隠れオタでもいいじゃないか
主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。 あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。
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カテゴリー: D.C. SS
02月14日(木) [ D.C. SS ] # 55 <固定リンク>
- D.C.SS 〜Meet Again〜
-
はらり、はらりと花びらが舞う。
白い世界に彩りを沿え、儚い心に華をそえる。
優しく、美しく、そして暖かく。俺の身体を包むように、俺の心を抱きしめるようにふわりと広がる。
(これは、夢か……)
移ろう意識と、それに反して明確な方向を持つ夢。それを如実に語るのは既に枯れたはずの桜。
つい一月前ならば見慣れた光景であったが、今は幻想の中に消え去ったその映像。当たり前だった非日常を回想したとしてもなんら可笑しくはないだろう。
さっと、目の端を何かが掠めた。
誘われるように目を向ければ、そこにいたのはアッシュグレイの髪をもつ少女だった。
一瞬、何故かは分からないが、その姿をさくらさんと見間違えてしまった。
似ているのは見た目の年齢だけだろう。もちろん本来の年齢は違うだろうし、髪の色も顔つきも、似通っている部分は無い。そのはずなのにその纏う雰囲気はどこか懐かしさを感じさせた。
「良かった……」
少女が静かに言葉を紡いだ。
(何がよかったんだ?)
自然と声にならない言葉を呟いていた。聞こえるはずが無いのに。しかし少女はまるで聞こえているかのように優しく微笑んだ。
「あなたが幸せそうでよかった」
鈴を鳴らしたような可愛らしい声。童女のように屈託のない笑顔に俺も思わず表情が和らいでいた。
「純一と、さくらと、音夢の想いが繋がって、君がここにいる」
(さくらさんの知り合いなのか?)
俺の疑問に少女は小さく頷いた。
「少し順番は間違っちゃったけど、大丈夫。さくらも、純一も、音夢も、その子供たちも。みんなみんな幸せになれますよ」
エメラルドの瞳が俺を覗き込む。
「だから君も、もう一度感じてみてください。あなたに向ける好意の大きさに」
吸い込まれそうなその美しさに、俺は――――
D.C.供SS 〜Meet Again〜
「ん……」
けたたましく鳴り響く騒音が俺の脳髄に突き刺さった。
まだまだ春には遠いこの季節、暖かい温もりが残る安住の地を蹂躙せんとする悪鬼の叫びが俺に襲い掛かる。
ならば俺は俺自身の平穏を守るため戦わなくてはならないだろう。
「うりゃ!!」
気合を入れて腕を一閃させる。
同時に地獄の底から響く悲鳴が掻き消える。
(見たか……安眠を妨害する奴はこうなる運命なんだ)
勝利の余韻とともに、一つの命を消し去ってしまった虚しさを感じながら瞳を閉じた。
閉じたのだが、どうにも眠気が覚めてしまった。
何故か瞼の裏を掠める夢の記憶。どんな無いようだったかは思い出せないが、なにか意味深なことがあったような気がする。
まあしかしどこまで行っても夢のことだ。大方朝食の準備でもしている間に消え去っていくだろう。
俺は自分に言い聞かせるように起き上がり、朝日を浴びた。
「ん、それほど寒くはないな」
玄関の鍵を閉め朝日を仰ぐ。今日は日差しが暖かく風もない為、あたかも初春を迎えたかのような気分を覚える。残念ながら気分だけで終末にはまた冷え込むらしい。
今日の天候を喜ぶべきなのか、終末の悪天候を嘆くべきなのか、微妙な感想を抱きながら歩き出した。
「にしても誰もいないな……」
一人呟くようにしながら通学路を歩いていた。
時刻はそれほど遅いわけではない。今のペースで歩いても十分間に合うだろう。にも関わらず、校門まで来た今までに誰とも出会っていない。
時計が間違っているわけでもない。出掛けに見たニュースでも時間には十分余裕があった。
「う〜ん、謎だ」
首をかしげながら靴を履き替える。流石に校舎の中には生徒がいたが、皆どこか浮き足立って見える。異常は分かるのだが原因は全く想像がつかない。
不思議に思いながら靴を取り出そうとすると、そこに見慣れない小箱が入っていた。
扉を閉じ名前を確認するがそこは確かに俺の場所だ。ということはこれは俺のものなのだろうか。入れていたのを忘れていただけか、あるいは入れる場所を間違えたか。
よくよく見てみると丁寧に包装されている。リボンも付けられており、この小箱に思い入れがあるのだと伝わってくる。
しかし気にはなるが、ずっとこうしているほど時間に余裕があるわけではない。誰のものにせよここに置きっぱなしにしておくのは悪いだろう。俺は小箱を手でもち、思い至らない理由を考えながら教室へと向かっていった。
「おおっ!? やっときやがったな、このラブルジョワ野郎がっ!!」
入って早々聞きなれた声が耳に入ってきた。
「やっとって……別に言うほど遅くはないだろ?」
声のしたほうを見やればそこにいたのは友人の板橋渉だった。語頭に『悪』をつけても差支えが無いが、『親』をつけても良いほどの仲だ。
「かー、これだから恵まれた奴は違うよな。義之はもうちょっと幸せを分配するべきだぜ」
「幸せ? なんのことだ?」
大げさに嘆く渉の様子に疑問を抱きながら席に鞄を置く。その隣に小箱も置いておく。
「何言ってんだよ!! 今日が何の日か忘れたワケじゃないだろ!?」
「……何の日だっけ?」
「はぁ!? マジで言ってんのかよ!? くそ、そんなに自慢したいんだったら言ってやるよ。今日はバレンタインデーだよ、バレンタインデー。つまりは人生勝ち組と負け組みを決める大事な日なんだよ!! あらかじめ勝ち組にシードが決まってるお前には関係ないかもしれないけどなっ!!」
妙に興奮する渉の様子にようやく合点がいった。
「それじゃあ皆が妙に早く登校してたのは……」
「チョコを貰うために決まってんだろーが」
「……ちなみにお前は何時に着たんだ?」
「……そろそろ一時間だ」
思わず涙がこみ上げてきそうになった。
「……教室と下駄箱を何往復したことか。校舎の中立て歩き回ったし校舎に沿って外周だって回ったんだぞ……」
「なんで下駄箱なんかに行ったんだ?」
「なんでって、俺に直接渉せない恥ずかしがりやな女の子がいるかもしれないだろ? 物影から俺の様子を窺ってるかもしれないじゃん。俺はその女の子の気持ちを汲み取ってあげようとしたんだよ」
激しく悶えながら顔を赤くする渉。正直関わりたくはないが一応友人だ。
「あ、それじゃあ……」
ふと渉の言葉に気づくものがあった。机の上に置いた小箱を手に取る。
「ぬあっ!? お前、それ……」
「ほう、流石は桜内。既に一つ目か」
何故か狼狽する渉の背後に、いつの間にか杉並が立っていた。いつもながら神出鬼没な奴だ。
「っていってもなあ。入れる場所間違えただけかもしれないだろ?」
「はっはっは、謙遜はよせ。ほうら、ここに書いてあるだろ? 『桜内せんぱいへ』とな」
「つーか名前の書いてある下駄箱でどうやったら間違うんだよ。――って先輩!? 後輩の女の子からかよ!?」
渉は涙を流しながら俺の襟首を掴んできやがった。
「ちょ、待てって。ちょっと落ち着けよ。一個ぐらい誰だって貰うだろ?」
「いやいや、どうやら一つでは無いらしいぞ?」
そう言うと杉並は俺の机の中に手を伸ばした。
「ほうら、これで二つ目だ」
唇の端を吊り上げながら不敵な笑みを浮かべる。その杉並の手の中にあったのは板状の箱だった。
大きさは一辺がA4のノートぐらいだろうか。今度はご丁寧にもメッセージカードまで同封されていた。
「だー、なんで義之ばっかなんだよ!?」
「お、俺のことはどうだっていいだろ。それより渉のほうはどうだったんだ?」
「…………四個だ」
「なんだよ。お前のほうがたくさん貰ってんじゃないか」
ようやく渉の機嫌が直ると思ったのだが、渉はさらに沈んだように溜息をついた。
「でもそのうち義理が三個だぜ?」
「あれ、四個あって三個が義理なら一個は本命じゃないのか?」
「それはまあ……なんて言うか、な……」
言いにくそうに口を噤んでしまった。そんな渉の姿を楽しむように、杉並は喉を鳴らした。
「板橋が貰った一個は本命だぞ。それも告白つきの。ただ〜し、『男』からだがな」
「おいっ!! 何言ってんだよっ!!」
激しく狼狽しながら弁解を試みる渉。その姿が杉並の言葉を雄弁に肯定している。
「男って言うと……例の後輩の子か」
「子っていうなよ!! 俺はもう、忘れたいんだよ……」
俺の呟きに過剰に反応する渉。予想通り以前にラブレターを貰った男子生徒のようだ。名前は忘れてしまったがその生徒はかなり本気だったように思えた。
「まあ、他にも貰えたんだろ?」
「ん……まあな……。雪村と花咲と…………それに月島だな。せめて月島のが義理じゃなかったらな……」
冗談半分で言っているようだがそれが本心だと言うことは重々理解している。こいつは普段はいい加減のように見えるが、以外と芯はしっかりしている。
しかし、俺は何気ない会話であったはずなのにどうしても引っ掛かりを覚えてしまった。
「なあ渉。月島って――」
「ほうら、小恋ちゃん」
「わわっ、ちょっと待ってってば〜」
「何言ってるのよ。勝負はいつも早い者勝ちなのよ。躊躇してる間にぱくっといかれたらどうするつもり?」
しかし俺が問いかけを口にする前に三人の女子が俺たちの前に現れた。
噂をすれば、というやつか。ちょうど今話しをしていた雪村杏、花咲茜。
――そして見慣れぬ少女が一人。
「あ、どうしたんだお前ら? はっ、もしかして俺に本命のプレゼントなのかー!?」
「そんなわけないでしょ」
突然テンションを上げだした渉を杏がばっさりと切り捨てる。しかし切り捨てられた渉も妙に嬉しそうだから哀れとは思えない。
「そうじゃなくてね〜義之くんにプレゼント。杉並くんの分もあるよ〜」
茜がそういって紙袋から可愛らしいビニールの袋を取り出した。見ればトリュフ型のチョコレートが入っていた。チョコのパウダーとホワイトチョコレートがかけられたものが二つずつの計四個。外見から受ける印象とは違い家庭的なものが得意な茜のことだ。きっと見た目同様、味のほうも期待できるだろう。
「サンキューな」
「うむ、ありがたく頂戴させてもらうぞ」
「いえいえ」
やっぱり義理とはいえ貰えるのは嬉しいものだ。実際は三個目なのだが、いつの間にか置かれている誰とも知れないものより手渡しのほうがずっと好感を受ける。
「ほら、私からもあげるわ」
「お、マジで?」
「マジよ」
小さく頷いて小さな袋を差し出してきた。
しかしそれはなんとも感想の付けづらいものだった。
「義理…………」
入っていたのは円盤状のチョコレート。何よりその表面に書かれていたのは『義理』と言う二文字だった。
「ふふ、分かりやすくていいでしょ?」
「まあな……」
なんとも複雑な気持ちを抱いてしまった。義理だと分かっているんだがどうしても期待してしまう。ああ、男って馬鹿な生き物だよな……。
「ちなみにホワイトデーは三倍返しを所望するわ」
ちなみに杉並に出されたチョコには『貸し』と書かれていた。果てしなく謎だ。
「分かってるよ。もう食べるのがもったいないぐらいのを作ってやるって」
「わ〜い、やったあ」
「ふふ、楽しみね」
まだ作ってもいないのにこうも喜ばれるとやる気が出るよな。まあ同時にちょっとしたプレッシャーもかかるが。
……今のうちに練習しておこうか。
「義之〜、俺も欲しぃ〜」
「桜内く〜ぅん、俺も欲しいなぁ〜」
「黙れ……」
思わず鳥肌の立つ肌をさすりながら莫迦×2を睨みつける。
「ほら小恋、いつまでそうしてるつもり?」
「う〜、でも〜」
「小恋ちゃんってば、あんまり遅いと嫌われちゃうぞ〜」
「どうせ最後には渡すんだから、さっさとやったほうが小恋のためよ」
「わ、分かったってば。分かったから押さないでよ」
茜と杏に押されもう一人の女の子が俺の前まで来る。
第一印象は可愛らしい女の子。くりくりとした目と赤く染まった頬。緊張しているのかしきりに視線がさまよってはいるが、そんな仕草も女の子らしさに溢れている。
「あ、あのね、義之」
「なんだ?」
「ほら、なんていうのかな、日ごろのお礼? みたいな感じでね、作ってきたから。あ、あげるね」
そう言って少女は俺に何かを差し出した。反射的に手を出し受け取ると、少女はやることがあるからと言って走って教室から出て行ってしまった。まあ予鈴まであと僅かだから自分の教室に戻ったのだろう。
「も〜、小恋ちゃんったら照れちゃって」
「まあ小恋らしいと言えばらしいわね」
二人は笑いながら自分の席に戻っていく。
「チキショー!! 俺にも分けやがれっ!!」
「ふふ、モテる男はつらいなあ、桜内」
口々に言葉を残しながら去っていく。しかしどうしても釈然としなかった俺は皆を呼び止めていた。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」
俺がそう言うとその場にいた全員がこちらに振り返った。
「……さっきの女の子、誰?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
四人の視線が一斉に俺を突き刺す。言葉に出さずとも『こいつは何を言っているんだ』と既知外の存在を見るかのような目つきで唖然としている。
「あ、もしかして知り合いだったっけ? 確かに杏とか茜とかと仲よさそうだったから、もしかして会った事あったかなとも思ったんだけどさ……」
慌てて取り繕ってみたものの、皆の視線はさらに冷たくなるばかりだった。
「義之、頭大丈夫?」
「自信を持って頷けはしないけど異常は無いと思うぞ」
「ふむ、一応いつも通りの反応ね」
杏は深く考え込むように腕を組み、口元に手を添えた。
「お、おい義之、お前マジで言ってんのか?」
「マジって、なにがだ?」
問いかけの意味が分からず首をかしげると、渉はますます深刻そうな表情で固まってしまった。
「義之くん、小恋ちゃんだよ? 本気で言ってるの?」
小恋。あの子の名前だろうか。珍しい名前だと思った。けれどそれだけ、特に何かを思うわけでもなかった。
「これはこれは…………」
杉並の奴は何かしら思うところがあったようだ。しきりに頷いて独り言を呟いている。気になった俺は杉並に話を促そうとしたのだが、運悪く予鈴と共に先生が教室に入ってきた。俺は仕方なく席に着くしかなかった。
授業に集中などできるわけがなかった。というのも俺の斜め前に座る女の子の存在があったからだ。
月島小恋。どうやらそれが彼女の名前らしい。あの後ホームルームが始まる直前に教室に入ってきて俺の斜め前に座った。そのとき視線が合ったのだが、月島は照れたようでいて親しげな笑みを浮かべた。そんな月島に俺は曖昧な笑みを返すことしかできなかった。
そもそも彼女のことを知らないほうがどうかしているだろう。クラスメイトであり席は俺の前。黒板を見ていれば自然と視界の中に入ってくるはずだ。おまけに俺と彼女は仲がよかったと言う話だ。
何故? どうして俺は彼女のことを知らないんだ。
そんな想いがずっしりと俺の身体を押し付けていた。
杉並に聞こうとしても授業が終わるといつの間にかいなくなっており、始まるときに突如帰ってくるということの繰り返し。結局昼休みまで捕まえることができなかった。
「おい、杉並……」
はやる気持ちを抑えきれずに杉並に声をかけると、分かっていたかのように手で制した。
「ともかくここで話すのもどうかという内容だからな。板橋、行くぞ」
「ああ……」
渉も用意ができていたようでこちらに歩いてきた。
「そうだな、場所は空き教室あたりでいいだろう。桜内もかまわんだろう?」
「まあな」
一瞬月島のほうへと視線を向ける。彼女が今の俺の状態を知ったらどう思うだろうか。親しかったはずの友人が、ある日突然自分のことを忘れてしまったら。
申し訳ない気持ちを抱え教室を後にした。
「あ、義之くん」
廊下を歩いていると横から声を掛けられた。
透き通るような声。喧騒の隙間を抜けてくるような心地よい調べ。
「良かった。これから探しに行こうと思ってたんだから。もうちょっと遅かったらアウトだったね」
少女が長い髪をたなびかせながら俺に微笑んだ。
その声に、その瞳に、その笑顔に。俺は思わず見惚れてしまった。
「えっと、その……何の用?」
緊張から上手く言葉を話すことができなかった。なんせ途轍もない美少女、しかも初対面であるにも関わらず、いきなり名前を呼ばれたのだ。健全な一男子生徒としてはドキドキと鼓動が早くなるのも当然だった。
「あ、そのね。渡したいものがあって……」
視線を何故か窓の外を見ながら話をしている。何か珍しいものでもあるのかとつられて外を見るも、特に何かがあるわけではない。
不思議に思い視線を元に戻すと、目の前には何かが差し出されていた。
可愛らしくラッピングされた小箱。今日一日でやけに見慣れたあの物体だろう。
しかしどうして――
「あ……」
ふと嫌な既視感を覚えた。目の前の少女は俺のことを名前で呼びかけた。しかし俺は彼女のことを全く知らない。
じんわりと嫌な汗が滲むのを感じる。
「受け取って、くれるよね?」
上目遣いにこちらを見上げる視線。
「私、一個しか作ってこなかったから代わりにあげる人なんていないんだけど」
「あ、うん。貰うよ……」
そんな仕草に思わず受け取ってしまったのだが、ふと思い至る。果たして俺にこれを受け取る資格があるのだろうか。
彼女があげたかった相手は今の俺ではなく、彼女の想っている俺なのだろう。
しかしそれを彼女に説明するのか? 原因も解法も分からず、ただ徒に彼女を憂慮させるだけじゃないか。
そして何より、彼女を傷つけてしまうことが辛い。
「…………」
何を言えばいいのだろうか。どんな反応をすればいいのだろうか。
答えに窮し固まってしまった俺だったが、幸か不幸か返答を求められることはなかった。
「そ、それじゃあ私は小恋と約束があるからっ!!」
それだけを言い残し少女は走り去ってしまった。
「あっ……」
いったいどうしたのかと思ったが、すぐにその理由は判明した。
呆然とし固まる俺の元へ、入れ替わるようにして茜と杏が駆け寄ってきたのだ。
「も〜、いつの間にかいなくなってるんだもん。探してたのよ」
「それで、義之は何で固まっているのかしら?」
「聞いてくれよ!! 義之の野郎、白河からも貰いやがったんだぞ!!」
「これで六個目か、やるではないか桜内」
皆が口々に騒ぎ立て、渉が俺の肩をぎりぎりと締め上げているのだが、俺はというとぎこちない口調でこう言うしかなかった。
「なあ……白河って、誰?」
「月島に白河か……。ん〜理由が分かんねえよな」
渉が眉間にしわを寄せながら唸っている。
俺たち五人は廊下の端で固まっていた。傍から見れば怪しげな光景であるが、とうの俺たちはいたって真剣だった。
「何でだろうね? 他の人のことは覚えてるんだよね?」
「まあ、今まで会った人の中にはいなかったと思う」
と、言っても誰のことを忘れてしまったかなんてわかるはずがなかったが。
結局俺自身思い当たるふしも無かった為、話し合ってもすぐに行き詰ってしまった。
「小恋ちゃんと白河さんに共通するものでもあればいいんだけど」
「はいはーい。二人ともすんげー可愛いと思うな」
「へぇ、その考察が正しいとすると私たちは可愛くないという結論に達するわね」
「渉くんはそんな風に思ってたんだ〜。ショック〜」
「へ? あ、いや、そういうわけではなくてですね」
見事に墓穴を掘った渉が必死に取り繕っている。まあ杏たちに遊ばれているだけなのだが。
「まあこの代償は今度きっちり払ってもらうとして――杉並、何か予測はたっているんでしょ?」
「まあな。しかしまだ予測の域に過ぎん。せめて後二人ほど事例があれば確信を持てるのだが……」
あごに手を沿えワザとらしく溜息をついた。
「おい杉並。なんか分かったのならもったいぶらず教えてくれよ」
自分でも余裕が無いのが分かる。俺は焦っているのだろう。親しかった人たちとの思い出がなくなってしまうことに。
「まあ待て桜内。確かに仮説はたっているが、あくまで仮説だ。へんな期待を持たせるのもなんだ。もう暫くの辛抱だ」
「…………」
そう言われては何も言えなかった。
「コラッ!! 皆集まって今度はどんな悪戯するつもり!?」
凛とした声に俺たちは揃って振り返った。
強い意思を秘めた瞳。すらっと引き締まった身体。恐らくもともとの色なのだろう。薄っすらと色づいた亜麻色の髪はきらきらと美しく輝き、それが大きなリボンで結ばれている。
腰に当てられた腕には生徒会の腕章が見て取れた。
「教室にいないからどこにいったのかなって思ったけど……もう、ダメじゃない」
その女の人は躊躇いなく俺の近くまで歩み寄り、あっという間に吐息がぶつかるほどの距離まで顔を寄せてきた。
「弟くんってばまたホック外して。やっぱりお姉ちゃんがいないとダメなんだから」
少しでも頭を傾ければぶつかってしまうような距離。気恥ずかしさのあまり顔がほてるのを感じる、がしかし拒否するという選択肢は出てこなかった。
それは彼女がとても綺麗だったなどという二次的なものではなく、もっと心の深い部分がこの人に対し親愛の情を感じていたからだ。
「うん、これでよしと。いい? 弟くん。服装の乱れは心の乱れなんだよ。わかった?」
「……ありがと」
にこにこと笑っている。それだけで俺の胸の中に暖かい気持ちが広がっていく。
自らを姉と呼び、俺のことを弟と呼ぶ女の人。そして湧き上がる親愛の情。俺は自然にこの人が姉なのだと理解していた。
「あ、あの!! 音姫さんは義之に何か用事があったのでしょうか!?」
横から渉が緊張しまくった声を上げた。変に思った俺だったが、それに対する女の人――音姫さんの様子も変だった。
「え? あ、うんうん。ちょっと弟くんに渡すものがあってね〜」
上ずった声でそう言った音姫さんは、先ほどとはうって変わって途端に大人しくなってしまった。
「なんて言うのかな。家で渡すのも少し違うかなって。でね、こうやって学校で渡すほうが雰囲気? そういうのがあるって聞いたから……」
「あらあら、私たちはお邪魔かしら」
俺はそんな音姫さんの仕草に見とれ、杏の揶揄する声にも反論できずにいた。
背後から楽しむような視線をいくつも感じる。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。けれどそれは決して気まずいものではなく、気恥ずかしさを感じた上でなお心地いいものであった。
「あれ、お姉ちゃんどうしたの?」
止まった時計の針を再び動かしたのは聞き覚えのある声だった。
初めは音姫さんが口を開いたかと思ったのだがそうではなかった。
「それに兄さんも――皆さんと一緒だったんですね」
音姫さんを幼くした印象。シニョンで髪を結った小柄な少女だった。
言葉の内容から察するに俺たちの妹らしい。申し訳ないことだが彼女のことも忘れているようだ。
――本当に、どうして忘れてしまったのだろうか。
少女はそんな俺と音姫さんを交互に見やると納得したように数度頷いた。
「すいません、どうやら私はお邪魔だったみたいですね」
にっこりと笑うとそのままくるりと反転。そのまま歩き始めた。
「ゆ、由夢ちゃん!? ちょっと待ってよ〜」
「お姉ちゃん!? 止めてよ恥ずかしい」
去ろうとする少女を背後から抱きしめる音姫さん。なんかこう……いい光景だった。
「ねえねえ、由夢ちゃんも一緒に渡そうよ〜」
「わ、私は家で渡しますから」
「そんな事言って、由夢ちゃんだって渡すつもりだったんでしょ?」
「こんな衆人観衆の中で渡そうだなんて思いませんよ」
「じゃあ人がいなかったらいいの?」
「別に――あ、ちょっとお姉ちゃん!?」
「ほら、やっぱり持ってるじゃない。ね、一緒に渡そうよ〜」
「わ、分かりました。分かったから離れてよ。皆見てるじゃない……」
少女の言葉通り、俺たちを含め廊下を歩いていく人たちが皆二人のことを見ていた。
まあそれもそうだろう。こんな美少女の姉妹が並んで、しかも見ようによっては抱き合っているのだ。注目されないほうがどうかしている。
「え?」
全く気付いていなかった音姫さんがようやく周囲の様子に気付いた。
「あっ……あはははは……」
乾いた笑いを零し取り繕う。明らかに不自然だったが、次第に集まっていた人たちが散っていった。
「全くもう、時と場合を考えてくださいね」
赤らめた顔で制服の乱れを直す。そんな様子を眺めていると少女とばっちり目が合ってしまった。
「――コホン」
少女は一度間を置くよう咳払いをすると、改めてこちらに向き直った。
「どうぞ……」
簡潔な言葉と共に渡されたもの。展開について行けずついついそれに見入ってしまう。
「あ!! ちょっと待ってよ由夢ちゃん」
それに続くように音姫さんも何かを差し出す。
流石の俺も数度同じことが繰り返されれば理解できる。
目の前にあるのは二つのプレゼント。姉と妹からだとしても、純粋な信頼の情の篭っているチョコレート。確かに今は思い出せないかもしれないが、それでも彼女たちとの絆が俺の心に感慨を与えてくれる。
「ありがとう」
心からその言葉を伝えることが出来たと思う。
「ま、まあ、所詮は私の作ったものですから。味の保障はしませんけどね」
「何言ってんだよ。可愛い妹の作ったものなんだろ? 美味いに決まってんだろ」
冗談めかしてそう言ったつもりだったのだが、予想に反して妹は黙り込んでしまった。
もしかして気付かないうちにマズイことを口走ってしまったのだろうか。
緊張から動悸が激しくなる。
今の俺の状態を知ったら彼女たちは悲しむだろう。できればそれは避けたい。もっとも望ましいのは彼女たちの知らぬうちに記憶が戻ることだ。最悪ばれずに数日を過ごす必要もあるかもしれない。
「…………」
「…………」
俺たちは再び黙り込んでしまった。
「ふ、流石は桜内。朝倉姉だけでなく朝倉妹までも陥落させたか……」
「え? 朝倉? 桜内じゃなくて?」
素朴な疑問だったが周囲は静寂に包まれてしまった。
「に、兄さん? 今なんと仰いましたか?」
「何って……桜内じゃないのか? 苗字」
必死になって頭を回転させる。思い出せ、音姫さんが彼女の名前を言っていただろう。ええと、確か――由夢だ。うん、由夢で間違いない。
俺は由夢を指差し、やや探るように尋ねた。
「俺が桜内義之。だから桜内由夢じゃないのか?」
「――――」
瞬間、由夢の顔が塗り替えたかのように真っ赤に染まった。
「な、なななな――に、兄さん? そそそれは一体どういうつもりですか!?」
明らかに狼狽する由夢を、俺は理由が分からず顔を顰めながら見つめることしかできない。
「なにーーーっ!? おい義之!! お前由夢ちゃんといつの間にそんな関係になったんだよ!!」
「いつの間にって…………産まれたときから?」
「へえ、流石は義之ね。産まれたときからの運命だったってこと?」
「ロマンチック〜。いいなー由夢さん。私も言われてみたい〜」
口々にはやし立てるバカ集団。
「ええーーー!? 弟くんと由夢ちゃんってそんな関係だったの!?」
しかし何故か音姫さんも同じようにして驚いていた。
「は? 何言ってんだよ。他人事じゃないだろ?」
言いながら自分と音姫さんを交互に指す。
「名前、桜内音姫でしょ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
先ほどよりも温度の下がった――寧ろ極寒とも言える視線が背中にぶつかる。一部羨望の眼差しも混じっているが。
「義之……マジかよ。由夢ちゃんだけじゃ飽き足らず、音姫先輩まで……」
本気の顔で悔しがり、血が滲むのではないかと思うほどに手を握り締めている。
「ふう、義之がこんなにお盛んだったなんて……でもま、本人たちが納得してるなら問題は無いのわね」
「ちょっとちょっと杏ちゃん。これって姉妹丼ってやつよね!? 私初めてよ!!」
「落ち着きなさい茜。こういうときは見守ってあげるのが礼儀ってモノよ」
「うわ、流石杏ちゃん。大人ね〜」
勝手に話を続ける外野だったが、そこに一番加わりそうだった杉並は何かを考えるようにじっと俺たちのほうを見ている。
と、杉並が俺の肩をつかみ渉たちのほうに向ける。
「時に桜内。お前と血の繋がった縁者は何人いる?」
「はぁ? 何人って……とりあえずそこにいる音姫さんと由夢とぅふぐぅ!?」
何の脈絡もなく、突然杉並に口を塞がれた。
反論しようとした俺だが、続いて渉に体を抑えられ、首筋に杏が息を吹きかけてきた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
身震いと共に言葉を飲み込んだ俺は、怯んだ隙に三人がかりで担ぎ上げられてしまった。
「あ、音姫先輩、由夢さん。どうもお騒がせしました」
茜が何とか場を取り繕ってその場を後にした。
「で、なんであんな事したんだよ?」
半ば拉致同然に空き教室につれてこられた俺は、憮然とした表情で杉並を睨みつけた。
しかし杉並は悪びれる様子もなく小ばかにしたような溜息をついた。
「なあ桜内。朝倉姉妹のことも覚えていないのだろう?」
突然の問いかけに言葉を失ってしまった。
「ま、まあ……」
答えはイエス。しかし何故それが分かったのか。俺は二人のことは言っていなかったのだが。
「簡単なことだ。朝倉姉妹とお前は血が繋がってはいない。ちなみに苗字も桜内ではなく朝倉、つまりは赤の他人だ」
「はあ!? だったらどうして俺のことを弟って言ったり兄さんって呼んでるんだよ!?」
「んなの俺だって聞きたいよ。お隣さんだかなんか知らんがお前は二人と仲がいい。それももんのすごくなっ!!」
渉が歯噛みしながら抗議する。
「兎に角、あのときの判断は正解だったわ。もしあのまま話し続けていればボロが出たわ」
「う……確かに……」
俺は二人のことを姉と妹だと思っていた。だからこそあの態度だったわけだが。しかしそれが仲の良い他人だというのなら大分意味が変わってくるのではないだろうか。そう考えると杏のいうことはもっともだった。
「義之くんも気をつけないとダメじゃない。もし音姫先輩が知ったら卒倒しちゃうかもしれないわよ」
皆が一斉に頷く。
「マジか……」
それほどのことならば先ほどの杉並の行為も責められたものではないだろう。かといって感謝もしはしないが。
「まあ今更そんなことを言っても時間の無駄よ。それよりも話があるんじゃないの?」
杉並に視線を送る杏。
「うむ」
鷹揚に返事をすると芝居がかった仕草で俺たちの顔を順に見回す。
「桜内の身に起きていることだが、原因は不明ではあるが今の状況は説明できる」
一拍間を置き俺と視線を合わせる。
その緊張感に思わず息を呑む。
「つまりは限定的な記憶喪失。そしてその対象は桜内に対し一定以上の感情を抱いている者だ」
は? いや待て待て。その考えでいくと妙なことにならないか? 月島だろ? 次に白河。それに音姫さんに由夢。そろいも揃って皆美少女だ。
「……それってありえないだろ?」
「それがありえるんだよ!! なんでかしんないけどお前は異常にモテるんだよ!!」
思わず口をついた言葉だったが、渉は聞き逃してはくれなかった。とはいえそんな状況だったら俺でも羨ましいと思う。
「俺って羨ましい状況だったんだな……」
「何しみじみ語ってんだよ!? あれか? 俺への嫌がらせか!?」
「いや、正直実感ないし……。だからどうにも他人事に思えるんだよな」
「俺からすればそれでも十分なんだよ!! 何で義之ばっか、俺と何が違うんだよ!?」
「顔ね」
「顔かな〜」
「顔だな」
「っておい!? 即答かよ!? しかも顔ってどうしようもないじゃんか!?」
「いやいや、世の中の技術というのは素晴らしい発展を遂げているのだぞ? それはもう桜内のクローンを作ることさえ可能なほどだ」
「マジかよ!? そ、それじゃあさ、俺が桜内みたくなればすぐにモテモテになっちゃったりするのか?」
「無理ね。性格が終わってるもの。人として」
「それは無理かな? なんかモテないオーラが出てるから」
「不可能だな。核が――いや、格が違うからな」
「じゃあどうしようもねーじゃん!?」
流れるようなコントに思わず笑みがこぼれてしまう。そんな砕けた雰囲気に合わせるように気の抜ける擬音が教室に響いた。
「なあに今の音?」
「あ、俺の腹の音だ」
「ふう、そういうところがダメなのよ」
「仕方ないだろ? 何にも食べてないんだからさ」
「確かになんか食べたいよな」
渉の言うとおり、俺たちは昼になると同時に集まっていたから何も食べてはいない。
「私たちは教室にお弁当があるけど……」
「俺は持ってきてないぜ」
「俺も今日は学食のつもりだった」
「食事など眼前に広がる未知の前には些事に過ぎん」
「けど今から購買に行っても何にも残ってないわね」
予想できることだけど改めて言われるとへこむよな。
和菓子を出したところで、結局は俺のカロリーを消費しているわけだから何の意味も無いだろうし。
「おおっ、そういえば入れておいたっけ」
渉が何かに気付いたようにポケットに手を突っ込んだ。
「じゃーん」
得意げに取り出したのはカラフルな包み。
茜がその包みを見て何かに気付いたようだ。
「あ、それって……」
「そう、月島の手作りチョコだ!!」
「って何でそんなモン持ってんだよ」
「決まってんだろ!? 月島の愛を感じるためだよ!!」
「義理だけどね」
「いいだろ雪村!? ちょっとぐらい夢見させてくれよ!!」
「渉くんはいっつも妄想してるみたいだけどね〜」
「仕方あるまい。それが板橋のアイデンティティーだ」
「は? アイデンティティー? 何だそれ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人の溜息は見事に一致していた。
「とにかくチョコを持ち歩くのはどうかと思うぞ。それに溶けると思うし」
「なんだよ。義之だって持ってんだろ?」
そう言って俺の手元を指す。確かに三つのチョコレートが存在してはいるが。
「これはさっき貰ったんだから当たり前だろ? 朝に貰ったやつは鞄の中だよ」
「案ずるな桜内。月島のはここにあるぞ」
「なんでお前が持ってんだよ!? ったく、いつの間に持ってきたんだよ」
はあ、怒鳴ったらさらに空腹になったような気がしてきた。
「…………」
手元にはチョコレート。正直他人のいるところで食べる気にはなれないが、背に腹は返られない。プライドで腹は膨れないのだ。
俺は好奇の目にさらされるのを覚悟しながら包みを開けた。
「おおっ!?」
初めに思ったのはすごいの一言。
見た目はその辺の店で売っているものとなんら遜色は無い。寧ろ勝っている部分もあると思う。
ベースはガトーショコラ。綺麗に整えられたその上で粉雪が舞い踊る。
細やかに、鮮やかに。二色のコントラストがより一層の深みを与える。
ホワイトチョコレートなのだろうか、黒と白の二種類が入っている。
「うおっ!! なんだよそれ!! スゲー美味そうじゃん!? な、なあ義之、一個くれよ」
「意地汚いわよ渉。あなたも貰ったじゃない。それとも何? あなたに向けた小恋の気持ちを蔑ろにするつもり?」
「はっ!? そ、そうだった……。すまない月島。俺を許してくれ……」
「ま、それはともかくとして、やっぱり小恋は気合入ってるわね」
「ホントホント。こんなに美味しそうなら私だって貰いたいな〜」
「フフ、そうであろう。さあ桜内、思う存分に味わうがよい」
「何でお前が偉そうなんだよ……」
杉並の言葉に辟易しながらチョコレートを口に運んだ。
(あれ……?)
気がつけば俺は見知らぬ場所にいた。
慌てて周囲を見回そうとするが体の自由が利かない。
(これは……夢か?)
まるで誰かの夢を見させられているかのような感覚。俺の意識は確かに存在しているが、俺の意思とは無関係に場面が動いていく。
「む〜」
俺の視界に一人の少女が入り込んできた。
「ちゃんと作っても義之だからな〜、どうせ何にも考えずに受け取りそうだし……」
なにやら唸りながらキッチンに立つ後姿にどこか見覚えがあった。
そう思うとこの景色にもどこか既視感を感じる。
「でも簡単なもので済ますのもダメだと思うし……やっぱりちゃんと言わないといけないよね……。それに、ななかも……」
くるりと、少女がこちらに振り返った。
(――――っ!?)
思わず声にならない驚きが口をつく。
空の器に水を注ぎ込むように、俺の中に感情が奔流となって流れ込む。
(小恋……)
何故忘れていたのだろうか。
その顔、その声、その姿。数え切れない思い出があった。
笑った顔、拗ねた顔、怒った顔、照れた顔、泣いた顔。見ていて飽きないその仕草、心が安らぐその雰囲気はいつも近くにあったのではないか。
「はあ……義之ってば、何考えてんだろ…………」
――不意に、心がはねた。
小恋が見せたその物憂げな表情が頭から離れなかった。
「おい義之。どうかしたか?」
「え?」
「え? じゃねえって。なんで固まってんだよ?」
「決まってるでしょ。小恋のチョコレートに言葉を失ったのよ」
「なにーーー!? そんなに美味いのか!? お、俺も食うぞーーー!!」
いつの間にか視点は教室の中に戻ってきていた。
まるで白昼夢を見ていたかのような錯覚。あの『夢を見せられる』感覚というのが一番ぴったりくる表現だったのだが、しかし枯れない桜が枯れた後から一度たりとも見ていなかったのに。いった何故あんな光景を。それにあれは恐らく小恋の――
「――――っ!?」
途端に鼓動が激しくなった。
頬が火照る。心臓が早鐘を打っている。
ドキドキと、けれど不快ではなく、心地よい違和感が体の中を巡り行く。
小恋の言葉が何度も思い出される。
「どうかしたの、義之くん? ぼーっとしてるけど」
俺の様子を不思議に思ったのか、いつの間にか茜が隣に立っていた。
「あ、うん。なんて言うか……思い出したんだ。小恋のこと」
「へ?」
「だから、小恋のこと。何でか知らないけど急に思い出したんだ」
「本当か、義之!?」
「ああ。意識が急に遠くなったと思ったら、気がついたら思い出してた」
夢のことを話すわけにもいかないので適当なところで言い訳をしておいた。
「ほう……なるほど。鍵はそれか」
杉並はチョコレートを指差しながら唇の端をゆがめる。
俺にはその意味するところが全くもって理解できないが、杏だけはもっともらしく頷いている。
「王子様の呪いを解くにはお姫様の愛が必要ってことよ」
「はあ? 何だそれ?」
回りくどい言い方に首を傾げるしかない。渉も茜も同様に思案顔になっている。
だが杉並も杏も説明するつもりは無いらしく、俺の困った顔を薄っすらと笑いながら見ているだけだった。
「説明するよりも行動で実証したほうがよかろう。とりあえず食べてみろ」
そう言って差し出したのはチョコレートの包み。誰のものかは分からないが、先ほど貰ったものには違いない。
俺は訝しげに思いながらも丁寧に包装を解いた。
「わ、すご〜い」
「なるほど。確かに気合入ってるわね」
チョコレートはザッハトルテだった。光沢のあるチョコレートで塗られた表面は、まるで鏡のように綺麗に光を反射している。
その上には細い線が絡み合ったような美しいデコレーションと――英語だろうか。生憎俺には読むことはできないが、なにやら流暢な字体で文字が書かれている。
「こ、これ白河のだろ!?」
「うそ!? これ白河さんが作ったの!? お菓子も作れるんだ〜」
「確かにすごいよな……って、どうやって食べればいいんだ、これ?」
まさか手づかみでそのまま、というわけにもいかないだろう。
と、そこに。
「心配は無用だ。こんなこともあろうかと用意はしてある」
「……なんでそんなモン持ってんだ?」
「知れたこと。非公式新聞部はどんな状況にも対応できなければ勤まらんからな」
妙に得意げな杉並からフォークとナイフを受け取り、食べきれるサイズにカットする。
切り取った断面を見れば、外面だけでなく中も丁寧なつくりだった。
幾重にも重なった生地が層を作り、まるで降り積もった雪を思わせる。
「それじゃあ、いただきます」
食べるのが勿体無くも思ったが、このままじっと見ているわけにもいかず、フォークで切り取り口へと運んだ。
再び俺は見知らぬ場所にいた。
(今度は誰だ?)
前もって予測していただけに、前回よりも頭が回っている。
「むむむ、結構難しそうだな……」
少女が可愛らしい顔で唸りながら首をかしげる。それに合わせ長い髪が背中を流れる。
(ななか?)
髪形は違ったがすぐに誰か分かった。
いつものようにリボンを使い肩口で二つに分けるのではなく、真っ直ぐに流したのでもなく、ゴムを使い後ろで縛った格好だった。きっと料理をするときはいつもこの格好なのだろう。
「えっと……メレンゲを作って、それをチョコに混ぜる。白い部分がなくなるまで混ぜて……」
真剣な表情で本とボウルを見比べながら作業をしていく。その手際は何度か止まるものの慣れた手つきで、料理に慣れているのが見て取れた。
次々と素材が混じりあい、だんだんと見慣れた形になっていく。
「それじゃあオーブンに……」
型に流し込んだチョコレートをオーブンに入れタイマーをセットする。
「これでオッケーかな」
入れたばかりだというのにななかは楽しそうにオーブンを眺めている。子供のような仕草に思わず笑みが零れてしまう。
(あれ……?)
しかしそんな笑顔の中にも憂いの表情が混じっている。
「小恋も、渡すんだよね……」
まるでななかの気持ちが流れ込んでくるように、俺まで切ない気持ちになってきた。思わず手を伸ばしたくなる。けれど今の俺には見ていることしかできなかった。
「……でも、やっぱり、我慢なんてできないよ」
赤みを帯びた表情。潤んだ瞳。柔らかそうな唇にそっと添えられた指。俺はその光景から目が離せなかった。
「…………」
戻ってくるのも唐突だった。
皆の視線が俺に集まっていた。
「どうだ義之、思い出したか?」
「…………まあ」
目をつぶれば先ほどの光景がすぐにでも蘇えってきそうだ。
「ななかのことも思い出したよ……」
「予想通りね」
「さっすが杏ちゃんね〜」
渉たちは盛り上がっているが、俺はどうにも複雑な気持ちだった。
小恋とななか。二人とも俺の友人だ。その二人が俺のことを思ってくれているなんて夢にも思わなかった。それを本人の気持ちをそのまま知るなんて形で伝えられるなんて、正直頭が追いついていない感じだ。
「やはり俺の予測は正しかったようだな」
俺の肩に手を乗せながらニヤリと笑う。そして逆の手には別のチョコレートが乗っていた。
「では次に行ってもらおうか」
「ちょっと待ってくれよ。今は少し気持ちの整理をしたいんだ……」
「何を言うか。時間は有限なのだぞ? どうせ今日中に食べなければならんのだ。ならば早めに済ませてからじっくりと考えたほうが良かろう」
「それは……確かにそうだけど」
「まあ気持ちを受けるにしろ断るにしろ、まずは物を貰わんことには始まらんからな」
今日の杉並は言うことがいちいち尤もらしい。
反論する言葉が見つからず、不承不承片方の包みを開けた。
中身はシンプルなトリュフ型のチョコレート。大きさが不揃いだったり形が歪だったりはするものの、チョコレートだという認識はできる。
「……どっちのだ、これ?」
もらした呟きに答えるものはいなかった。
「あっ、そうじゃなくて、チョコをそのまま入れちゃ駄目だよ。焦げ付いちゃうからね。湯全で溶かすのよ。こうやってお湯を入れて、ボールを乗せて……ね」
「む〜〜〜〜やっぱり私には無理だって」
「大丈夫よ。お姉ちゃんだって弟くんだって、最初は失敗しながら覚えたんだから」
音姉と由夢がキッチンに並んで立っている。
(ってことは由夢のチョコか!?)
思わず自分の食べたものを確認したくなった。
「だって、どうせ作っても兄さんに馬鹿にされるだけだし……」
「そんなことないよ〜。弟くんだって喜んで受け取ってくれるよ?」
「どうだか……」
由夢は不満そうに口を尖らせるが、調理を止めようとはしなかった。
音姉に教えられるとおりにチョコを溶かし、型に入れ、デコレーションをしていく。教えられてはいるが決して手は借りず、由夢が一人で作っている。その表情は面倒くさがるだらけた表情ではなく、とても真剣で、真っ直ぐで、思わず引き付けられてしまうものがあった。
「うん、上出来。これなら誰だって文句は言えないよ」
「そ、そうかな……」
「うんうん。弟くんも大満足だよ〜」
「ん……そっか……」
照れを何とか隠そうと無表情を取り繕う由夢。けれどそこから薄っすらと零れた笑みが俺の心を引き付けて離さなかった。
予想外の光景だった。
かったるいと言って作らないだろうと思っていた由夢が作っていたことにも驚いたし、なによりあんなに真剣な姿など見たことがなかった。
そして頬を染めた横顔。
まだ子供だと思ってたのにいつのまにあんな表情をするようになったのか。
暫く由夢の顔をまともに見れそうになかった。
「わ、義之くんの顔真っ赤だ」
「あら、本当ね」
楽しそうに見つめる視線から逃げるようにして顔を逸らす。するとその視線の先には一番見たくないやつの姿があった。
「…………やけに楽しそうだな」
「それはお前のほうだろう? まあ楽しいのは否定せんが」
そう言って差し出したチョコレート。残るのは音姉のものだ。
「…………」
もう何も言うまい。
黙って包装を解くと綺麗なケーキが二つ入っていた。チョコレートのケーキと――これは抹茶か? 鮮やかな萌黄色が目に映える。
ってかこれカットしたやつだよな? てことはホールを焼いたのか? それも二つも。
これって俺のために作ってくれたんだよな。
なんだか申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが胸の中に湧き上がる。
そのまま一口サイズに切り取り口へ運んだ。
「ん〜んん〜〜」
楽しそうにボウルをかき混ぜる音姉。上機嫌に鼻歌を歌う姿は、チョコを作るのが楽しくて仕方がないというようだ。
心地よいリズムが俺の心を撫でる。もう何年も慣れ親しんだ感覚。音姉が料理をする後姿は俺にとっての家庭の姿だと言える。
血の繋がりは無いけれど確かに俺と音姉と由夢は家族だった。その温もりは常に感じている。そしてそれ以上の想いを感じることがある。
「えへへへへ」
とろけるほどの笑顔。
そんな音姉の好意が向かう先が俺だなんて未だに信じられない。
音姉は俺にあげる立場だというのに、見返りなど求めない気持ちで、ただ俺に喜んでもらうためだけにケーキを作っている。
「楽しみにしててね、弟くん」
まるで俺がここにいるのを知っているかのように語りかける音姉。
俺はそんな笑顔をただ見ていることしかできなかった。
「さて、これで元に戻ったわけだな」
俺の様子を満足そうに眺める杉並。俺は半ば夢うつつの状態でその言葉を聞いていた。
「ふう、とりあえず何とかなったわね」
「最初聞いたときはマジで驚いたけどな。これが可愛い女の子だったら、あーんなことやこーんなことを吹き込んだのにな〜」
「茜、とりあえず黙らせておきましょう」
「はーい。――えりゃ」
「ふぎぉっ!?」
周囲でコントが繰り広げられているが俺は笑えなかった。
「なあ……」
「どうしたの、義之?」
俺の口調に真剣みを感じ取ったのだろう。馬鹿騒ぎをしていた渉や茜たちも俺のほうに向き直った。
「俺ってどうするべきだと思う?」
我ながら間抜けな質問だと思うが、それでも聞かずにはいられなかった。
「何でかしんないけどさ、皆が俺の事を想ってくれてるんだよな……」
未だに静まらぬ胸の動機。それどころか顔を思い出すたびに胸が締め付けられる。
「小恋にななかに、由夢に……それに音姉も」
俺の感じた想いは決して想像などではなかっただろう。
「正直まともに顔を合わせる自信が無い」
真っ赤になった顔でそんなことを言うのは恥ずかしかったが、それ以上に皆と顔を合わせるほうが恥ずかしかった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は唖然とした表情で俺のことを見ている。唯一杉並は薄っすらと笑みを浮かべているが。
「義之、なんか変なモンでも食べたか? ってチョコ食べただけだよな?」
「意外……義之くんがまともになっちゃった」
「ま、ようやく一般人になれたって事ね」
「あのなあ、俺は真面目に聞いてるんだよ」
「あら心外ね。私たちも真面目に答えてるのよ」
杏から溜息を交えた、哀れむような視線を向けられる。
「私からすれば義之が今まで気がつかなかったほうが不思議よ」
「気付くって――」
「小恋のこと。それに白河さんと音姫先輩と由夢ちゃんの気持ち。あんなにもあからさまだったのに」
「だから今の義之が普通なのよ。むしろ前が鈍感すぎたのよ」
「…………」
信じられなかった。皆こんな気持ちで過ごしてたって言うのか?
心臓の高鳴りを押さえられなくて、顔を思い出すだけで嬉しくて、声を聞くだけで切なくて。いったいどうすればいいのだろうか。
「でも嫌じゃないでしょ?」
知ったような顔で笑う杏の言葉に頷くしかなかった。
「渉はずっとこんな感じだったのか……?」
「ん、まあな……」
苦笑する渉はいつもより大人びて見えた。
「とりあえず教室戻ろうよ〜。もう予鈴鳴っちゃうよ?」
「うおっ、マジかよ!? 俺まだ食ってないのに!?」
「何よ〜、私だってお弁当食べてないんだからね」
「我慢しましょ。この借りは義之が三倍で返してくれるわ」
「そうか、期待しておくとしよう」
いいながら教室から出て行こうとする。その背中に声をかけた。
「……俺はこのまま帰るよ」
そう言うと一拍置いて全員が笑い始めた。
「あははは、義之くん子供みたい」
「くす、照れるにも程があるわね」
「だっはっはっはっは!! 義之、顔真っ赤だぜ!?」
「ふ、まだまだ精進が足りんな」
「し、仕方ないだろ!! 前の席に小恋がいるんだから……」
だんだんと尻すぼみになりながらそういうとますます笑い声が大きくなってしまった。
くそっ、もう何も言うもんか。
「分かった分かった、俺が鞄もってきてやるよ」
弱みを握られた俺は、相変わらず爆笑を続ける渉たちを恨みがましく睨み続けることしかできなかった。
「あ〜〜〜疲れた……」
時刻は夕食時。隣から人がやってくる様子もなく、俺は一人での食事を取ることに鳴りそうだった。まあ今の状態では上手く顔を合わせられないだろうからちょうど良いだろう。
相変わらず胸はドキドキと高嗚ったまま、こんな状態で夕食を作る気力もなかった俺はテーブルに突っ伏したまま包みを取り出した。
中身はチョコレート。夕食に食べるのはどうかとも思ったが、この家にはこれ以外に食べるものはなかった。あるのは材料のみ。カップラーメンさえも品切れだった。
昼にも一口ずつ食べたのだが味なんてものは分からなかった。
順に口へと運んでいく。
やっぱり恥ずかしくて味は分からなかったが、とりあえず美味かった。
結構な量があったと思ったのだが、いつしか全部食べ終えていた。
「風呂入るか……」
とりあえず風呂に入って寝てしまおう。きっと明日になったら少しはマシになるだろう。
そんな希望的観測を持ちながら準備を始めた。
今日はいい夢が見られそうだった。
はらり、はらりと花びらが舞う。
白い世界に彩を沿え、儚い心に華をそえる。
優しく、美しく、そして暖かく。俺の身体を包むように、俺の心を抱きしめるようにふわりと広がる。
いつか見たような光景に心が引き付けられる。
移ろう意識と、それに反して明確な方向を持つ夢。それを如実に語るのは既に枯れたはずの桜。
そして誘われるように目を向ければ、そこにいたのはいつか出会ったアッシュグレイの髪をもつ少女だった。
「どうですか? みんなの想い、受け取れましたか?」
見透かしたように微笑む小女。
(君は……何を知っているの?)
俺の質問にくすりと微笑む。まるで本当の会話をしているみたいに。
「あなたは、純一に良く似てます。やっぱり親子なんですね……」
(親子……?)
「でも困ったところも似てます。女の子の気持ちに鈍いところとか」
少女は懐かしむように笑った。
「だから今度のはちょっとしたお節介です。みんなの好意に気付けるように」
ふわりと、少女は軽やかに歩き出す。同時に意識が浮上していくのを感じる。
(ああ、夢から覚めるんだな)
「それじゃあまたね、義之――」
(君は、誰なんだ?)
だんだんと見えなくなる背中に必死に声をかける。
俺の声が届いたのだろうか、もうその小さな背中は見えないが、風に乗って微かに声が届いた。
「――私は皆を幸せにする魔法使いですよ」
〜end
「っておい!? 美夏の出番はどうした!?」
「おや? これはこれは美夏嬢。どうしたんだ? そんなに大声を出して」
「どうしたんだじゃない!! これで三度目だぞ!?」
「はて、三度目とは?」
「卒業パーティーに体育祭、そして今回だ!? どうして美夏の出番はこんなに少ないのだ!?」
「ああ……。しかし美夏嬢、あの時は起動していなかったのだから仕方あるまい」
「それはいい!! だが今回は別であろう!? 今日は二月の十四日だ、起動しているはずであろう!?」
「確かにそうだが……ならば聞こうか。今日は何の日だ?」
「はぁ? ただの平日であろう?」
「ふ……ならば美夏嬢の出番は来ないであろうな」
「ま、待てっ!! 今ハードディスクを検索する!! えっと、十四日だろ? ん…………出たぞ。って何だこれは!? ただのお菓子メーカーの戦略ではないか!?」
「やはり美夏嬢では駄目か。夢もロマンもない」
「ちょ、ちょっと待て!! どこへ行く!? 杉並? 杉並ぃ!?
……いない。くそぅ、ロマンだと? ふざけるな!! 美夏だって……美夏だってな、ロケットパンチが欲しかったんだぞ!!」
長っ!! と自分でも思ってしまいます。
そのわりにはヒロインの出番が少ないケド……www ま、こんなのも悪くない。って程度で済ませて下さいな〜(*´∀`)/
次はFAの予定☆









