隠れオタでもいいじゃないか
主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。 あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。
記事一覧: 200801
- 01月18日(金) 作りましたので
- 01月16日(水) 求めるもの
- 01月15日(火) Fate/Zero 一巻読破
- 01月07日(月) それはすぐ傍に(24)
- 01月02日(水) これも一種の花嫁修業〜巫女装束は戦闘服です〜
01月18日(金) [ 未分類 ] # 52 <固定リンク>
- 作りましたので
-
さっき頑張ってバナーを作ってみました。初めてだったもんでかな〜りめんどかったです。(⊃Д`。)゜
んでもって一応作成したということで、この機会にぜひリンクを張ってやってください。ヽ( ̄ ̄∇ ̄ ̄)ノ
これ↓
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01月16日(水) [ CLANNAD SS ] # 51 <固定リンク>
- 求めるもの
-
「ねぇ、ところでさ、あんたって誰か好きな子いんの?」
「……はぁ?」
奴は唐突にワケの分からん質問をぶつけてきやがった。
晴天の霹靂なんて小難しい言葉を並べる暇もなく、その言葉と裏に深い意味が潜んでいる可能性を無碍にすることもできなかった俺は、ただただ凡庸で間抜けな単音を発することしかできなかった。
「……いきなり何を言い出すんだ?」
数秒間フリーズした脳を無理やり働かせ、なんとか常人の返答を打ち返してやる。
「なんとなく」
「なんとなくって……」
けれども俺の目の前にいる人間――心情はさておき、生物学的には男ではないと不承不承頷くしかない――である藤林杏は、気まぐれで不明瞭なことを口走りやがったのだ。
もっともこいつの独裁振りなど既に想定済みだ。
例えば人の脊髄にバイクの前輪をめり込ませたこともあった。しかもこいつは憤る俺に対し、言い訳をするどころか逆ギレをかましやがった。
「弱者だってんなら弱者らしく道の隅っこ歩きなさい」
こいつはマリーアントワネットが前世なのかと罵倒してやりたくもなったが、その後に待ち受ける展開が容易に網膜に浮かび上がったので何とか堪えておいた。別に深い意味はなく、何事も平和的な解決を目指しただけであり、決して春原の代名詞に上げられるような屈辱極まりない二つ名を受け継いだわけではない。
しかもその後こいつの妹に忠告しようとしただけなのに、何故か俺にバイ容疑がかけられることにもなった。
他にも勘違いで辞典を投げつけられたり(春原を盾にして防いだが)階段の上から蹴り落とされたり(避けた後春原が吹っ飛んでいったが)体育の時間のランニング中、杏への愚痴を言ったらソフトボールが顔面に飛んできたり(以下略)――
ともかく唯我独尊を地で行くこの女は何かにつけて力でねじ伏せていく。
「ほら、不良ってさ、意味もなく格好良く見えたりするらしいでしょ? だから大体、彼女持ちじゃない」
何を根拠にそこまで言い切るのだろう……。
だいたいコイツは俺が誰かと付き合っていないことぐらい、太陽がどちらから昇るのかを確かめるぐらい意味の無い行為ではないのだろうか。それをわざわざ誰かに聞かせるかのように聞くなんて、全くもって今日の杏は理解不能だ。
そもそも好きな奴がいるかどうかなんて青臭い質問は他のところでやってくれ。具体的には夏の一歩手前で四人組の幼馴染を持つ男同士が女湯を覗く前に聞いてくれ。まあその後にフックの一つや二つ飛んで来たとしても自業自得なのだが。
余談だが『今日の杏』と言うのは語呂が悪すぎやしないだろうか。
「お前変な先入観持ってんのな」
こいつは男気溢れる外面を持っている一方、内面は理解に苦しむほど漫画的な思考を持っていやがる。こういう奴に限って口を滑らすと三倍以上の制裁が待っている。
できる限り思考を顔に出すことなく当たり障りの無い返答を返してやる。すると案の定杏の奴は素で「違うの?」なんて不思議そうな視線を返してきやがった。
「少なくともこの学校じゃ無理だろ」
度し難い常識を持っている優等生に対し、溜息と共に一般常識と大衆の思考を教え込んでやった。
「不良と付き合ってるなんて、それだけで教師どもに目をつけられるぜ」
自嘲気味に呟き杏の様子を窺ってみるが、俺の予想とは違い目の前には思案に暮れる優等生の姿があった。
「……ならさ、見た目可愛い、性格最高、彼氏の周りをついて回って成績優秀で教師受けもいい女の子だったら?」
「…………」
先ほどよりも長い沈黙。不可解な質問により二人の間によく分からない空気が漂い始める。
互いに口にする言葉もなく、良いとも悪いとも区別がつかない微妙な空気。
そんなところへ無遠慮に突っ込んでくる空気の読めないアホだが、今回ばかりは貶めずにおいてやろう。
「おーい、何二人で話してるんだ? というかこのピンク色の空気はなんだよ」
「うっさいわね。ピンクなのはあんたの頭ん中だけで十分よ。大人しく脳みそのお花畑の世話でもしてなさい」
「こいつの脳みそに養分があると思うか? 万年氷河期の脳みそには栄養どころかシワすら入ってないって」
「第一声がそれですかっ!?」
無意識のうちに言葉が出ていた。まあそれは俺のせいではなく春原のヘタレ振りに起因するのだろうが。
まあおかげで停滞した空気が春原への罵倒と言う方向を持ち始めたのは良かったのだろう。その間に先ほどの質問を再度吟味してみる。
が、全く持って意味が分からない。第一、そんな女が成績至上主義のこの学校に存在すること自体ありえない可能性であり、仮にありえたとしてもそんな完璧な女が俺と付き合おうなどとは思い上がりも甚だしい。
俺が杏の言葉を嘲笑と共に切り捨ててやると、またもやコイツは誰かに聞かせるように大きな声で話を続ける。
「ふぅーん……ひょっとしてあんた、そんなこと気にして彼女作らないとか?」
「そういうわけじゃないけどな、ただ俺と付き合うなんて物好きな女はいないだろ」
探るような杏の言葉に不信感を覚えながらも律儀に返答をしておく。
「なになに? もしかしてボクに惚れちゃった女の話?」
「誰を好きになろうとその子の勝手じゃない。誰かが口を挟むのなんて筋違いじゃない」
「そうかもしれないが……まあ仮にいたとしたらの話だけどな」
「あの、もしかしてボク、放置ですか?」
「なんだ、アンタまだいたの? ひぃひぃ鳴いてないから気がつかなかったわ」
「酷くないですかっ!?」
「悪い、酷いとは思えねえや」
「あんたら鬼ですね……」
「何言ってんのよ。人並みの扱いを受けたかったらまず人になりなさいよ」
「というかまず生き物になってくれ……」
「僕は生き物ですらないんですか!?」
「…………」
「…………」
「……何スか、その意外そうな目は……」
「いや、気がついてないのかと思って……」
「まあ残酷かもしれないけど教えてやることも大事だろ」
「そうね。とりあえず授業料の換わりにジュース買ってきなさい」
「ぬちゃくちゃですねっ!!」
「無茶苦茶だな」
というか小学生レベルだろ。
「あんたもう一回日本語の勉強しなおしたほうがいいんじゃない? とりあえず前世から」
「今から始めるんじゃないんですか!?」
「そうだぞ杏。始めるなら来世からのほうが良くないか?」
「だって生まれ変われるかどうか分かんないじゃない?」
「それもそうか」
「納得しないで下さい……」
まったく我が侭な奴だ。じゃあどうしろっていうんだよ。
「やっぱ今すぐ勉強しなおすべきね。とりあえず紅茶で」
「あ、俺炭酸で」
「何で僕が行かなきゃならないんですかね。まったくこのボージャック婦人め」
「傍若無人な」
「やっぱ勉強しなおすべきね……」
「いいんだよ僕は。ちょっと難しい言葉を知らなくたって生きていけんだから」
あまり良くはないと思うが。
「それよりも杏のほうが勉強しなおしたほうがいいんじゃないの?」
「私? 残念だけど私はあんたと違って優秀だから問題なんて無いわよ」
杏は鼻で笑い全く相手にしていない。俺としてはそういうところを直すべきだと思うが自重。生憎自ら死地に向かうようなマゾではない。
しかしここに一人。
「へっ、そういうところが駄目なんだって。話し方も雑だし文句があればすぐに力に頼るし。誰だってそんな男みたいな――」
気がついたら隣にいたはずの春原が消えていた。
いつの間にか床に寝転がっていた春原の顔からは辞書が二つ。まあ予想はつくがやったのはこいつなんだろうな。
「何よ」
「いや、別に……」
あえて何も言うまい。
「あ〜、こいつのせいでどこまで話したか分かんなくなったじゃない」
倒れている春原を蹴り飛ばす杏。哀れ春原、とはあまり思えない。自業自得だ。
額に指を当て何とか思い出そうとする杏。まあこのまま放っておけばよく分からない質問も流れていくだろう。
「俺なんかを好きになる奴なんていないって話だ」
なのにどうして俺はまた話を蒸し返すような行為をしているのだろうか。
自分でも納得のいく理由をつけることができない。いや、理由を後からつけて自身を言い負かしたいだけなのかもしれない。本心を隠すために。
「そうそう、そんな話だったわね」
難問が解けたかのように晴れやかな顔をする。というか自分から振った内容なら覚えておけよ。
「それでもしさ、あんたのこと好きって子がいたら付き合う?」
何だこの遠まわしな質問は? こいつは中学生かっつうの。
「…………相手によりけりだ」
杏の探るような質問に、こちらも当たり障りのない回答。まあ常識的な回答だろう。告白しましたはい付き合おう、なんて簡単に決められたくはない。というよりこちらにも選ぶ権利と言うものがあるだろう。
案の定杏はもう一歩踏み出した質問をしてくる。
「……例えばどんな子だったら付き合うの?」
マジでこいつは何が聞きたいんだ? まるで俺のことを好きな奴がいるかのような言い分だ。例えるなら仲人? いや、俺も詳しくは知らんが。ともかく誰かと俺をくっつけようとする意図が見え隠れしているような気がする。
「……そんなの相手を見てからじゃないと分からないだろ」
何故か分からないが少しイラッときた。思わず吐き捨てるような台詞になったが、杏の奴は特に気にしたふうもなく、やや考えるように黙り込んだ。
「ならさ、どんな子がタイプなの? あっ、理想の話でいいから」
付け加えるようにした言葉で逃げを封じられた。恐らく俺の次の言葉を予想していたのだろう。後ろがなければタイプと好きになる奴は違うだろ、と言う言葉を出していただろう。
「…………」
「別にそんなに考え込むようなことはないでしょ」
「まあ、そうだが……そんな簡単に浮かび上がってくるもんでもないだろ?」
「それもそうね。ん〜それじゃあこうしましょ。あんたは今から私の質問に答えていくこと。いい?」
「なんでそんなめんどくさい事……」
おまけに衆人観衆の仲でそんなこと言うなんてどんな罰ゲームだよ。断じて俺のプライドが許さない。ほら、クラスメイトも何事かとこっちを見ているだろう。
「お昼三回」
「いいだろう」
杏の出した提案に反射的に頷いてしまった。いや、俺も迷ったんだが三回というのはかなり美味しい提案だろ。特に最近はパンにも飽きてきた頃だからランチを頼むにはちょうどいいだろ。
「それじゃあ……」
食い物に釣られた俺のプライドに対し何とか自己弁護を試みているうちに、杏の奴は一つ目の質問を思いついていたようだ。
「付き合うなら同級生のほうが良い?」
「まあな」
「同じクラスになった子の方が良い?」
「そりゃあ相手のことを知ってるにこしたことはないだろ」
こんな質問を難しく考える必要なんて無いだろう。思いついたままに答えるぐらいがちょうど良い。
「じゃあ髪は短いほうが良い?」
「……どっちかと言うと長いほうだな」
「今すぐ短いほうが好きになりなさい」
ネクタイを締め上げ引き寄せる杏。背後に怪しげな雰囲気を漂わせている辺り本気なのだろうが……。
「おい、ちょ……マジで絞まってるって……」
なんとかそれだけ言うと引っ張られていた力が弱められた。依然として杏の眼光は俺を突き刺したままだが。
「んだよ。別になんだっていいだろ。別にどっちが良いかってだけで、短い奴が嫌いなわけじゃねえよ」
「……それもそうね」
ようやく落ち着いた杏が腕を組んで納得する。何だこの偉そうな態度は、と言ってやりたいが生憎三度の飯でプライドを貸した身だ。今はこいつに従う以外の選択肢は無いだろう。
「じゃあ、料理はそれほどできなくてもまあ構わない」
「何だその微妙な質問は……」
「いいから答えなさいよ」
有無を言わせぬようだ。
「……そりゃできたほうがいいだろ」
「…………次、控えめなタイプのほうが良い?」
「いや、何話していいか分かんねえから遠慮する。寧ろ対等に話せる奴のほうが良い」
「あんた喧嘩売ってんの?」
「はぁ? マジでわけ分かんねえよ」
再びすごむ杏に対し、俺は困惑するしかなかった。本気で何が言いたいのか理解できない。
「……じゃあ次、普通の生徒より委員長のほうが良い?」
「…………は?」
「だ・か・ら、委員長のほうが良い?」
「おい、よ〜く考えてもみろ。好きなタイプが委員長ってどんな奴だよ。つーか同学年の委員長って言ったらおもいっきり限定されるだろ」
「昼、四日分」
「…………」
「一週間」
「いいだろう」
顔を寄せ合い小声で離していた状態から離れ、ワザとらしくないような大きさで話を続ける。
「それじゃあもう一回聞くわね。付き合うなら委員長のほうが良い?」
「そうだな。やっぱり駄目なところを指摘してくれるぐらいのほうがいいからな」
こんなことを言うだけで一週間分の昼飯にありつけるなんて安いもんだ。にしても誰かに言い聞かせるような雰囲気だったのは気になる。もしかしてこのクラスに――とか考えていたらヘタレが顔を覗かせた。
「へ〜、それじゃあ岡崎は藤林杏みたいなのがタイプなんだ」
「「はぁ!?」」
思わず聞き返してしまった。どうやらそれは杏の奴も同じなようだ。というかどこからその発想が出てきたんだ?
「え? いやだって二人とも息がぴったりだし……」
「「どこが!?」」
「ひぃ!!」
「理由を言いなさい。ふざけたこと言うと沈めるわよ」
剣呑な気配を漂わせたまま春原を締め上げる杏。その雰囲気に思わず出遅れてしまった。
「で、ですからね、お二人が話すタイミングも合ってますし、それに岡崎君がさっき言ってましたでしょ?」
何で敬語なんだよ。しかも変だ。というより岡崎君って……気持ち悪い。
「何を?」
ようやく春原を放した杏が続きを促す。途端に普段の調子に戻った春原は舌打ちをしながら服装を直す。どうでもいいがやられ役の三下みたいだな。
「だからさ、さっき岡崎が言ってただろ? 髪が長くて岡崎と対等に話せて、同じクラスにもなったことがあってお互いに良く知ってる。そんで料理も上手くて委員長。完璧に当てはまってるでしょ?」
「…………」
何故か杏の奴は固まっていた。辛うじて首から上が壊れた玩具のようにゆっくりとこちらを向いたぐらいだ。
しかし、だ。俺にはどうしても納得できないものがある。
「おい春原。こいつ料理なんかできるのか?」
「は? 何言ってんの。こいつ二年のとき弁当だったでしょ? あれ、たまに自分で作ってたらしいよ」
それは知らなかった。というよりそんなこと気にもかけなかった。
だがそう考えてみると先ほどの春原の言葉にも納得できる部分がある。
「というわけで岡崎の好みは杏みたいな女じゃないのかってことだよ?」
「……そうかもな」
だから自然と頷いていた。特に何か考えていたわけではない。ただそれを否定するのも躊躇われただけだ。
「…………それって……」
俺の言葉に呟くような声を出す杏。いつものように軽口を叩くのかと思いきや、真っ赤になった顔でちらちらとこちらを見るだけだった。
おいおい、何で急にそんなしおらしい態度をとるんだ? なんというか、その……そんな風にされると何を言ったらいいのか分からなくなる。
「…………」
「…………」
互いに視線を漂わせながら沈黙を続ける。普段は何の考えもなくぽんぽんと浮かび上がってくる言葉も、今はどれだけ捻っても出てくることがなかった。加えて何故か上手く杏の顔を見れない。
それは相手も同じようで、口を開いては閉じの繰り返し。金魚のように口をぱくぱくと動かすだけだった。
けれど唐突にその動作が切り替わった。当てもなく揺らいでいた視線がある一点で固定された。
不思議に思い目線を辿ればそこにいたのは女生徒の集団――正確には藤林の姿があった。
「――っ」
途端に踵を返し出口へと足を向けた。
「――授業、始まるから」
それだけを口にすると、こちらを見ることもなく教室から姿を消した。
「なんだったんだ?」
しかしどうしてあんなに急いで出て行ったのだろうか。授業まではまだ十分に時間がある。
もしかしたら気まずくなったのかもしれない。そりゃあ自分の妹の前で好きな奴がどうこうという話になったら逃げ出したくもなるだろう。というか言い出したのは自分ではなかったか?
「……岡崎、本気で言ってんの?」
「あ? 何をだよ」
「ほんとに気付いてないみたいだね。片方はともかく、もう片方はあからさまだっていうのに……」
「どういう意味だ?」
「ま、気にしなくてもいいんじゃない。それより次どうする?」
「……教科は?」
「グラマー」
「ちっ、めんどくせえ……」
馬鹿みたいに当てられまくる授業を受ける気になんてなれなかった。そうでなくても今の気分で椅子にじっと座っていられる自信なんてなかった。
「どうすんの?」
「寝る」
教室から出て廊下を歩く。今は騒がしいが授業が始まれば静かになるだろうし、その辺の空き教室ならゆっくりできるだろう。そう思い騒がしい廊下を進んでいった。
瞼に眩しさを感じ眠りから引き戻された。薄っすらと瞳を開く。
未だまどろみから離れぬ俺の意識がだんだんと覚醒していく。
教室ではあるが生徒は誰もいない、と思ったがすぐに自分のクラスでないことに思い至る。席数や並びが違えば掲示物も無い。おまけに窓から覗く景色まで違う。
そこでふと違和感に思い当たる。随分と日が傾いているような。
「ぐあ……」
携帯を取り出し時間を見れば、予想通りの時間帯。五現目どころかホームルームすらサボってしまっていた。
まあ過ぎてしまったものは仕方がないだろう。とりあえず鞄だけ回収して今日は帰ることにしよう。
「おい、起きろ」
二つ隣の机で未だに惰眠を貪っている金髪頭を軽く叩いた。
「う〜ん……」
しかし春原は軽く動いただけで全く眼を覚ます気配がなかった。
「いつまで寝てんだよ」
「どうしたんだよ岡崎……僕が悩みを聞いてやるからさ……」
よく分からんがどうやらたいそう楽しい夢を見ているようだ。にしてもこいつが何故か偉そうなのが頭にくる。
「起きろコラ」
春原の寝ている机を蹴り飛ばしておく。以外と良い勢いで机は滑り、春原は床へとダイブした。
「はっ!? ここは? あれ、どうして僕が床に? 寝てるのは岡崎じゃなかったっけ? というか岡崎はどこ行ったんだ?」
派手に混乱している春原を放っておいて教室に戻ることにした。あいつもそのうち戻ってくるだろう。
そのまま歩き続けて教室へ。当然ながら誰とも会うことなどなく、外からは部活動に勤しむ野球部とサッカー部の競い合うような掛け声が聞こえてくる。
――まあ俺には関係の無いことだ。
意識的にその考えを振り払い教室へと近づき――
「――――は、岡崎くんのこと――」
部屋の中から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてとっさに身を潜めた。
「な、何言ってんのよ……」
聞き覚えのある声だと思い、注意深く顔をのぞかせてみる。すると案の定、教室の中にいたのは藤林だった。
もっとも、藤林“たち”と表現すべきだが。
「二年生の頃から、でしょ?」
「別に、そんなこと……」
教室にいたのは委員長と杏だった。しかし意外だったのがその二人がなにやら言い争いをしているからだ。いや、言い争いというよりは委員長が杏に何かを問いただしているといった雰囲気か。いつも静かな委員長の初めて見る姿だった。
けれども分からないのはどうしてここで俺の名前が出てくるかだ。
「お姉ちゃん、岡崎君のこと良く知ってるもん……それってずっと見てたからでしょ?」
「それは友達だからで……それに去年はよく話してたから、それなりには知ってるわよ」
「誤魔化さなくてもいいよ。双子だもん、分かっちゃうよ……」
「……勘違いよ。それは椋のほうが……」
「うん。だからでしょ? お姉ちゃんが言わないの」
「…………」
ちょっと待て。コレはどういうことだ?
話から推察するに委員長が俺のことを? しかもなにやら杏のほうも……。
「……本当はね、知ってたんだ。お姉ちゃんが岡崎君のこと好きだって……」
「「――!!」」
思わず声を出しそうになってしまった。
「でも私も好きになっちゃったから……そうしないとお姉ちゃんに勝てないと思ったから……」
「…………」
「だから、ごめんね……」
「椋……」
「お昼にね、お姉ちゃんの話を聞いてて分かっちゃったんだ……岡崎君も、お姉ちゃんのこと好きだって……」
「あれは……そういうつもりじゃ……」
「分かってる。私に自信を付けさせようとしたんだよね? 岡崎君のタイプが私だって……」
あれはそんな意味があったのか。どおりで質問が説明口調だったわけだ。
「でもね、お姉ちゃんがすごく嬉しそうだった」
「…………」
「岡崎君も、お姉ちゃんのこと見てた……」
否定は、できない。
確かに俺は、あのとき赤くなった杏の顔を見て――
「私ね、二人を見て気付いたんだ。私は岡崎君が好きだったんじゃなくて、岡崎君に憧れてたんだって」
「…………」
「だからお姉ちゃんの口から言って欲しい。憧れが本当の好きに変わる前に……」
俺はここにいるべきではないと、そう思った。けれど俺の足は縫い付けられたかのように動くことはなく、耳を塞ごうにも両手は重く垂れ下がったままだった。
「私は…………」
ゆっくりと、杏が言葉を紡ぐ。
待て、もう少しだけ待ってくれ。俺は――
「あ? 何やってんだよ岡崎。教室入んないのか?」
場違いな乱入者が、これまた場違いなテンションでやってきた。唐突な登場に言葉が出ない俺の横を通り過ぎ、躊躇することなく教室に踏み入り――
「――朋也のことが、好き」
「へ?」
最悪なタイミングで二人の前に出て行った。
固まる空気。
突き刺さる沈黙。
「あの〜、もしかして僕、場違いでした?」
「っ!!」
足音だけがこちらに近づいてくる。顔を見なくともそれが誰のものだか想像できる。
未だに動かない俺の足。そうする間にも近づいてくる。
「――っ!?」
「あっ……」
二人の視線がぶつかり合った。
お互いに何も言葉が出ない。
「その――」
何か言うべきだと思いとりあえず口を開いた瞬間、杏は弾かれたように駆け出していた。
そんな後姿を、俺は固まったまま間抜けに見送ることしかできなかった。
「あの……岡崎君」
俺の金縛りを解いたのは聞きなれた声だった。
いつの間にか藤林が俺の横に立っていた。
「聞いてたんですね……」
「まあ……悪い。入っていくタイミングが掴めなかった……」
「……どこからですか?」
「……たぶん全部だと思う」
短文での会話。気まずい沈黙が漂い始める。
「あのさ、なんとなく話は分かったんだけど」
そんなところへ割り入ってくる春原。
「んだよ……」
「岡崎はどっちが好きなんだよ?」
「そんなこと……ここで言うことじゃないだろ?」
「言うべきだよ。まあその言葉で十分伝わるけどね」
そう言って春原は藤林のほうへと視線を向けた。
「私も、言って欲しいです」
「…………」
しかしどうしても言葉が出なかった。
「ちなみに、委員長には悪いけど僕は杏と付き合ったほうがお似合いだと思うよ。性格も似てるし。
どっちかって言うと岡崎は引っ張っていくタイプじゃん。委員長には隣を歩いてくれる人のほうがあってるよ。だから杏見たいに後ろからどついてくれる奴のほうが言いと思うよ」
「…………」
「……あのさ、僕のことヘタレって言ってるけどさ、岡崎も相当なもんだよ」
「は?」
思わず眉間に皺が寄るが、春原は俺と真っ直ぐに視線を合わせてきた。
「想像してみろよ。杏がどっか他の男とベタベタくっ付いてるのをさ。それとも代わりに僕が杏と付き合おうか?」
「ふざけんなっ!!」
一瞬で頭に血が上った。沸騰したように湧き上がる怒り。言葉にできないほどの感情が俺の体を突き動かした。
容赦なく動いた俺の右腕が春原の顔面を打ち抜いた。
手加減無しの一撃。しかし春原は倒れることなく、俺を一瞥しただけだった。
「それが岡崎の答えなんだろ? だったら追いかけなよ」
顎で廊下の先を指す春原。その方向に駆けていった杏のことを言っているのだろう。
「私からもお願いします」
藤林が頭を下げていた。
「お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
静かにそれだけを伝えた藤林の表情はとても穏やかだった。
ここまでされて黙っているほどガキではなかった。
確かに逃げていたのだろう。自分を誤魔化し、言い訳をし、そうして怠惰な日々をすごしていた。
「ああ」
短く頷いた。それ以外に言葉は要らなかった。
学校から飛び出し校門を抜ける。場所なんて想像できなかったからとにかく走り回った。
通ってきた道なんか覚えていない。ただあいつの姿を求めて駆けずり回った。
だから、あいつの姿を見つけることができたのも、幸運だったのだろう。
「杏……」
何も無い丘。隠れるように、追い立てられたように存在するこの場所は、いつなくなっても不思議ではない物悲しさを纏っていた。
「探しに来るとは思ってなかった……」
杏はこちらを見ることなく、空を見上げたまま呟いた。
「でもね、追いかけてきて欲しかった……」
表情は見えない。けれどその声は努めて冷静であろうとする努力を隠しきれていなかった。
「初めはこの場所に来るまでに追いついてきてくれるんじゃないかって思ってた」
「…………」
「着いたときはもうすぐ来るんじゃないかって後ろを振り返った」
「杏……」
「後五分たっても来なかったらって思って、それが十分になって、三十分になって、一時間になって……」
「……悪い」
「でも、来てくれてよかった」
「場所、こんなとこ分かんねえよ」
「でも来てくれたじゃん。もしかしてあれ? ウンメイってやつ?」
「違う」
自嘲的な笑みを零す杏の言葉を強く否定した。
「ここを見つけたのは偶然だったかもしれない。でもそれはお前を探そうと思ったからだ。運命じゃない」
頭を振って杏を見つめる。
「俺は――」
「――待って!!」
一歩踏み出したところで強い口調が聞こえてきた。
「それ以上は、言わないで」
「でも俺は――」
「少しだけ、考えさせて……」
それは杏にできる精一杯の努力だったのだろう。崩れ落ちそうな自分を繋ぎ止めるための唯一の虚勢。今の俺にその身体を包み込む資格なんかなく、ただ友人として言葉をかけることしかできなかった。
「……昼飯、約束だからな……」
いつものように、そんな言葉しか出すことができなかった。
杏からの返事はなかった。
結局その日は眠ることなどできなかった。
春原の部屋になど行けるわけもなく、開いている店を転々と回り、深夜になってから帰宅した。眼を閉じても眠気など訪れず、いつ寝たのかさえ分からず朝日を迎えた。
学校へと行っても同じ。遅刻することなく登校したものの、何も頭に入ってこなかった。
加えて藤林とは気まずくて話すことなどできず、おまけに春原も来ていないようで、俺は何をするでもなく空を見上げていた。
それ以上に最悪だったのが、朝登校したときに杏とすれ違ったときのことだ。あいつが俺と視線を合わせたのは最初に見つけたときだけだ。
靴を履き替え階段を上り、教室の前に来るまで終始無言だった。話したのは別れ際の一言。
「昼、昨日約束したから……」
こんなことなら何も言わないほうが良かったかもしれない。
そうこう考えている間に、いつの間にか四現目の授業が終わっていた。次々と席を立ち少なくなっていく生徒。
それと入れ替わるようにして入ってくる生徒がいた。
杏だ。
口を固く結び、無表情でこちらへと近づいてくる。そのまま俺の席まで来て――
「ついてきて」
それだけを口にすると踵を返し教室から出て行った。俺は呆然とそれを見送ったが、慌てて立ち上がり杏の後を追った。
教室から出た杏だったが、俺の予想とは違い向かった先は食堂とは反対方向。階段を下り廊下を進み、中庭へと出たところでようやく足を止めた。
「こんなところまで来て何食うんだよ?」
「これ……」
当たり前の疑問を口にした俺に対し、杏は近くのベンチに座り、布に包まれた良く分からない包み差し出した。
「なんだ、これ?」
「見て分からないの? お弁当よ」
言われてからよくよく見てみればどうやら弁当のようだった。というのも、所謂『お重』に詰められた弁当だったからだ。しかし俺は杏がこんなものを持っていることにすら気付かないほど動揺していたのか。
「それで、どうしてこれを?」
「どうしてって……約束したでしょ、一週間」
「ああ……」
言われてようやく理解できた。どうやらこれは昨日の約束らしかった。俺としては学食の予定だったのだが、まあいいだろう。春原によれば上手いらしいから――
そこまで考えて昨日の出来事が脳裏に浮かんだ。俺は何とか平静を保ちながら重箱を受け取り蓋を開け――
――固まった。
ゆっくりと杏の顔を窺うと先ほどと同じ仏頂面、いや、よくよく見れば顔は真っ赤だった。引き締められた口元も微妙に震えている。
「あっと……これは、その…………あれか?」
「食べるの? 食べないの?」
重箱は二段。一つは惣菜類、もう一つはご飯だった。ちなみに今俺が見ているのはご飯だった。詳しく言うならその表面。そぼろか何かだろうか、でかでかと表面に描かれているのは世間一般で言うところの『はーとまーく』。
「それ、二人分だけど、食べるの?」
「……ああ、食べる」
昨日の返事。お互いに真っ赤な顔で並んでいた。言葉は無い、けれど確かに伝わった思いがあった。
「約束って……一週間よね……?」
「まあ、な……」
「その……あんたが頼むんならね、もうちょっと続けてもいいわよ」
「……頼む」
「ん、分かった……」
「……楽しみにしてる」
「……ちなみにさ、いつぐらいまで?」
「…………お前の変わりに作ってくれる女の子ができるまで」
「はぁ!? それって別の彼女ができるまでってこと!?」
「んなワケあるか!! 娘が出来るまでってことだよ!!」
「………………」
思わずとんでもないことを口走ってしまったかもしれない。見るみるうちに杏の顔が染まっていく。
「……………………それって」
けれどそれが偽らざる本心だったから。
「嫌か?」
だからもう一言だけそう付け加えておいた。
「任せときなさいよ」
晴れやかな笑顔がいつまでも離れなかった。
弁当の味は良く分からなかった。初めて食べた手作りの弁当。ただ幸福感だけが身体を満たしていた。
弁当を全て食べ終わった俺たちは、何をするでもなく空を見上げていた。
「……眠い」
心地よい日差しと充足感。こんなにも満たされたのは何年ぶりだろうか。
「あんた、隣にこんな美少女がいるっていうのに寝るつもりなの?」
「……まあ。それにこれからはずっと居てくれるんだろ?」
いつもならば一言反論を入れていたところだが、今は素直に頷くことができた。
「…………うん」
思わぬ返答にまたも顔を赤くし、小さく頷いた。
言葉の無い空間。けれどそれは心地よく、心から安らぐことができた。
「ふゎ……」
小さな欠伸。そんな無防備な杏の顔を眺めていたらふと視線が交わった。
途端に顔を背け、言い訳をするようにまくし立てた。
「べ、別にいいでしょ。私だって眠いんだから。昨日だって全然眠れなかったし、今日だって四時に起きてお弁当作り始めたんだから」
「いや、悪くない。俺だって昨日全然寝れなかったからな」
「そうなんだ……」
そよぐ風。頬を優しくなでる感覚に瞼が閉じそうになる。
「ちょっと寝てくか……」
「……そうね」
「いいのか? 委員長がサボって」
「たまにはいいのよ。誰かさんと違っていつも真面目ですから」
にんまりと微笑む意地悪い表情。それはいつも通りの杏の姿だった。恋人のようで友人のようで悪友のようで、きっとこれからも変わることのない俺たちの関係。変わるのは俺たちが想いあう心の強さ。日々を過ごすたびに増してゆく想いは何物にも代えがたいものだろう。
どちらともなく伸ばした手が絡まりあう。
瞳を閉じ、触れ合ったぬくもりを感じる。
二人ならば、俺はきっと上ってゆけるだろう。この先に続く坂道を。
はい、無告知でSS追加です。
というのも長編用のプロット作ってたら、杏の最初の台詞がでてきまして、それを聞いた自分の脳が妄想をぶちかましたしだいであります。
個人的には杏様はかなり好きなキャラなんですが、おまけでついてくる委員長がどうにも……w
まあキャラを上手く書くための練習みたいな作品なんで甘めに見てやってくださいな☆

01月15日(火) [ 未分類 ] # 50 <固定リンク>
- Fate/Zero 一巻読破
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今更かよっ!? とまさに今更な突込みを入れてしまうほどの時期ですが、やっと読み終わりました。といっても借りたのはついこの間なんで、ペースとしては遅くは無い、はず……。
ちなみに内容としては、
「――『Fate』という壮大な物語は、主人公、衛宮士郎によって大団円に導かれることが、既に約束されているのである。たとえその過程にある『Zero』がどんなに残酷な結末に終わろうとも、作品世界全体のハッピーエンドは揺るがない――」
と、虚淵玄氏が語るように、ホロウにいたるまでの最高の結末を迎えるための最悪なる結末を綴ろうと言う話である。その人生観から産まれる最高を望めぬ悲観。故に悲劇を演じ、挫折を巡るこの秘話を書き上げたのだろう。
けれど終わりを見据えているからこそ、バッドエンドを望むべく書き上げることができるからこそこのカタルシスを味合うことが出来るのだと思う。
彼の作品の『沙耶の唄』でも、当人にとっても幸せが他人の幸せとは相容れなかったものであったとしても、それは彼らにとっての福音となりえるのだと感じた。
心の底から共感できる彼の想いはだからこそ自身も読者として作品を受けろることができるのだと思う。
とまあ、知ったように書き綴ったわけですけども、彼の伝える言葉には響きが籠められていると感じました。楽しむことができると言う以上に、自分が共感できる偉大な三人の作者のうちの一人ですから。
だからこそ、それを駆け抜けるように一気に読むのが好きだ。
(こっから感傷気味に浸っていたテンションを強引に上方修正で)
例えば9S。1〜6巻までをネットで買い、一気に読み終えましたから。なんか読み終えた感がいいんだよね〜♪
だからって全部の小説を取っとくわけではないんで。シャナとかハルヒとか悪魔のミカタとか、そのあたりの小説は発売日に纏め買い&即日読破が基本ですから。
けどゲームは積んどくタイプ。今数えてみたら59もの残機が……。(⊃Д`。)゜
しかも25日には、ね。
アニメでも一緒。シャナとか話は面白いんだけど、長丁場になる作品だからか、明らかに脱線していく傾向があるんで。なもんでフィレスがごちゃごちゃ、銀がうにょうにょ、サブラクがげしげしやるまではとりあえず放置の予定でw
CLANNADはそもそも見るかどうかギモン。もともとの作品は好きなんだけど、それがどうなってるのか見たいような怖いような。ショックを受けるのがいやなチキンと繊細なモラトリアムな自分はレビューを見て決めようかと。でもでも、長編を書くつもりはあるから流れを掴むためにもみておく必要はあるのかな……?
きみあるはどうなのか。作品自体はめっさ好きですから。でもつよきすのときに受けた傷がぶり返してきそうでちょっと引き気味。
とりあえずそのへんのことは置いておいて、次はドラゴンを進めるつもりなんで気合入れてがんばります。ただし今はモチベーションが最悪ですけど何か(._. )( ・_・)(・_・ )( ・_・)?
01月07日(月) [ 藤浪朋子 SS ] # 49 <固定リンク>
- それはすぐ傍に(24)
-
あるとき絵描きの少年は一人の少女を連れてきました。
彼女は少年にぴったりと寄り添い、誰の目から見ても仲の良い二人だと分かりました。
子猫は少年に問いかけました。この子は誰なのかと。少年は答えました。妹だよ。
少女は少年に問いかけました。この子はどうしたの。少年は答えました。友達だよ。
一人と一匹は少年のそばで彼の絵を見ていました。少年は夢中で絵を描いていましたが、たまに思い出したかのように少女と自分に笑顔を向けました。
そのとき子猫は気がつきました。少年の向ける笑顔が少女と自分では違うことに。そしてあることを感じました。自分にとっての一番は、相手にとっての二番目だったと。
(24)
二つの内容物を有してなお、部屋の中は沈黙に包まれていた。
異物を持ち込んだ当の本人はこの部屋にはいない。五分ほど前に出て行ったきり帰ってきてはいないからだ。あの人が言うには「ちょっと出てくる」だったか。いや、「コンビニに行ってくる」だったかもしれない。まあとってつけたような理由だったし詳しく聞こうとは思わなかった。第一その本心は解っているからどうでも良かったというのもある。
――まあ聞かなかったというのは少し訂正。聞けるような状態ではなかった。
私があの人と共に入ってきたモノを見たときにほとんどの思考を持っていかれてしまったから。
何故? そんな疑問が湧き上がる。
何故ここにいるのか。何故ここへ来たのか。何故あの人と共にいたのか。何故今日なのか。何故入ってくる気になったのか。何故私の邪魔をするのか――
矢継ぎ早に浮かび上がる不満を有した疑問。けれどそんな自問の一方で、どこか冷静に自答を繰り出していく私がいた。
ここにいるのは私の見舞いに来た上倉先生についてきたから。きっと部活を休んで出かける先生を不審に思ったのだろう。もともと先生に付属している存在のようなものだ。だから先生がこの病室に入ったのならば一緒に入ってくるのも道理。寧ろ入ってこないほうが不自然だ。何より先生が他の女生と近づくのが不満なのだろう。だから私の邪魔をする。いや、私が邪魔をしていると思っているのだろう。
なんら面白みのない正答を自分の中で組み上げていく。もしかしたら多少は語弊があるかもしれないが、コレの考えることなど単純明快、大体の人間ならば一週間ほど観察していれば予測できるというものだ。
言い聞かせるようにして分析をする。そういえば上倉先生は私と鳳仙エリスを友人同士と称していたか。クラスメイトだから友人だと。はは、これは傑作ですよ。友人の友人はまた友人。汝隣人を愛せよ人類皆兄弟。この考えでいけば私の友人は何人になるのやら。もしかしたら世界中の人が私の友人かもしれませんね。
ですが先生。それには異論がありますよ。確かに考え方は素晴らしいかもしれませんが、先生、人間というものを少し買いかぶりすぎです。先生だってあるんじゃないんですか?自分が友人と称していたモノにやすやすと裏切られる経験を。己の利益、感情、欲求。そんなありふれた物に容易く負けてしまう見えない絆。見えないからこそ即物的に切り捨てられる。
気付いていないんですか? それとも気付かない振りをしているんですか?
――――いや、少し考えすぎだ。自嘲するならともかく、他人を貶めるのは筋ではない。きっと今のこの状況がネガティブな思考を生み出しているのだろう。
私は気持ちを切り替えるように正面の空間を見つめ、深く息を吐いた。
正面にあるのは虚空。そこには何もありはしないが、今この部屋では何より私の心を落ち着ける空間であった。
そしてこの部屋の異物。鳳仙エリスは部屋に入ってきたときから一歩も動かず、俯き加減の視線を漂わせていた。ゆっくりと左右に移動する視線。けれどその曲線はある地点で急に角度を変える。まるでその空間を直視してはいけないように。
そう、二つの視線は一度たりとも交わってはいなかった。
決して視線を合わせたりしない。
けれど決して視界から外したりはしない。そこに存在を感じ取れるぎりぎりの位置からは逃がさない。
――まるで監視するかのように。
この領域で声を出すことが、音を出すことが禁制されているかのごとく、互いに口を開くことはない。それぞれが独立して存在し、互いに不干渉。時間が流れるのに任せ、ただ一瞬を刹那的に潰していく。
「――――どうして」
それはどちらが口にしたものだったのか。ポツリと間に割って入った疑問の言葉。それは私の心情に当てはまりそうであったが、自分が発した言葉であるという自信もなかった。
そんな疑問は続く言葉で消し去った。複数の意味で。
「――どうして、あなたなの?」
「――――」
聞こえていないわけではなかった。けれど言葉が出なかった。
私に問いかけてくるという選択肢は想像していなかった。そして予想していたとしてもその言葉の深さに即答することなどできなかっただろう。
――どうして、私なのか――
明確な言葉を有さない、どうとでも取れるその言葉。
けれどそこに籠められているのは複数の意味。だからこそ余計な修飾などつけず、気持ちが零したありのままを伝えたのだろう。
――どうして、『お兄ちゃんが会いにきたのが』、あなたなの?
言葉にしていない想いがぎりぎりと突き刺さる。
「――あなたは、お兄ちゃんの、何?」
そこで、鳳仙エリスは初めて私を見た。
まるで、尋問をするかのように。
まるで、詰問をするかのように。
射るような視線など生ぬるい。けれど睨むようにというのは勘違いも甚だしい。
「どうやって答えて欲しいわけ?」
初めて視線が合った。
対峙するかのように私の瞳が彼女を捉える。
底の見えない深い蒼。知らぬ間に引き込まれそうになる幻想的な空気。しかし常ならば暖かさを備えた空のような優しさはなく、感じるのは無機質な深海の黒。私が存在していた年月の中で眼にしたことの無い色。
悪意でも害意でも邪意でもない。侮蔑や忌避や卑下にしているわけでもない。だからといって好意的な視線であるはずもなく。
初めて受けた視線であり、けれどもどこかで眼にしたことがあるだろうその感情。
戸惑いの感情を浮かべたまま、それでも色には出さず、ただ鳳仙エリスを見つめ返す。
五秒か十秒か、あるいは。どれくらいの時間かはわからない。けれど鳳仙エリスの瞳の奥、沈むようにして移りこんでいたモノ。鳳仙エリスが収め続けていたその瞳。距離にして数メートルほどの壁があったにも関わらず、私には明確に捉えることができた。
写りこんでいた私の表情、映しこんでいた私の瞳。その色が全く同じだった。
――つまりは敵意。
考えれば至極当然。産まれてこのかた、私の敵とならなかったモノのほうが数少ない。私の行く道にわざわざ近寄り悪意を投げかけるような馬鹿なモノ。興味本位で飛び出し嘲笑と哀れみを零していく腐ったモノ。そんな低俗な存在がするはずも無い真っ直ぐな視線。
行く道が重なってしまった者が持つ視線。隣ではなく、後ろでもない。行く先から見据える対峙した相手がこちらを見ている。
「――藤浪さんは」
私に、けれど自分に問いかけているような曖昧な言葉。けれどその言葉が私の思考を正解だと確信づけた。
“朋子ちゃん”ではなく“藤浪さん”と呼んだ鳳仙エリス。
「お兄ちゃんが好きなの?」
きっとあのときの鳳仙エリスの言葉は哀れみなんかではなかっただろう。どんな気まぐれかは知らないが、本当に私を気遣っていた。どんな事情があったにせよ理屈抜きで私と友人になろうとしていたのだろう。私もそれが分かっていたからこそ鳳仙エリスを拒絶しなかった。できなかった。
「そうね――」
だからこそ、私も敵として、障害として。一つの物体ではなく一人の存在として対等に接しなければいけないだろう。
「好きなんて言葉じゃ物足りないけど、否定するわけない。好きに決まっているでしょう」
真っ直ぐに見つめ返す。
単に好きな人を取り合うとか、単に意見を違えたとか、そんな少女同士の衝突なんかではない。『好き』と一言ですむような矮小な気持ちなんかではない。
「だったら――もしお兄ちゃんに憧れてるだけとか、顔がいいからとか、かっこいいからとか、そんな単純な理由でお兄ちゃんを好きになったのなら――」
「――ふざけないで」
だから、私の気持ちが軽んじられることを、許すことなどできない。
「――――」
初めて視線に感情を乗せた。
自分の想いを貶された怒り。言葉に表すことのできない駆け巡る感情を目の前の少女にぶつける。
「そんなものじゃない」
そして感情をぶつけるたび、私の中で曖昧だった感情も明確な形を作っていく。
「――今の私にとっての全て。生きていることの証であり、生きるための意味」
上手く言葉にならない想い。その根底にあるものなど説明はできない。けれどそこから生じているものはまぎれもない恋愛感情だ。
私の言葉に鳳仙エリスの瞳の色が変わった。先ほどまでの冷静で冷徹な視線ではなく、はっきりとした感情が籠められた視線。
「私のほうが、もっとお兄ちゃんを必要としてる。十年以上ずっとお兄ちゃんだけを必要としてきた。絵を描くのだってお兄ちゃんのため、お兄ちゃんが喜んでくれるから、褒めてくれるから。撫子にいるのだってお兄ちゃんがいるから――」
心情をさらけ出すように吐露を続ける。
「私にとって男の人はお兄ちゃんだけだから。辛いときも悲しいときもどうしようもないときも、いつも助けてくれるのはお兄ちゃんだったから。憧れた人も、生涯好きになる人だって一人だけ。だから――」
「なら、私は何を言えばいいの?」
一言、冷たく遮った。
「私は不幸自慢でもすればいいの? 私は昔こんな辛いことがありました。だからあの人が必要です。そうやって言えば、その悲しみがあんたよりも大きければすんなり身を引くって言うの? そんなわけないでしょ?」
「…………」
「確かにずっと想ってきたなんて都合のいいことは言わないわよ。だからって、その大きさが年月に比例するってこともないでしょ。私の想いは私だけのもの。他人にさらけ出したり、比べたり、自慢するつもりなんて初めからない。私だけが知っていればいい。先生にだけ知ってもらえればいい。だから、諦めるつもりはない。他人に文句を言われる筋合いだって、ない」
自然と言葉が浮かんでくる。感情とは別に、冷静な口調で咎めるように投げかける。自分で言っていて解る。私は彼女の言い様に腹が立っている。建前で本心を隠し、それでもなお詰め寄ってくる鳳仙エリスに。
「…………分かってる」
沈黙を保っていた鳳仙エリスが口を開く。
苦しそうに、悲しそうに、耐えるようにして吐き出しさらけ出す。
「我が侭だってことぐらい分かってる……」
ゆがめられた表情は私が見たことの無いものだった。普段の微笑を浮かべた雰囲気からは想像もできない人間臭い仕草。瞳は揺らぎ、視線ははずれ、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「本当は……取られたくないだけだって、分かってる。何度想いを伝えても、受け取ってもらえない。でも……それでもよかった。一番近くじゃなくても、私がずっと二番目で、一番が現れなかったら…………」
きっと、彼女はとても純粋なのだろう。大好きなものの一番になりたくて絵を始めた。褒めてくれるからもっと頑張れた。努力して、努力して、努力して――恐らく彼女はそれを辛いとは思わなかったんだろう。むしろ楽しんでいただろう。好きな人のために好きなものを努力する。
――それは私にはできなかったこと。一番になれないから諦めた私と、一番に近づくために走り続けた彼女。それは私には無い強さだった。
あのときの気持ちを忘れない。
だからこそ私は彼女に優しい言葉などかけてやれない。そして引くほどできた人間でもない。
「――確かに我が侭ね」
ゆっくりと、二つの視線が重なり合う。
「いろいろ言ってたけど、今先生の一番はあんたなんでしょ。なのにそんな辛そうな顔して……まるでどうしようもないみたいな言い方。私だったらそんなことはしない」
静かに、突き放すように。
「私だったらその一番を渡さない。僅かでも可能性があるなら、他の人を蹴落としてでもしがみつく。何が何でも譲らない。必死になってしがみつく。それができないのはあんたの弱さよ」
冷静に、突きつけるように。
「だからあらかじめ言っておくわ。御免なさい、私はあんたの一番の席を絶対に奪ってみせる」
思いを籠めて、精一杯の努力をしよう。あのときの悲しみを、後悔を繰り返さぬように。あのときからの年月を徒労にしたりはしない。もし、万が一、ありえないほど低い確率で敗れたとしても、決して悔やまないように。悲しみでない涙を流すためにも。
「……私だって」
私を見つめていた瞳が光を戻した。揺らいでいた心が、崩れそうだった気持ちが、暗くなりそうだった想いが私を見る。
「負けない。絶対に譲らない。私だって……だから言う。お兄ちゃんの一番を譲らなくてごめんなさい。お兄ちゃんの一番近くをずっと守ってきたけど、これからはもっと傍にいる。きっと他の女の子に嫌な思いをさせるけど、それでも絶対に悲しい思いをさせてあげる」
真っ直ぐにぶつかってくるその瞳が眩しかった。怖かった。辛かった。
でも、羨ましくはなった。きっと、今の私も同じ色をしているだろうから。
何故だか自然と笑みが零れた。うっすらと、口元が緩んだ。
「さっき上倉先生が私たちのことを友達とか言ったけど、あれは間違いね。きっと友達にはなれないと思う」
ちょっと意地悪く、目の前の少女に向け口元を吊り上げる。
「残念ながら私たちは敵ね。ライバルと言ってもいいし、恋敵って言うのはちょっと古臭いけど」
「藤浪さん……」
鳳仙エリスは何か言いたげに口を開きかけた。しかし言葉が出る前に私は続けて言う。
「だから遠慮はしない。堅苦しい挨拶も話し方もやめさせてもらうわ。ついでに呼び方も――そうね、鳳仙エリスなんて呼び方は長いからかえようかな。そうね、そっちが私のことを藤浪さんって言うのなら、私は鳳仙さんかな」
口を開閉させている目の前の少女。餌をねだる金魚みたいに戸惑っているその姿は年相応の子供らしさに満ちている。
「でも他にもライバルがいそうなのよね〜。何てったって私たちが好きになった人だもんね。というわけでここはライバル同士で協定を結ぶのがいいと思うのよ。お互いの努力には不干渉。でも他の人が近づくのは協力し合って防ぐ。こんなのでどう?」
「え……あの…………」
動揺から上手く言葉にできずにいる。しかし私も自身の言い様が回りくどく奇妙なものだと自覚している。もっとはっきり言えればいいと思うのだが、どうにも慣れていない、というより初めてのことなのでどう言えばいいのか、普通というものが良く分からないのだ。だからまあ、これが私の精一杯ということで。
「それじゃあ何の異論も無いみたいだから決定ね。というわけで、お互いのことも考え方もまあまあ理解できたし、共同戦線を張っているんだからただのクラスメイトからは格上げね。それなりに親しくなったわけだしまあ俗っぽい言い方をしてみてもいいんだけれど。あと呼び方も鳳仙なんて無駄に改まった言い方なんて嫌いだから名前で呼んであげる。あっ、でもエリスなんて大人びた呼び方は似合わないから、ちゃんづけもしてあげるわよ」
間を割られないように、一気にまくし立てるように話し終えた。そしてその相手はというと、私の言葉を順に考えていき、ようやく最後までいたったところで全てを理解できたらしい。
「うんうん、よろしくね。朋子ちゃん」
愛らしい笑顔がそこにあった。作り物ではない自然な笑顔。偶像なんかではない血の通った人間。いつもより幼い仕草、けれど端々に見え隠れする見とれるような流麗さ。きっとこれが彼女らしさなのだと思う。
まあその割には見た目じゃれ付いてくる子犬のようなところがあるのだけど。
だがその全てが私を楽しくさせる。笑みを浮かべさせる。どこか自分の心が優しくなれる気がする。
どこかで聞いたことのある言い回し。悲しみを分け合って半分にし、喜びを共に感じ倍にする。
そんな素晴らしい存在をを初めて自分の力で手にすることができた。この出会いが上倉先生の望んだものであり、この結末も望んだものであったのならば上倉先生に感謝してもしたりないが――
(まあそんなわけないしね)
あの人は特に深い考えも持たず、クラスメイト=友人という理想的な考えを当たり前のように信じていた。きっと学生だったことは素で友達百人ということを思っていたのだろう。
今の私には友人と呼べる存在が片手の指で現せるほどしかいないだろう。けれどその存在は私にとってかけがえのないものだ。
対峙するまで持っていたのはコンプレックス、加えて嫌悪感。
対峙して五分でさらに嫌いになった。
けれど対峙してから三十分。お互いの心情を吐露し、堂々と友人などという恥ずかしい言葉で表せるようになった。
「それじゃあお互いに自己紹介でもしましょうか」
だからもっとよく理解できるように。
「そうだよね。朋子ちゃんあんまり喋ってくれないんだもん」
良いところ。悪いところ。深く知っていけばきっと日常が楽しくなるのだろう。
「私にもいろいろと事情ってモノがあったのよ」
皆にとってなんら変哲の無い日常、きっとそれらが私の望んでいたものだから。
「でもその前に、考え無しで動くお人よしの善人も加えてからにしときましょ」
きっと今からでも遅くは無いのだろう。壁を乗り越えるのではなくちょっと回り道。小さかったかもしれないけれど私一人ではちょっと辛い。だから遠回りをして仲間を集め、いざ超えようと思ったら当の昔に通り過ぎていた。そんな人生も悪くない。
病室に入り口がゆっくりと開く。
長い時間をかけてコンビニに行っていた恩人が部屋に入ってくる。
まだ始まって間もない物語だけど、きっと私の望むものをもたらしてくれるだろう。
ひと段落です。
内容的にはコンプレックスとの対峙。複雑な思いがまだほどけてはいないけれど、それでも気がついたら乗り越えていたというお話。
ちなみに新しいSSのプロットが決定。内容的には『クラナドifストーリー byことみ(仮)』の予定。きっと長編になる予感。それも盛大に。一年ぐらいかかるのかなぁ……
<とりあえず次回予告>
ようやくツンからの転換期を迎えてきた朋子ちゃん。次回のゲストは誰でしょう。もれなく当選された方には病室へのご招待。私を病室までつれってって(謎)
もうそろそろ朋子ちゃんも退院だぞ(は〜と) はやく復帰しやがれこんちくしょう。学園モノを書きたいんだよぅ。

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01月02日(水) [ D.C. SS ] # 48 <固定リンク>
- これも一種の花嫁修業〜巫女装束は戦闘服です〜
-
歩みを振り返ることで己の未熟さとこれまでの成長をかみ締める。そしてその過程をこれからの道しるべとし、より一層の精進を心がける旨とする。
――行く年来る年。過ぎ行く過去は尊く、そして訪れるだろう幸福は何物にも変えがたいもではないでしょうか。
私はこの人たちと迎えることのできた新たな年を最高の一年にしたいと思います。
これも一種の花嫁修業
〜巫女装束は戦闘服です〜
数百段に上る石段を数多くの人が登って行く。
若い恋人同士で歩く人。
子供をつれて歩く家族。
仲睦まじく連れ添う老夫婦。
それらのどの人々にも共通しているのは今年一年を幸せに過ごしたいという願い。きっと今は無きあの桜があったならばその多くの願いが叶ったかもしれない。けれどそんなもの無いのが当たり前だ。努力なく叶う願いなどその意味が薄れてしまうだろう。立ち向かうべき壁、幾度となめる辛酸、己の未熟さを悔いる後悔、けれどそれらを諦めず何度でも挑み続け、天から降り注ぐ一縷の偶然を掴み取るための努力。それらなくして人は真に成長することなどできはしない。
偉そうなことを語ってみたけれど、それが私の経験から得た収穫です。
そして、桜の零す優しい魔法に頼らなくても、今の私にはそれ以上の宝物を与えてくれる大切な人がいるから――――
「随分と熱心に祈ってたみたいだけど何を頼んだんだ?」
新年を迎え、私たちは胡ノ宮神社に初詣に来ていました。拝殿には溢れんばかりの人が詰め掛けていたため最初に何をするべきかいろいろ迷いましたが、まず最初にお参りをするのが筋だろうということでそのまま奥に進みました。
長い待ち時間を過ごしようやく拝殿でのお参りを終えた後、隣を歩く純一さんにそう尋ねられました。
「え? あ、その……」
さすがに心の中で思うのと口に出していうのでは恥ずかしさが段違いです。しかも言う相手がその本人というのはどうにも困ったものです。
「お兄ちゃん……プレゼントを貰うわけじゃないんだから頼むっていうのは違うんじゃないかな……?」
「そうですよ。だいたい兄さんは無神経すぎます。お願い事は内緒にしないと意味が無いんですよ」
言うべきなのかどうか戸惑っていると、純一さんの横を歩いていたさくらさんと音夢さんが援護をしてくれました。
「兄さんこそ何を願ったんですか? それこそ煩悩まみれの兄さんは何かを頼んだんじゃないんですか?」
澄ました顔で笑う音夢さんの表情は、普段の大人びた表情よりも年相応の魅力に溢れていました。
「お前な、もう少し兄を敬おうとは思わないのか? それに俺の願いは家族の安全という素晴らしい願いだぞ?」
何てったって俺達はみんな家族なんだからな、とちょっと拗ねながら言う純一さん。けれども私たちは茶化すことなどできず、みんな黙り込んでしまいました。
その言葉に籠められた暖かい意味。全員が直接的な血の繋がりが無いけれど、それでも家族といった純一さんの気持ちが切に伝わってきました。
「兄さん……」
音夢さんも驚いた表情を浮かべ、次にとろけるような笑顔を浮かべました。そして私もその家族という言葉に将来形を思い浮かべ、つい顔を赤くしてしまいました。
「にゃは〜。流石はおにいちゃんだね〜。こうもすんなりフラグを立てちゃって」
「いや、別に俺は……」
むず痒くなった空気に押し出されるように、純一さんは赤くなった顔を背けてしまいました。さくらさんはそんな背中に飛び乗り、純一さんの顔を覗き込むように身をせり出しました。ますます照れたように身体ごと背を向けてしまう純一さん。笑みがこぼれる光景ですが、実際は私も人のことを言えないほどに赤くなっていました。
「そ、そういえばさ、その煩悩のことだけど、実は大晦日に突く鐘の数は百八回じゃないらしいぞ」
唐突な話題転換でしたが、その話の内容は意外なものでした。
「それって除夜の鐘のことですよね? 煩悩の数で百八回じゃないんですか?」
私もそう思っていました。けれど純一さんはそうじゃないんだよ、と得意そうな顔で笑いました。
「実は大晦日に突く数は百七回、年を越えたときにもう一回。それで百八回らしいぞ」
「それは知りませんでした……」
「私も。兄さんは勉強に役に立たない知識はいろいろと持ってるんですね」
「ほっとけ」
何時も通りの光景に戻った三人でしたが、さくらさんは何かを考え込むように黙ったままでした。
「ねえお兄ちゃん。煩悩の百八個ってどんなものなの?」
「えっ……?」
さくらさんの質問に固まる純一さん。話によるとさくらさんは日本の文化や風習にも興味があるようなので、日本独特の風習が気になったのでしょう。好奇心旺盛なさくらさんらしいと思います。
「え〜っと、その……そうだ、こういうことは音夢のほうが詳しいんじゃないか?」
「私ですか!? いえ、その……なんでしょうね……?」
二人はお互いの視線を行き来しながら口ごもってしまいました。そしてそうなると順番が私のほうに回ってくるのは必然でしょう。といっても私にも分かるはずがありません。しかしここは自分の考えを言っておくべきなのでしょうか?
「あの……」
「――――煩悩の数といわれている百八という数ですが、実はこれには諸説あり数が一定しているわけではないのです」
私が考えを纏めていると、背後から澄んだ声が聞こえてきました。
不思議に思い背後を振り返れば、巫女装束に身を包んだ黒髪の女性が佇んでいました。
結われた髪は優雅に流れ、その深い瞳の色と合わさり大和撫子としての気品と風格を兼ね備えていました。
「明けましておめでとう御座います、朝倉様。それにさくらさん、美咲さんも」
優しく微笑むその人はクラスメイトの胡ノ宮環さんでした。
「そちらに居るのは音夢さんですよね。いつごろ帰っていらしたのですか?」
「クリスマスに。ごめんなさい、戻ってきたら挨拶をしようと思っていたんですけど」
にっこりと微笑む音夢さん。親友同士の挨拶としては変わったものだと思いますが、私たちの接点も複雑なものでした。
純一さん、音夢さん、さくらさん、胡ノ宮さんは中学時代からの同級生。そのときはさくらさんだけ別のクラスだったそうです。
付属から本校に上がる際、音夢さんとさくらさんは進学しませんでした。というのも音夢さんは本島の看護学校へ、さくらさんは自宅でもともとアメリカで行なっていた研究の続きをやることになったからです。純一さんは胡ノ宮さんとクラスメイトに、私は途中転入という形で純一さんと同じクラスになりました。もちろんさくらさんとの繋がりは言うまでもなく、音夢さんはその年の夏休みに出会いました。
紆余曲折を経て一年、学年が二つ目に上がり私達は何とか穏便に話をすることのできる関係になることができました。
「なんとなく見覚えのある人影を見かけたからもしかしてと思ったんですけど。皆さんとてもよく似合っていらしたので声を聞くまで半信半疑でした。それに純一さんも……」
そう微笑む胡ノ宮さんの言う通り、私たちの服装は晴れ着姿でした。
さくらさんの振袖はお婆様が以前下さったもののようです。名前の通り薄い桃色の花びらをあしらったもので、隠れるように混ざった葉桜がより一層色彩を引き立て、流れるように染められた濃淡がその鮮やかさを印象付けます。それらを金色の帯で締めており、その髪の色と合わさり普段の無邪気な雰囲気とはがらりと変わり、ほのかに色気を漂わせています。伸ばされた髪は綺麗に結い上げられ、それが美しさを引き立たせています。
音夢さんは京紫から藍、そして薄墨色へと美しく移り変わる、まるで夜空を連想させるような着物です。所々に咲いた菫の花が可憐さを表現し、端に添えられた金色の軌跡が気品を漂わせます。その目を引く流れはまるで天の川のように、清らかで荘厳な雰囲気を持ち合わせています。肩口で切りそろえられた髪は結われてこそいませんが、その名を冠する鈴があしらわれた簪がさも戦国の世の姫君を思わせます。着物こそ鷺澤家のものを貸し出したのですが、まるで彼女のために作られたかのように違和感無く、寧ろその魅力を存分に引き立たせています。
ちなみに私の着物も自分のものです。自分で言うのもなんですが、私にはもったいないぐらいの美しさで、思わず着るのを躊躇してしまいそうです。
蓮の花。紫陽花の花。百合の花。それらが互いの美しさを引き立てあうかのように競演し、波紋を思わせる色の広がりが絶妙に染め上げられ、全ての要素が緑青色の下地に咲き乱れるその美しさには言葉に表せません。確かに派手な色合いではないのですが、見るほどに心が引き込まれるその美しさが私に合っているのではないかと思います。
実はこの着物を貰ったのはもう少し幼い頃だったのですが、実際に着付けを終え外出したのは初めてでした。というのも以前は外出することなどめったに無く、貰った当日に試しに袖を通しただけでそれ以後は着ることなどありませんでした。去年の元日にも着る機会があったのですが、残念ながら当時はまだ私たちの関係がお父様に認められておらず、一緒に出かけることができませんでした。ですから今日が初めての日で、その喜びを皆で味わいたく揃って着付けてもらったというわけでした。
私も少し手伝ったのですが、まず最初にさくらさんの姿を見たときの純一さんの反応がとても面白いものでした。
着付けを終え、髪を結い上げ終わり、薄っすらと化粧を施したさくらさんが純一さんの目の前に現れたとき、純一さんはさくらさんに向かって――
「えっと……君、部屋間違ってない?」
と真顔で答えたのです。一応演技も付けてみたのですが、まさかあんなに騙されるとは思いませんでした。その場に居るみんながその女性がさくらさんだと伝えた瞬間目をまん丸にして 驚き、その後は顔を背け、けれどちらちらとさくらさんの方を気にして「七五三みたいだな」と照れ隠しをしたのです。さくらさんはその言葉を額面どおりに捉え、怒り腕を振り回したのですが、着付けをしていただいたお手伝いの方に「あちらの方はお嬢さんの美しさに照れておられるんですよ」と言われたことで機嫌を直し、純一さんに抱きついて行きました。
さくらさんはしきりに似合うかどうかを純一さんに尋ね、とうとう根負けした純一さんが、
「…………ああ…………正直分からなかった。うん…………美人だと思う」
と決して目を合わせず、それでも顔を真っ赤にしながらそう言うと、さくらさんは満面の笑みを浮かべ、極上の笑顔を浮かべました。「にゃはは〜。……ありがと、お兄ちゃん」と言ったさくらさんのあの笑みは見るものを虜にしてしまいました。
正直純一さんが他の女性をそこまで褒めるのは少々複雑な気分ではありますが、それがさくらさんなら許容することができます。
その後音夢さんが着付け、私が着付けましたが、そのたびに純一さんは言葉を失っていました。ちなみに私が音夢さんに、
「わぁ、とても似合ってますね。音夢さんはスレンダーな体形ですから着物がとても似合いますね。私はちょっと似あわないかもしれないので羨ましいです」
と言ったら、「……………………宣戦布告ですか?」と底冷えする三白眼と共に呪詛のように呟かれたのは何故でしょうか……。
とにかく、お二人ともとても美しかったのですが、それでも純一さんは私を見て、
「…………正直、今すぐにでも式を挙げたいぐらいだよ」
と言ってくれた事がとても嬉しく、涙が滲みそうになってしまいました。
これってプロポーズですか? と冗談交じりに言ったら――
「俺が美咲の家を任せても大丈夫だって言われるぐらいになったらまた言うよ」
と目を見て言い切ってくれました。結局我慢したものは無意味となって顔を伏せてしまいました。
追い討ちをかけるように扉がノックされ、お父様が部屋に入って来ました。状況が状況だけに慌てる純一さんでしたが、お父様は無言で手に持った包みを差し出し出て行ってしまいました。
包みを開けてみるとどうやら男性用の袴のようで、不思議に思い戸惑っていると、お手伝いの方が「これは旦那様が成人された際にお召しになられていたものです」と教えてくれました。それが意味するところを理解したときにもう一度溢れてきて、零れる涙と笑顔を堪えることができませんでした。
純一さんも着替えをし、結局出発は予定を一時間ほど過ぎてしまいました。
「ところで環ちゃん。さっきの話の続きなんだけど」
新年の挨拶を交わしながらそんなことを思い出していると、さくらさんが胡ノ宮さんの袖を引きながら質問の答えを催促しました。
「そうでしたね。それで煩悩の数の事ですが、実は百八というのはもともと大きな数を意味するものでした。そしてその数に合わせる様に煩悩を上げていったとされるのが有名な説です。
まずは六随眠と呼ばれる根本的な煩悩があります。『貪、瞋、痴、慢、疑、見』といい、最後の「見」をさらに細かに五分類することで十随眠が定義されます。さらに見惑と呼ばれる正しいものの見方によって断てる煩悩が三十二個定義されます。
ここに正しい修行によって断てる煩悩が四種、総じて三十六の随眠が生まれます。これらが修惑によって断てる煩悩です。いわば人々を輪廻の世界に結びつける煩悩です。
残るは瞋が存在しないとされる色界と無色界の煩悩が三十一。総じて九十八。ここに修行を妨げるといわれる十纏を加えて百八というわけです」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「あら? 皆さんどうかされましたか?」
不思議そうな話をする胡ノ宮さんでしたが、私たちは揃って曖昧な笑みを浮かべることしかできませんでした。
「どうかって言われても、な」
「ええと……ちょっと……」
「あの…………」
なんと言っていいか分からない私たちに代わって、さくらさんが纏めて答えてくれました。
「うにゅ……ちょっと難しすぎてボクには分からなかったよ」
困ったように落ち込むさくらさんに、環さんはごめんなさいと申し訳無さそうに謝った。
「先ほどの説明はあくまで一説ですし……他に有名な説としては人間の六感に『好き』、『嫌い』『普通』の三つの感情、それらが『良い』か『悪い』かの判断。そして物事の事象が起こる『現在』、『過去』、『未来』の三つの時をそれぞれかけ合わせ百八だと言われています」
こちらの話は良く分かりました。他の方々も同様のようで納得した仕草を見せています。
「さすが環だな。音夢とは大違いだな」
「何言ってるんですか。得意になって除夜の鐘の話をしていた兄さんとは大違いじゃないですか。もともと知識の量が違うんですね」
「いえ、あの……私の知識も足りていませんので。生憎寺院の話ですので門外漢ですし、もう少し詳しく知っていたら分かりやすく説明することができたのですけど」
しょんぼりと落ち込みながらそう答えた胡ノ宮さんですが、そこまで知っていた胡ノ宮さんに尊敬の念を覚えます。純一さんと音夢さんも驚いたように顔を見合わせています
「…………そういえば除夜の鐘って寺だよな」
「兄さん……何を当たり前のこと言っているんですか?」
……どうやら違ったようです。
「いや、なんか神社っていう感じがしたから……」
「はあ、まったくいつまでたっても駄目なんですから。いつになったら人並みに成長するんですか?」
「何言ってるんだよ。俺だって真面目に勉強してるっての」
「ですからそういうところが駄目なんです。努力は口で言うのではなく結果で語らないと。それに私が言っているのは学力の問題ではなく教養の問題です」
腰に手を当てお説教をする音夢さん。やはりどこまでいってもこの二人の関係は変わりありそうにありません。
「でもお兄ちゃんの成績はちゃんと上がってるよね〜」
純一さんの腕にしがみつきながらそう笑みを浮かべるさくらさん。先ほどからこちらをちらちらと――正確には音夢さんと胡ノ宮さんに挟まれ、加えてさくらさんに抱きつかれている純一さんへの視線が厳しくなってきていますが、いつものスキンシップを続ける二人は全く気にする様子は無いようです。
「そ、そうですね。以前は下から数えたほうが早いと言う話しも聞きましたが、今は断然上からのほうが早いですもんね」
周りを気にしながらもさくらさんに相槌を打ちます。
その言葉が示すとおり純一さんの成績は二桁の前半、得意な教科ではたまに一桁に入るほどの学力まで持ってきていました。
「そうですね。私も朝倉様の努力に目を見張るばかりです」
「そうは言ってもなあ、環には勝った事無いしことりにも負け続けてるし……」
「何言ってるんですか。以前から努力を続けている胡ノ宮さんに勝てるわけないでしょ」
呆れたように溜息をついた音夢さんですが、その可能性が全く無いとは思っていないようです。その証拠にこの前は帰ってきたテストの点数を見て、
「…………これならあの歌う腹黒サイコメトラーに――ではなく、白河さんに勝てるかもしれないですね」
と言っていましたし。たぶん純一さんが褒められることがむず痒く、嬉しさ半分と恥ずかしさが半分なのでしょう。
「まあ眞子には数学で勝ったけどな」
「でも合計点では負けちゃったんだよね〜」
さくらさんが純一さんを茶化すように口を挟みました。案の定純一さんは「一言多いやつだ」、とさくらさんの頭に手を伸ばしました。けれどさくらさんの髪型を見て寸前で手を止め、行き場の無い右手を所在無さげに戻しました。
「まあ休み明けのテストでは絶対勝つけどな」
「優秀な家庭教師が三人もついているんですから、これで不甲斐ない結果を出そうものなら……ね」
音夢さんが言うとおり私とさくらさんは一年生の頃から純一さんの勉強を見ていました。私は現代国語と古典、地歴公民の主に文系科目を、さくらさんは残りの理系科目を教えていました。音夢さんが帰ってくる長期休暇では社会を任せ完璧な体勢で受験にむけ取り組んでいました。もちろんお互いに遊んで過ごす時間が無くなるわけではありませんが、やはり減ってしまうのは仕方が無いことです。そんな苦労をするには気が早いことかもしれませんが全ては二人の夢のために。これは二人で決めたことですから。
「とりあえず最初は眞子、次に環、ことりと続いて最後は杉並を抜かしてワンツーフィニッシュと行こうぜ」
「そうですね。私たちのクラスにはライバルが多いですから」
二人で微笑みながら新年の誓いを立てました。そんな私たちの姿を胡ノ宮さんが楽しそうに眺めていました。
「やはりとても仲がよろしいようで、とても羨ましいです。やはりお二人の進路は……?」
「ん、まあな。やっぱり美咲の親父さんに胸を張るためには一番を目指さないとな。それに、期待もしてもらってるようだし」
自分の着ている袴に視線を落としながらそう笑みを浮かべました。
「ええ、兄さんにはがんばってもらって私の生活を楽にしてもらわないといけませんから」
「だよね〜。そうだ、お兄ちゃんが大学に行ったらボクの研究を手伝ってもらおうかな」
「おいおい……お前らあんま自分勝手な事言うなよな……」
溜息をつく純一さんですが、胡ノ宮さんはそんな私たちの姿を見てもう一度笑みを浮かべました。
「やっぱり純一さんの周りは楽しそうですね」
その笑顔は本当に純粋な笑顔でした。
「そういえば環ちゃんはここにいて大丈夫なの?」
思い出したかのようにさくらさんが疑問を口にしました。確かに誰も言いませんでしたが胡ノ宮さんは格好からしてお仕事中のように見えます。もしかして私たちが話し込んでいたので戻れなかったのでしょうか。もしそうなら悪いことをしていました。
「いえ、今は休憩の時間ですから。あと二十分ほどなら平気です」
「でも私たちのせいで休憩時間を……」
私がそう口に出すと胡ノ宮さんは、「それは違います」と首を振った。
「私は皆さんとお話しすることが何よりの安息ですから。私のほうこそ突き合せてしまって申し訳ないぐらいです」
その笑顔に嘘はなく、多少の疲れは見えていたとしてもそれを吹き飛ばすほどの活力に満ちていた。
「う〜ん……環ちゃん、そんなに忙しいの?」
「え? それは、まあ……。それもお昼を過ぎれば落ち着いてきますから」
歯切れが悪かったけれど、胡ノ宮さんはそう答えた。きっと朝から休まずに続けていたに違いありません。それでも嫌な顔ひとつせず続けられるのは素晴らしいことだと思います。
「ならボクも手伝うよ」
「さくらちゃん?」
突然の提案に私たちは驚きの声を上げてしまいました。音夢さんがさくらさんに真意を問いかけるように呼びかけました。
「だって環ちゃんがこんなに苦労してるんだよ。だったら少しぐらい手伝っていこうよ」
「さくらさん、お気持ちはありがたいのですが……私の仕事というのは関係者しか任せられない物なので。ですから御免なさいね」
「そっか……」
「とか言いながらお前は巫女服が着たいだけだろ?」
「にゃっ!? それは、その……あははは〜」
どうやら純一さんの言うとおりのようで、さくらさんは誤魔化すように笑い出しました。私たちもその光景が微笑ましく、声をそろえて笑い合いました。
「ですが折角綺麗に着付けていらっしゃるのに、どうしてこのような服装が羨ましいのですか?」
「それは……お兄ちゃんが巫女さんの服が好きだから……」
「そうなんですか?」
さくらさんの言葉に、先ほどまで胡ノ宮さんのほうを向いていた音夢さんの首が、勢いよく九十度ほど回転し純一さんの顔を睨みつけました。
咎めるようなその視線に純一さんは取り繕うようなうめき声を上げました。
「いや……そのな、変な意味じゃなくて…………あれだ、神職の服だから、なんかこう清らかなイメージがあるというか……」
「にゃはは〜。お兄ちゃん、嘘はよくないよね。ボクはよ〜く知ってるんだから。まえにお兄ちゃんの持ってた参考書の中にあった巫女さんはあんまり清純じゃなかったよね〜」
「ちょっ、おま――」
「へ〜」
一斉に向けられる三人の視線。音夢さんは先ほどよりも温度の下がった視線を向けています。
「他にもいろいろあったよ〜。半分以上あったのは着替えてるやつだったよね。給仕さんとかメイドさんとか、もちろん巫女さんも。あとは学校の水着とかエプロン姿とか制服とか体操服とか――あ、お兄ちゃんはブルマよりもハーフパンツのほうが好きなんだよね?」
「ななな何でそれを――」
「本当ですか?」
純一さんの叫びは最後まで聞こえることはありませんでした。
音夢さんは純一さんの右肩に手を置き、息がかかるほどの距離までずいっと顔を近づけました。
けれどその目にあるのは怒りではなく、それよりももっと純粋な真剣な表情でした。
「本当なのですか?」
胡ノ宮さんも顔を近づけてきました。純一さんの左肩に手を置きじっと目を合わせます。
「あの……本当ですか?」
という私もつい気になってしまい、無意識のうちに正面から覗き込むようにして近づいていました。
「兄さん?」
「朝倉様?」
「純一さん?」
三対の視線にさらされた純一さんは、半ば強制的に、自棄になったように答えました。
「そうです確かに興味はありますよ! でも別にいいだろ。俺だって男なんだから!」
その答えを聞くと、私たちはまるで示し合わせたかのように純一さんから離れ、黙ったまま視線を合わせ頷きあいました。
「――では皆さん、後日揃っていらしてください。皆さんの分も用意させていただきます」
「ごめんなさいね。わざわざ用意させてしまって」
「あの、ありがとうございます。胡ノ宮さん」
「ボクの分もあるの?」
「はい。もちろんですよ」
唐突な話の流れに唖然としている純一さんを他所に、三日の予定が決まりました。
「胡ノ宮さんはいつもあのようなことをされているんですか?」
神社からの帰り道、私は忙しそうだった胡ノ宮さんの姿を思い出しながら疑問を投げかけました。今まで彼女が働いている姿を見たことが無かったので驚きました。
「ん〜、いつもは神社のお掃除とかお守りを用意したりしてるよね?」
「そうだな。確かに忙しそうにしているところは見たこと無いけど、本人によると朝は毎日六時より前に起きてるらしいぞ」
「そうなんですか!? すごいんですね〜」
音夢さんが驚いたように声を上げます。私も同様に感嘆の念を抱きました。
「やっぱりそういう生活をしていると清楚な雰囲気を纏えるようになるんでしょうか……。それに胡ノ宮さん、肌も綺麗でしたし……」
そして私たちは揃って黙り込んでしまいました。
「やっぱりそういうのは日々の生活から変えていかないといけないんじゃないかな? 特に音夢ちゃんなんて正反対だしね〜」
「…………さくらちゃん? それはどういう意味ですか?」
「えっ!? 自覚が無いの?」
「そういう態度がさらに憎いですね……」
「う〜ん、言い辛いんだけどね……でも音夢ちゃんがそう言うなら。例えば性格は環ちゃんが清純で誰にでも親切、物腰は柔らかだし裏表が無いし、それでいて少し消極的なところがあるよね。
それに対して音夢ちゃんはどす黒い感情を抱えているし、丁寧に対応する相手をかなり選ぶし、腹黒いし。おまけに自分の障害になりそうな相手には影から貶める姑息なところがあるじゃない?」
「………………へぇ? それで?」
「それにお兄ちゃんは髪の長い女の子が好きなんだよ。知らなかった?」
「な――――!?」
先ほどまではこめかみに欠陥を浮き立たせていた音夢さんでしたが、さくらさんの最後の言葉に衝撃を受けたように仰け反り、そして弾かれるようにその視線を私たちのほうへと向けました。
「――例えば美咲ちゃんは言うまでも無いよね? ボクもそうだし、他に挙げれば白河さんや環ちゃんにななこちゃん、美春ちゃんも最近は髪を伸ばしているから、もうロングって言ってもいいのかな。あとは萌先輩とかみっくんとも仲がいいよね?
――それに比べて髪が短い娘への対応を考えてみれば分かるんじゃない?」
「た……確かに。眞子への扱いが私と同様なのはそのせいだったの……? そういえば眞子に対しては男友達のような扱いをするのに萌先輩に対してはいつも親切だし…………」
「おい……音夢?」
俯いて独り言を続ける音夢さんは、純一さんの呼びかけにも気付かず自分の世界に閉じこもってしまっているようです。
「あの、音夢さん?」
「あ〜美咲ちゃんは話しかけないほうがいいと思うよ? たぶん油どころかウランを注ぐ結果になりそうだから」
「はぁ……」
そうして暫く音夢さんを見守っていると、突然何かを閃いたかのように伏せていた顔を上げました。その表情はとても晴れやかで、先ほどまでの虚ろな面影はどこにもありませんでした。
「不安だ……」
「不安だね……」
そんな音夢さんを見てお二人が一言。私はその意味が分からず首を傾げてしまいました。
「ねえ、私思ったんですけど。例えば世の中に男女がそれぞれ一人しかいなかったら、その男女は恋人同士になると思いますか?」
「……アダムとイブのことか? まあそりゃ赤の他人同士なら難しいかもしれないけど、仲がよかったらくっつくんじゃないか?」
純一さんがそう答えると、音夢さんはとても満足そうに頷きました。
「音夢ちゃん、もしかしてお兄ちゃんの周りの女の子を……?」
「亡き者にする、ですか? やめてくださいよ。私はそんなひどいこと電波女にしかするつもりありませんよ。ただ髪の長い女の子が美容室に行く手間を省いてあげるだけです。どうです、親切でしょう?」
どこから取り出したのか、音夢さんはにび色に鈍く輝く一対の刃を取り出しました。それを例える名称は『鋏』と呼ぶのが正しいのでしょうか。ただそれを『鋏』と呼んでしまうのにはいささかの抵抗を覚えてしまいます。
なぜならその刃が恐ろしいほどに鋭く、加えて信じられないほどに巨大だったからです。刃渡りはおよそ私の肘から腕ほど。かの有名なジャック・ザ・リッパーが使用していたといわれても頷いてしまいそうな凶悪さでした。
その風貌は使用している自らが傷ついてしまいそうな危うさを秘めています。きっとそれを目にした人は持ち主に自殺願望でもあるのではないかと考えてしまうでしょう。
私たちは自然と距離をとっていました。
「ふふ……まずはあのワンコからですね。全く、ペットの分際でご主人様に楯突こうなどと……イヌの癖に盗人猛々しいとはよく言ったものです」
歪に顔を歪め刃をうっとりと眺めるその姿は、すでに正気の沙汰ではありませんでした。
「音夢……それだけは止めておけ。髪を切るのも立派な傷害だぞ……?」
「何を言っているんですか!? 私と兄さんの幸せを築くためには障害を取り除くべきです。そのためには傷害なんかを怖がっていられますか!?」
「音夢ちゃん、巧いこと言ったつもりかもしれないけどその台詞は死亡フラグだから」
さくらさんは妙に冷めた視線で――いえ、まるで消え逝く亡霊を見るかのように音夢さんを見つめています。
「さくらさん!? そんなことを言ったら音夢さんが……」
私の言葉が届くのを待たずして音夢さんの視線がこちらを向きました。
「…………まあワンコを狩る前に手近なもので試すのも良さそうですね」
「ひっ――」
絡めとられる様な視線の前に私はすくみ上がることしかできませんでした。
強者と弱者――完全な捕食関係が出来上がった両者では、その行動すら他者にゆだねられてしまう。
一歩、また一歩と、まるで狩るまでの時間を楽しむかのようにじわじわとにじり寄っていく。
「――そうはいかないよ」
そして残すは一メートルほどとなったところでさくらさんが前に躍り出ました。
「そうですか。まずはさくらちゃんからですか。潔いことです。ふふ、きっと綺麗な輝きが舞うことでしょうね」
数度、まるで刃の音を確かめるように擦り合わせる。
「無駄だよ。それのもともとの持ち主は妹への純粋な思慕の念を抱いていた。そして持ちぬき亡き後、その想いは守護の念へと昇華し、偉大なる名器とかした。そう、その属性とは妹への殺傷能力がゼロになるというもの」
「なっ――――」
「それに残念ながら、僕の髪を切るのは五十年先まで予約済みだからね。お兄ちゃんと一緒に桜の木下で話をしながら切ってもらって、最後には出発前の感動的なシーンで幕を閉じるんだから。そ・れ・に、たぶんそんな展開になるよりももっと素敵な展開になるんじゃないかな? 例えば鷺澤家なら妾の一人や二人ぐらいは許してもらえるんじゃないかな。ねえ、美咲ちゃん?」
「え? あの、その…………相手にも、よりますけど」
思わず答えた内容に純一さんと音夢さんが驚きの声を上げました。
実際どうかとは思いましたが、さくらさんにはとても感謝していますし、私もさくらさんなら許せますし。それに何より、長年の想いが通じない悲しみは良く分かりますから……。
「美咲ちゃん……」
さくらさんは泣きそうでいて申し訳無さそうな、それでも喜びを秘めたような表情をしていました。純一さんはそんなさくらさんをなんとも言えない表情で見ています。確かに純一さんからすれば微妙な話題でしょう。さくらさんが純一さんのことを思っているのはずいぶん前から知っていた話ですから。だからといって安易にその案に飛びつくのも私に悪いと思っているのでしょう。
「……ゆっくり考えましょう。まだ時間は有りますから」
「……そうだな。さくらの考えも変わるかもしれないからな」
「へっへーんだ。ボクのお兄ちゃんに対する気持ちが変わるわけないよ」
複雑ではあるけれど、私たちは揃って笑顔を浮かべていました。
「――あの!」
そんなときにかかる声。その主は少し離れたところにいた音夢さんでした。
「私も――立候補していいですか?」
「いや、御免こうむる」
「音夢ちゃんと一緒はちょっと……」
「あの……ごめんなさい」
見事に息のあった返答。
「というわけで悪いな、音夢」
純一さんがさわやかな笑顔で答えると、音夢さんは震えだし、そして突如奇声を上げて飛び掛ってきました。某三世のようなポーズで私たちのところへ飛び込んでくる音夢さん。
「ちょ、音夢――落ち着け、よ!!」
身体をぐるんとひねり、寸前のところでかわした純一さん。そのまま左手で勢いを殺さぬよう――寧ろつけるようにして受け流し、かつ下半身を持ち上げるようにし、迎え撃つように構えられた右手で一閃――――掌底を重心へと叩き込みました。
「ヴェギュ――」
人間が出せるとは思えない悲鳴を上げながらコンクリートへと叩きつけられた音夢さん。思わず手が出てしまった純一さんは慌てて抱きかかえあげました。
「おい、大丈夫か音夢!?」
「あ……兄さん……」
音夢さんは弱々しい声で純一さんを呼び――
「ふふふふふ……兄さんに殴られた兄さんに殴られた兄さんに殴られた…………おまけに抱きかかえてもらった……」
――恍惚とした表情で微笑んでいました。
思わず抱えていた腕を放していました。
――こいつ、Mだ!!
話し合いの結果、ここに置いておくのは迷惑になるという判断が下りました。実際に放置しようとしたら、「ふふふ、放置プレイですね……」と音夢さんが呟いていたからです。仕方なく純一さんは音夢さんを簀巻きにし引きずっています。
「…………Mって無敵だよね……」
さくらさんの重い呟きに私たちは揃って頷いていました。
元日に間に合わなかった……。
まあ当然だけどね。なんせ思いついたのが昨日の11時。家族で麻雀やってたら突如思いつきました。初めはCanvas2ネタでいこうと思ったんですけど、祭りに出さずにやるのもどうかと……。てなワケで本作です。
なんやら音夢が壊れていくような……( ̄Д ̄;;
とりあえず祭りは既に掲載されているものと、朋子&霧、あとは美咲家&主人公どもの話です。まあ時間がなかったものでプロット無しで突っ走っちゃってマス。御免です。











