隠れオタでもいいじゃないか
主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。 あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。
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カテゴリー: キリ番SS
03月09日(日) [ キリ番SS ] # 66 <固定リンク>
- ありきたりでベッタベタな日々
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人間が霊長類の長であることはもはや言うまでも無い事実だ。発達した知能、発展した文明。日々進歩し続ける技術に人自身がついて行けぬほどに社会は流れ続ける。
そんな複雑な時代に生きる人の心情も、他の生物には度し難いほどの機微を抱きかかえている。
喜怒哀楽。趣味思考。それも個人の過去、生活環境で大いに差が出るほどの不安定な感情。そしてその際たるものは恋愛感情ではないだろうか。
考えてもみて欲しい。子孫を残すという生物にとって共通の命題、それを果たすにあたり好き嫌いの感情など余計なものではないだろうか。ただ機械的に機能的に、より効率よく優秀な遺伝子を後世に残す。それこそが本来ヒトという生物に籠められている本能のはずだ。例えば男で言えば骨格の発達具合、筋肉の量、病原体の有無。女で言えば優秀な子孫を残すための母体に適しているか。これこそが生物として持つべき概念である。
けれども事実は異なる。
ともに時間を共有し、ともに感情を交流し、心から認め合える相手とともに新たなる一歩を踏み出す。中には肉体的接触を第一とする者もいる。おれはそれを否定したりはしない。だがその根本に流れるものは同じだと思う。
大切な人たちと笑い合いっていたい。
本能にとっては不要である恋愛感情、けれどもそれこそが人間の素晴らしい部分であり、同時におれが大切にしたい部分でもある。ただ生きるのではなく幸せになる。おれにとってはそれが大切な人たちとともに過ごすことだと言えるだろう。そのためにおれは生まれ故郷へと戻ってきた。
信頼する友人は四人。こう言うと少ないと思われるかもしれないが、そもそもおれの故郷には子供が少なかったのだ。加えておれは他人との会話が苦手だった。
まあそれはさておき、その友人たちは皆女の子だった。傍から見れば羨ましいとよく言われる。まあその子達は友人としての贔屓目を除いたとしても間違いなくトップクラスの容姿を備えている。性格も面白いやつばかりだ。一緒に馬鹿なことをしたり、ふざけ合い、本音を語り明かせる。そして何より、おれはそんな皆といることが幸せだった。ただ何気なく、平坦な日常を過ごすことが何物にも変えがたい宝だった。
おれが望むもの、それはただ皆と一緒いたいということだけだった――
「一緒にいたいだけなんだよ……」
「ちょっと賢一、なにぶつぶつ言ってんのよ?」
「健、人の話はちゃんと聞きなさい」
ただ皆といたいだけなのに、どうしてこんなことになったんだろう。
現在おれは自室で正座中。おれの正面にはお姉ちゃん、そこから時計回りにさち、夏咲、灯花がおれを見下ろしている。流石のこのおれも状況の推移にはついていけなかった。
そもそも今日は皆で泊まろうという計画だった。場所はおれの家。日本の修学旅行みたいだと灯花や夏咲がはしゃいでいたのが懐かしい。
初めは皆で取り留めの無い話をしていただけだった。数分後には忘れているであろうどうでもよい内容、けれどもその瞬間こそが楽しかった。晩飯も皆で食べ、あっという間に時間が過ぎていった。
そろそろ寝ようかという時刻になった。流石にみんなと一緒に寝るのはおれが躊躇したので、女性陣には客間を使ってもらうことにした。いやなに、それなりに広い部屋ではあるが如何せん、五人で寝るには少しばかりきついのだ。決して可愛い女の子に囲まれてはドキドキしっぱなしで寝れないなんてウブなハートのせいではない。決してない、ないったらないのだ!!
とにかく、おやすみと言って皆が部屋から出ようとしたときに問題が起こったのだ。何気ない様子にさりげない口調。けれどもその言葉が皆の警戒網に引っかかってしまったのだ。
「それじゃあ健、布団出してくれる?」
「うん」
そういって押入れから二人分の布団を取り出したのだが、何故か皆は部屋から出る直前で固まっていた。
「あ、あはははは。あたしってばちょっと寝そうになってたみたい」
「さっちゃんも? わたしもね、少し夜更かしさんになっちゃった」
「二人とも、聞こえたんだ。私も幻聴が聞こえたみたいだったから」
微妙な間、それとともにやけに早口で切羽詰った雰囲気だった。いつもなら妙な言葉遣いの夏咲に訂正を入れていたところだが、それすら出来ないほどに。
「皆どうしたんだ?」
「いやね、ちょーーーっち気になることがあってさ。ほら、あたしって変なことが気になるタイプだしさ」
「そうか……? むしろお前は細かいこと気にしないタイプだろ? ちょっと嫌な事があっても、なんだかんだ言って、結局は笑って何とかしそうだし。それに、友達にもっと嫌な事があったら自分のことなんてすっ飛ばして解決してくれるだろ?」
「賢一……」
「ん?」
「やっぱ賢一ってさ、ちゃんと見てるんだね……」
そう言ってさちは自然とおれの手を取っていた。快活なその笑顔を取り戻すことが出来てよかったと実感できる。
「って、そうじゃないでしょ!!」
唐突に割り込んできたのは灯花だった。
「どうしたんだ、突然服を脱ぎだしたりして?」
「誰が脱いだのよ!?」
「え? お前だろ?」
「馬鹿なこと言わないでよね!! 私はちゃんと服着てるわよ!!」
「下着は?」
「そりゃ下は穿いてるわよ」
「なるほど。ということは上は着けてないんだな。まあお前には必要ないか」
思わず夏咲に視線が行ってしまうのを何とか押し留めた。はずなんだが、何故か視線が合ってしまった。
「えへへ」
何が嬉しいのかにこにこと微笑んでいる。そんな幸せそうな笑顔を見ているだけで、おれまで温かくなってくる。
「賢一、あたしは寝るときにはつけるタイプだから」
「う、うん」
さちになにやら弾力性の物体が押し付けられたがおれはいたって平常心だ。初めのころはヤバイ位に動揺していたが、最近は慣れたもので動揺したりせず、心臓がバックンバックン、顔が熱くなって思わず汗が出て言葉がどもってしまうくらいのもんだ。
うん、だから冷静に考える。何か話題を逸らさないとマズイ。いやな、年頃の女の子がこう男にベタベタと接触するのはいかがなもんかと思うわけで。
「ちょっと賢一!?」
その一喝に挙動不審なおれの心情は即座に冷静さを取り戻した。もっとも威厳ある声だからというわけではないのだが。
「そこ!! 人の話は聞きなさいよ!!」
「悪い悪い、灯花が寝るときは下着をつけないって話だったっけ」
「してるわよ!!」
「でも灯花ちゃんは上は着けてないんでしょ?」
「うっ……それは、その……私は成長途中だし。ほらっ、寝るときにつけると育たないって話しも聞くじゃないですか……」
「ほうほう」
「だからね、あくまで今は必要ないだけで、これからはどうなるか分かんないし……」
「灯花ってしてないんだ。あたしは着けて寝るけど?」
「わたしもだよ。つけないと動いちゃって変な感じするもんね」
「う、動いて……?」
「そうそう。ちょーっときつい感じはするけど、つけてないと崩れちゃうしね」
「崩れっ……!?」
あのさ、一応ここに年頃の男の子がいるわけなんだよね。だから平然とそういうことを話されるとね、居たたまれなくなってきちゃうんだよ。
それにしても皆仲がいいなあ。でも内容が微妙だし、入っていけないなぁ。
「あーーーーっ、そうじゃなくて!!」
灯花が我慢できなくなったように突然声を張り上げた。
「胸の話なんて今はどうでもいいのよ。それよりもコレよコレ。一体どういうことなのよ!?」
足元を指差しおれに詰め寄る灯花。
「どうって……何が?」
なんら変哲の無い布団。おれたちが騒いでいる間にお姉ちゃんが敷いてくれたみたいだ。綺麗に引かれた二組の布団。どこから見ても異常は見当たらない。
「お前はコレが空飛ぶ乗り物に見えるのか?」
まあ飛ぶのはベッドだけど。
「だから違うって!! 私が言いたいのはどうして二人分の布団があるのかって事よ!!」
二組の布団――おれとお姉ちゃんのものを指差し憤慨する灯花。けれどもおれはどうして灯花がそんなことを言うのかが理解できなかった。
「どうしてって……」
思わずお姉ちゃんのほうに視線を送る。先ほどまでなにやら考え込むようにじっと黙っていたお姉ちゃんは、小さく笑って形のいい唇を吊り上げた。
あれは何か考え付いた表情だ。そして決まっておれにとっていい結果にはなりえない。
「へえ〜、ふう〜ん。そっかそっか。なるほどね〜。うんうん」
なにやら怪しげな笑みを零すお姉ちゃんの様子に皆の視線が集まっていた。灯花は引きつった笑みで、さちは困惑した様子で、夏咲は全く分かっていないぽやぽやとした表情で。
お姉ちゃんはそんな三人に微笑みながら口を開いた。
「それはね、私が健と毎晩仲良く寝ているからよ」
車輪の国、向日葵の少女SS 〜ありきたりでベッタベタな日々〜
ああ、そんな推移だった。確かに流れは理解した。けれども理由はどうにも解せない。その後何故かおれは正座させられおまけに周囲を取り囲まれてしまった。何もしていないのにどうしてだろうか。理不尽な対応だと思うが、それでも部屋の中を包む緊迫した雰囲気に何も言えずにいた。おれの気分を言い表すにはSF小説の中の台詞がちょうど良いだろう。
――四面楚歌。敵はいないはずなのにどうしてかこの言葉が頭に浮かんでいた。
「それで、どうして一緒に寝てるんですか?」
灯花の口調は丁寧であるがとげとげしい雰囲気が漂っている。言葉もお姉ちゃんに向かっているものの、おれを詰問するような視線が突き刺さる。
「だって健は弟よ? 家族が一緒に寝るのは可笑しいものなのかしら?」
「家族だからって変ですよ。それに賢一と璃々子さんって血も繋がってないんですよね?」
「嘘っ、ホントに!?」
おいおいさちさんよ。そんなことも知らなかったんですかね? ん、いや待てよ、そういえば言ってなかった様な気もしないでもないような……まあさちだから忘れてるってこともあるよな。
「あら、灯花ちゃんもさちちゃんも、血が繋がってないと家族じゃないって言うの?」
「え、いえ、そういうわけじゃないんですけど。ほら、私もお母さんとは血が繋がって無いけどそれでも家族だし。えと、なんていうかその……」
「だったら構わないでしょ? 家族なんだから一緒に寝たって。それとも灯花ちゃんはお父さんと一緒に寝るのも嫌かしら?」
「その、えっと……嫌じゃないです、けど……」
やはりと言うべきか、あっという間に言いくるめられてしまった灯花だったが、回転の速いさちは納得できないようにお姉ちゃんに詰め寄った。
「でもそれって賢一と璃々子さんが一緒に寝てもいいってだけで、寝る理由にはなりませんよね?」
「あら、そうかしら?」
「そうです」
ずいっと不満げに璃々子さんにしかめ面を近づける。けれどもお姉ちゃんは全く動じることなく大仰に首を振って見せた。
「仕方ないわね。それじゃあ健に決めてもらいましょうか」
「え?」
突然振られた言葉に対処が出来なかった。質問の意味を理解する前にお姉ちゃんがおれの前に膝を下ろした。端正な顔、それでいてどこか不安げなその表情をおれに向け、短く呟く。
「健は、お姉ちゃんと一緒に寝るの、嫌?」
「別に、嫌じゃないけど……」
「なら好き?」
「好きだよ……」
「はい決定。ん〜、流石は健ね。いつまでたってもお姉ちゃんがだ〜い好きだもんね〜。うっは、コレってすごくね? やっばいな〜マジやっべーよ。弟から告白されちゃったよ〜。そそるな〜」
「あの、璃々子さん?」
「というわけで健は私と寝ることになりました。はい拍手。さちちゃんも灯花ちゃんも、お互いの同意もあるから文句無いわよね?」
「え……」
「その……」
お姉ちゃんのテンポについていけなかった二人は置いてきぼりだった。もっとも、付いていけたところでおねえちゃんを論破できることなんて出来なかっただろうけど。それにしてもお姉ちゃんの聞き方も問題だったと思う。二択なんかで迫られたらどうしようもない。まあ初歩的な誘導でもあり、かつおれがそれを知っていたとしても、あんな顔をされたら嫌だと言えるはずが無いじゃないか。
――トン、と。
三人の話を俯いたまま耳に入れていると、唐突に背中に暖かいものを感じた。
「なっちゃん……?」
それが誰のものであるかなんて振り返らずとも分かった。包み込むような柔らかさ、太陽の匂い。まるで陽だまりに居るかのような安らぎを覚える。
おれを抱きしめるかのように回された両手。静かな息遣いはおれに全てを預けるかのように落ち着いていた。
「zzz……」
「寝てんのかよ!?」
「むにゃむにゃ……ケンちゃん、もう食べられないよ……」
「起きてよなっちゃん。そんなベタな寝言はいらないからさ」
「ケンちゃん……もう入らないよ……」
「同じ意味でもなんかエロいから駄目だって!!」
「はぁはぁ……ねえ健、今度はお姉ちゃんがえっちぃ台詞言わせて良い?」
「お姉ちゃんも息が荒いって!!」
「ふわ? あれ、ケンちゃんだ。どうしてケンちゃんがここにいるの?」
「ここはおれの部屋だって……」
ユルイ、超ユルイ。何だこのテンポは? さっきまで胃の縮む思いで正座していたのに一気に雰囲気が変わってしまったではないか。
「そうなんだ〜。それじゃあ一緒に寝よっか」
返事も聞かずそのままおれの横に不時着。けれど背後から回された両腕は離れることはなく、結果としておれは夏咲と向き合うようにして布団へと倒れこんでいた。同時に普段の様子からは想像できないような滑らかさで掛け布団を抜き取り、あっという間に被っていた。
「ちょっと夏咲ちゃん!? それは私のポジションよ!!」
「えへへへへ」
何だコレは!? 柔らかくてあったかくて頭がクラクラしてくるこの匂い。このまま目を閉じればきっと知らない世界へと旅立てるかもしれない。けれどもそれは片道切符。そんな希望よりも確信を持って言えるのは、このままではろくな事にならないという経験則。けれども過去に裏打ちされたおれの意思も、この状況ではあっという間に薄弱と化し流されるままのダメ人間となってしまうだろう。気分は既に十五少年――もとい、十八少年漂流記。(注、この物語の登場人物は十八歳以上です)
「それじゃあたしは左側ね」
布団にもぐりこみながらそう嘯くさち。おれが止める間もなく左腕を抱きかかえていた。
瞬く間に両腕を拘束されてしまったおれ。身じろぎ一つ出来ないほどがっちりと抱え込まれ、仰向けのまま無防備無抵抗に正面をさらけ出したこの姿。無理やりにでも外そうとすれば、逆におれの肩が外れてしまうほどの完璧なホールド。
「な、なら私は正面を貰うからね」
おまけに灯花が腹の上に抱きついてきた。それも勢いよく。
幼馴染(妹キャラ)の称号を欲しいがままにするほどの見事なボディープレス。普段ならばこんなラブコメチックで痛たたたな行為など返り討ちにするおれなのだが、如何せん、おれの体は避けることすらままならないほどに固められていた。
――結果。
「くぁwせdrf――っ!?」
寸分の狂いもなくおれの上に落下した灯花は、体内から酸素を奪いつくしただけでは飽き足らず、意識さえも刈り取らんとその牙をむいた。
両手を胸の前で抱きしめるような格好。その両肘がわき腹を、組まれた手がおれのみぞおちを正確に打ち抜く。急激に空っぽになった酸素を脳が求めるものの、外傷を負った呼吸器官はその役割を果たすことが叶わず、金魚のように口を開閉するだけだった。
だんだんとブラックアウトしていく意識。思考はとうに停止し、ただ外部からの音を耳から流し込むことしか出来なかった。
「マズイわね、健の呼吸が止まってるわ。これは早急な治療が求められるわね」
「嘘っ!? 賢一ってば大丈夫!?」
「わわわ……ど、どうしよう……」
「ケンちゃん、もう寝ちゃったの?」
「皆、慌てないで。私が対処法を知ってるから大丈夫よ。今必要なのは健の呼吸を元に戻すこと。というわけでここは私が人工呼吸をするわ」
「ちょ、ちょっと璃々子さん? 本気ですか?」
「何を言ってるの? コレは医療行為よ。なんらやましい気持ちは持ってないし、ラッキーこれって据え膳じゃね? うはうは、やるっきゃないわねコレは。なーんてこれっぽっちも思ってないわよ」
「うわ……メッチャ怪しいんですけど……」
「もう、さちちゃんまでそんな事言うの?」
「いえいえっ!! ただの独り言ですから気にしないで下さい」
「それじゃあやるわね」
「うん……」
「はい……」
「はぁはぁ。弟の寝込みを襲う姉の図。萌えるわね…………じゅるり。それじゃあいただきます」
「ダメ!! そんなのダメです!!」
「おおっと、夏咲ちゃんからダメだしを受けちゃったわこの私。でもね、コレは仕方が無いこと、全ては健のためなのよ?」
「それならわたしがやります。わたしだってやり方は知ってるんですから」
「はいはい!! それじゃあたしが!! やり方は教えてくれればいいから」
「そ……それじゃあ、私も……」
「「どうぞどうぞ」」
「えぇ!? い、いいの!? でも私がやっても上手くできないかもしれないし…………でも皆が譲ってくれたんだし。あ、ど、どうしよう……あぁ……分かんないよぅ……」
「うは、やっぱ灯花ちゃんをいじるのは楽しいわね……」
「と、とにかくケンちゃんを助けるのは私の役目なんです」
「えー、夏咲ばっかずるいよ。あたしだって賢一の世話したいんだから」
「うぅ……私は…………」
とりあえず俺が意識を失う直前に思ったのは、早く俺の上からどいてくれということだけだった。
「いてぇ…………」
最初に思ったのはそれだけだった。
気がつけば布団の中。柔らかな温もりと鳥たちのさえずりが俺の意識に朝だと訴えかける。
ここはおれの部屋。それは間違いない。けれど布団が四つも敷かれていることに疑問を覚え、そのどれもがもぬけの殻になっていることに疑念を覚える。
段々と鋭敏になってゆく感覚が物音を捉えた。加えて微量のガスの臭い。明らかに俺以外の存在がこの家の中にいる。そこまで考えがいたると後の行動は速かった。身を縮めドアの脇へと移動する。数秒待ち一瞬だけ顔を覗かせる。オーケー、とりあえずは誰もいない。
大きく静かに呼吸をする。ああ畜生、おれは一体何をしているのか。あんなにも消し去りたかった戦場の感覚がおれの身を包んでいる。こんな馬鹿げた行動をせずともただの杞憂に過ぎない。寝起きで頭が回っていないだけだ。
延々と愚痴を垂れながらも、死臭のように染み付いた戦場の名残りは機械のように正確な動作でおれのぜんまいを巻き続ける。
足音もなく気配へと近づいていく。定期的に耳に届く衝突音。金属的な響き――おそらく刃物だろう。それ以外にも金属同士がこすれあう音が微かに聞こえる。呼吸を殺し、一歩、また一歩とにじり寄っていく。
――そして一気に間合を詰めた。
「あっ、賢一起きたんだ」
「今日は早いのね、健」
「うん、おはよう」
まあ別に変わったことなんて無いんだけど。
キッチンでは夏咲と灯花が朝食を作っていた。リズミカルに包丁が動き、鍋がかたかたと揺れている。この独特な匂いは味噌汁だろうか。他にも焼き魚や野菜らしきものが準備されている。
なんとなくその料理に共通するものが理解できた。
「和食か」
料理とSFが好きな灯花らしいメニューだった。
その横で夏咲は鼻歌を歌いながら盛り付けをしていた。誰が見ても幸せなオーラを前面に押し出しているその姿は、見ているほうも楽しい気分にさせてしまいそうだった。残念ながら鼻歌は恐ろしいほどに外れていたが。
一方で爽やかな挨拶をかけたお姉ちゃんとさちは、その言葉に反してテーブルにうな垂れたままの格好だった。虚ろな視線の先には料理を続ける二人の姿。なんとなく理由は分かるものの、それが当たっているのかどうか、むしろ女の子として外れていて欲しい気持ちで問いかけた。
「…………二人とも、何してるんだ?」
返ってきたのは気の抜けた返事。それでも一応はおれのほうを向いて口を開いた。
「んとさ、とりあえずはおなか減ったなーっと」
「それで動く気が湧かなかったからぼーっとしてたんだけどね」
「このまま食べるのを待つだけで、手伝わないのは女としてどうだろうと疑問に思ってさ」
「けど手伝うにも二人の邪魔になるだけだと気付いたのよ」
「そんな料理の出来ない自分が不甲斐なくってさ」
「こうして反省してたところなのよ」
見事な意思疎通で交互に話を進めてくれた二人。まあ要するに料理が出来ないからすることが無いと。
「でも二人とも料理できるだろ?」
「そりゃまあそれなりには出来るけどさ、やっぱ二人には敵わないからさ」
「健だってどうせなら美味しいほうがいいでしょ?」
「確かにね」
そんなことを話している間に朝食の準備が整ったようだ。食欲をそそる香りとともに温かな料理か運ばれてきた。予想通りの和食、おれも前に自分で作ってみたことがあったが、やはり灯花と夏咲の腕はおれ以上だったようで、とてもおいしそうだった。
全員が席に着く。長方形のテーブルの長辺にそれぞれさちとお姉ちゃん、夏咲と灯花が座っている。
いざ食べようと箸を手に持ったところでとある光景が脳裏に浮かんだ。それはここ最近のおれを取り巻く甘ったるい状況から推察すれば容易に想像できる展開であり、お姉ちゃんの性格を考えれば至極当然の行動だった。
けれどもおれはそれを甘んじて受け入れるほどベッタベタなラブコメ路線を突き進んではいない。だからおれは茶碗を手に持ち、限界の速度で朝食を口に運んでいった。
「はい健、あ〜ん」
「ちょっと、璃々子さん!? それってずるくないですか!?」
「そうかしら? 灯花ちゃんは健のために手料理を作った。本当は私も作りたかったけれど灯花ちゃんにその権利を譲ってあげた。だから私はその料理を健に食べさせてあげる。どこか変かしら?」
「そう言われると、変じゃないというか……」
「それならあたしだって食べさせてあげてもいいじゃないですか」
「残念ながらそれは無理ね。席が遠いもの」
「なら変わってくださいよ」
「だが断る!! ねえさちちゃん、先の展開を読んで行動するのは社会の常識よ?」
「ケンちゃん、あーんして、あーん」
「しまった!? 伏兵の存在を忘れていたわ!!」
「ちょっと夏咲はご飯作ったでしょ!?」
「???」
「駄目だ……通じてないよ」
「ケンちゃんケンちゃん、このお魚上手く焼けたんだよ。食べさせてあげるね」
「それは私の仕事だって言っているでしょう!?」
「ふう、ご馳走様……」
騒がしい周囲を完全に無視し、何とか胃の中に全て収めることが出来た。それにしてももっと静かに食べれないものかね。
「って健ってばもう食べ終わってるじゃない!?」
「ホントだ。いつのまに食べたの?」
「お前らが騒いでる間にだよ」
「わ、わ。すごいねケンちゃん。わたしまだ一口しか食べてないよ」
「なっちゃんもある意味すごいね」
「もう健ったら。ちゃんと空気を読まないと駄目でしょ?」
「読んだからこうしたんだよ」
溜息をつきながら食器を流しに持っていく。皆もようやく自分の食事に戻ってくれたようだ。
「ちょっと思ったんだけどさ、璃々子さんって毎日賢一と生活してるんですよね?」
「そうだけど?」
「それって不公平じゃないですか? いつも賢一と一緒なんて」
「だって姉弟だもの。健の裸だって見たことあるんだから」
「あ、あたしだって賢一と一緒にお風呂入ったんだから」
そういえばそうだったな。
「私は、その、親公認なんだからね!!」
その前におれが認めた覚えがないぞ。
「わたしはね、ケンちゃんのお嫁さんになるんだよ」
初耳なんですけど。
「なっちゃんったら、いつのまに光源氏計画なんて……」
「それ違うから」
むしろそれはお姉ちゃんのほうじゃないのか? 自分好みに育てるあたり。
「とにかく璃々子さんばっかり一緒に居るのはどうかと思います」
「私もそう思う」
「わたしはケンちゃんと一緒なら楽しいよ」
「というわけで賢一を日替わりで回すことを提案します」
「あれ? いつの間にそうなったの?」
「仕方ないわね。多数決で決まったのなら私も文句は言えないわ。それで、具体的にはどうするの?」
「う〜ん……四人で七日を分けるんだよね。でもそうすると余っちゃうし……」
「それならこういうのはどうかしら。さちちゃん、夏咲ちゃん、灯花ちゃんで順番に回すの。私は二回に一回でいいわ」
「いいんですか?」
「ええ。私と健は一心同体だもの」
「ええっ!?」
「マジ!?」
「ウソ!?」
「はぁ?」
初耳だった。いつの間にそんなことになったのだろうか。
お姉ちゃんはそんなおれたちの反応に満足がいったようで、にこやかな笑顔で頷いて見せた。
「あれはいつだったかしら。私が病気で寝込んでいるとき、健は一晩中私の枕元に居てくれたわ。そして私の手をとって言ってくれたの。天に誓うわれら生まれた親は違えども、寝るときは同じ部屋、同じ布団を願わん」
「いや、嘘だから、それ」
「やっぱ同じ布団で寝てるんだ」
「不潔よ!!」
「私もケンちゃんと一緒に寝たいな」
ああもう、どうしてこうも鵜呑みにするかね。
「やっぱり環境が悪いんじゃない? 同じ家でずっと一緒に居るからそうなっちゃうんだよ」
「あたしもそう思うな」
「やっぱり一緒に暮らしてるのがいけないのよ。さっきの話なんだけど、私の家と寮と賢一の家を交代で回るのはどうかな?」
「さすがは灯花ちゃんね。なかなかいい案を出すじゃないの。それじゃあ一週間の周期で回しましょう」
「えへへ。ケンちゃんと一緒だ」
「それだとやっぱり最後の一日が余っちゃうよ?」
「決まってるじゃない。全員でこの家に泊まるのよ」
「なるほど。さっすが璃々子さん」
「え、えっちなのは禁止なんだからね」
「??? よく分かんないけどなんか楽しそうだね」
やっぱりおれの意思とは関係なく決まっていく出来事。流されるままに進んでいくのはどうにもいい気分がしないものだが、それでも皆が楽しそうに笑っているところに横槍を入れるのははばかられた。
もとよりおれがここに残ったのは皆と幸福に、平穏に、それでいれ平凡に暮らしていくことを望んだからだ。ならば今がその望んだ生活ではないだろうか。確かに迷惑を被ってはいる、けれどもそれが心底嫌というわけではない。むしろおれを慕ってくれていることは素直に嬉しいと感じる。ただその表現の仕方が照れくさく苦手なだけだ。なら無下にするのも違うのではないだろうか。
相変わらず騒ぎ合っているその顔を順に見回しながらそんなことを思った。
――ラブコメにも慣れてみよう。
なんとか書き終えましたよ。出来はさておきですが。
次の更新はまた新しいのに挑戦しようかと。タイトルは『本日より絶対君主制に移行しました。』なんとなく内容の分かるあなたは最高です☆
ちなみに111111の報告は今のところないっす。まあそういう時もあるさ。










