隠れオタでもいいじゃないか

主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。  あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。

「それは舞い散る桜のように完全版」2008年10月30日発売

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  [ 藤浪朋子 SS ]   # 20  <固定リンク>

それはすぐ傍に(9)
                        (9)
 さて、どうしたものか。
 昼休みの訪問が空振りに終わったことにより、朝よりも幾分か冷静になることができた。
 昼食が軽めだったこともあり本調子というわけではないが、それでも気力は充実している。
 午後の授業が始まってから今まで、私はずっと放課後の計画を練っていた。 
 内容は主にどうやって上倉先生に話題を切り出すかについてだ。
 この前のように授業に集中することができなかったが、幸いにも今の授業は体育だ。
 つまるところ私にとっては休憩時間と同義の科目というわけで。
 そのおかげで上の空であっても注意されることはなく、安心して自分の世界に入り込むことができた。
 この寒い中走るのはどんな気分なのだろうか。いや、あるいは寒いから走るのだろうか。まあ鶏と卵のようなもの。どちらでも良いのだが、とにかく持久走をしているクラスメイトを横目に見ながらどのように話しかけるのが一番自然なのだろうかを延々と考え続けた。
 まあどれだけ努力しようと、せっかくの苦労が徒労になってしまうことも珍しくはない。
 ぐるぐるとトラックを回るクラスメイト同様、私の思考も堂々巡りを繰り返す。
 結局何の案も出ないまま、授業終了の号令とともに教室へ帰ることになってしまった。


(あ〜、どうしようかな)
 光陰矢のごとしといったのは誰だったか。
 そんな長いスパンの話ではないが、気づけばいつの間にかホームルームが終わりかけていた。いつもならば早く時間が過ぎて欲しいと思う放課後までの時間、どうしてこんなときに限ってすぐに過ぎてしまうのか。まったく恨めしい。
 そんな無駄な思考に時間を費やしている間にも世界は回る。結局考えがまとまる前に担任の無駄話が終わってしまった。
 挨拶が終わるや否や、すぐさま教室を飛び出す。
 考えるよりもまず行動というわけでもなく、ただあのまま教室にじっとしていることが出来なかった。まったく無計画のまま人気の無い廊下を進む。
 一応は昨夜のうちにいくつかのパターンを考えてはいたのだ。時間が経てばさらに良い案が出るのではないかと思ったのだが。
 ポケットから一枚のメモ用紙を取り出す。まあパターンを考えていたと言っても、実際のところ自分では何も思いつかなかったため、小説からいくつかの行動を書き出したのだ。その小説を書いたのは我が校に在籍する萩野可奈先輩。さすがは私が尊敬する数少ない人生の先輩だ。
(萩野先輩、ありがとうございます)
 まだ見ぬ先輩に対し、心の中で感謝しながらメモを広げる。

 パターン1:物を落として拾ってもらう
(さりげなく先生の前でハンカチを落とす)
「おい、君。ハンカチを落としたぞ」
「えっ、私ですか?」
(振り向く私。二人の視線が合う)
「あっ、君はこの前の……」
「貴方は……」
「体は大丈夫だったかい?」
「はい。先生のおかげで」

 ――そこまで読んだところで眩暈がした。どうしてこんなパターンを選んだのだろうか。確かに内気な女子学生と先生との恋を描いたこの作品は好きだったが、自分がこんな会話をする自身など無い。まあ気を取り直して他の案を読もう。あと二つも有るのだ。

 パターン2:曲がり角でぶつかる。
「きゃっ!」「おっと」
(ぶつかる男女。倒れるのは女の子)
「いったいな〜、どこ見て歩いてんのよ!」
「何言ってるんだ、ぶつかってきたのはそっちだろ?」
(二人は睨み合う。女の子は衣服についた汚れを祓いながら立ち上がる)
「男だったら素直に謝ったらどうなの?」
「自分が大して悪くも無いのに謝る道理は無いだろ?」
「なに言ってんのよ! どう考えてもあんたが悪いに決まってるでしょ!」

 ――思わず壁にぶつかってしまった。鈍い音が廊下に響く。転校生の男の子と強気な女のことの恋愛を描いたこの作品。見知らぬ二人が知り合うきっかけとしてはありかもしれないが、今回の場合は明らかに本末転倒だろう。私は礼を言いたいのであって、悪い印象を与えたいわけではない。

「三つ目のパターンは……」
 半ば祈るような気もちで最後の案に目を通す。

 パターン3:面倒見の良い幼馴染

 ――タイトルを見た瞬間にメモを破いていた。思わず崩れ落ちそうな体を、壁に手をつくことでなんとか踏みとどまらせる。
「ど、どうしてこんなものを……」
 明らかに二人の関係が間違っている。私と上倉先生は赤の他人。こんな親しいもの同士の恋愛など役に立たないのは分かりきっているはずなのに。
 昨夜はどうしてこれでいけると思ったのだろうか。確かに自信を持って書きとめたつもりなのだが。これが藁をもつかむという者の心理なのか。昨夜の自分を見てみたいものだ。
 メモをゴミ箱へと捨てる。よろめく身体で階段を上る。
「結局なんの案も無いんだよね……」
 誰もいない廊下で愚痴を零す。
(とりあえず上倉先生と出会うまでに何か考えないとね)
 朋子の頭にまた後日という考えは、初めから思い浮かばなかったのである。 

 どこともなく廊下を徘徊する。溜息をつきながら角を曲がる。するとその瞬間、向こうからも誰かが曲がってくる。
「きゃっ」「おっと」
 どこかで聞いたような声を出す二人。
 とっさに右に避けたものの相手も同時に動いてしまう。結果二人は正面からぶつかることになる。
 思わずよろめきそうになるが、誰かの腕が背中に回されたおかげでその場に留まることが出来た。
「あ……すいません――って!?」 
「いや、オレこそ――ん?」
「あんたはこの間のヘンタイ教師ッ!!」
 目の前にいたのは探していた美術教師。手には書類を持っている。反対の手は私の背中に。
 思わず口に出たのはいつもの罵倒の言葉。長年染み付いた癖というのは咄嗟のときに出てしまうものだ。
(って、違うでしょそうじゃないでしょ朋子落ち着け落ち着きなさいな、お礼を言うんでしょうが……)
 自分の口の悪さには閉口せざるをえない。だがまだ取り返しはつくはずだ。仕切り直しの一言が大事だ。ここは良く考えて話さなければ。
「ところで藤浪、体のほうはもう大丈夫なのか?」
「へ? ……え、ええ、うん、もう大丈夫、です」
 思わぬ一言に動揺してしまった。出端を挫かれたこともあり、一応は返答をしたもののぎこちない返事だった。何より疑問だったのは――
「あの――私の名前、どうして知ってるんですか?」
 その疑問の答えはさも当然のように返された。
「藤浪を保健室に運んだ時に、保険の先生から聞いたんだよ」
「そ、そうですか」
 これはどう解釈すればいいんだろうか。単に自分の助けた生徒の名前を知っておこうと思っただけなのか。あるいは――
「あの時は驚いたが……大事にならなくて良かったよ。病気を患っているそうだが、元気そうで何よりだ」
「は、はい……上倉先生が運んでくれたおかげです」
 ここだ、ここで言うしかない。思わず巡ってきたチャンスに動揺するが、ここで言わなければ間違いなく後悔することは眼に見えている。
 緊張で強張った手を自分の意思でしっかりと握りこむ。大きく息を吸い込む。
「えっと……あ、ありがとう……ござい、ました」
 言った。確かに言った。所々どもってしまったが、間違いなく言い切ることが出来た。最後にお辞儀をすることも忘れない。
「礼を言われるほどじゃない。困っている生徒を助けるのは教師として当たり前だからな」
「はい……でも、嬉しかった、ですから……」
 こんな風に何気なく返事を出来るのには憧れる。やはりこの人は大人なんだと実感する。
「あの……先生は、上倉浩樹先生で、いいんですよね?」
「ああ、美術の上倉浩樹だよ。君は藤浪でよかったよな?」
「はい。1−A、藤浪朋子です。よろしくお願いします」
 流れで自己紹介も出来てしまった。今日は大変な一日だったが、それに見合うだけの結果を出すことが出来た。世間話をすることさえ出来た。久しく他人と会話をしていなかったからだろうか、普段の自分からは想像もできないくらいの饒舌になっている。
「藤浪は、心臓を患っているんだってな……」
「ええ……って、そこまで聞いているんですか?」
 なんとなく流れで私の病気のことになってしまった。なんだか悪い予感がする。
「一学期も入退院を繰り返していたらしいな」
「はい……」
予感は実現する。
「そうか……大変だったな。辛かっただろう?」
「はい?」
 思わず聞き返してしまった。聞こえていたが脳が理解を拒否したのだ。
「遊びに行けなかっただろうし、やりたいことだって山ほどあったろうに」
 頭に血が上っていくのが分かる。大変だったな? 辛かっただろう? その見下したような一言が私の感情を沸点まで押し上げていく。
「オレの知り合いにも小さい頃――」
「……なにそれ、同情してるわけ?」
 怒りのあまり、声が半笑いになってしまった。同情――私がこの世でもっとも嫌うこと。
「まあ、な。楽しい思い出じゃないのはわかるから」
 それをこの男はこともあろうに肯定したのだ。
「ふっざけんじゃないわよ!!」
 校舎中に聞こえるのではないかという声がでる。目の前の男は状況について行けないという顔をしているが、それがさらに私の怒りを誘う。
「は? じゃないでしょ! なんで私が、あんたに同情されなくちゃならないの?」
「どう考えて同情すべき境遇だろ」
「それがバカにしてるってのよ! なに? 身体が弱いからって、人並みの生活を送れてないとでも思ってるワケ?」
 私にだって幸せな思い出がある。あの雪国での日々、私の心の中で微笑むあの人。
 同情とはそれら全てが幸せだと思うに値しないと侮辱しているようなものだ。
「あんたの勝手な思い込みで可哀想がられちゃこっちが迷惑だわ!」
 溜まっていた鬱憤を晴らすように、罵詈雑言が滑らかに飛び出していく。
「迷惑なことないだろうが」
「迷惑なのよ! 私はね、病弱で可哀想な女の子ってイメージが大々々ッキライなの!!」
 まったくふざけた話だ。哀れみなどかける人間は他人を見下しているに過ぎない。自分がいかにも恵まれている、相手が可哀想だから手を差し伸べてやろう。そんな気持ちなど迷惑以外の何物でもない。
「まったく……ホントは素敵な人なんじゃないかって、少しでも期待して損したわ……」
 一瞬でも『おにーちゃん』に似ていると思った自分が恥ずかしい。あの人なら私に同情なんてしない。ちゃんと対等な人間として扱ってくれる。
「なんなのよもうっ。こんなことのために急いで学園に来たなんてバカみたいだわ」
 あの苦悩の時間を返せといってやりたい。
 だが当然のごとく時間が返ってくるわけなど無い。代わりに返ってきたのはあまりにも稚拙な罵倒だった。
「バーカバーか、バカバーカ」
 あまりにも幼稚すぎて何も反応できなかった。
「バーかバーカバーカバーカバーカバーカ……」
 何度も繰り返される。次第に我慢することが出来なくなった。
「ぷっ、あはははは……なに子供みたいなこと言ってるの。あんた、ホントに教師なの?」
 我慢できなかったのは怒りではなく笑い。先ほどまでの憤懣が音を立ててしぼんでいくのが分かる。
「もちろんだ……と、やっと笑ってくれたな」
 何気なく放たれたその一言が胸を打つ。まるであの人がすぐ傍にいるかのような錯覚さえ覚える。
「別に藤浪を馬鹿にしたわけじゃないさ」
 黙っていたのを怒っていると捉えられたのか、上倉先生は言い訳のようなセリフを付け加える。
 先ほどの印象と違い、他人に配慮するぐらいの人格はあるようだ。
「別に――」
 気にしていない。そう続けようとしたとき、私のセリフを遮る形でチャイムの音が響く。
 その音に反応したのは上倉先生。何かを思い出したかのような顔をする。続けて腕にはめた時計へと視線を向ける。するとすぐさま驚いた表情に。続けて気まずいような顔に変わり溜息を吐く。
 これほど顔に出る人間はそうはいないだろう。
 おそらくとある時間までに書類を出さなければならなかったのであろう。だがその時間を過ぎてしまい驚き慌てた。その後に待つであろう説教を覚悟して溜息をついたということだろう。
「あー、オレはちょっと用事があるからまたな……」
 案の定、重たい足を引きずるかのように廊下を曲がっていってしまった。
 取り残される形になった私も同じように大きな溜息を吐いた。悩み事から開放された清々しさといったところか。
(それにしても……)
 上倉先生の評価は微妙なところだ。言葉に表せば期待したほど公明正大な尊敬に値する人間ではないが、落胆するほどつまらない人間ではないといったところか。
 どちらにせよ係わり合いになることが少ない先生だ。あまり深く考えないでおこう。
 上倉先生の行った方向に視線を向けながら両手を揃え、大きく伸びをした。
「あれ?」
 ふと、あまりにも両手が軽いことに気がついた。
「鞄が、無い……?」
 辺りを見回すがどこにも無い。先ほどぶつかった時に落としたのかと思ったが違うらしい。記憶を遡り懸命に思い出す。
(えっと、チャイムが鳴ってすぐに教室から出て……)
 するとあまりにもあっけなく該当した。
(教室出るとき手ぶらだった……)
 途端に脱力感に襲われた。抜けているにも程がある。
 どうやら長い一日はまだ終わらないようだ。 







あとがく:遅れてしまって申し訳ないです。PCをつけるとどうしてもゲームのほうに手が。ちなみにやっていたのは漢にまっしぐらなゲームです。バグが多くてビックリ……。 
とりあえず9話アップしましたが、この一日でもう一話引っ張ることになってしまいました。もうちょっと上手くまとめたいものです。

       毎度の事ながらこちらを押していただければ幸いです。


   ついでにこちらも。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  [ 未分類 ]   # 19  <固定リンク>

やっと復帰できるかと……
大分お久しぶりになってしまいました。
最近部活の関係で合宿などが連続して有ったため、パソコンに触れなかった状況で。
今日からまた更新できるかと思います。とりあえず今週中にSSをアップしたいと思います。

このブログを見ていてくださる方々、ぜひこれからもよろしくお願いいたします。

  [ 未分類 ]   # 18  <固定リンク>

mixiにて
 一日に二回更新!!
 ……すんません、調子に乗っちゃいました。
 一応mixiもやってます。気軽に入ってやってください。良ければマイミクにでも。
 メッセージでも入れてもらえればさらに喜びマス☆
 左のほうから入れるんで。

  [ 藤浪朋子 SS ]   # 17  <固定リンク>

それはすぐ傍に(8)
                             (8)

 こんなに緊張しているのは受験のとき以上かもしれない。
 ただ校門をくぐるだけだというのに、手には汗が滲んでいた。
 今日は12月4日。あの階段での出来事から初めての登校だ。
 昨日は定期健診の日だったため半日だけ授業に出るつもりだったが、一昨日に発作があったこともあり、大事をとって休むことになった。
 本当ならば昨日のうちに済ませておきたい用事があったのだが、ドクターストップがかかってしまったのでは仕方がない。
 用事――それは上倉先生へ謝罪と謝礼の言葉を伝えること。
 つまらないことと馬鹿にしてはいけない。私にとってはとても重要なことなのだ。
 自慢することではないが、ここしばらく誰かに礼を言ったことなどなかった。ましてや謝罪などありえるはずがない。
 理由は簡単。なぜならどちらも他人との係わり合いの中で生まれてくる言葉だからだ。
 他人と距離をおいて生活していればそんな言葉をいう機会など存在しない。
 しかし昨日はだけは違った。
 もし放課後に残っていなかったら。そして鳳仙エリスとの会話がなかったら。財布とノートの入れ忘れていなかったら。そうしたら授業に集中できないなんてことはなかっただろう。結果職員室に行くこともなく、あの時間にあの場所を通ることはなかっただろう。
 全ては関係しあっていることなのでどれか一つでもなければ、という訳にはいかなかっただろうが、それでもどこかで流れが変わっていれば上倉先生とあの場所で出会うことはなかっただろう。
 しかし勘違いをしてほしくないのは上倉先生と出会ったことが、決して望ましくなかったというわけではない。
 彼のおかげで陰鬱だった気分が払拭できたわけだし、久々に他人と会話ができたと思う。
 しかし上倉先生が私に会いたいかどうかは別の話だ。
 半ば八つ当たりのような、本人からすればほとんど身に覚えの無い言いがかりをつけられたのだ。
 確かにぶつかったことも、手をいつまでも握られていたことは事実だ。けれど私も前を見ていなかったことには変わりないし、咄嗟のことに気が動転していて手を離し忘れていたのだろう。私も馬鹿ではない。そのぐらいのことは想像できる。
「はぁ〜〜〜」
 また溜息をついてしまった。最近溜息の数が一気に増えた気がする。幸せが逃げるとよく言うものだが、私がついていないのはこのせいなのだろうか。
 校舎から鳴り響く予鈴に急かされる様にして早足で校門をくぐっていく。


 昼休みまで何事も無く過ぎていった。
 私は授業終了の合図とともに教室を飛び出していた。
 飛び出した、といっても体のこともあり走ることは禁止されているため早歩き程度だが、それでもできる限りの速度で目的地へと急いだ。

 昨日であった場所がここだからという理由で来てしまったが、果たしてここに上倉先生がいるのだろうか。
 私は美術準備室の扉の前で立ち尽くしていた。
 第一今は昼食の時間だ。彼が弁当を持ってきていないのであればここにいる可能性は低いだろう。
(考えてても仕方ないか)
 覚悟を決めてドアを軽くノックする。
「し、失礼しますっ」
 緊張のあまり声が裏返ってしまった。赤面している顔を隠すように、頭を下げて入室した。
 けれども部屋からは何の反応も返ってこない。不思議に思い顔を上げればもとより部屋には誰もいなかった。念のためとなりの美術室を覗いてみるがもぬけの殻だった。
 拍子抜けしたのか安堵したのか。
 ともかく空振りに終わってしまったようだ。
 なんとなく移動するのも面倒になって、部屋の中にある作品を見て回ることにした。
 準備室ということもあり、授業で使うだろう模型やら紙やらが置かれている。
 特に見る当てもなく視線をさまよわす。多くの作品が目に入る。だがその中でもひときわ目を引く作品があった。
 それは何の変哲も無い風景画。取り立てて有名な情景が描かれているわけでもない。
 けれどもそれは、私の心に強く残った。

 描かれていたのは雪国の情景。
 果てしなく続く雪原に建つ小さな住居。葉を散らせた木々は、代わりに白きベールを一身に纏っている。
 一面の銀世界、けれどもそこには確かな温かみを宿している。
 懐かしい記憶。郷愁というほどの経験をしたわけではない。しかしそこにあるのは確かな思い出だった。

「上倉先生? いらっしゃるんですか?」
 ノスタルジックな気分から呼び戻したのは女性の声と入室を知らせる合図。
 不意の出来事に弱い私は、返事をすることも出て行くことも出来ずただ戸惑っていた。
「また寝ているのかしら……。まったくあの人は……」
 扉の向こう側の来客者は、不満げな呟きを零しながらドアを開く。
 まあ当然のことながら私と鉢合わせをするわけで。
「上倉せんせ……い……?」
 部屋の主と思ったその相手が見知らぬ学生だったのだ。それは驚くだろう。
 もちろん私も同じだ。初対面の人間と気楽に挨拶が出来るほど社交性を有しているわけではない。
 結果二人して顔を突き合わせ固まってしまった。

 先に停止状態から復帰したのは相手の女性だった。
「あの、どうぞ……」
 そういいながらハンカチを差し出した。
 最初その動作の意味が分からず呆けた表情をしていたが、その視線が私の目元へ向けられていることに気づき、私はようやく頬を流れる暖かいものに気がついた。
 私は無言で頭を下げ、ありがたくハンカチを手に取った。

「え〜っと、上倉先生はいらっしゃいますか?」
 目元を拭い落ち着いた私に向かい直し、改めて目的を伝える。
 そうなって私も初めてその女性の姿を確認する余裕が出来た。
 おそらく腰元まで届くであろう長髪を、肩口にかかる程度に結い上げた、薄い眼鏡をかけた聡明そうな女性だった。
 可愛いというよりも綺麗という形容が似合う。大人びた顔立ちと垢抜けた雰囲気からも、おそらく先輩であろうことが想像できる。
「私が来たときには……」
 普段なら余計な係わり合いなどせず、無言で部屋を出て行くところだろうが、私は素直に会話を始めていた。
 懐かしい雰囲気に当てられたからだろうか、心の中がまだ暖かかった。
「なら美術室は使えないか……、仕方ないわね。……ところで貴方も上倉先生に用事だったの?」
 少し思案顔になった後、女性は何かを思いついたように質問を投げかけた。
 確かに用はあったがそれを正直に言うのもどうかと思う。見知らぬ女性になんと言っていいものかと考えていると、先ほどの絵画が目に留まった。
 その女性も同じなのだろう。小さく声を上げるとこちらに歩み寄ってきた。
「懐かしいな……」
 優しげな瞳で絵を見つめる女性の横顔は、その瞬間を切り取ればそれこそ一枚の絵になるほど様になっていた。
「あの……、この絵……誰が書いたか知っているんですか?」
 そんな姿に声をかけるのは躊躇われたが、どうしても聞いておきたい事であった。
「ええ、知ってはいるけど……。貴方、この絵に興味があるの?」
 突然声をかけられ驚いたような顔をしたが、すぐに平静を取り戻しこちらに視線を合わせた。
 どこか妹を相手にするような口調だったが、それが不思議と気分を害することはなかった。
「なんだか、懐かしい感じがして……こう、奥が温かくなるというか……」
 自分でもよく分からない感情を説明することは出来なかったが、それでも彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「良かった、その絵の良さが分かるんだ。あっ、もしかして絵を習ったことがあるの?」
「いえ……、習おうと思ったこともありましたけど、才能無いから……」
 思わず口篭ってしまうと、彼女は複雑そうな顔をした。
「才能か……」
 だがそんな表情も一瞬だった。すぐに先ほどの優しげな笑みを顔に浮かべ、諭すように話しかける。
「大丈夫、努力すればきっといい絵がかけるから。なんたって私も高校から絵を描き始めたんだけどね、それが今では何故か部長にまでなって」
――部長。ということはこの人は美術部の部長なのだろうか。
 そんな私の視線の意味に気づいたのか、そういえばという顔をした女性が照れ笑いを浮かべた。
「そういえばまだ自己紹介もしていなかったわね。私の名前は竹内麻巳、不肖ながら美術部部長をやらせてもらっています」
「あっ……えと、藤浪朋子です」
 慣れない自己紹介を返した。すると竹内先輩は満足そうな表情を浮かべた。
「それでどう? 貴方も美術部に入ってみない?」
 唐突な勧誘だった。どう応えていいものか考えていると、彼女も突然すぎたことに気がついたのだろう、照れたように咳払いを入れた。
「ごめんなさい、久しぶりにその絵の良さが分かる人を見つけたものだから……。ちなみに1年生よね? 何か他に部活をやってたりするの?」
「いえ、特には……。でも私には絵なんてかけませんから」
「そんなことないわ。さっきも言ったでしょ、私も高校から始めたって。顧問の先生は技術は一流だから。まあ教えてくれるかは別だけど……」
 最後のほうは尻すぼみになっていたが、気を取り直したように話を続けた。
「それにね、貴方は一番大事なものを持ってるから」
「大事なもの……?」
 思わず聞き返してしまった私に、竹内先輩は大きく頷いた。
「そう。それはね、いい絵に感動できる心よ」
「――あっ、あれは、その…………。それにいい絵だったら誰でも感動すると思いますし……」
 先ほどの涙のことだろう。思わず顔を赤くしながら否定する。だが竹内先輩は静かに首を横に振る。
「その絵は特別他人の目を引くようなものではないわ。だけどね、少しでも絵画の道を志した人ならその技術の高さが分かるの。構図の良さ、丁寧なスケッチ、適切な配色。どれをとっても一流の出来なのよ。唯一他人の目に留まりにくいモチーフだけど、それでも心に伝わってくるものがあるの」
 彼女の言うとおりだと思った。初めて見たときの印象もぱっとしない絵。それでも美しいと思った。
「あの人もこんな絵が描けるのにどうして……」
 呟くようであったがそれは確かに私の耳に届いた。
「……その絵、誰が描いたんですか?」
 私は二度目となる質問を改めて尋ねた。
「この絵はね、上倉先生が描いたものだと思うわ。本人ははぐらかしてばかりだけどきっとそう。あの人が描いた絵は何度も見たんだもの……」
寂しそうな横顔。解けない疑問を抱える少女は先ほどよりも一回り小さく見えた。
「それでどう? 入部してみない? まずは見学からでもいいと思うわ」
 先ほどの暗い雰囲気を払拭するかのような明るい声を出す。
 確かにありがたい話だとは思う。しかし私は素直に頷くことは出来なかった。
「すいません、もう少し考えさせてください……」
 美術部に入るということは、彼女と共にいる時間が増えるということだから。
「そう、残念ね……。でもその気になったらいつでも尋ねてきてね。そうそう、鳳仙さんって知ってるかしら? 彼女も美術部員だから何かあったら彼女に声をかけるといいわ」
 鳳仙エリス。ちょうど彼女のことを考えていただけに思わず表情が強張ってしまった。
 なんとか平静を取り繕い返事を返す。それと合わせてチャイムの音が響いた。
 二人して時計に目を向ければ、昼休みの終了まであと5分しかなかった。
 すると先ほどまでは気にならなかった昼食のことが頭をよぎる。彼女も同じようで、気まずい顔をしている。
「ごめんなさいね、こんな時間までつき合わせちゃって。お詫びといってはなんだけど、半分どう?」
 そういって彼女が差し出したのは綺麗に作られたサンドイッチ。今から購買に言っては間に合わないだろう。しばしの逡巡のあと、私は好意に甘えることを決めた。

 もともと私は小食であるため、三割ほど分けてもらうに留めておいた。二人は急いで昼食を終え美術準備室を出る。彼女は三年生であるらしく、私とは逆方向に向かっていった。
 結局上倉先生と出会うことが出来ず空振りに終わった昼休みだったが、それでもなかなか有意義な時間を過ごせたと思う。
 ――竹内麻巳。なかなか出来た人間だと思う。今だ幼稚な思考を持つ同学年の人間と比べ、会話をしていてもイラつくことがなかったのが幸いだった。
 まあ何にしても時間の無駄ではなかったということだ。すぐさま思考を本来の目的へと切り替える。
 勝負は放課後だ。私は気合を入れ直し教室へと足を向けた。
 どうか素直な私でいられますように。小さな願いを胸に抱いた。







 一応学園生活を描いてはいるんですが、少々時間がかかりすぎですかね。このままではいつになったら話が進むことやら。とりあえず本筋から外れないようにしなければ……(汗

追記。
ランキングのほうの登録名が間違っていたので修正。どうもすいいません。ということでこちらのほうをぽちっとやっちゃってください。拍手のほうも出来れば……。
私のモチベーションが一気に上がります。
それはもうコイ○ングが滝登りをしてギャ○ドスになるかのようにw




テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  [ 未分類 ]   # 16  <固定リンク>

インフルエンザ
タイトル通りだったものでSSを書こうにもかけないもので……。
でももう治りましたんで、近日中に続きを書きたいと思います。
そろそろ部長とも絡ませようかと思います。(変な意味じゃなくてねw)

ちなみに最近は恋姫無双をプレイ中。
戦国ランスに続きキャラが多いですよね〜。
でも自分はキャラよりも戦闘シーンの上手さに脱帽です。あそこまで臨場感を出せる文章力に感動しました。

もちろんキャラも活きてますよ。
とくに呂布がいいです。  

  [ 未分類 ]   # 15  <固定リンク>

勢いで……
Web拍手はいかが? とのご意見をいただいたので作っちゃいました。
今のところあまり変えてはいませんが、近いうちに改良していこうかと。
 一言だけでもいただけると幸いです。

  [ 藤浪朋子 SS ]   # 14  <固定リンク>

それはすぐ傍に(7)
                         (7)

 今日は朝からついていないことばかりだ。
 時間に余裕を持って登校したと思えば、財布を忘れてきたことに気づき途中で引き返すことになった。
 なんとか時間までに学校に付いたと思えば課題のノートを忘れてきたことに気づき、慌てて取り掛かる羽目になる。
 昼食をとる為に学食へ足を運べば、ボタンを押し間違えて満足に食事も出来ない始末。
 ただでさえ寝起きから気分が悪かったこの一日。追い討ちをかけるかのような不運の連続は、私の我慢の限界を遥か彼方まで突破してしまっている。
 しかしその全てが自分の不注意によって起こった事態。この怒りの矛先を誰かに向けることも出来ない。
 そんな精神状態で授業に集中できるはずも無い。
 結局、職員室で相談という名の説教を受けることになってしまった。

 何をやっても上手くいかない日というのは本当に存在するらしい。
 一人廊下を歩きながら空を見やる。
 空はこんなにも晴れ渡っているのに、私の気分は靄がかかったように一向に晴れる気配が無い。
 まあ自分でもその理由が分かっているのだが。
 朝から――正確には昨日の夕方から頭に残って離れない出来事。
 鳳仙エリスとのあの会話。
 それがいつまでも私の心をかき乱し、静まることがなかった。
「はぁ……」
 張り詰めた心から押し出されるようにして思わずため息をついてしまう。もう何度目になるのか考えるだけでも陰鬱な気分が湧き上がる。
(今日はもう帰ろう……)
 いつもなら図書館によっていくところだが、今の気分では集中することなど出来ないだろう。こんな日はさっさと眠りについてしまうに限る。
 だが今日という日に付きまとう不運はまだ終わりではなかった。
「あっ――」
 階段を上りきった瞬間、何かに弾かれるような衝撃を感じた。
 それが角から曲がってきた人だったと気づいたときには、既に体が後ろへ傾いた後。
 思考が身体の動きについていけていない。
 ――落ちる。そこまで思考が追いついたときには両足が宙に浮いている状態。
 こんな状況でも冷静な自分がいた。いや、こんな状態だからだろうか。
 しかしそれが功を奏した。目の前に伸ばされた手を咄嗟につかむことが出来た。

「助かった〜〜〜〜」
 どれほどそうしていただろうか。
 自分の身に降りかかった危険とそれによって引き起こされた緊張感。そして回避できた安堵感。渦巻くような複雑な感情がようやく静まり、 一息つくことができるまでには少なくとも数分を要しただろう。
 そうなって初めてぶつかってきただろう相手を確認した。
 どうやら学生ではないようだ。ということは教師なのだろう。どこかで見たことがある気がするが、授業は受け持っていないはずだ。ではどこで見かけたのだろうか。
 そこまで考えて私はあることに気が付いた。
 私の右腕。それを辿っていくと私のものではない右腕に繋がる。
「あんた……いつまであたしの手を握ってるワケ?」
 それはつまり、この目の前の男が未だに手を掴んでいるということだ。
 だが目の前の男は間の抜けた声を出すばかりだ。
「だから手を話せって言ってるの!」
 握られている手を振り払うようにして自由にする。
「痛っ、……叩かなくてもいいだろうに。君を助けた大事な手なんだぞ?」
 ――助けた。その一言が癇に障った。
 見知らぬ赤の他人も同然の人物、そんな奴に助けられたという事実を作るのも。
 そしてそれを『助けてやった』と恩着せがましく言い放つその態度も。
「あたしを助けた、じゃないでしょ! あんたがボーっと歩いてるからぶつかったんじゃない!」
 そうだ。こいつが原因ではないか。それなのに何故こちらが感謝しなければならないのか。
 そこまで考えが至ったとき、私の中で積み重なり燻っていた感情に火が付いた。
 行き場のなかった怒りはストレスという燃料により一瞬で燃え上がる。そして目の前の男へ向けて一気に放たれた。
「あんた教師でしょ? ヘラヘラして気持ち悪いったら無いわよ、何考えてんの? まさかあたしの手を握ってイヤラシイこと考えたんじゃないでしょうね!?」
 一度火が付けば止まらない。次から次へと押し出される怒りに乗せて感情をぶちまける。
「いくらなんでも、それは言いがかりだ」
 しかし目の前の男は悪びれる様子もなく、飄々とした態度を崩さなかった。そんな態度が拍車を掛ける。
 いつの間にか自分でも何を言っているかよく分からないほどにヒートアップしている。
 しかしある言葉を聞いたとき、私の思考はとたんに現実へと引き戻された。
「もう何を言っているのか分からないんだが……」
 冷静に返されたその一言は、深く私の心に突き刺さった。
 分からない――確かにそうだろう。今までだって誰も私の気持ちを分かろうとしてくれなかった。本当の意味で私のことを理解してくれたのは片手で数えられるほど。それもずいぶんと昔の話だ。
 溢れ出した悔しさと悲しさを押さえつけ、にじみ出しそうな涙を堪える。
「分かんないのは、あんたが分かろうとしないからでしょうがっ!!」
「だからな、ぶつかったのはすまなかったし、君が考えているようなつもりは欠片も無いから……」
「君ですって!? 馴れ馴れしく呼ばないでよね! あたしにはちゃんとした名前が――」
 そこから先は音にならなかった。高ぶりすぎた感情に心臓が付いていかなかった。胸に走る鋭い痛み。肺が上手く空気を送り出すことが出来ない。
 体中を痺れにも似た寒気が襲う。急速に失われる意識。
 横から誰かが戸惑うような声を上げる。
 その言葉に返事を返すことも出来ない。
 薄れ行く意識の中で優しげな温もりを感じた。


「ん……」
 自分のいる場所が分からなかった。
 布団、ベッド、カーテン。辺りを順に見回すことでようやくここが保健室なのだと理解することが出来た。
 そうなると次は自分がここにいる理由だ。
 制服を着ていることや、窓から差し込む光が茜色に変わろうとしていることからも時刻は夕方なのだと予想が付いた。
「気が付いたかい?」
 そんな様子を察したのか、白衣を来た男の人がカーテンをめくり顔をのぞかせた。
「私……、また倒れたんですね?」
 既に顔なじみとなった校医の男性に確認をする。すると彼――坂井先生は苦笑しながら椅子をベッドの脇に寄せてきた。
「ああ。美術準備室の前でばったりね。幸い上倉先生がいてくれたからすぐに処置が出来たからよかったよ」
「上倉、先生……?」
 どこかで聞いたことのある名前に首をかしげると、坂井先生は意外そうな顔をして答えを返した。
「おや、知らないのかい? 美術部の顧問の先生だよ。有名な人なんだけどね」
 いろんな意味でね、と笑いながら席を立った。
「不良教師だとか職務怠慢だとかいろいろ言われてるね。でも美術部を任されている実力は確かだよ。以前にこっそり絵を見せてもらったが、本当にすごい出来だったよ」
 私に背を向け、コーヒーを入れながら話を続ける。
「それに女生徒に人気の出そうな顔をしているから知っていると思ったんだが」
 子供っぽく笑いながら私の顔を窺った。
 私の反応を楽しもうとしたのかもしれないが、私はその前の言葉に気をとられていた。
「それにしても何故あんなところで倒れていたんだい?」
その瞬間、いくつもの点であったものが次々と繋がっていった。
 美術部顧問、上倉先生、倒れていた理由、ぶつかったあの男。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「――っとと。突然如何したんだい? 変な声を出して?」
 思わず取り落としそうになったコーヒーを持ち直し、再びベッド脇の椅子に腰掛けた。
「え? …………あっ、いや、なんでもないです」
 今いるのが坂井先生の前であるのを思い出し、取り乱しかけた気持ちを自制する。
 そうだ、思い出した。私は階段を上りきったところであの教師とぶつかったんだ。
 名前は上倉と言うらしい。
「いきなり彼が息を切らして駆け込んできたんだよ。そのときの台詞が『心臓が止まって倒れたんです』なんだよ。思わず『いや、君の心臓は動いてるじゃないか』って言い返してしまったよ」
「はあ……」
「でもね、あまりにも彼が真剣な表情だったから、これはただ事じゃないと思ってね。すぐに事情を問いただしたというわけだ」
 あの人がそんなに私のことを心配していたというのか。先ほどの様子からするとあまり信用できない話だったが、坂井先生は冗談を言っても嘘は言わない人なので本当だろう。
「まあ彼にも妹――いや、『みたいな』が付くか。まあいい。その娘も以前に入院していたことがあってね。それだけに病人に対してひどく心配をするのだろう。後で礼を言っておきなさいよ」
 礼、か。……ここしばらく言ったことの無い言葉だ。それ以前に坂井先生以外にあれほど長く会話をしたこと自体久しぶりだった。まああれが会話を呼べるのかどうか分からないが。
 しかしあそこまで罵詈雑言を浴びせたのだ。今更なんと言えばいいのか。


 結局いい考えがまとまらないまま、坂井先生に挨拶をして保健室を出た。
 既に夜へと変わろうとしている空の下、謝礼の言葉を考えながら帰路へと付いた。
 ふと、自分の今の感情が、上倉先生への礼のことだけを考えていることに気が付いた。
 一日中付きまとっていた嫌な気持ちはもうなかった。
 つき物が落ちたかのようにすっきりとしている。
「あの先生のおかげなのかな……」
 なんとなく軽くなった足取りで、困ったなあと呟きながら家へと帰っていく。
 困っているにもかかわらず、自然と笑顔が浮かんでくる。
 久しぶりに空が澄んでいた。




 

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  [ 藤浪朋子 SS ]   # 12  <固定リンク>

それはすぐ傍に(6)
                          (6)
 
 早いもので今年もまたこの季節が巡ってきた。
 入学した当時は桜色だった並木道も、今はクリスマスへ向けた飾りつけで覆われている。
 まだ12月になったばかりだというのに気が早いものだ。
 いや、気が早いといえば今の天気もそうだ。例年よりも早い初雪は少しずつ地面を濡らしている。
 ゆっくりと落ちてくる雪を見ていると、ついつい感傷に浸ってしまう。
 いつも昔のことばかり思い出しているのは、私に思い出というものが無いからだろうか。

 黄昏時の教室、私は独りこの小さな世界に閉じこもっている。
 教室の窓から沈む夕日を眺めながら、ぼんやりと考えるのはいつも同じこと。
 この半年あまり、私はこの学園でどう過ごしていたのだろうか。
 ほとんどが病院へと向かう日々。
 残りは授業を受けて放課後は図書館へと足を向ける。それ以外は帰宅途中に出会う猫と戯れるぐらいだろうか。
 一度美術部に入ろうと覗いてみたことがあったが、あまりのレベルの高さに即刻断念した。せめてパンフレットに乗っていた絵を描いた人物を見つけたかったが、誰もわからないとのことだった。

 こうして改めて考えてみると、私がいかに密度の薄い人生を送っているかが良く分かる。

 自分がいったい何のために生きているのか。
 そんな答えの無い命題を考えても仕方が無いと思いながらも、思考はいつも同じことを繰り返している。
 そんな思考を途切れさせたのは教室のドアが開く音。
 私は緩慢な動作で、この空間を侵しに来た来客のほうへ顔を向けた。

 相手を見た瞬間の正直な心情は『一番会いたくない人と出会ってしまった』。
とっさのことだったので思わず顔に出ていただろう。まあもとより隠すつもりなど微塵もなかったのだが。
それに会いたくなかったのは向こうも同じようだからお互い様だ。
 教室に入ってきた少女はドアに手をかけたそのままの姿で固まっている。
 視線はお互いに交えたまま、重苦しい雰囲気が辺りを包む。

 先に口を開いたのは相手のほうだった。
「え〜っと、朋子ちゃんは何してるの? 私は机の中にノート忘れてったみたいだから取りにきたんだけどね」
 ご丁寧にも彼女は聞いてはいない理由まで説明してくれた。
それに対する私の答えはたった一言。
「そう……」
 とにかく会話をしたくなかった。視線を彼女からはずし、また茜色の空を見上げた。
 しかし彼女はそれでも話を続ける気らしい。なんとか話題をひねり出そうと奮闘しているようだ。
 まったく、お人よしというべきか。
 同じクラスになってからというもの、彼女はたびたび私に話しかけようとしてくる。
 ここまで分かりやすい態度で拒絶しているというのに、どうして私に近づいてくるのか。
――分かっている。彼女が近づいているだけではなく、私が離れていかないのも理由の一つだ。
 何度も話しかけてられてもまともに返事をしたことさえ無い。しかし自分から拒絶の言葉を発したことも、無い。
 いつも消極的に話さないようにしているだけだ。今もそう。自分がここから出て行くか、彼女に一言『邪魔だ』と言えばそれだけで事足りる。
 彼女のことだ、本当に私の邪魔になると思えば話しかけてこないだろう。
 彼女は優しいから。
 上辺だけでなく、心から他人を思うから。
 でもそれが私には眩しすぎるから。

 私が彼女と友人になれないのも。
 私が彼女を拒絶できないのも。

 それは彼女――鳳仙エリスが私の理想だったから。
 彼女の特徴を挙げるとするならば、真っ先に話題が挙がるのはその容姿だろう。
 ブロンドの髪にブルーの瞳という目立つ特徴に加え、可愛らしさと美しさが同居した整った顔立ち。
 それを引き立たせるのはモデルも真っ青なスタイルの良さ。
 しかし誰しもが羨むような存在でありながら、妬みの対象とならないのは性格のよさがあるからだろう。明るく社交的で誰にでも分け隔てなく優しい。
 そして才能。聞いた話によれば彼女はレベルの高い美術部の中でもさらに抜きんでた存在らしい。曰く『天才』ということだ。
 そして彼女が『お兄ちゃん』と慕う親しい存在。

――鳳仙エリスという存在自体が、私が欲しかった全てのものを詰めこんでいるかようだ。

 だから、私には眩しすぎる。
 理想と現実のギャップ。
 決してなれないと分かっていてもつい追い求めてしまう自分の姿。
 そんな彼女を拒絶してしまえば自分が惨めに感じられてしまうから。
 近づくことも離れることも出来ない。

「と、朋子ちゃんは何してたの?」
「……ただ空を見てただけ」
 冬の日は短い。先ほどまでは一面真っ赤だった空も、次第に夕暮れの気配が近づいている。
「……ノート、取りに来たんでしょ? 早く持って行ったら?」
 彼女の机の中からノートを取り出すと、突きつけるようにして彼女に差し出す。そのまま隣を通り過ぎるようにして教室から出て行く。
 これではまるで幻影から逃げているようだ。
 未来を選ぶことが出来ず、問題を先送りしている今の現状そのもの。
 とんだ笑い話だ。
 自嘲の笑みを浮かべながら振り返ることなく廊下を進む。早足で昇降口へと向かう。
「朋子ちゃん――」
 靴を履き替えようとしたところで後ろから声をかけられた。
 澄んだソプラノボイス。振り返らなくとも声の主が誰か分かる。
「――まだ何か用でもあるの?」
「用って程でも無いんだけどね……」
 目は口ほどに、というわけでもないが、挙動不審な態度を見ていれば彼女の本心ではないことなどすぐに分かる。
 私は彼女を一瞥すると校舎から出ようとする。するとまた背後から声がかかる。
「ちょっ、ちょっと待って……」
 靴を履くのももどかしいとばかりに躓きながらも後を追ってくる。
 いったいなんの用だというのだ。いい加減独りにしてほしい。
 その気持ちを込めにらむようにして振り返った。
 それが彼女にも伝わったのであろう。
 一瞬ひるんだような表情をしたが、気を取り直すようにして顔を振った。
 そして強張ったような笑顔を作り、緊張しながらも話し出した。
「そのね、途中まで一緒に帰らない?」
「何で?」
 我ながら簡素な答えだ。
「何でって……、一緒に帰りたいから、じゃ駄目かな?」
 どうして彼女はここまでするのだろうか。こちらがどれだけ突き放しても、その上で全てを包み込むかのように接してくる。
 まるであの人のように――
「――っ、だから他人の私があんたと帰る理由が無いじゃない」
 駄目だ。これ以上彼女といたらいけない。彼女の優しさは私の仮面を容赦なく剥ぎ取っていく。
「他人じゃないよ。朋子ちゃんは友達だから――」
「うるさい!! 私に友達なんかいないわよ!! 勝手に友達面しないでくれる? 恵まれてるあんたに何が分かるっていうのよ」
 言い終わる前に駆け出していた。
 彼女は同情から言っているわけでは無いだろう。そんなことぐらい誰だって分かる。
 だからこそ辛かった。
 どれだけ親しくなっても所詮彼女にとってはその他の友人。いずれはいなくなる存在。
 友人などというカテゴリーは私にとってすぐに消えてしまう人間と同義。
 そして何よりあの人を思い出させるから。
 それは私にとって何物にも変えがたい想い。


「っはぁ、はぁ……」
 どれだけ走っただろう。自分の走った道順など覚えていないが気づけば家のすぐ近くだった。体が道を覚えていたといったところか。
 電柱に身を預け息を整える。弱った心臓は痛いくらいに脈打っている。
 服の上から心臓を押さえつけるように手を握り締めた。
 悔しくて涙が滲んできた。
 自分のこの身体も、他人の優しさも、それに応えられない私の未来にも。
 そして自分の身体にも。
 このままでは近い未来、私の心臓は動きを止めるだろう。
 だが手術をすれば完治する。成功率も高い。

 だが心臓が治った後に待つのは何も無い未来。
 虚無の世界など無くても同じこと。それならいっそと思わなくもない。
 しかし一方で死ぬことも恐れている。
 いつか彼と会えることを心のどこかで信じているから。

 結局のところ私は自分から動くのが怖いのだ。
 そして期待している。
 あのときのように世界を変えてくれる人を。
「――私、どうすればいいのかな。ねぇ……、おにーちゃん……」
 零れ落ちる雫を拭ってくれる人はいない。
 震える心を支えてくれる人はいない。
 心からの慟哭はどこにも届かない。
 記憶の中の彼はただ微笑むだけで、何も応えてはくれなかった。

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