんな暑い日に学校に来させるなんてふざけてると思ったけど、これはこれでいいものね」
「で、でもちゃんと進路調査書を出してれば来なくて済んだんじゃ……」
「仕方ないじゃない。最近ことみのことで忙しかったのよ」
 その話は終わりだと言う様に手をひらひらと振る杏。確かに直ったバイオリンを取りに行ったり二回目のコンサート(という名の徴兵)を行なったりテスト勉強会をしたり演劇部を手伝ったりとかなり濃い毎日だった。受験生とは言いがたい日々だったけれど、そのメンバーは必死に勉強して大学に行くとうわけではない。意味合いとしては各々異なるのだが、ともかく充実した時間を過ごしていた。そのせいで夏休みに入るまで進路調査書を出し忘れていたというわけだ。
「ま、ことみが楽しんでたから良かったわ」
「うん。バイオリンちゃんと渡せたもんね」
「まさかあんなにカンパが集まるとは思わなかったわよ。ことみも随分慕われてるのね」
「あ、あはははは……」
 募金という字に脅迫というルビを振らせる姉の手腕を知る妹としては、手放しで喜ぶことが出来ない椋であった。
「そうねえ、今度はちゃんとバイオリンの勉強させたほうがいいかしら。どうせあのこのことだから時間は余ってるだろうし――――なんか風が弱くなってきたわね」
 そう杏が呟くと、先ほどまで髪を揺らす程度だった風が途端に扇風機並みの風量まで上がった。別に杏の言葉が言霊を持つだとか、風を起こすことが出来るだとか、ましてやどっかの女子高にいるゴドーワードの使い手だというわけでもない。
 ただ目下の人間を扱うのに長けているだけだ。
「それって僕のことですかね……」
「あれ? 自覚なかったんだ。あんた意外に誰がいるのよ」
 金髪の男子生徒を小間使いのように扱う杏、その姉と下僕のように扱われる不良生徒とをおろおろと見比べる椋。そして両手に団扇を持ちながらも自身を扇ぐことの出来ない春原。この三人が現在中庭にいる人間であった。
「にしてもこのアイス味は確かにいいけど量がいまいちね。あっ、別に椋のことを言ってるわけじゃないのよ。私が言ってるのはこのアイスが少ないってことだからね」
「う、うん。分かってるから」
「これだけで私を満足させようだなんて……いったい誰がこれ選んだのよ」
「あんた……人に買ってこさせておいてふざけたことぬかしやがりますね……」
「――はぁ?」
「ひぃっ」
「あんたさあ、勘違いしてない? 私は、あんたに、買ってこさせてあげたのよ? それともなに、まさかボタンにした仕打ちを忘れたわけじゃないでしょうね?」
「はははいっ!! もちろん覚えてますっ!!」
「それならいいんだけどさ。でもそれにしては気が利かないわね。まさか一個ずつしか買ってこないなんて思わなかったわ」
「で、でもですね、その……お金のほうが……」
「お金ならちゃんと渡したでしょ? 二人合わせて二百円」
「そのアイス一個が三百円もするんすけど……」
「あんた馬鹿ぁ? そこを何とかするのが男の甲斐性ってもんでしょうが。それに世の中にはお金も渡さずに買いに行かせる人間もいるのよ? それに比べたら二百円も払ってるんだからありがたいと思いなさいよ」
「お、お姉ちゃん。マンガと比べたら駄目だよ……」
 姉が映画のときだけ人が良くなるガキ大将のようになってしまうのを恐れる妹だったが、『利用できるものは自分だけではなく、他人にまで利用させる』をモットーとする姉に対しては言うだけ無駄である。
「というわけでさっさと行って来なさい。今度は三十種類以上あるとか自称してる店でいいわよ」
「それってかなり遠いですよね……」
「うん。溶けないうちに頼むわよ」
「あんた鬼ですね……」
「わ、私は一つで十分だから。二つも食べたらお腹痛くなっちゃうし……」
「あんたのせいで椋の体調が悪くなったら殺すわよ」
「もう無茶にもなれました……」
 そんな会話もいつものこと。杏が春原に重めの突っ込みを入れるのは普段どおりであり、妹が慌てながら止めに入るのもまた普段どおりである。
 ただそこにツッコミを入れる人物が一人足りないのを除いて。
「ったく、第一なんで岡崎を呼ばないんだよ。最近バイトしてるみたいだから僕よりあいつのほうが金持ってるよ?」
「へー、あいつバイトなんかしてたんだ」
 意外そうに声を上げる杏に、これまた意外そうな表情を浮かべる春原。
「知らなかったのか? 芳野――四月の終わりぐらいに知り合いになった人のところで電気工のバイトだかなんだかって言ってたけど……もしかして杏が不機嫌なのってそのせいだったりして」
「……どういうこと?」
「岡崎がバイトで忙しいせいでなかなか会えなくて、そのせえぶしっ!!」
 最後まで言い切るまえにその首は真横に向いていた。無論意識的にそうしたわけではなく、外部からの刺激のためである。
 奇声を発しながら地に伏した春原の顔に張り付いたのは、全千七百項以上にも及ぶ国語辞典であった。
「――って何すんだよ!!」
「ゴメンゴメン、ちょっと手が滑ったの。それで今なんて言ったの? ちょっと飛行機がうるさくて聞こえなかったわ」
「どんな手の滑り方だよ……だから、杏が不機嫌なのは岡崎が――」
 奇声を発するまもなくノーモーション、加えてゼロ距離から放たれたのは最近では使うこともめっきり少なくなった英和辞典。
「岡崎が――」
 四字熟語辞典。
「岡――」
 漢字字典。
「お――」
 古語辞典。
「――」
 漢和辞典、英英辞典、独和辞典、中和辞典、仏和辞典、蘭和辞典、伊和辞典などなどなど。
「お、お姉ちゃん……? それって必要なの?」
「備え有れば憂いなしって言うでじゃない。それに、こういうときに役に立つでしょ」
 辞典に埋もれた物体を指差しながらそう言い切る杏に、椋は溜息をつかずにはいられなかった。
「あ、あんた……殺す気ですか……?」
「あら、案外早く復活したわね」
「死んだ爺さんに腕を引っ張られるとは思わなかったけどね。つーか僕じゃなかったらやばかったぞ」
「あんたじゃなかったらやらないわよ」
「お姉ちゃん……」
 やんわりと姉を窘めるものの、椋が春原に謝罪することは絶対にない。彼女の中でのヒエラルキーは、杏=朋也>姉よりも発達した胸囲>トランプ>占いの結果>お気に入りのリボン>その他私物>ボタン>||超えられない壁||>両親>=友人 で既に固定されており、ランク外のものは無価値同然。無論のこと春原も同様であり、朋也と一緒にいないのであれば塵ほどの価値も持たないのである。
「あんたら最悪だよ――って、うん?」
 愚痴を呟いていた春原であったが、ふと校門のほうに人影があるのに気がついた。目を顰めて手でひさしを作る。つられて杏、椋の二人もその人物に目をやった。
「……なんだかあの子を見たとたんに気分が悪くなってきたんだけど」
「そりゃあんたの馬鹿で低脳な頭じゃあの娘の半径十メートルには近づけないでしょうね」
「あん? それどういう意味だよ?」
「頭のつくりが違うってことよ。ていうか近寄らないでよ。ヘタレ菌が移るから」
「誰がヘタレだよ!?」
「あんたに決まってるじゃない」
 そんな会話をしているうちに、その話に上がった少女が三人の姿に気がついた。進行方向を変え、ぽてぽてと小走りに駆け寄ってくる。
「やっば、可愛すぎでしょ……」
「……話には聞いてたけど杏ってバイ――」
「なんか言った?」
「い゛え゛……ずみばぜんでじだ」
「ん、よろしい」
 そんな二人を尻目に少女は椋の前まで駆け寄り、手を前にそろえて行儀良く頭を下げた。
「杏ちゃんこんにちわなの」
「やっほーことみ」
「椋ちゃんもこんにちわなの」
「こんにちはことみちゃん」
 頭を下げあう少女二人。ただ杏と椋の足はバケツに入ったままである。
 リプレイをするかのように寸分たがわぬ動作で頭を下げることみ。相変わらずの仕草であったがそこもまた魅力である。
「うひょー可愛いじゃん。君名前なんていうの?」
「珍しいわね。今日は朋也と一緒じゃないの?」
「朋也君は夕方までアルバイトなの」
「え、朋也の知り合い? そっかー、僕岡崎の友達なんだ」
「ことみちゃんは学校に何か用事ですか?」
「図書室にご本を読みに来たの」
「ねえ今暇だったりする? 僕さあこの前面白い店見つけたんだ。よかったら一緒にどう?」
「杏ちゃんたちはどうして学校にいるの?」
「あー、実は進路希望の紙出し忘れてて、担任に呼び出されちゃったわけよ」
「私はお姉ちゃんの付き添いです」
「あの〜? もしも〜し?」
「にしてもことみも暇ねえ。もしかして一日中本読んでるんじゃない?」
「そんなことないの。朝は朋也君のお弁当作ってたの。そのあとお家の掃除をして、お昼ご飯を食べたの。今日は夏らしくうなぎを入れてみたの。うなぎはビタミンB1の不足を助けてくれるからおすすめなの」
「そうそう。それに意外と簡単にできるのよね。でも最近ちょっと高いからねー」
「あんたら人のこと無視しすぎですよ……」
「あら、あんたまだいたの?」
「いたよっ!! ていうかさ、この娘さあ杏の知り合い?」
「知り合いっていうか友達ね」
「うげ、杏のつれかよ……でもけっこう可愛いし……岡崎のことも知ってるみたいだし……」
「あんた何ぶつぶつ言ってんのよ。いくら人間失格だからって他の人に迷惑かけないでよね」
 実際かなり辛らつな台詞なのだが、既に自分の思考に入ってしまっている春原に聞こえようもなかった。
「よっし決定。ねえ君、岡崎の知り合いだよね?」
「朋也君?」
「そうそう、僕はその朋也クンの親友なんだよ」
 小首を傾げることみのリアクションにぐっと右手を握る春原。確かに『会話に興味を持ってもらう』というナンパの第一段階は突破したのだが、どうしようもなく報われないのが春原たる所以である。
「こんにちは、はじめまして。3年A組の一ノ瀬ことみです。趣味は読書とお料理とバイオリンです。もしよかったら、お友達になってくれると、うれしいです」
「ことみ……あんたまだその挨拶なの?」
「???」
「ま……ことみらしいからいっか」
「私も可愛らしくていいと思いますよ」
 二人に誉められて顔を赤らめることみ。その無垢な笑顔に同性であっても引き込まれてしまう二人だった。しかし残念ながら残りの異性に対しては効果がなかった。
「おおおい杏……なんで一ノ瀬ことみがここにいんだよ……」
「何でって、友達だからに決まってるでしょ。っていうかあんた顔真っ青じゃない。もとから変な顔がどうしようもないくらい変になってるわよ」
「余計なお世話だよっ!! 大体僕はこいつにウマシカがあるからあんまり話したくないんだけど」
「馬鹿はあんたよ。第一こんな可愛いことみのどこが怖いのよ。ね〜」
 ぎゅっとことみを抱きしめる杏。この暑い中くっ付くのはどうかと思うのだが、ことみはそんな些細なことは気にならないほどの魅力を持っているのである。
「どう見たって僕や岡崎とはそりが合わなさそうじゃん」
「え……でも岡崎君とことみちゃんは……」
「とっても仲良しなの」
 春原の言葉に首を振り、強めの口調で否定することみだったが、春原は馬鹿にしたように鼻で笑い取り合おうとはしなかった。
「そんな嘘言っちゃって。僕は岡崎のことなら何でも知ってる言わば親友なんだぜ。その僕がお前のことを聞いたことがないんだから。どうせならもっとバレ難いウソにしなよ」
「そんなことないの。朋也君と仲良しなの」
「っていうか岡崎のこと名前で呼んで馴れ馴れしいんじゃない? なんか自分のものだ〜って主張してるみたいだぜ?」
「朋也君は私のものじゃないの」
「だろうね。さすがにそこまで図々しかったら終わりだよ」
「……私が朋也君のものなの」
「…………」
「…………」
「ことみ、あんた結構大胆なこと言うのね」
 いろんな意味で固まった二人。言ったことみ自身も杏に指摘され真っ赤になっていた。
「えっと……岡崎のものって、なんのことですかね?」
「二人の仲が良いってことよ」
「僕、そんな話聞いたことないんですけど……」
「朋也があんたに言わなかっただけじゃないの?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないか。だいたい僕と岡崎はいつも一緒に……」
「それって春頃までじゃないの? 最近は全然いないじゃない」
「え〜っと……」
「第一あんた朋也に彼女できたの知らないでしょ」
「………………はい?」
「はいはい、もうその反応だけで分かったからいいわよ」
「…………ま、まったまた〜、そんなこと言っちゃって、僕をからかうつもりなんだろ?」
「……はっ」
「ね、ねえ委員長?」
「えっと……」
「…………マジで?」
「マジよ」
「本当、です……」
「本当なの」
 一様に頷く三人。
「……彼女って、誰……?」
「ことみよ」
「ことみちゃんですけど……」
「わ、私……朋也君の、か、か……彼女、なの……」
「うっは〜〜〜ことみってば可愛すぎよ。もって帰りたいぐらいだわ」
 再びことみを抱き寄せる杏。椋は大胆すぎることみの言葉に真っ赤になっているし、本人にいたってはもう茹で上がっている。
「こ………………このドロボウ猫がーーーーーーーーっ!!」
「何すんのよっ!!」
 下から右へ、十字キーをすくい上げるお決まりのコマンドと強Pによって杏の手から放たれた現代用語辞典。既に廃刊となった千ページ越えの必殺ディクショナリー、『イミダス』が寸分たがわぬコントロールで眉間に直撃していた。
「ことみに手を出したらぶっ殺すわよっ!!」
「も、もう止めてお姉ちゃん!! 春原君のライフはとっくに0よっ!!」
「り、椋…………仕方ないわね。でも、今後ことみに手を出そうとしたらそのときこそあの世に送ってあげるわ」
「だ、だから聞こえてないから……」
「ったく、春原のせいで汗かいちゃったじゃない。水も温くなってるし……そういえば図書室ってクーラーついてなかったっけ?」
「お休みだから閉まってるんじゃないかな」
「でもことみって図書室の鍵持ってんでしょ? だったらクーラーもつけれるんじゃないの?」
「それは別の部屋だから鍵は持ってないの」
「う〜ん……そっか。まあ仕方ないわね」
「それだったら私のお家に来るといいの」
「ことみの家に?」
「でも突然お邪魔したら迷惑じゃ……」
「大丈夫なの。お部屋はとっても綺麗。それに昨日朋也君がかき氷の機械買ってきたの。しゃりしゃり動かしてとっても美味しいの」
「へぇ〜、それはいいこと聞いたわ。ほら椋、急いで準備しましょ」
「わ、お姉ちゃんちょっと待ってよ」




「それよりもことみ、怪我はない?」
 歩きながら尋ねる杏の言葉に、ふるふると首を横に振ることみ。それを見てようやく杏は深く息をついた。
「良かった〜。ことみに傷がつくところだったわ」
「どこも傷ついてないの」
「あ〜〜〜、そういう傷じゃないから」
「???」
「え〜っと、なんていうか、その…………椋パス」
「ええっ!? 私が説明するの!?」
「椋ちゃん?」
「うぅ……えっと、その……ね、なんというか……」
 必死になって適切な言葉を捜す椋。所謂アレだ、赤ちゃんはどこからやってくるの? という質問を聞かれた姉の心境だろう。
「こ、恋人同士が結婚前に仲良くすることです」
 真っ赤になりながら何とかギリギリ妥協できるラインで言葉を選んだ椋。けれど三大欲求の上に知的探究心が君臨することみにとっては曖昧な答えでは納得できなかったようだ。
「??? 朋也君とはいつも仲良しなの」
「そういう意味じゃないんだけどね……」
「えっと、ことみちゃんもそのうち分かるようになるんじゃないかな」
 ことみを微笑ましい様子で見守る二人。対してことみは不満げに頬を膨らませている。それを見てことみに抱きつく杏。そんなことをしている間にようやくことみの家へと到着した。
「とりあえず朋也と仲良くしてればそのうち教えてくれるんじゃない?」
「ちょっ、お姉ちゃん!?」
「それか夜のお城につれてってほしい〜、とか朋也に頼んでみたら?」
 からかうように笑う杏、真っ赤になる椋を不思議そうに見ていたことみだったが、小首を傾げると玄関の鍵を開けながら一言答えた。
「夜のお城にはこの前一緒に行ったの」
「……………………」
「……………………」
「???」
「……………………」
「……………………」
「ふたりとも、どうぞなの」
「ってそうじゃなーーーーーーーーーーいっ!!」
「??? いらっしゃ〜い」
「んなお約束なボケなんか頼んでないわよっ!! てか錆び付いたギャグなんか面白くもなんともないわよ」
「??? うぇ〜るか〜む」
「ちっがーーーーーーーーーうっ!!」
「……いじめっ子」
「だーかーらっ、そうじゃないって言ってんでしょうがっ!! ほら、椋もいつまでぼけっとしてるのよ。く、詳しいことは家の中でゆっくり聞かせてもらうからね」
「わわっ」
「???」
 二人の背を強引に押していく。かって知ったる他人の家、居間へと二人を連れて行くと杏は隣に椋を座らせ、自分はことみの正面で足と腕を組んで座った。
「……で、さっきのはどういうこと?」
 ちょっと言いにくそうに、頬を赤らめて詰まりながらそう尋ねる杏。対してことみは相変わらず質問の意図がつかめないようで不思議そうな表情を浮かべたままだ。
「だ、だからその……よ、夜のお城がどうとかって話よ」
 なんとかそう話すとことみはようやく納得が言ったようで小さく声を漏らした。
「この前朋也君と夜のお城に行ったの。朝からずっといて一杯楽しんだの」
「あああああああ朝からぁ!?」
「はわわわわ」
「???」
「だだだ……だから、ことみ……もしかして初めてって……」
「初めてじゃないの。何回かいったことあるの」
「………………は?」
「…………」
「ぐるぐる回るのが面白かったの」
「ま、回る…………?」
「〜〜〜〜〜〜!?」
「お馬さんにも乗ったの」
「――――っ!?」
「(――――ぼん)」
「安全のためだって言われてぎゅっと縛られたのは窮屈だったけど、初めてのったから新鮮だったの」
「…………」
「(――――ばたん)」
「一緒に乗ったりもしたの。びしょびしょになっちゃったけど楽しかったの。実はちょっぴり怖かったけど、それは内緒なの」
「…………」
「水着を持ってこればよかったかなって朋也君も言ってたの。あと中は鏡が一杯あったの。ドレスとっても可愛くて、朋也君に写真を撮ってもらったのはちょっと恥ずかしかったけど、でも朋也君が可愛いって言ってくれてすごく嬉しかったの」
「(ぱくぱく)」
「杏ちゃん、金魚の真似?」
「(ぶんぶんぶん)」
「???」
 ぱくぱくと閉口するだけで声にならない叫びを上げる杏とクエスチョンマークを浮かべることみ。そんな無言の会話のBGMに聞きなれた声が混じってくる。続けて足音。それが段々と近づきドアを開く音と重なった。
「ただいま、ことみ。それと……やっぱお前らか。靴があったか――」
 瞬間、首を締め上げられた朋也の言葉はそこで途切れた。
「ああああああああああんたことみになにやってんのよ!?」
「〜〜〜んだよ突然!? 放せコラ――って、お前なんで顔真っ赤なんだ? それに泣いて――」
「泣いてないわよ!? ちょっと驚いただけよっ!!」
「だーーーーっ!! だから何にだよ!?」
 つかみ掛かってくる杏、必死にいなす朋也、おろおろとすることみ。ちなみに椋は行動不能。


「弁解の余地はないわよ」
 それから五分、必死に戦い続けたものの結局杏の気迫に押される形で朋也は床に正座をしていた。
「……なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ?」
「うっさい!! ネタはもう上がってんのよ。あんたがことみにした仕打ちは許されないんだからねっ!!」
「はぁ? 俺がことみに何したってんだ?」
「な――――な、何って、その…………ナニ?」
「…………は?」
「???」
「だだだだだだからっ!! っ、その…………あんたと、ことみが……ラ、ラララ、ラブ……に……
「…………何の話だ?」
「と、とぼけても無駄よっ!! ほらことみ、さっきの話最初からもう一回繰り返して!!」
「杏ちゃんこんにちわなの」
「戻りすぎよ!! だから玄関に入るときの話からよ!!」
「? 了解なの。えっと、夜のお城にはこの前一緒に行ったの」
「そう、それよそれ。で、朋也。何か言いたいことは?」
「言いたいことって…………行ったけど、それがどうかしたか?」
「どうかしたかって、あんたことみのこと考えなさいよねっ!!」
「べつにことみだって子供じゃないんだし問題ないだろ」
「子供じゃないって……あんた年じゃなくて精神的なことを考えなさいよ!!」
「杏ちゃん、耳がきーんってするの……」
「ごめんねことみ。でもこの万年発情期のお猿さんに注意しとかないとことみが大変なことになっちゃうのよ」
「大変なこと?」
「え…………あ、うんうん。大変なこと。だからもうちょっと待っててね〜。
 で、何か遺言は? 誰にも伝えないけど聞いておくぐらいはしてあげるわよ」
「お前酔っ払ってんのか? 全然意味わかんねえよ」
「まだ言ってんの!? だからあんたがこの前ことみを連れてった…………夜のお城のことよ」
「夜のお城? ああ、遊園地のことか?」
「…………………………………………へ?」
 たっぷり数十秒。十分すぎる間をとった返事は女の子らしからぬものだった。
「だからナイトパレードのことじゃないのか?」
「…………ことみ。さっきの続き」
「この前朋也君と夜のお城に行ったの。朝からずっといて一杯楽しんだの」
「ああ。昼前から行ったよな。ことみはまた弁当作りすぎたけどな」
「……ちょっと反省なの」
「まあ全部美味かったからいいけどな」
 ぽんぽんとことみの頭にてを乗せる朋也。それだけでことみの表情はほころんでいた。
「…………次」
「? 初めてじゃないの。何回かいったことあるの」
「まあ遊園地はいろんなところ行ったな。ちょっと遠出したりもしたし」
「その次」
「ぐるぐる回るのが面白かったの」
「ああ、楽しかったな。あれなんて名前だっけ?」
「ミュージックエキスプレスなの。定員四十名、最高七メートル、最高時速三十キロメートルの遠心力を利用したアトラクションなの」
「そうそう。終わった後ことみ目回してたよな」
「三半規管が揺れてぐるぐる……」
「次」
「おい杏。さっきからどうしたんだ?」
「次っ!!」
「お馬さんにも乗ったの」
「確かに乗ったけど、あれはことみがどうしてもって言うからだよ。この年になってメリーゴーランドはちょっと……」
「でも私は初めて乗ったの」
「いや、ことみはどっちかって言うと似合うけどな」
「……ありがとう」
「俺はことみが楽しそうにしてるのを見てるだけでも楽しかったけどな」
「私は朋也君と一緒に居るだけで楽しいの」
「……そっか。でも一緒に遊ぶのも楽しかっただろ?」
「うん。でもウォータースライダーは冬に乗ると大変なの」
「確かにな。でも冬には冬の楽しみ方ってもんがあるんだよ」
「朋也君とっても物知りなの」
「こういうのは知識じゃないよ。でも冬になったらまた行こうな。あそこのパレードだって時期によって内容が変わるらしいからなさ
「わあ……とっても、とっても楽しみなの」
「だな。でもさ、他にもいろいろ楽しいことはあるぞ。今度は部長とかも読んでバーベキューやってもいいし、どっか泊まりで行くのもいいし――そういえば早苗さんもことみに会いたがってたな。あのおっさんは邪魔だけど今度遊びに行くのもいいかもしれないな」
「うん。渚ちゃんともいっぱい遊びたいの」
「〜〜〜〜〜」
「ん? どうかしたか杏?」
「杏ちゃん?」
「うがーーーーーーーーーっ!!」
「――――っ!?」
「〜〜〜!?
 さっと朋也の後ろに隠れることみ。朋也も突然奇声を上げた友人に唖然とする以外の行動は出来なかった。
「き、杏?」
「うっさいわね!! どうせあたしの勘違いよ!! 勝手に変な想像してる可笑しな女よ!! 何よ、笑いたければ笑いなさい。ほら笑えばいいわ。あーーーはっはっは」
「…………大丈夫か、杏」
「杏ちゃん…………」
 暖かい眼差しにまずいと思ったのか、崩れ去りそうなアイデンティティーをなんとか必死に繋ぎ止めようと小さく咳払いをした。
「そ、それでことみ、遊園地は楽しかった?」
「うん」
「それは良かったわね〜。それじゃあ今度はみんなで行こうね〜。もちろんことみの彼氏の奢りで」
「待て待て待て。何で俺がお前の分まで払わなきゃいけないんだよ?」
「うっさいわね。そのぐらいの甲斐性は見せなさいよ」
「ことみの分はもとから出してるよ。俺が言いたいのは何でお前の分まで出さなきゃいけないかってことだよ」
「あら、私の分だけじゃないわよ。椋と部長の分もよ」
「……いい性格してるよ。なあ、ことみもなんか言ってやれよ」
「……彼氏……彼氏……彼氏……」
「あら、駄目ねこれは。もう3ヶ月もたったんだからいい加減慣れたと思ったんだけど」
「あんまりそういうことは言われないからだろ? というかことみもだけど、なんで藤林は倒れてるんだ?」
「あー、えっと……日本語の難しさを思い知ったから?」
「手持ちの辞書は何のためにあるんだよ」
「または音楽性の違い?」
「バンドの解散かよ……」
 そんなぐだぐだとした心地よい漫談を数分続けているうちに椋も目を覚ました。
 未だ夢心地なのかぼんやりとした表情のままきょろきょろと辺りを見渡している。
「あれ……お姉ちゃん? ここって……」
「や、やっと起きたのね〜。椋ったら眠いー、とか言って突然寝ちゃうからビックリしちゃった〜」
「え…………ええぇ!?」
「おまけに起こさないでよー、とか言うもんだからどうしようかと思ったわよ」
「そ、そうだったんだ……それじゃあさっきのやっぱり夢なのかな……」
「そうそう。当然夢よ!! それで椋はどんな夢見ちゃったのかな〜?」
「あう、え……っと、その…………な、なんだっけ? 忘れちゃった……」
「まあ夢だからね〜。忘れちゃっても仕方ないか」
「そ、そうだよね」
「そうそう――――なんとか誤魔化せたみたいね
「――というかお前らは何でここにいるんだ?」
「っ!?」
「〜〜〜!?」
 面白いようにびくっと反応する二人。煙草を吸っているところを教師に目撃された子供のようにわたわたと動いている。
「あ、あんたねえっ!! 突然声かけないでよっ!!」
「んな無茶なこと言うな……だったら今から声かけるぞって言えばいいのか?」
「そ、そんなこと自分で考えなさいよ」
 相変わらずの杏の言葉に小さく溜息をつくと、朋也は妹のほうに視線を向けた。
「おう藤林。いらっしゃい」
「ど、どうもです。あの……岡崎君はいつからここにいたんですか?」
「いつからって言われても…………そうだな、藤林がソファーで寝言を呟いてるときだ」
「ね、寝言ですか……?」
「そういえば言ってたわね。椋ってばいきなり告白するんだもの」
「ここここくこくっ!?」
「……俺もいきなりだったから驚いたよ」
「……そうね。まさか恋人がいる目の前で言うなんて思わなかったわ」
「ふえぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」
「でもな藤林……いくらお前の頼みでも、それは無理だ」
「えええっと岡崎君!? そ、それはその……ただの寝言であって本心ではなくて……」
「まさかあんたがことみのこと好きだったなんて」
「ああ。いくら藤林でもことみは譲れないな」
「えっと…………………ってはい?」
「別に椋の好きな人が女の子であっても私は文句言わないけどさ、それでもことみは無理よ……」
「もし藤林がどうしてもって言うなら……俺たちは争わなくちゃいけないな」
「は…………? はっ、はわわわわ……あの、その、それは勘違いというか、だからことみちゃんのことは好きですけどそれは友達としてであって私の好きな人は別にいて」
「…………」
「…………」
「だから、その……岡崎君と争うつもりはなくてむしろことみちゃんと争わなくちゃいけなくて……あっ、その、本当に争うとかそういうのじゃなくて、もしもという過程の話であって」
「…………ぷっ」
「……ふう」
「ですから私の好きな人はっ」
「椋、冗談よ」
「好きな人は…………わ?」
「冗談よ」
「同じく」
「もう、椋ったら私の妹ながら可愛すぎるわね〜」
「お前に渡るはずだった女らしさが入ってるからな」
「あぁ?」
「……べつに」
「あ、あの……お姉ちゃん?」
「大丈夫よ」
 そういって杏は真っ赤になった椋に手を伸ばしぽんぽんと数回頭を軽く叩いた。
「というかことみも、いつまで旅立ってるのよ」
 言いながら放心し続けていたことみにぎゅっと抱きついた。
「!? 〜〜〜〜!?」
 突然のことに混乱したのか、我にかえったことみは自分を掴む手をとっさに振り払い朋也の背中へと逃げ出してしまった。
「あら、意外と素早くなったわね」
「ったく、お前は何やってんだよ」
「ちょっとしたスキンシップよ。ね〜ことみ?」
「あっ、朋也君なの」
「遅っ!?」
「って気付かなかったのかよ……」
「最初に会ってたのにね……」
「???」
 溜息をつく二人。分かってないのが一人。相変わらず真っ赤になって聞こえていないのが一人。煙が出そうなほどだが、まあ問題は無いだろう。
「まあいいよ。とりあえず……ただいまことみ」
「朋也君、お帰りなさい」
「……………………ふう」
「なんだよ杏、そのため息は」
「いや、別に深い意味はないんだけどね。ただ人前で正面から抱き合うのはどうかと思っただけよ」
「…………日課だし」
「……………………は、どこの新婚家庭よ」
「新婚…………」
「はいはい、ことみも加減慣れなさい」
 ふわりとした笑顔とともにトリップしそうだったことみを杏がこちら側に引き戻した。相変わらず照れた表情のままだったが、それでもなんとか話は通じそうだった。
「とりあえず何か飲むものくれないか?」
 ことみにそう告げるとこくんと頷き、可愛らしい足音を立てながら冷蔵庫の前まで歩いていった。
「そういえば朋也君、今日は夕方までアルバイトじゃなかったの?」
 冷えた麦茶を取り出しながら思い出したようにことみが尋ねた。
「ああ、そういえばことみがそんなこと言ってたわね…………クビ?」
「ちげーよ。ちょっと手違いがあって予定よりも早く終わっただけだ。まあ日給はもらえたから問題ない」
「へー。それじゃあ遠慮なくごちそうになるわね」
「……何でそうなるんだよ」
「だってさっきのはフリじゃないの?」
「なわけあるか。第一これは生活費で遊ぶ金じゃない」
「生活費?」
「そういうことだ」
 お盆に四つのグラスを載せてきたことみに礼を言いながらそのうちに一つに手を伸ばす。
「いくらことみがお金に困らないからっていってもさ、俺がそれに頼っておんぶに抱っこじゃ格好つかないだろ? んなひも生活はしたくないからさ。ことみの両親が残してくれたのはことみの学費。実際ことみなら奨学金とかで授業料の免除とかでいけそうだけど……まあ俺の意地みたいなもんだ」
「ふ〜ん」
 軽く頷きながら杏もグラスに手を伸ばす。
「格好いいじゃん」
「ぶっ」
 揶揄ではない率直な賛辞に思わず咽てしまった。
「いや〜そこまで出来るやつなんてなかなかいないよ〜。学費のこととか制度のこととかちゃんと調べてるっぽいしさ、良かったねことみ」
「…………うん」
「ごほっ、ごほっ…………ん、そんなんじゃねえよ。まだ解決しなきゃいけない問題だって残ってるしな…………」
「そのうち解決すればいいでしょ、そんなのは。第一学校公認で同棲してるやつにそれ以上の問題なんか残ってないわよ」
「ま、まあ……それはそうだが…………」
「でしょ? ことみだって嬉しいわよね?」
「とっても嬉しいの」
「うんうん。ところでさあ、同棲ってどんな感じなの?」
「お、おい杏?」
 あわてて止めに入る朋也だったが、ことみは平然と答えてしまう。
「朋也君と一緒にご飯食べるの」
「それでそれで?」
「一緒に半分こするの。私が朋也君に半分食べさせてあげると朋也君も私に食べさせてくれるの。二人で仲良く食べるととっても美味しいの」
「…………」
「な、なんだよその目は……」
「べっつにー? ことみ、他には?」
「お掃除も一緒にするの。私だと手が届かないところも朋也君なら届いちゃうの。ほかにも重い家具を動かしたり食器も洗ってくれるの」
「あら、意外とマメなのね」
「……そのくらい当然だろ」
「一緒にお買い物行ったりご本も読んだりするの。芝生にはだしで下りてご本を読むの。だけど朋也君はすぐに寝ちゃう。でも朋也君の寝顔を見るととってもとっても嬉しいの」
「…………」
「…………」
「耳かきしててもすぐ寝ちゃうの。でも一緒にベッドに入るといつも私が先に寝ちゃうの。朋也君をぎゅっとしてると、すごく安心するから……」
「…………もういいわ。限界」
「…………忘れてくれ」
「ん…………あれ? お姉ちゃんと岡崎君、どうしたんですか?」
「分からないの。気がついたらこうだったの」
「二人とも、大丈夫ですか?」
「え、ええ…………ちょっと甘ったるくなっただけだから」
「俺は、胃が痛くなっただけだ…………」
「は、はあ」
「……ま、まあ、あんたらが仲良くやってるのは分かったわ」
「だからそう言ったの。朋也君とはいつも仲良しなの」
 口を尖らせてそう主張することみに杏と椋は苦笑を浮かべた。しかし続く言葉にその表情は凍り付いた。
「一緒にお風呂だって入るの」
「――――――」
「――――――」
「えっと…………」
「一緒に洗いっこもするの。最近下着のサイズが一つ増えたの。朋也君は好きな人に触ってもらうと大きくなるって言ってたけど信憑性は曖昧なの。ただマッサージすると血行がよくなるから大きくなるの可能性はあるの」
「――――――」
「――――――」
「なんと言うか…………」
「……恋人同士の営みもするの」
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
「きゅう……」
「ま、まあ……恋人同士が一緒の家に住んでれば、な……」

 その二人、バカップルにつき取り扱いに注意すること。下手にからかうと逆に恥ずかしい思いをすることになります。







 えらい時間がかかりました。まあその分は量でカバー。質でのカバーは出来ません。
もうチョイことみと朋也のからみを書きたかったので今度は学校編を書くかも。

 あと今度からweb拍手の返信も頑張って書きます。とりあえず伽耶さんは次に出ます。ボスは後から登場するものですから(謎


 最近はさくらんぼシュトラッセをやりました。るーりー物足りない…………

 あとは昔のゲームをもう一回やったり。最近あるととかプリミティブリンクとか。どっちもPurpleさんのやつっす。

 んで注目してるのは『それ散る』と『けよりな』と『タペストリー』とか、『明日の七海と〜』か『さかあがりハリケーン』とか……まあいっぱい。とりあえずそれ散る続編が待ち遠しいのと『SHUFFLE』の逆移植も気になる。
 まあSSも書いてみようかな。


 リリカルなのはが面白すぎる件と、『半分こ』って聞くと泣きそうになることが目下の悩みです。






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CLANNAD  IF STORY   〜新しく始めるために〜  Plorogue
〜Plorogue〜

 辺りには生徒の姿など見当たらない。普段ならば人々が歩き、意義をもち、喧騒が続くこの道のりも、今はただ時間の慣れを滑らせるだけの平坦な直線でしかなかった。

 ――惰性。その言葉こそが相応しい。

 この時間にも、この瞬間に生きる俺にとっても。
 目的も目標も指標さえなく、ただただ流されるままに道を行き、レールから外れることさえ厭わずに、レールから外れたことさえ気付かずに。
 右足を出し左足を出し、もう一度右足を出し。そうすることが当たり前だからと、そうすることが義務だからと日々を消化していく。

 ならば、その当たり前の日々が消えてしまったのなら、そいつはどうするべきなのだろうか。
 顔を合わせるたびにいがみ合い、視線がぶつかる度に殴りあう。早く消えて欲しいと、いつか消してやろうと、拳を握り締めながら耐えていた。其処に存在することが間違いだと、俺の居場所はここではないと自分の世界に没頭した。
 けれど、そんな家族でさえ無くすべきではなかったのだろうか。
 この空虚な心、虚ろな想い。無くしてしまったものは俺にとってどんな意義があったのだろうか。

 ――本当にあっけない。
 自ら捨て去ってしまいたかったものが奪われただけなのに、どうして俺は未だ立ち止まったままなのだろう。
 既に半年――あいつから逃げるために始めたバスケが、いつしかバスケをやるためにあいつから逃げるようになり、それが俺の生きがいになった。

 けれど、そのバスケがあいつを消し去り、そして俺はその意義さえ失った。


 即死だった。

 俺は試合中に頭を打ち、一時的に意識を失いそのまま病院へ搬送された。目が覚めた後に聞いたのは、試合の結果ではなく、親父の死だった。
 思いのほかあっさりしていた。
 親父は酒を飲んでいたらしい。昼間から良い身分だと思うどこか冷静な自分がいた。
 変わる寸前の信号を渡ろうとしていた。けれども酔った足は上手く動かず、途中で立ち止まってしまった。そこへ右折したトラックが突っ込んできたらしい。

 そんなことを聞いてもどうにもならない。後に残ったのは保険金と見舞金。一度相手の会社が謝りにきたがほとんど実感がなかった。葬儀だって親父の会社の人がやってくれた。俺にできたのはただ言われるがままに手を動かすだけだった。

 やはり、俺は子供だったのだ。意地を張るしかなく、自分ひとりで生きていけると高らかに虚勢をはり、小さな世界を作り、その上で親父に養われていた。なんて滑稽な話だ。それすら気付けずにいたなんて。

 いったい俺にとって家族とはなんだったんだろうか。
 あんなのならば居ないほうが良いと唾を吐き、いざ独りになれば呆然とその空間を見つめる。しかし決して涙は流さない。
俺は悲しんでいるのか。ならば何故悲しむのだろうか。それが当たり前だから? それとも親がいなくなったという自分に悲しんでいる? 本当に親父の死を悲しんでいるのか?
 言葉の変わりに拳を振るい、温もりの代わりに痛みを分かち合う。
 そのはずだったのに、どうして俺のためにああも必死になって駆けつけようとしたのだろうか。

 分からない。解らない。判らない。
 ワケガワカラナイ。


 俺は、一体どうしたいのだろう……




 既に生徒は居ない。当然だ、一時間も遅刻してくるやつなんてこの学校にはいるはずもない。皆迷うことなく、迷う暇すらなく前に進んでいる。停滞しているのは俺だけだ。
 好き好んで遅刻などしているわけではない。ただどうしてもぼんやりと考えてしまうことがある。俺はどうするべきなのかと。教師も何も言わない。何も言えない。俺が部活を休部すると言ったときにもただ頷いただけだった。
 最後の大会まであと僅か。俺は再び始めるだろうか。始めれるのだろうか。
 結局のところ堂々巡りを繰り返すだけ。悩み苦しみ、答えを出そうと自問し、一人で悩みを捏ね回す。結論の出ることのない不毛なサイクル。けれどそれでよかった。そうしている間は俺も全うな思考を得ることができたから。家族について悩む一生徒、素晴らしいことじゃないか。自らを犠牲にして悩みぬくその姿で自分を慰めている。そうしなければ俺は今にもコワレテしまいそうだった。
 俺は自分の手で、自らの望みで家族を消し去った。

 暗雲たる気持ちを嬉々として抱え日々を送る。今の俺にはそれ以外の贖罪が存在していなかった。

 校門まで残り二百メートル。それを仰ぎ見て一度立ち尽くす。思わず零れる溜息。
 長い坂の先にある校門。其処は俺を拒むように、俺の存在を否定するかのように硬く閉ざされている。今の俺には、まっとうな学生生活を送ることすら間違っているとばかりに。
「はぁ……」
 風の囁きにかき消されるほどの小さな溜息。俺のものでは無い、別の嘆き。
 隣を見れば、そこに同じように立ち尽くす女生徒。同じ三年であるようだが一度も見たことがなかった。きっとこんな時間に登校するような生徒ではなく、また俺のような部活だけをやっている生徒ではないのだろう。
(部活、か……)
 既に手から零れ落ちていった過去を思ってしまう。
 いや、零れ落ちたなんておこがましい。俺が、その全てを消し去った。何もかも自業自得に過ぎない。
「うんうん……」
 少女はまるで俺の思考に相槌を打つかのように小さく頷いた。
 そして力の篭った、けれど泣きそうなほど悲しみと苦しみと、不安に満ちた視線で校門を見上げた。
「この学校は、好きですか?」
「え……?」
 思わず返してしまった言葉、けれど彼女は俺に話しかけているわけではなかった。俺と同じように、きっと自分の内側に問いかけているのだ。本当に好きなのかと。
「わたしはとってもとっても好きです」
 まるで自分に言い聞かせるようにゆっくりと紡いでいく。まるでそうしなければ進んでいけないかのように。
「でも、何もかも……変わらずにはいられないんです。楽しいこととか、嬉しいこととか全部。全部、変わらずには、いられないんです……」
 たどたどしく、迷いながら呟く。
「それでも、この場所が好きでいられますか?」
 泣きそうなほど、悲しく自分に問いかける。そしてそれは俺に問いかけているようでもあった。俺は、本当に今の居場所が好きなのかと。今の自分が好きなのかと。
「わたしは……」
「見つければいいだけだろ?」
「えっ……?」
 少女が驚いて、俺の顔を見る。まるで誰もいないと信じていたかのように。自らの隣を望む人などいないかのように。
「次の楽しいこととか、嬉しいこととかを見つければいいだけだろ? それともあんたの楽しいことや、嬉しいことはひとつだけなのか?」
 違うだろ、と問いかける。まるで知っているかのように、分かったかのように口を開く。自分でさえ今の居場所が正しいのか、今の道が正しいのか分からないというのに。
「…………」
 けれど俺はそういうしかなかった。自分がそうありたいと願っていたから。俺がこの場所を好きでいたいと、そう願ったから。
「ほら、いこうぜ」
 少女を促し、一歩を踏み出す。
 右足を出し左足を出し、もう一度右足を出し。それが義務ではなく、自らの意思だと、そう思うために。


 ――俺たちは上り続ける。長い、長い坂道を――



 CLANNAD  IF STORY   〜新しく始めるために〜





 今回はプロローグ。
 あまり詳しくは書きませんが、ことみメイン(=杏、椋、渚がサブ)に風子シナリオをくっつけて、有紀寧も登場し、智代さんと美佐枝さんが手伝いますという感じ。一応ゲームは先ほど終わらせ、書くキャラの主要なトコは抑えたんで、たぶんつじつまは合うはず。てかタイムテーブル作ってみると意外と面白かった。このキャラがこれやってるとき、こいつはこんな風だったんだ、と。なんか一方その頃――って状態で(。→∀←。)♬


 次回更新は気分しだい。予定は未定。
 たぶんFAかドラゴンか。気分は > なんで。ホントありがたいことに予想外に好評だったもんで要望にお答えして学園物になる予定☆ コメントがかかれると生きる希望が湧いてきます。返事がかけないんで、今代わりに。A(*゚ー゚*)R(ー゚* )I(゚ )G( )A( ゚)T(* ゚ー)O(*゚▽゚*)ノ~☆

 もしかして更新が遅くなったとしたら東鳩ADが出てくるかもwww






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求めるもの
「ねぇ、ところでさ、あんたって誰か好きな子いんの?」
「……はぁ?」
 奴は唐突にワケの分からん質問をぶつけてきやがった。
晴天の霹靂なんて小難しい言葉を並べる暇もなく、その言葉と裏に深い意味が潜んでいる可能性を無碍にすることもできなかった俺は、ただただ凡庸で間抜けな単音を発することしかできなかった。
「……いきなり何を言い出すんだ?」
 数秒間フリーズした脳を無理やり働かせ、なんとか常人の返答を打ち返してやる。
「なんとなく」
「なんとなくって……」
 けれども俺の目の前にいる人間――心情はさておき、生物学的には男ではないと不承不承頷くしかない――である藤林杏は、気まぐれで不明瞭なことを口走りやがったのだ。
 もっともこいつの独裁振りなど既に想定済みだ。
 例えば人の脊髄にバイクの前輪をめり込ませたこともあった。しかもこいつは憤る俺に対し、言い訳をするどころか逆ギレをかましやがった。

「弱者だってんなら弱者らしく道の隅っこ歩きなさい」

 こいつはマリーアントワネットが前世なのかと罵倒してやりたくもなったが、その後に待ち受ける展開が容易に網膜に浮かび上がったので何とか堪えておいた。別に深い意味はなく、何事も平和的な解決を目指しただけであり、決して春原の代名詞に上げられるような屈辱極まりない二つ名を受け継いだわけではない。
 しかもその後こいつの妹に忠告しようとしただけなのに、何故か俺にバイ容疑がかけられることにもなった。
 他にも勘違いで辞典を投げつけられたり(春原を盾にして防いだが)階段の上から蹴り落とされたり(避けた後春原が吹っ飛んでいったが)体育の時間のランニング中、杏への愚痴を言ったらソフトボールが顔面に飛んできたり(以下略)――
 ともかく唯我独尊を地で行くこの女は何かにつけて力でねじ伏せていく。

「ほら、不良ってさ、意味もなく格好良く見えたりするらしいでしょ? だから大体、彼女持ちじゃない」
 何を根拠にそこまで言い切るのだろう……。
 だいたいコイツは俺が誰かと付き合っていないことぐらい、太陽がどちらから昇るのかを確かめるぐらい意味の無い行為ではないのだろうか。それをわざわざ誰かに聞かせるかのように聞くなんて、全くもって今日の杏は理解不能だ。
 そもそも好きな奴がいるかどうかなんて青臭い質問は他のところでやってくれ。具体的には夏の一歩手前で四人組の幼馴染を持つ男同士が女湯を覗く前に聞いてくれ。まあその後にフックの一つや二つ飛んで来たとしても自業自得なのだが。
 余談だが『今日の杏』と言うのは語呂が悪すぎやしないだろうか。
「お前変な先入観持ってんのな」
 こいつは男気溢れる外面を持っている一方、内面は理解に苦しむほど漫画的な思考を持っていやがる。こういう奴に限って口を滑らすと三倍以上の制裁が待っている。
できる限り思考を顔に出すことなく当たり障りの無い返答を返してやる。すると案の定杏の奴は素で「違うの?」なんて不思議そうな視線を返してきやがった。
「少なくともこの学校じゃ無理だろ」
 度し難い常識を持っている優等生に対し、溜息と共に一般常識と大衆の思考を教え込んでやった。
「不良と付き合ってるなんて、それだけで教師どもに目をつけられるぜ」
 自嘲気味に呟き杏の様子を窺ってみるが、俺の予想とは違い目の前には思案に暮れる優等生の姿があった。
「……ならさ、見た目可愛い、性格最高、彼氏の周りをついて回って成績優秀で教師受けもいい女の子だったら?」
「…………」
 先ほどよりも長い沈黙。不可解な質問により二人の間によく分からない空気が漂い始める。
 互いに口にする言葉もなく、良いとも悪いとも区別がつかない微妙な空気。
 そんなところへ無遠慮に突っ込んでくる空気の読めないアホだが、今回ばかりは貶めずにおいてやろう。
「おーい、何二人で話してるんだ? というかこのピンク色の空気はなんだよ」
「うっさいわね。ピンクなのはあんたの頭ん中だけで十分よ。大人しく脳みそのお花畑の世話でもしてなさい」
「こいつの脳みそに養分があると思うか? 万年氷河期の脳みそには栄養どころかシワすら入ってないって」
「第一声がそれですかっ!?」
 無意識のうちに言葉が出ていた。まあそれは俺のせいではなく春原のヘタレ振りに起因するのだろうが。
 まあおかげで停滞した空気が春原への罵倒と言う方向を持ち始めたのは良かったのだろう。その間に先ほどの質問を再度吟味してみる。
 が、全く持って意味が分からない。第一、そんな女が成績至上主義のこの学校に存在すること自体ありえない可能性であり、仮にありえたとしてもそんな完璧な女が俺と付き合おうなどとは思い上がりも甚だしい。
 俺が杏の言葉を嘲笑と共に切り捨ててやると、またもやコイツは誰かに聞かせるように大きな声で話を続ける。
「ふぅーん……ひょっとしてあんた、そんなこと気にして彼女作らないとか?」
「そういうわけじゃないけどな、ただ俺と付き合うなんて物好きな女はいないだろ」
 探るような杏の言葉に不信感を覚えながらも律儀に返答をしておく。
「なになに? もしかしてボクに惚れちゃった女の話?」
「誰を好きになろうとその子の勝手じゃない。誰かが口を挟むのなんて筋違いじゃない」
「そうかもしれないが……まあ仮にいたとしたらの話だけどな」
「あの、もしかしてボク、放置ですか?」
「なんだ、アンタまだいたの? ひぃひぃ鳴いてないから気がつかなかったわ」
「酷くないですかっ!?」
「悪い、酷いとは思えねえや」
「あんたら鬼ですね……」
「何言ってんのよ。人並みの扱いを受けたかったらまず人になりなさいよ」
「というかまず生き物になってくれ……」
「僕は生き物ですらないんですか!?」
「…………」
「…………」
「……何スか、その意外そうな目は……」
「いや、気がついてないのかと思って……」
「まあ残酷かもしれないけど教えてやることも大事だろ」
「そうね。とりあえず授業料の換わりにジュース買ってきなさい」
「ぬちゃくちゃですねっ!!」
「無茶苦茶だな」
 というか小学生レベルだろ。
「あんたもう一回日本語の勉強しなおしたほうがいいんじゃない? とりあえず前世から」
「今から始めるんじゃないんですか!?」
「そうだぞ杏。始めるなら来世からのほうが良くないか?」
「だって生まれ変われるかどうか分かんないじゃない?」
「それもそうか」
「納得しないで下さい……」
 まったく我が侭な奴だ。じゃあどうしろっていうんだよ。
「やっぱ今すぐ勉強しなおすべきね。とりあえず紅茶で」
「あ、俺炭酸で」
「何で僕が行かなきゃならないんですかね。まったくこのボージャック婦人め」
「傍若無人な」
「やっぱ勉強しなおすべきね……」
「いいんだよ僕は。ちょっと難しい言葉を知らなくたって生きていけんだから」
 あまり良くはないと思うが。
「それよりも杏のほうが勉強しなおしたほうがいいんじゃないの?」
「私? 残念だけど私はあんたと違って優秀だから問題なんて無いわよ」
 杏は鼻で笑い全く相手にしていない。俺としてはそういうところを直すべきだと思うが自重。生憎自ら死地に向かうようなマゾではない。
 しかしここに一人。
「へっ、そういうところが駄目なんだって。話し方も雑だし文句があればすぐに力に頼るし。誰だってそんな男みたいな――」
 気がついたら隣にいたはずの春原が消えていた。
 いつの間にか床に寝転がっていた春原の顔からは辞書が二つ。まあ予想はつくがやったのはこいつなんだろうな。
「何よ」
「いや、別に……」
 あえて何も言うまい。
「あ〜、こいつのせいでどこまで話したか分かんなくなったじゃない」
 倒れている春原を蹴り飛ばす杏。哀れ春原、とはあまり思えない。自業自得だ。
 額に指を当て何とか思い出そうとする杏。まあこのまま放っておけばよく分からない質問も流れていくだろう。
「俺なんかを好きになる奴なんていないって話だ」
 なのにどうして俺はまた話を蒸し返すような行為をしているのだろうか。
 自分でも納得のいく理由をつけることができない。いや、理由を後からつけて自身を言い負かしたいだけなのかもしれない。本心を隠すために。
「そうそう、そんな話だったわね」
 難問が解けたかのように晴れやかな顔をする。というか自分から振った内容なら覚えておけよ。
「それでもしさ、あんたのこと好きって子がいたら付き合う?」
 何だこの遠まわしな質問は? こいつは中学生かっつうの。
「…………相手によりけりだ」
 杏の探るような質問に、こちらも当たり障りのない回答。まあ常識的な回答だろう。告白しましたはい付き合おう、なんて簡単に決められたくはない。というよりこちらにも選ぶ権利と言うものがあるだろう。
 案の定杏はもう一歩踏み出した質問をしてくる。
「……例えばどんな子だったら付き合うの?」
 マジでこいつは何が聞きたいんだ? まるで俺のことを好きな奴がいるかのような言い分だ。例えるなら仲人? いや、俺も詳しくは知らんが。ともかく誰かと俺をくっつけようとする意図が見え隠れしているような気がする。
「……そんなの相手を見てからじゃないと分からないだろ」
 何故か分からないが少しイラッときた。思わず吐き捨てるような台詞になったが、杏の奴は特に気にしたふうもなく、やや考えるように黙り込んだ。
「ならさ、どんな子がタイプなの? あっ、理想の話でいいから」
 付け加えるようにした言葉で逃げを封じられた。恐らく俺の次の言葉を予想していたのだろう。後ろがなければタイプと好きになる奴は違うだろ、と言う言葉を出していただろう。
「…………」
「別にそんなに考え込むようなことはないでしょ」
「まあ、そうだが……そんな簡単に浮かび上がってくるもんでもないだろ?」
「それもそうね。ん〜それじゃあこうしましょ。あんたは今から私の質問に答えていくこと。いい?」
「なんでそんなめんどくさい事……」
 おまけに衆人観衆の仲でそんなこと言うなんてどんな罰ゲームだよ。断じて俺のプライドが許さない。ほら、クラスメイトも何事かとこっちを見ているだろう。
「お昼三回」
「いいだろう」
 杏の出した提案に反射的に頷いてしまった。いや、俺も迷ったんだが三回というのはかなり美味しい提案だろ。特に最近はパンにも飽きてきた頃だからランチを頼むにはちょうどいいだろ。
「それじゃあ……」
 食い物に釣られた俺のプライドに対し何とか自己弁護を試みているうちに、杏の奴は一つ目の質問を思いついていたようだ。
「付き合うなら同級生のほうが良い?」
「まあな」
「同じクラスになった子の方が良い?」
「そりゃあ相手のことを知ってるにこしたことはないだろ」
 こんな質問を難しく考える必要なんて無いだろう。思いついたままに答えるぐらいがちょうど良い。
「じゃあ髪は短いほうが良い?」
「……どっちかと言うと長いほうだな」
「今すぐ短いほうが好きになりなさい」
 ネクタイを締め上げ引き寄せる杏。背後に怪しげな雰囲気を漂わせている辺り本気なのだろうが……。
「おい、ちょ……マジで絞まってるって……」
 なんとかそれだけ言うと引っ張られていた力が弱められた。依然として杏の眼光は俺を突き刺したままだが。
「んだよ。別になんだっていいだろ。別にどっちが良いかってだけで、短い奴が嫌いなわけじゃねえよ」
「……それもそうね」
 ようやく落ち着いた杏が腕を組んで納得する。何だこの偉そうな態度は、と言ってやりたいが生憎三度の飯でプライドを貸した身だ。今はこいつに従う以外の選択肢は無いだろう。
「じゃあ、料理はそれほどできなくてもまあ構わない」
「何だその微妙な質問は……」
「いいから答えなさいよ」
 有無を言わせぬようだ。
「……そりゃできたほうがいいだろ」
「…………次、控えめなタイプのほうが良い?」
「いや、何話していいか分かんねえから遠慮する。寧ろ対等に話せる奴のほうが良い」
「あんた喧嘩売ってんの?」
「はぁ? マジでわけ分かんねえよ」
 再びすごむ杏に対し、俺は困惑するしかなかった。本気で何が言いたいのか理解できない。
「……じゃあ次、普通の生徒より委員長のほうが良い?」
「…………は?」
「だ・か・ら、委員長のほうが良い?」
「おい、よ〜く考えてもみろ。好きなタイプが委員長ってどんな奴だよ。つーか同学年の委員長って言ったらおもいっきり限定されるだろ」
「昼、四日分」
「…………」
「一週間」
「いいだろう」
 顔を寄せ合い小声で離していた状態から離れ、ワザとらしくないような大きさで話を続ける。
「それじゃあもう一回聞くわね。付き合うなら委員長のほうが良い?」
「そうだな。やっぱり駄目なところを指摘してくれるぐらいのほうがいいからな」
 こんなことを言うだけで一週間分の昼飯にありつけるなんて安いもんだ。にしても誰かに言い聞かせるような雰囲気だったのは気になる。もしかしてこのクラスに――とか考えていたらヘタレが顔を覗かせた。
「へ〜、それじゃあ岡崎は藤林杏みたいなのがタイプなんだ」
「「はぁ!?」」
 思わず聞き返してしまった。どうやらそれは杏の奴も同じなようだ。というかどこからその発想が出てきたんだ?
「え? いやだって二人とも息がぴったりだし……」
「「どこが!?」」
「ひぃ!!」
「理由を言いなさい。ふざけたこと言うと沈めるわよ」
 剣呑な気配を漂わせたまま春原を締め上げる杏。その雰囲気に思わず出遅れてしまった。
「で、ですからね、お二人が話すタイミングも合ってますし、それに岡崎君がさっき言ってましたでしょ?」
 何で敬語なんだよ。しかも変だ。というより岡崎君って……気持ち悪い。
「何を?」
 ようやく春原を放した杏が続きを促す。途端に普段の調子に戻った春原は舌打ちをしながら服装を直す。どうでもいいがやられ役の三下みたいだな。
「だからさ、さっき岡崎が言ってただろ? 髪が長くて岡崎と対等に話せて、同じクラスにもなったことがあってお互いに良く知ってる。そんで料理も上手くて委員長。完璧に当てはまってるでしょ?」
「…………」
 何故か杏の奴は固まっていた。辛うじて首から上が壊れた玩具のようにゆっくりとこちらを向いたぐらいだ。
 しかし、だ。俺にはどうしても納得できないものがある。
「おい春原。こいつ料理なんかできるのか?」
「は? 何言ってんの。こいつ二年のとき弁当だったでしょ? あれ、たまに自分で作ってたらしいよ」
 それは知らなかった。というよりそんなこと気にもかけなかった。
 だがそう考えてみると先ほどの春原の言葉にも納得できる部分がある。
「というわけで岡崎の好みは杏みたいな女じゃないのかってことだよ?」
「……そうかもな」
 だから自然と頷いていた。特に何か考えていたわけではない。ただそれを否定するのも躊躇われただけだ。
「…………それって……」
 俺の言葉に呟くような声を出す杏。いつものように軽口を叩くのかと思いきや、真っ赤になった顔でちらちらとこちらを見るだけだった。
 おいおい、何で急にそんなしおらしい態度をとるんだ? なんというか、その……そんな風にされると何を言ったらいいのか分からなくなる。
「…………」
「…………」
 互いに視線を漂わせながら沈黙を続ける。普段は何の考えもなくぽんぽんと浮かび上がってくる言葉も、今はどれだけ捻っても出てくることがなかった。加えて何故か上手く杏の顔を見れない。
 それは相手も同じようで、口を開いては閉じの繰り返し。金魚のように口をぱくぱくと動かすだけだった。
 けれど唐突にその動作が切り替わった。当てもなく揺らいでいた視線がある一点で固定された。
 不思議に思い目線を辿ればそこにいたのは女生徒の集団――正確には藤林の姿があった。
「――っ」
 途端に踵を返し出口へと足を向けた。
「――授業、始まるから」
 それだけを口にすると、こちらを見ることもなく教室から姿を消した。
「なんだったんだ?」
 しかしどうしてあんなに急いで出て行ったのだろうか。授業まではまだ十分に時間がある。
 もしかしたら気まずくなったのかもしれない。そりゃあ自分の妹の前で好きな奴がどうこうという話になったら逃げ出したくもなるだろう。というか言い出したのは自分ではなかったか?
「……岡崎、本気で言ってんの?」
「あ? 何をだよ」
「ほんとに気付いてないみたいだね。片方はともかく、もう片方はあからさまだっていうのに……」
「どういう意味だ?」
「ま、気にしなくてもいいんじゃない。それより次どうする?」
「……教科は?」
「グラマー」
「ちっ、めんどくせえ……」
 馬鹿みたいに当てられまくる授業を受ける気になんてなれなかった。そうでなくても今の気分で椅子にじっと座っていられる自信なんてなかった。
「どうすんの?」
「寝る」
 教室から出て廊下を歩く。今は騒がしいが授業が始まれば静かになるだろうし、その辺の空き教室ならゆっくりできるだろう。そう思い騒がしい廊下を進んでいった。


 瞼に眩しさを感じ眠りから引き戻された。薄っすらと瞳を開く。
 未だまどろみから離れぬ俺の意識がだんだんと覚醒していく。
 教室ではあるが生徒は誰もいない、と思ったがすぐに自分のクラスでないことに思い至る。席数や並びが違えば掲示物も無い。おまけに窓から覗く景色まで違う。
 そこでふと違和感に思い当たる。随分と日が傾いているような。
「ぐあ……」
 携帯を取り出し時間を見れば、予想通りの時間帯。五現目どころかホームルームすらサボってしまっていた。
 まあ過ぎてしまったものは仕方がないだろう。とりあえず鞄だけ回収して今日は帰ることにしよう。
「おい、起きろ」
 二つ隣の机で未だに惰眠を貪っている金髪頭を軽く叩いた。
「う〜ん……」
 しかし春原は軽く動いただけで全く眼を覚ます気配がなかった。
「いつまで寝てんだよ」
「どうしたんだよ岡崎……僕が悩みを聞いてやるからさ……」
 よく分からんがどうやらたいそう楽しい夢を見ているようだ。にしてもこいつが何故か偉そうなのが頭にくる。
「起きろコラ」
 春原の寝ている机を蹴り飛ばしておく。以外と良い勢いで机は滑り、春原は床へとダイブした。
「はっ!? ここは? あれ、どうして僕が床に? 寝てるのは岡崎じゃなかったっけ? というか岡崎はどこ行ったんだ?」
 派手に混乱している春原を放っておいて教室に戻ることにした。あいつもそのうち戻ってくるだろう。

 そのまま歩き続けて教室へ。当然ながら誰とも会うことなどなく、外からは部活動に勤しむ野球部とサッカー部の競い合うような掛け声が聞こえてくる。

 ――まあ俺には関係の無いことだ。

 意識的にその考えを振り払い教室へと近づき――
「――――は、岡崎くんのこと――」
 部屋の中から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてとっさに身を潜めた。
「な、何言ってんのよ……」
 聞き覚えのある声だと思い、注意深く顔をのぞかせてみる。すると案の定、教室の中にいたのは藤林だった。
 もっとも、藤林“たち”と表現すべきだが。
「二年生の頃から、でしょ?」
「別に、そんなこと……」
 教室にいたのは委員長と杏だった。しかし意外だったのがその二人がなにやら言い争いをしているからだ。いや、言い争いというよりは委員長が杏に何かを問いただしているといった雰囲気か。いつも静かな委員長の初めて見る姿だった。
 けれども分からないのはどうしてここで俺の名前が出てくるかだ。
「お姉ちゃん、岡崎君のこと良く知ってるもん……それってずっと見てたからでしょ?」
「それは友達だからで……それに去年はよく話してたから、それなりには知ってるわよ」
「誤魔化さなくてもいいよ。双子だもん、分かっちゃうよ……」
「……勘違いよ。それは椋のほうが……」
「うん。だからでしょ? お姉ちゃんが言わないの」
「…………」
 ちょっと待て。コレはどういうことだ?
 話から推察するに委員長が俺のことを? しかもなにやら杏のほうも……。
「……本当はね、知ってたんだ。お姉ちゃんが岡崎君のこと好きだって……」
「「――!!」」
 思わず声を出しそうになってしまった。
「でも私も好きになっちゃったから……そうしないとお姉ちゃんに勝てないと思ったから……」
「…………」
「だから、ごめんね……」
「椋……」
「お昼にね、お姉ちゃんの話を聞いてて分かっちゃったんだ……岡崎君も、お姉ちゃんのこと好きだって……」
「あれは……そういうつもりじゃ……」
「分かってる。私に自信を付けさせようとしたんだよね? 岡崎君のタイプが私だって……」
 あれはそんな意味があったのか。どおりで質問が説明口調だったわけだ。
「でもね、お姉ちゃんがすごく嬉しそうだった」
「…………」
「岡崎君も、お姉ちゃんのこと見てた……」
 否定は、できない。
 確かに俺は、あのとき赤くなった杏の顔を見て――
「私ね、二人を見て気付いたんだ。私は岡崎君が好きだったんじゃなくて、岡崎君に憧れてたんだって」
「…………」
「だからお姉ちゃんの口から言って欲しい。憧れが本当の好きに変わる前に……」
 俺はここにいるべきではないと、そう思った。けれど俺の足は縫い付けられたかのように動くことはなく、耳を塞ごうにも両手は重く垂れ下がったままだった。
「私は…………」
 ゆっくりと、杏が言葉を紡ぐ。
 待て、もう少しだけ待ってくれ。俺は――
「あ? 何やってんだよ岡崎。教室入んないのか?」
 場違いな乱入者が、これまた場違いなテンションでやってきた。唐突な登場に言葉が出ない俺の横を通り過ぎ、躊躇することなく教室に踏み入り――
「――朋也のことが、好き」
「へ?」
 最悪なタイミングで二人の前に出て行った。
 固まる空気。
 突き刺さる沈黙。
「あの〜、もしかして僕、場違いでした?」
「っ!!」
 足音だけがこちらに近づいてくる。顔を見なくともそれが誰のものだか想像できる。
 未だに動かない俺の足。そうする間にも近づいてくる。
「――っ!?」
「あっ……」
 二人の視線がぶつかり合った。
 お互いに何も言葉が出ない。
「その――」
 何か言うべきだと思いとりあえず口を開いた瞬間、杏は弾かれたように駆け出していた。
 そんな後姿を、俺は固まったまま間抜けに見送ることしかできなかった。
「あの……岡崎君」
 俺の金縛りを解いたのは聞きなれた声だった。
 いつの間にか藤林が俺の横に立っていた。
「聞いてたんですね……」
「まあ……悪い。入っていくタイミングが掴めなかった……」
「……どこからですか?」
「……たぶん全部だと思う」
 短文での会話。気まずい沈黙が漂い始める。
「あのさ、なんとなく話は分かったんだけど」
 そんなところへ割り入ってくる春原。
「んだよ……」
「岡崎はどっちが好きなんだよ?」
「そんなこと……ここで言うことじゃないだろ?」
「言うべきだよ。まあその言葉で十分伝わるけどね」
 そう言って春原は藤林のほうへと視線を向けた。
「私も、言って欲しいです」
「…………」
 しかしどうしても言葉が出なかった。
「ちなみに、委員長には悪いけど僕は杏と付き合ったほうがお似合いだと思うよ。性格も似てるし。
 どっちかって言うと岡崎は引っ張っていくタイプじゃん。委員長には隣を歩いてくれる人のほうがあってるよ。だから杏見たいに後ろからどついてくれる奴のほうが言いと思うよ」
「…………」
「……あのさ、僕のことヘタレって言ってるけどさ、岡崎も相当なもんだよ」
「は?」
 思わず眉間に皺が寄るが、春原は俺と真っ直ぐに視線を合わせてきた。
「想像してみろよ。杏がどっか他の男とベタベタくっ付いてるのをさ。それとも代わりに僕が杏と付き合おうか?」
「ふざけんなっ!!」
 一瞬で頭に血が上った。沸騰したように湧き上がる怒り。言葉にできないほどの感情が俺の体を突き動かした。
 容赦なく動いた俺の右腕が春原の顔面を打ち抜いた。
 手加減無しの一撃。しかし春原は倒れることなく、俺を一瞥しただけだった。
「それが岡崎の答えなんだろ? だったら追いかけなよ」
 顎で廊下の先を指す春原。その方向に駆けていった杏のことを言っているのだろう。
「私からもお願いします」
 藤林が頭を下げていた。
「お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
 静かにそれだけを伝えた藤林の表情はとても穏やかだった。
 ここまでされて黙っているほどガキではなかった。
 確かに逃げていたのだろう。自分を誤魔化し、言い訳をし、そうして怠惰な日々をすごしていた。
「ああ」
 短く頷いた。それ以外に言葉は要らなかった。


 学校から飛び出し校門を抜ける。場所なんて想像できなかったからとにかく走り回った。
 通ってきた道なんか覚えていない。ただあいつの姿を求めて駆けずり回った。
 だから、あいつの姿を見つけることができたのも、幸運だったのだろう。
「杏……」
 何も無い丘。隠れるように、追い立てられたように存在するこの場所は、いつなくなっても不思議ではない物悲しさを纏っていた。
「探しに来るとは思ってなかった……」
 杏はこちらを見ることなく、空を見上げたまま呟いた。
「でもね、追いかけてきて欲しかった……」
 表情は見えない。けれどその声は努めて冷静であろうとする努力を隠しきれていなかった。
「初めはこの場所に来るまでに追いついてきてくれるんじゃないかって思ってた」
「…………」
「着いたときはもうすぐ来るんじゃないかって後ろを振り返った」
「杏……」
「後五分たっても来なかったらって思って、それが十分になって、三十分になって、一時間になって……」
「……悪い」
「でも、来てくれてよかった」
「場所、こんなとこ分かんねえよ」
「でも来てくれたじゃん。もしかしてあれ? ウンメイってやつ?」
「違う」
 自嘲的な笑みを零す杏の言葉を強く否定した。
「ここを見つけたのは偶然だったかもしれない。でもそれはお前を探そうと思ったからだ。運命じゃない」
頭を振って杏を見つめる。
「俺は――」
「――待って!!」
 一歩踏み出したところで強い口調が聞こえてきた。
「それ以上は、言わないで」
「でも俺は――」
「少しだけ、考えさせて……」
 それは杏にできる精一杯の努力だったのだろう。崩れ落ちそうな自分を繋ぎ止めるための唯一の虚勢。今の俺にその身体を包み込む資格なんかなく、ただ友人として言葉をかけることしかできなかった。
「……昼飯、約束だからな……」
 いつものように、そんな言葉しか出すことができなかった。
 杏からの返事はなかった。


 結局その日は眠ることなどできなかった。
 春原の部屋になど行けるわけもなく、開いている店を転々と回り、深夜になってから帰宅した。眼を閉じても眠気など訪れず、いつ寝たのかさえ分からず朝日を迎えた。
 学校へと行っても同じ。遅刻することなく登校したものの、何も頭に入ってこなかった。
 加えて藤林とは気まずくて話すことなどできず、おまけに春原も来ていないようで、俺は何をするでもなく空を見上げていた。
 それ以上に最悪だったのが、朝登校したときに杏とすれ違ったときのことだ。あいつが俺と視線を合わせたのは最初に見つけたときだけだ。
 靴を履き替え階段を上り、教室の前に来るまで終始無言だった。話したのは別れ際の一言。
「昼、昨日約束したから……」
 こんなことなら何も言わないほうが良かったかもしれない。

 そうこう考えている間に、いつの間にか四現目の授業が終わっていた。次々と席を立ち少なくなっていく生徒。
それと入れ替わるようにして入ってくる生徒がいた。
 杏だ。
 口を固く結び、無表情でこちらへと近づいてくる。そのまま俺の席まで来て――
「ついてきて」
 それだけを口にすると踵を返し教室から出て行った。俺は呆然とそれを見送ったが、慌てて立ち上がり杏の後を追った。
 教室から出た杏だったが、俺の予想とは違い向かった先は食堂とは反対方向。階段を下り廊下を進み、中庭へと出たところでようやく足を止めた。
「こんなところまで来て何食うんだよ?」
「これ……」
 当たり前の疑問を口にした俺に対し、杏は近くのベンチに座り、布に包まれた良く分からない包み差し出した。
「なんだ、これ?」
「見て分からないの? お弁当よ」
 言われてからよくよく見てみればどうやら弁当のようだった。というのも、所謂『お重』に詰められた弁当だったからだ。しかし俺は杏がこんなものを持っていることにすら気付かないほど動揺していたのか。
「それで、どうしてこれを?」
「どうしてって……約束したでしょ、一週間」
「ああ……」
 言われてようやく理解できた。どうやらこれは昨日の約束らしかった。俺としては学食の予定だったのだが、まあいいだろう。春原によれば上手いらしいから――
 そこまで考えて昨日の出来事が脳裏に浮かんだ。俺は何とか平静を保ちながら重箱を受け取り蓋を開け――

 ――固まった。

 ゆっくりと杏の顔を窺うと先ほどと同じ仏頂面、いや、よくよく見れば顔は真っ赤だった。引き締められた口元も微妙に震えている。
「あっと……これは、その…………あれか?」
「食べるの? 食べないの?」
 重箱は二段。一つは惣菜類、もう一つはご飯だった。ちなみに今俺が見ているのはご飯だった。詳しく言うならその表面。そぼろか何かだろうか、でかでかと表面に描かれているのは世間一般で言うところの『はーとまーく』。
「それ、二人分だけど、食べるの?」
「……ああ、食べる」
 昨日の返事。お互いに真っ赤な顔で並んでいた。言葉は無い、けれど確かに伝わった思いがあった。
「約束って……一週間よね……?」
「まあ、な……」
「その……あんたが頼むんならね、もうちょっと続けてもいいわよ」
「……頼む」
「ん、分かった……」
「……楽しみにしてる」
「……ちなみにさ、いつぐらいまで?」
「…………お前の変わりに作ってくれる女の子ができるまで」
「はぁ!? それって別の彼女ができるまでってこと!?」
「んなワケあるか!! 娘が出来るまでってことだよ!!」
「………………」
 思わずとんでもないことを口走ってしまったかもしれない。見るみるうちに杏の顔が染まっていく。
「……………………それって」
 けれどそれが偽らざる本心だったから。
「嫌か?」
 だからもう一言だけそう付け加えておいた。
「任せときなさいよ」
 晴れやかな笑顔がいつまでも離れなかった。

 弁当の味は良く分からなかった。初めて食べた手作りの弁当。ただ幸福感だけが身体を満たしていた。
 弁当を全て食べ終わった俺たちは、何をするでもなく空を見上げていた。
「……眠い」
 心地よい日差しと充足感。こんなにも満たされたのは何年ぶりだろうか。
「あんた、隣にこんな美少女がいるっていうのに寝るつもりなの?」
「……まあ。それにこれからはずっと居てくれるんだろ?」
 いつもならば一言反論を入れていたところだが、今は素直に頷くことができた。
「…………うん」
 思わぬ返答にまたも顔を赤くし、小さく頷いた。
 言葉の無い空間。けれどそれは心地よく、心から安らぐことができた。 
「ふゎ……」
 小さな欠伸。そんな無防備な杏の顔を眺めていたらふと視線が交わった。
 途端に顔を背け、言い訳をするようにまくし立てた。
「べ、別にいいでしょ。私だって眠いんだから。昨日だって全然眠れなかったし、今日だって四時に起きてお弁当作り始めたんだから」
「いや、悪くない。俺だって昨日全然寝れなかったからな」
「そうなんだ……」
 そよぐ風。頬を優しくなでる感覚に瞼が閉じそうになる。
「ちょっと寝てくか……」
「……そうね」
「いいのか? 委員長がサボって」
「たまにはいいのよ。誰かさんと違っていつも真面目ですから」
 にんまりと微笑む意地悪い表情。それはいつも通りの杏の姿だった。恋人のようで友人のようで悪友のようで、きっとこれからも変わることのない俺たちの関係。変わるのは俺たちが想いあう心の強さ。日々を過ごすたびに増してゆく想いは何物にも代えがたいものだろう。

 どちらともなく伸ばした手が絡まりあう。
 瞳を閉じ、触れ合ったぬくもりを感じる。
 二人ならば、俺はきっと上ってゆけるだろう。この先に続く坂道を。





 はい、無告知でSS追加です。
 というのも長編用のプロット作ってたら、杏の最初の台詞がでてきまして、それを聞いた自分の脳が妄想をぶちかましたしだいであります。
 個人的には杏様はかなり好きなキャラなんですが、おまけでついてくる委員長がどうにも……w

 まあキャラを上手く書くための練習みたいな作品なんで甘めに見てやってくださいな☆








テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

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