隠れオタでもいいじゃないか

主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。  あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。

「それは舞い散る桜のように完全版」2008年10月30日発売

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  [ 藤浪朋子 SS ]   # 38  <固定リンク>

それはすぐ傍に(17)
 風と戯れるように舞い踊る雪。
 ゆらゆらと流されながら、ひとつ、またひとつと世界に色を添えていく。
 ――――白
 それは静かに箱庭を染め上げていく。けれどそれはすべてを覆い隠す白ではなく、銀世界を作り上げる幻想的な色。
 子猫の箱庭は少しずつ賑わいを増していきました。


                             (17)
 最初に視界へと飛び込んできたのは真っ白な天井。
 何か夢を見ていたような気もするし、何も見なかった気もする。
 寝起きの頭がゆっくりと回転していく。
 風に揺らされるカーテン。
 白を基調とした穏やかな空間。
 そして今私が寝かされているベッド。
「そっか……」
 そこまで見回してやっと病院にいることを思い出した。
 私はまた戻ってきたのだった。
 いつもなら病院のベッドにいるだけで陰鬱な気分になってくる。

 『また閉じ込められてしまった』と。

 けれども今回は違う。
 私が――私たちが自ら選んだ結果だ。

 今までは逃げてばかりだった。目の前の現実から、そして迫りくる未来から。
 私は確かに恐れていた。目に見えない心というものを。
 曖昧に揺れ動き、とたんに消えてしまう。
 かと思えば唐突に湧き上がり、途絶えることなく増していく。
 そんな感情が怖かった。
 そしてそんなものをもつ他人が怖かった。

 私は心も身体も弱かった。
 誰かに支えてもらわなければ生きていけなかった。
 同時に他人と触れ合うことで傷つくことをも恐れていた。
 どうしようもないパラドックス。独りで生きることも、一人きりで過ごすことも、みんなで笑いあうこともできそうになかった。
 だから私は生きることを放棄した。
 そして死なないことを選んだ。
 ただ怠惰に流され閉鎖された世界で過ごす。
 何も見ず、何も感じず、何も思わない。
 人形のようにただそこに在ろうと思った。
 しかしそれでもどこかで思っていた。

 私も生きたいと。

 だからこそ望んだのだ。『おにーちゃん』という存在を。
 私と同じではなく、他人でありながらも私の近くにいてくれる人間。 無条件で私を支え、ともに笑い、時に叱り、それ以上に包み込んでくれる。
 そんな幻想のような存在を。


 幸運にも私はめぐり合うことができた。だから『私』という存在が今ここにいる。
 最初は生きることを教えてもらった。
 次に友達というものを教えてもらった。
 願うことも教えてくれた。
 そして今、私は強く願っている。幸せになりたいと。
 あの人は私に教えてくれた。願うことの大切さ、そして叶えることのできる希望というものがあると。
 もしかしたら、と思わなくもない。
 高校生として学園に通いたい。友達と遊びに行きたい。もっと綺麗になりたい。
 そんな当たり前の生活をしたい。
 ささやかかもしれないけど私は強く願った。そうすれば叶うはずだと疑わなかった。
 そっと眼を閉じ、静かに祈る。


 ――――幸せになりたい――――


 時刻は7時半、一時間前には起床していたためすでに気分は落ち着いている。
 低血圧というわけではないが、最近は目が覚めても何をするでもなく、ぼ〜っとしていることがよくある。
 以前朝食の時間を知らせにきた新人の看護士さんは、私の様子を見て 急いでナースコールを押したことがあった。まあそれだけ奇妙な光景だったということだろう。幸か不幸なのか分からないが、この部屋には目に付く範囲に鏡がないため寝起きの顔を見る手段がないのである。
「朋子ちゃん、起きてる?」
 3回のノックとともに私を呼びかける声。この病院の中で私のことを名前で呼び、なおかつ普通は2回のところをわざわざ3回にする人間は一人だけだろう。
「起きてますよ、真崎さん」
 そう答えるとドアが横にスライドし、一人の看護士が部屋に入ってきた。
 真崎楓さん。以前から私に付いている看護士さんだ。
 柔らかな笑顔を浮かべるその人は、『看護婦』と呼ぶのにふさわしい 雰囲気をまとっている。まあ少々悪い癖があるのだが。けれどもその 難点を含めたとしてもどこかの自称看護婦とは大違いだ。
「おはよう朋子ちゃん」
「おはようございます」
 事務的ではない挨拶に自然と笑顔がこぼれる。朝の清々しい雰囲気が部屋の中を満ちていくようだ。
 ふと真崎さんの方に視線を向けると、何故か嬉しそうに微笑む顔があった。
「どうかしたんですか?」
「たいしたことではないんだけどね」
 そう前置きをして真崎さんは話し始めた。
「朋子ちゃんが前より笑うようになったなって」
「そうでしょうか? あまり自覚はないんですけど」
 自分では特に意識していない変化だ。指摘されたとしてもよく分からない。
「ほら、そういうところ。ずいぶんと柔らかくなって表情も豊かになった気がするわ。前は何かあっても『……別に』って感じだったじゃない?」
「…………変でしょうか?」
「いいえ、前より可愛くなったと思うわ」
 即答だった。そこまで強く言われるとかなり恥ずかしいものがある。
「そ、そうですか……」
 俯くことで赤面した顔を隠す。おそらくそんなことなどこの人にはお見通しなのだろう。
「そういえば朋子ちゃんに聞きたいことがあったんだけど」
 私がどう返していいか困っていると真崎さんのほうから話題転換をしてくれた。あからさまな感じがしないでもないが正直助かった。
「朋子ちゃんを負ぶって来た人は誰なのかしら?」
 正直助かりませんでした。真崎さんには自覚していなくても他人をからかうようなところがあるのだ。他の看護師さん曰く旦那さんの影響らしい。
「えっ、だ、だれと聞かれても…………。あ、そうそう、私意識がありませんでしたから多分私が倒れたときに親切な通行人が助けてくれたんじゃないかな?」
「へ〜、そうなの。親切な通行人さんね」
 真崎さんはにこにこと笑いながら私の言葉を復唱する。これは危ない流れだ。絶対にはかされる。
「それじゃあその通行人さんとは知り合いじゃないのよね?」
「そ、そうなんですよ。本当に助かりました。まさか隣人の顔すら知らないこんな社会に、まだあんな優しい人がいるなんて思いませんでした」
「本当ね。私もちゃんと話がしたかったわ」
「私もちゃんとお礼をしたかったです」
 なんだかじりじりと追い詰められている気がする。
 最初から素直に『学校の先生です』と言っていればよかったのではないだろうか。しかしどうしてか分からないが、上倉先生のことをただの教師と生徒の繋がりだと言い切ってしまうのが憚られたのは事実だ。それがどういう理由かははっきりしなかったのだが。
「弁解は終わりかしら?」
 天使のような笑顔。けれど私にはその裏に見え隠れする怪しいものある気がして仕方ない。
 そして『弁解』というその言葉。すでに目の前には危険信号が点滅中。ここは病室、つまりアウェー。どうがんばっても逃げることはできそうにないようだ。
「質問そのいち。どうしてその通行人さんは救急車を呼ばなかったのかしら?」
「えっと……それは…………」
 確かに普通は救急車を呼ぶところだ。その疑問は当然のところだろう。
「質問そのに。どうしてその通行人さんは朋子ちゃんを負ぶってまで運んだのでしょうか」
「えと、あの、その…………」
「ちなみに私の予想そのいち。救急車を呼ばなかったのは朋子ちゃんが嫌だと言ったから。でもただの通行人さんがそんなこと気にしないわよね? それにタクシーで運ぶとかいろいろ方法はあるだろうし」
「…………ごもっともで」
「予想そのに。その人は朋子ちゃんの知り合いだったんじゃないかしら? でもそうすると朋子ちゃんが嘘をついた理由が分からないわよね?」
「ぅぅぅ〜〜〜」
 もう私に残されているのは唸る事ぐらいしかなさそうです。やっぱり年の功には――――
「朋子ちゃん?」
 背筋を駆け上がる冷たく不気味な感覚。気分は狩られる寸前の草食動物。うっかり口を滑らそうものならここで平穏な生活は終わりを告げるかもしれない。
 時間がゆっくりと進んでいく。時計の針が音を立てて動く。
 どうして一秒がこんなにも長いのか。光陰矢のごとしなんていったのはどこのどいつだ。ちょっとそこの時計、職務怠慢じゃありませんか。
「――――だからね、予想そのさん。朋子ちゃんが嘘をついた理由」
 どのくらいの空白があっただろうか。なんとか見逃してもらえたようだ。けれども、もうひとつの追求のほうは見逃してもらえないようだが。
「朋子ちゃん、その通行人さんと仲がいいんじゃないかしら? それもかなり親密に」
「なっ――」
 親密という言葉に動揺してしまった。すぐさま狼狽を隠したが、この人にはすべてお見通しなのだろう。微笑みながら赤くなった私の顔を眺めている。
「どういう関係なのかしら〜。お姉さん、紹介して欲しいな〜」
「や、別に……そ、そこまで仲がいいというわけじゃないし……うん、真崎さんに紹介できるほどの関係じゃないから」
「あれ〜、やっぱり知り合いだったんだ。それじゃあ質問そのさん。その親切な通行人の名前はなんていうのかしら?」
 ――墓穴。しかしこの人は始めから知っていただろう。ここでペースを乱されたら泥沼だ。クールになりなさい、藤浪朋子。
「そうですね。一応知り合いでした。けれどそれほど親しいわけではなく顔見知りという程度です。だから通行人の人、といっただけです」
 よし、乗り切った。ここまで冷静に対応できれば問題ないはずだ。
「ふぅ〜ん。それじゃあ朋子ちゃんはその人の交友関係に興味はないと?」
「ええ」
「それじゃあ私が仲良くなっても問題ないわよね? 上倉先生と」
「なっ!?」
「頼りがいもありそうだし、顔もいいし。それに何より朋子ちゃんを助けてくれたんだからお礼もしないとね〜」
「ななな何で!?」
 何で上倉先生のことを知ってるのよ。この癒し系天然策士は!?
「あらあら、不思議そうね。ちなみにその答えはね、朋子ちゃんを運んできた上倉先生に対応したのが私だったからです。そのときにいろいろと、ね」
 やられた。完全に手のひらの上で転がされていたようだ。結構長い付き合いになるのだが、どう頑張ってもこの人には勝てそうになさそうだ。
 がっくりと肩を落としため息をつく。どうして病院にはこんな人ばかりそろっているのか。
 いやにカリスマ性があり、院内の情報に精通している看護婦。
 人を当たり前のようにからかう癒し系天然策士の看護士。
 聞いた話によると、京都のほうへ転勤して行った看護士も個性的だったらしい。なにやら探偵かぶれだったとか。
 ほかにも日本刀を振り回す赤髪の看護士だとか。
 そう考えてみると看護士は普通の人にはなれない職業なのかもしれない。資格に特殊なスキルが必要とされているとか。
「…………それで、真崎さんは私をからかうために朝の貴重な時間を割いたんですか?」
 項垂れたまま呪詛のように質問を投げかける。
「それはついでです。本当は朝食の時間だって伝えに来ただけよ」
「…………こんなに疲れたあとに朝食を食べるのは生まれて初めてです」
「そう? いい経験ができたわね」
 なんでもないように言って朝食の準備をしてくれる真崎さん。しかし呼びに来てから結構な時間がたっている。先にて食べさせてくれてもよかったのではないだろうか。
「――――それとね」
 朝食の準備を終えて部屋から出て行こうとした真崎さんは、ドアに手をかけた体勢のままポツリと呟いた。
「朋子ちゃんはちょっといい子すぎるんじゃないかな。あんまり我慢ばかりせずに甘えてもいいんじゃないかな」
 それは妹に助言をするような優しい言葉。
 他人よりも、友人よりも近しい言葉。
 まったく、どう頑張ってもこの人には勝てそうになさそうだ。
 心の中だけで小さくお礼の言葉を呟いた。





 というわけで今回は短めに区切っておきます。次の話が長くなりそうなんで小休止というところです。

 ですがその前にD.C.のssを書きたいな〜。ホント今更ですが、さっきサマーバケーションをやってたんで。ついでになんで美咲メインが無いんじゃ!! と思いまして。ついでにインスピレーションが浮かんだり浮かばなかったり……。まあ面白いかどうかは微妙↓

 とにかくそんな方向で。でも来週は関西のほうへぴゅ〜っと行ってくるんで更新できないかも。でも書きたくてしょうがなくなったら更新しますね。あんま期待せずに待っててくださいな☆







→感想&シチュや作品のリクエストなんかがあればお願いします☆

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  [ 藤浪朋子 SS ]   # 37  <固定リンク>

それはすぐ傍に(16)
 雪が静かに舞い踊る季節。子猫はぼんやりと外の景色を眺めていました。
 絶えることなく降り積もる欠片は、街をゆっくりと覆っていきました。
 子猫は箱庭の中、一匹で眠っていました。子猫の世界には他に誰もいない。独りきりの静かな世界でした。
 今日もいつものように、忙しなく行きかう人々とそれらを隠すかのように降り続く雪を眺めていました。
 汚れたものを全て隠してしまう白――子猫は一面の白に囲まれながらゆっくりと流れる時に身を任せていました。
 しかし独りきりの箱庭に外から歩み寄る者がいました。

 ――――サク、サク、サク――――

 雪を踏みしめる小さな音が響きました。 
 子猫の元に現れたのは一人の絵描きの少年でした。
 絵を描きにきたのでしょうか、手には使い込まれたスケッチブックがひとつ。少年は子猫を見つけると驚いた顔をしましたが、それでもすぐにその顔は優しそうに緩められました。
 子猫は突然の来客者に驚きました。小さな体を丸め、少年と距離を置きました。
 少年は開いた距離を埋めるように子猫の元に歩み寄り、その腕をゆっくりと伸ばしました。

             ――――困惑――――
             ――――動揺――――
             ――――恐怖――――


 子猫は伸ばされた腕の意味が分からず、ただ本能的に腕を振り払っていました。
 少年の手に小さな傷が一つ。そこからじんわりと滲むものがありました。
 子猫はちくりと胸が痛みました。何故だか分かりませんが思わずその場から逃げ出したくなりました。
 ですが少年は傷ついた手を気にもせず、子猫を抱きかかえました。
 じんわりと伝わる少年の心。
 子猫は身体を包む温もりにふれることで、戸惑いながらもあるひとつのことに気がつきました。
 ああ――自分は寂しかったのだと。

                         (16)

 既に12月も折り返し地点に差し掛かった頃。早いもので気がつけば冬休みまであと十日ほどとなっている。といっても私が再び学校に通うようになったのは12月に入ってから、それまでも長期休暇同然の生活だったのだ、大して感慨も浮かびはしない。
「はぁ……」
 溜息ともとれる息で手を温めながら、視線をやや持ち上げる。
 天候は確かに晴れではあるが、いつ雪が降ってきてもおかしくないほど冷え込んでいる。
「ん……」
 木々の間を抜ける風がやんわりと私の髪を撫でた。
 無意識にコートの襟を正しながら再び並木道を歩き始めた。


「らっしゃいませ〜」
 気だるげな店員の挨拶を受けながらにドアを潜る。と同時に暖かな空気が身体を包み込む。
 やはりこんな日はコンビニに限る。程よく効いた空調は弛緩していた身体を解きほぐすかのように染込んでくる。一人しかいない家で暖房器具を使うのもなんだか気が引けたため、暇つぶし――もとい、優雅など読書の時間を楽しむためコンビニに足を向けたのだった。
 読書なら本屋か図書館に行って来いという意見は却下だ。図書館のように他人だらけの空間で、なおかつ衆人観衆の中で読書などできはしない。
 本屋に行くにしてもとりわけ買いたい本があるわけでもない。その場で見ているだけで十分なのだ。にも関わらず立ち読みだけで帰るのもどうかと思う。
 そのぶんコンビニはそれら全ての問題点を解消してくれる。
それほど人がいるわけでもなく、どれだけ立ち読みしていようと後で商品を買っていけば何の問題も無い。
 というわけで私は早速お目当てのナデシコウォーカーを手に取った。



 やはり、というべきか。ついつい雑誌に集中してしまっていた。
 テストが終わった開放感からだろうか、ついつい立ち読みに耽ってしまった。気がつけば小一時間ほどが過ぎていた。時間を無駄に使えるというのは学生の特権だろう。テストが終わったといっても教師などはあまりゆっくりできる時間などないだろう。
 ある教師の顔を思い浮かべながらふと外を見やれば、その想像通りの姿がこちらを見ていた。あっ、手振ってる。
 思わず勢いよく雑誌を閉じていた。
 なんらやましいことをしていないにも関わらず恥ずかしい気がしてくる。
 鏡を見ないでも分かる。今の私は赤面しているに違いない。
 すぐさま雑誌を棚に戻し、顔を俯けたままの姿勢でドアを目指す。
 ドア開ききるのも待たず勢いよく目の前の人物に詰め寄る。
「ちょぉぉ〜〜っとあんたっ!!」
 声にエコーをかけながら声を張り上げる。自分で出していてなんだが、これほど大きな声が出るとは思わなかった。ちょっと驚きだ。
 しかし目の前の教師はそんなこと気にもせず、笑顔を浮かべながら挨拶を返してきた。
「おう、こんにちは、藤浪」
「っ、――にこやかに挨拶してんじゃないわよ! あんたなんのつもりよ!!」
 上倉先生にしては珍しくさわやかな笑顔を返してきたものだから、つい返答に詰まってしまった。
「何を怒っているのかさっぱりわからないんだが……」
「私の読書タイムを邪魔したでしょうが!!」
 自分でも無理のある理由だと思うが、それ以外に理由が思いつかなかったのだ。本当の理由など口が裂けても言えやしない。
「……立ち読みで、しかも雑誌だろ」
「それでも立派な読書よ」
 ここは勢いで行ってしまうしかない。無理にでも通してしまえば道理も引っ込むものだ。
 上倉先生は未だに納得していないだろう。なにやら釈然としない顔つきで考え込んでいる。
「仮にそれが読書だとしよう。でもな藤浪、俺は邪魔した覚えは無いぞ? 俺を見つけて飛び出してきたのは藤浪じゃないか」
「口答えすんなーーーーー!!」
「どうどう、落ち着け藤浪」
「はぁはぁはぁ…………」
 本当のことを言われ思わず興奮してしまった。顔がさらに高潮してくる。 
「あんた、私をばかにしてんでしょ……」
「していない、と言っても信用しないだろ?」
「だって実際に馬鹿にしてるじゃない……」
「そんな泣きそうな顔で唸るなよ……」
 確かに今は恥ずかしさやその他もろもろの感情がごちゃ混ぜになり、泣きそうな顔をしているかもしれない。
「ほら、俺もコンビニに用があるし、藤浪も入るだろ? こんな寒空の下で立ち話してたら風邪を引いちまうぞ」
「うん……」
 私は上倉先生に背を押されながら再びドアを潜っていった。



 ――20分後――


「まあ、あれよ。色々とあったけど今日のところは水に流してあげるわ」
 私は上機嫌で右手のあんまんにかぶりついた。
 先ほどの調子の悪さも今は吹き飛んでいる。
「や〜っぱ冬はあんまんよねー。あんまんさいこー♪」
 このふっくらとした生地が包むあんこがこれまた素晴らしい。下がとろけるほどの甘さがたまらない。それに今の気分の良さはあんまんのおかげだけではない。
 ちらっと横目で上倉先生を見上げる。
 男の人に奢ってもらってそれを二人で並んで食べる。なんかこう――いい感じでは無いだろうか。
 にやける顔を何とか抑えながらもう一口、次は左手のあんまんに口をつける。どれだけ抑えようとしても、美味しいものを食べたときは自然に顔が緩んでしまう。
「あら? あんたは食べないの?」
 先ほどから上倉先生の持っている肉まんはほとんど減っていない。もったいない。あんまんにしろ肉まんにしろ、暖かいうちに食べなければ美味しくないのに。
「そんなに腹が減ってるわけじゃないからな……なんならやるぞ?」
「いいの? ありがと……って言いたいところだけど肉まんは嫌いだからパス」
 というよりあんまんという至高の食べ物あるにも関わらず、肉まんなどという邪道な食べ物を口にするなどもってのほかだ。
「甘いのが好きなのか。でも2個も食べて胸焼けしないのか?」
「ぜんっぜん♪ そんなのあんこ様に対する崇拝がたりないから胸焼けすんのよ」
 右手に残ったあんまんを一口で食べる。うん、やっぱり最高だ。
 ふと上倉先生の方に目をやると、なぜか笑顔でこちらを見ていた先生と目が合った。
「いっ、いやね、ニコニコして気持ち悪いわよ? 何が楽しいわけ?」
 とたんに恥ずかしくなり、思わず視線を外しながら口を尖らせた。駄目だ、今日はペースを乱されすぎだ。
「俺の顔はいつもこんなもんだよ」
「それじゃただの変態よ……ああ、変態だからいいのか」
「お前、俺のことを教師だと思ってないだろう……」
「だから何? いけないっての?」
 額に指を当て唸るように声を出す上倉先生。それを横目に軽口を叩く私。うんうん、これがいつものやり取りだ。やっとペースが戻ってきた。
「言っておくけど、あんたを教師と思ってないんじゃなくて、教師だろうがなんだろうが、あんた自身を敬ってないだけだから」
 ついでのように止めの一言を投げかける。
「他の先生には、他の先生なりに相手してるわ」
 あくまで先生というカテゴリー属する相手として、こちらも生徒というカテゴリーに適した対応をしている。藤浪朋子というキャラクターを見せはしない。深入りもさせない。例外は校医の坂井先生ぐらいだろうか。
 だから上倉先生はそれよりは上。上倉浩樹としての個人に対し、私も対等に接している。
「敬われたかったら、それなりに立派なところを見せなさい」
 ワンランク上がって尊敬できる人間になるにはもうちょっとかっこいいところを見せてもらわなければ。
 上倉先生は私の言葉を理解しながらも納得できないようだ。まあ隠れた意味までは理解できないから仕方ない。
「まあ、なんだ……藤浪はよくコンビニに来るのか?」
 あからさまな話題転換だが今回はそれに乗ってあげよう。なんというか勝者の余裕? まあそんなものだ。
「結構来るわね。学園の帰り道だし家からも近いし。ホント便利よね〜。誰が発明したのか知んないけど感謝感謝♪」
「そうだな、立ち読みができるからな」
「そうそう。空調も効いてるし文句を言いたげなバイトの店員だってひと睨みすればすぐに戻って行くし……って違うわよ!!」
「なんだよ、ノリ突込みまでしてくれたのに」
「好きでしたわけじゃないわよ!! それに立ち読みだったら他の本屋でもするわよ!!」
「そっちかよ……。というかそんなこと堂々と言うなよ……。基本的にはしちゃいけないことなんだぞ」
 子供に言い聞かせるようなその口調になんだかムッときた。
「なによ、あんただって立ち読みぐらいするでしょうが!」
「……申し訳ないが、俺は用も無いのに本屋に行く趣味はないんだ」
「うわー寂しい人生ね、それ」
「たかが本屋でそこまで言うか?」
「はぁ〜、分かってないわね。いい? 本っていうのはとっても大事なのよ? 1つの本屋さんだけでも読みきれないだけの本があるのよ。つまりそれだけ私たちの知らない世界が広がってるっていうこと。私たちには一度きりしか人生がないんだから当然見ることのできる世界は小さなものになるわ。でも本を読むことによってそれだけ見聞が広がるって事なんだから」
 そう、小さな世界しか知らない私は外を知るために読書という行為を行なう。あの頃は小さな箱庭しか知らなかったから。
「例えば小説を読めばもう一人の私としての人生を。行ったことのない風景を見ればあたかも自分がその場にいる気になれる。本に書かれている知識を得れば自分の知らなかった事象が見えてくる。本屋はそんな機会を与えてくれる場なのよ。だから何気なく寄ってみることで思いもよらない発見があったりするのよ」
 おっ、今私はいい事を言ったのではないだろうか。思わず語ってしまったけれど、全て私の本心だ。
 上倉先生は今の私の言葉に驚いたのか感心したのか、口を開いたまま聞き入っていた。
「確かに、そうだな……」
 私の言葉を反芻するように何度も頷く。なんだか上倉先生の私を見る目が少し変わった気がする。うんうん、いいことだ。
「というわけで、あんまんをくれたお礼に今日は私が本屋さんを案内してあげましょう」
「………………は?」
「ついてきなさい。本屋さんの素晴らしさをもっと教えてあげるわ♪」
「いや、俺は――」
「はいはい、お礼ならいいわよ。さっさと行きましょ」
 しきりにお礼を言おうとしている上倉先生を引っ張りながら駅前へと足を向けた。



「それでこの本屋さんがこのあたりで一番大きいわね」
「それくらいは俺でも知ってるぞ。美術の資料なんかもここで取り寄せてもらったるするからな」
「へぇ、あんたでも一応教師らしいことするのね」
 正直美術を選択していない私からすれば、この人が教師だということをつい忘れがちになってしまう。私が見かける姿といえばぼ〜っとしているところか、そうでなければ私をからかおうとするところぐらいだ。
「一応で悪かったな」
「なに子供みたいに悪態ついてんの? ばっかみたい」
 まるっきり拗ねた子供だ。よく言えば感情表現が豊かなのだろう。私とは正反対だ。
「で、話を戻すとけどこの店の特徴は店が広くて店員の目が届きにくいってところにあるの」
「俺は立ち読み口座を聞きたいわけじゃないんだが……」
「何よ話の腰ばかり折って。だったら何が聞きたいわけ?」
「そうだな。実は探してる本があるんだが俺じゃ見つけられなくてな。藤浪はこの本屋に詳しいんだろ?」
「ここだけじゃないけどかなり詳しいと思うわよ」
「ならさ、昨日会った萩野って奴が――」
「可奈先輩!? 可奈先輩がどうしたの?」
 思わず『萩野』という言葉に反応してしまった。この教師との関係ははなはだ疑問ではあるが萩野先輩と知り合うことができたのはこの教師のおかげだろう。
「だからあいつが書いた小説を探してるんだ。萩野は見た目どおりのやつだからな、あれがプロだとは思えないだろ?」
 笑いながら応えるその口調が、可奈先輩を馬鹿にしているようで、頭にきた。
「はぁ? あんた馬鹿? 可奈先輩は正真正銘プロじゃない。そんな風に疑うほうがどうかしてるわよ」
「…………そ、そうか?」
「当たり前じゃないの。まあいいわ、ウチにもあるけどせっかくだから探してあげる」
「ん、藤浪も持ってるのか?」
「……何よ、私が持ってちゃおかしいっての?」
「いや……藤浪は読書が趣味だったなと思い出したところだ。この前も図書館の本を借りてたもんな。少女小説を読んでてもおかしくないよ」
「な、なんで……そんなこと、覚えてんのよ……」
 意外だった。そんな何でも無いことを覚えているとは思わなかった。
 いつだったか、上倉先生と図書館へ寄った帰りのこと。私は曲がり角で上倉先生とぶつかってしまったことがあった。まあいろいろあり先生に手を貸してもらったときに、勢いあまって先生の胸に顔を埋めることになってしまったのだ。
 両親以外の人にそんなことをするのはおにーちゃん意外いなかったため、つい昔のことを思い出してしまったのだ。
 確かにそれは私にとっては大切なことだったけれど、上倉先生が覚えているとは思わなかった。
 それは私のことを気にしてくれていた、とそんな勘違いすらしてしまいそうだ。
 熱を持ってきた頬を隠すようにそっぽを向いた。
「意外と言うか、……うん、感心したんだよ。その後すぐに逃げられたからその印象もあるんだけどな」
「……あ、あれは、その…………ぅぅ……」
 私は別の意味で再び赤くなった顔を隠すように下を向く。
 思い出せば私はかなりいたい人間ではなかっただろうか。
「ああ、別に責めているわけじゃないんだ。そこのところを誤解するなよ?」
「う、うん……ごめん、なさい……」
「ほらほら、いつまでも下向いてないで案内してくれよ」
「うん……」
 何度か深呼吸をして息を整える。
「よし……じゃ、行くわよ」
 自分に気合を入れるようにして本屋へと足を踏み入れた。


「う〜ん、確かにここにあるはずなんだけどな……」
 なかなか見つからない可奈先輩の作品に焦りと戸惑いを覚える。自分から言い出した手前見つかりませんでしたというのは恥ずかしすぎる。なにより自分に任された仕事すら果たせないというのは私の矜持に関わる。
 しかし探し始めてから既に数十分の時間がたっている。焦りが苛立ちを生み、苛立ちが冷静な思考を奪っていく。
「おかしいな…………どこにあるんだろう……」
 とめどなく続く悪循環。ねじれは綻びを広げ、否応にも私の精神を蹂躙していく。


 ――――って藤―――は――――でしょ――――


「――――るさい」
 ああ、ほんとうにうるさい。何故こんなどうでもいいことが頭の中で渦巻くのか。こんなもの私が捨て去った戯言のリフレインにすぎないのに。
「見つからないな……。もしかして人気作家だから平積みにされてるんじゃないのか?」
「そういう本じゃないわ……疑ってんの?」


 ――――藤浪さんが――――も悪いことが――――よね――――
 ――――だよねー。ホント藤浪さんがいても――にしかならないもんね――――

 記憶がごちゃごちゃと混ざり合う。駆け巡る混濁が余計な過去を、消したはずの光景を思い出させる。

 黙りなさい――――私は―――なんかじゃない。

「別に疑っちゃいないが……」

 ――――お前もそう思う? だよなー。藤浪って役立たずで使えないもんな――――


「嘘つきなさいよっ!! 絶対呆れてるわよ!! あんただってあいつらみたいに大口叩いておいて使えないやつだって思ってるんでしょ!! 悪かったわね役立たずでっ!!」

 どいつもこいつもみんなうるさい。ああイライラする。

「いや、そんなこと思って無いぞ……。藤浪は何も悪くない。だから少し落ち着こうな?」
「適当な相槌打ってんじゃないわよ!! その大人ぶった余裕がムカつくのよ!! 適当にあしらって終わらせようって態度がミエミエなのよ!!」

 所詮教師なんてどれも同じだ。
 保身を考え問題を嫌う。害が降りかかるならば生徒の身によりも自らを大切にする。それは生物として当然のことだ。
 だから人間としては最低だ。

「考えすぎだって、そんなつもりはないから。俺は本当に――」
「うるさいっ!! どれだけ人を馬鹿に気がすれば気が済むのよ!!」

 ――――ただ藤浪さんは身体が丈夫じゃないでしょう? だから可哀想だけどみんなと一緒には行けないと思うのよ――――

「みんな私を子ども扱いして……可愛そうだって勝手に決め付けて…………私だって…………ちゃんと、ちゃんと私を見てよ……」

 そこからはもう言葉にならなかった。ただとめどなく溢れる嗚咽で痛みを消してしまいたかった。浮かび上がる光景を悲しみで塗りつぶしてしまいたかった。
 すでに記憶と記録の境界が曖昧になっている。ただ心を占めるのは一つの感情のみ。

 どうして私だけがこんな目にあわなくてはいけないのか。
 いつも私だけが邪魔者扱いだった。
 楽しい時間も私のせいでいつも終わってしまう。やがて私のせいで嫌なことが起こるとさえ言われた。
 誰かが失敗すればそれは私のせい。
 遠足で雨が降るのも私のせい。


 あるとき私はクラスメートたちと遊ぶ約束をしていた。
 しかし運悪く病院へ行くことになってしまった。
 親には止められたが、私はどうしてもクラスメートと遊びたかった。だから病院を抜け出してみんなが集まっている場所へ行ったのだった。
 行ったのに――――
 けれど皆のところへ行った私に待っていたのは想像していなかった一言だった。


 ――――別に来なくても良かったのに――――


 そのとき私は思ったのだ。
 ここにいる必要は無い。私はここで生きる必要は無い。
 私の中の何かが壊れ、そして箱庭の中に閉じこもった。

 箱庭の生活は平穏だった。
 代わり映えのしない毎日。ただ生きるために生きる。そんな何でも無い生活が救いだった。
 一面真っ白な世界。静かなこの空間が好きだ。
 けれど生きる意味が見つからなかった。
 だから死ぬ理由も見つからなかった。

 そしてある一つの答えに行き着いた。


 ――――私に生きる意味なんて必要ない――――


「――――藤浪?」
 どこか遠くから声が聞こえる。と同時に胸に走る違和感。
 けれどそれが自分のものなのか良く分からない。声を掛けられているのが自分なのかも良く分からない。
 ただ胸を押さえ苦しんでいるのも自分で、客観的に終わりを受け入れているのも自分だということは理解できた。

 ――――痛い痛い痛い――――

「はっ、はっ、はっ…………」
 短い呼吸が逃げるように失われる酸素を求める。無意識のうちに胸を強く押さえつける。
 既に心は諦めているにも関わらず、身体は生にしがみつこうともがいている。
 なんだろう。目の前で誰かが叫んでいる。いったい誰だっけ。
 どうして私を呼ぶんだろう。

 ――――助けて、誰か助けて――――

「待ってろ藤浪、すぐに救急車に来てもらうからな」
 目の前の誰かが私の名前を呼びながら手を握っている。
「……呼ば……て、いい……」
 自然と声が出た。
 目の前の人がまた何か言っている。どうやら私の言葉に反論しているようだ。
 別に救急車なんて呼ぶ必要が無い。私はこのままでいい。
 そう思ったときふっと体が軽くなった。ああ、これで私も――――

 僅かに見えていた景色が、黒く染められていった。


 ふと、とある光景が浮かんできた。
 一面の赤。
 それは血の色であり、黄昏の訪れであり、同時に生命の輝きでもあった。
 覚えている。
 私はこの景色を覚えている。
 そしてこのとき本当の温もりに、確かな優しさに気付かされた。
 沈む夕日と共にこの世界から消えようと思った。
 けれど引き止められた。
 別れを告げたこの世界で、再び生を受けることを望まれた。
 雪の中に埋もれた私を、冷え切った心を救い出してくれた。
 私はあの暖かさを覚えている。


「おにーちゃん……」
 小さな呟きとして零れた素直な心。小さな雫がとめどなく流れ落ちる。
 私の身体に伝わるその心は、錆び付いた感情をゆっくりと動かし始める。
「やっと気付いたか。――よっと、ちゃんとしがみついててくれよ。運びにくいったらありゃしない」
 私の言葉に答えたのはおにーちゃんではなかった。
 記憶の中の姿とはまるで違う、凡庸な教師の姿だった。
 けれどその心は記憶の中の少年と通じるものがあった。
「ごめん、なさい……」
 自然と言葉が口に出ていた。
 それは誰に向けての言葉だったのだろうか。
 救ってくれた命を捨てようとしたことへの謝罪か。
 捨てようとした命を救ってくれた感謝からか。
「ばーか。病人がそんなこと気にするな。それに何度だって助けてやるさ。いちいち感謝してたらキリが無いぞ」
 そして返ってきた言葉はどちらの返答にも聞こえた。
「私のこと、嫌いになったよね……。こんな、すごい迷惑かけて…………。いつもいやな思いさせて……」
 けれどその優しさは私にとって重すぎる。何度助けてもらっても、私には彼らに返すものが何も無い。返せるのは徒労感ぐらいだ。
「ったく、変なことに気を使いすぎなんだよ。別に病気であることや発作が起こることがお前の責任ってワケでも無いだろ? それともなんだ、お前は俺に迷惑をかけようとしているのか?」
「…………え?」
「お前のことだ。他人に迷惑をかけたくなかったんじゃないのか?」
「………………うん」
 その通りだ。私は他人と触れ合うのが嫌だった。けれどそれ以上に友人に迷惑をかけるのが嫌だった。
 いつも私のせいで楽しい時間が終わってしまう。私が迷惑をかけるせいでみんなが嫌な思いをする。だから私が邪魔にならなければ彼らは私と一緒にいてくれるのではないか、そう思うようになった。
「お前のことだ、本当はめちゃくちゃ寂しかったくせに、誰とも仲良くなろうとしなかったんだろ?」
「…………ごめん、なさい……」
「アホ、いちいち謝るんじゃない」
「うん……ごめん……」
 上倉先生はため息をつきながら私を背負いなおす。通行人とすれ違うたびに怪訝な視線を向けられるが、彼は気にするそぶりもなく私を背負いながら足を進める。
 ショーウインドに私たちの姿が映る。
 上倉先生は私から見ても疲労のたまった表情をしている。けれどもその声色には幾分も疲れの色は見られない。
 不安を感じさせない確かな足取りで病院を目指す。
 それだけではない。なによりも上倉先生の暖かさがじかに伝わってくる。
 まるで父親のようで、それ以上に憧憬にも似た懐かしい思いを抱かせる。
 すこしだけ、首に回した腕に力を込める。
「もういいからさっさと病院に行くぞ。俺は自分の意思で藤浪をおぶってるだけだ。んで病院に行ったら藤浪は手術を受ける。何もおかしくないだろ?」
 おかしくはない。確かに誰も謝る必要はない。けれども――――
「ごめ、ん……」
「だからなんで謝るんだって」
「……手術、受けない……から……」
「はぁ? 受けないって、お前……どういうことだよ? 簡単な手術なんだろ?」
 間髪いれず驚いた口調の返事が返ってきた。当然だろう。受ければ治るといわれているにも関わらず、その手術を拒否しているのだ。当事者でなければ私であってもその反応をする。
「……受けたく、ない……」
 けれど当事者である私は頑なに手術を拒否する。
「受けたくないって…………もしかして手術が怖いのか?」
 コクン、と黙って頷く。
「そうだな。いくら簡単な手術だっていっても失敗するかもしれないんだよな」
 今度は首を横に振る。
「失敗は、……ない……成功したときが怖いの……」
「成功したときって……」
「私、嫌われてるから…………成功しても……結局邪魔になるだけだから」
 ほんの小さな、吹けば消えてしまうような僅かな希望でも残したい。この体が正常に動いたとき、その先に待ち受ける絶望の前に私は屈してしまうだろう。
 だから――――
「――本当に藤浪は馬鹿なやつだな」
「……え?」
「そりゃお前が今まで出会ってきたすべての人に好かれようなんてのは虫のいい話だ。俺だって嫌いなやつや、逆に嫌われてるやつだってたくさんいるよ」
 先生の顔は見えない。けれど今彼がどんな目をしているのかは眼を閉じていても分かる。
 真に相手のことを考えている眼差し。心に直接響くような、やさしさと強さを併せ持った光。
 そうだった――あの時も、今も、この光に希望を感じたんだ。
「けどな、藤波。俺がお前を嫌っていると思うか? 嫌いなやつにここまですると思うか?」
 ――思わない。
「萩野はどうだ。あいつはお前を嫌っていると思うか?」
――思わない。
「思わないよな。だったらお前が嫌われているっていうのは嘘だ。少なくとも俺と萩野はお前のことを友人だと思っている」
「――――」
 再び涙が零れ落ちた。
 どれだけ堪えようとも頬を伝う涙はとめどなく流れていく。
 ――――友人、
 その言葉が欲しかった。
 今まで生きてきて、初めて対等だと認めてもらえた。
 同情でも憐憫でもなく、打算も思索もいらなかった。
 ただ隣を歩いてくれるだけでよかった。
「同情されたり心配されたりするのは藤浪には辛いかもしれないが、手術をして元気になればそれもなくなるだろ? だから手術を怖がる理由なんて無いんだよ」
「…………そう、なんだ……」
 今になってやっと気付いた。私はなんて遠回りをしていたんだろう。
 いつも逃げてばかりだった。辛いことがあるとすぐに自分の箱庭に閉じこもろうとしていた。いつかおにーちゃんが教えてくれたはずなのに、その思いすらも心の底に閉じ込めていた。
「ねぇ……先生…………」
「なんだ?」
「……手術、受けるね」
「ああ、そうしろ…………」
 先生は小さく笑いながら私を背負いなおした。
 ゆっくりと揺れるその背中が心地よかった。私は小さく返事を返し、涙で濡れた瞳を閉じた。



 子猫は身体を包む優しさに身を任せました。
 小さな強がりを捨て、友人と共に生きようと思いました。
 真っ白な箱庭の中を進むたび、二つ分の足跡が並んで残ります。
 それを見ているだけで子猫は嬉しくなりました







 やっと更新できました〜。ホントへろへろです↓

 とりあえずといった感じですが、まあ区切りのトコまでかけたかなと。大分長くなりましたが……。

 残念ながら更新期間と内容が比例してこなくて申し訳ない感じです。


 内容のほうは次回からコメディタッチになりそうかなと。苦手ですけどがんばります☆

 ついでに他のSSのリクとかあったら気軽に送ってやってください。
 感想とあわせて待ってます。

 






押せば押すほど気合が入ります。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

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