隠れオタでもいいじゃないか
主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。 あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。
記事一覧: 200803
- 03月30日(日) リトルバスターズSS 〜本日より絶対君主制に移行しました。〜 中編
- 03月20日(木) リトルバスターズSS 〜本日より絶対王政に移行しました。〜
- 03月09日(日) ありきたりでベッタベタな日々
- 03月09日(日) ようやく完成
03月30日(日) [ リトルバスターズSS ] # 68 <固定リンク>
- リトルバスターズSS 〜本日より絶対君主制に移行しました。〜 中編
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ただいまの結果
鈴 :クド→葉留佳 デコピン
真人 : →西園 腕立て
クド :真人→謙吾 膝枕
来ヶ谷:鈴 →小毬 ポッキーゲーム
葉留佳:恭介→小毬 くすぐる
恭介 :鈴 →恭介 お兄ちゃんと呼ぶ
リトルバスターズSS 〜本日より絶対君主制に移行しました。〜 中編
「ふむ、大分盛り上がってきたようだな」
「……盛り上がってるって言うのかな?」
傷心している人が二人。憔悴している人が一人。ねじが外れてしまった人が一人。
確かにテンションは上がっているのは間違いではないと思うけれど。
「気にすることは無い。人間などというものは往々にして他人の不幸を肴にするものだ。特にこういった場ではな。理樹君も気にすることは無い、むしろ笑ってやったほうが彼らの気もまぎれると思うがな」
その目線の先には真人と謙吾がいた。
結局のところ来ヶ谷さんも二人のことを気にかけているみたいだった。
「ほらほら唯ねえ、さっさと次に行きましょうよ」
葉留佳さんがぐいぐいと来ヶ谷さんの腕を引っ張り、来ヶ谷さんは仕方ないと言わんばかりに苦笑しながら輪に加わっていく。なんだか親子みたいで微笑ましかった。
七順目
「それでは次にいこうか。では引いてくれ」
来ヶ谷さんはそう言ってくじを差し出した。一斉に手が伸ばされて割り箸をつかんでいく。当たり前の動作。けれども僕はそこに妙な違和感を感じた。
「せーの、おーさまだーれだ?」
掛け声(号令は葉留佳さんにまかされている)を発していながらもついつい視線は来ヶ谷さんを追っていた。もしかしたら気のせいかもしれないけど、さっきくじを選ぶときの来ヶ谷さんの手元。ごく自然に、さっきの言葉のこともあり、なんとなく来ヶ谷さんの手元を見ていた僕だから気がつけたぐらいの見事な手際で、特定のくじを故意に動かしていたように感じた。
「おっと、私が王様だな」
王様だったのは来ヶ谷さんだった。
「っ!?」
もしかしたら――そう思ったのと同時に意味ありげな視線を送ってきた。
おそらく僕の予想は正しいと思うし、来ヶ谷さんも僕がそう考えていることを理解して視線を送ってきたのだと思う。
もっとも誰がどの割り箸を取るとかは本人の意思でありランダムだから、どれかを故意に選ばせるのは無理だと思う。それと同じで自分が王様を選ぶのもまた偶然だろう。ただちょっとばかり可能性をあげただけだ。
「では王様からの素晴らしい命令ターイムだ」
王様の付いた割り箸をくるくると回しながらにやりと唇を吊り上げる。無駄にカッコいい仕草だった。
「ト屬鮖った人はゲームが終わるまでの間、今後私のことを『お姉ちゃん』と呼ぶがいい」
「なに? またあたしか!?」
……多分、偶然だろう。
「ああ鈴君なのか。これは素晴らしい偶然だ」
「……ト屬井ノ原さんや宮沢さんや恭介さんだったらどうするつもりだったのですか?」
「俺が来ヶ谷の弟だって? そうだな………………」
真人はなにやら考え込んでしまった。
「来ヶ谷の弟か………………」
謙吾も目を閉じたまま停止してしまった。
「……」
「……」
何を想像したのか分からないけど、二人はそのままものすごく嫌そうな顔をしたまま固まってしまった。
「私だってこんなのの姉は御免だ。面倒見きれん」
「……ですがそうなっていた可能性も否定できませんが」
「なあに、そこは確率と期待値の問題だ。外れる可能性などそう多くも無く、メリットのほうが遥かに高い。
それに、もし外れたのなら呼べ無いようにすればいいだけの話だ」
「……それもそうですね」
意味ありげに微笑む来ヶ谷さん。深い意味は聞かないほうがいいだろう。西園さんも同感だったようであっさりと引き下がった。
「ところで鈴君はいつになったら呼んでくれるのかな?」
その鈴はというと、難しい顔をしてうなっていた。というよりもあれは照れているのかもしれない。
「うりうり鈴ちゃんよ、さっさと言ったほうが楽になりますよー?」
「……くるがやおねーちゃん」
来ヶ谷に200のダメージ。
「ああ……とっても可愛いぞ」
来ヶ谷は悶えている。
「あれま、えらいあっさりいいましたね」
「あれに比べたらマシだ」
「……おい鈴。それはどういう意味だ?」
あれ呼ばわりされた恭介が幾分か落ちたトーンで鈴を呼び止めた。随分とショックを受けているみたいだ。けれどそんな恭介にも構わず鈴は冷淡な視線を返した。
「ヘンタイ」
「ぐ……」
「どヘンタイ」
「ぐはぁっ……」
さっきのことがよっぽど気に入らなかったらしい。恭介への態度が可哀想になるほど刺々しい。
「まあまあ鈴君よ、そこまでにしておきたまえ。あまり冷たくしていると恭介氏が目覚めてしまうかもしれんぞ?」
いつもより上機嫌な来ヶ谷さんが鈴を止めに入る。
「ん、くるがやが止めるのなら仕方ないな」
「鈴君、お姉ちゃんだ」
「忘れてた」
「ならば次からは付けて呼ぶように」
「……ん」
迷い照れながらも鈴は首を縦に振った。
「なあ理樹……なんで来ヶ谷だといいんだろうな……」
「うわっ、恭介どうしたの!?」
「いや、大したことはない……それに、いいことだろう……」
そう言って自分の位置に戻ってしまった。
哀愁の漂う笑顔。もしかしたら恭介にとっては自分よりも来ヶ谷さんに懐いていることが寂しいのかもしれない。
「…………」
「どうかしたの、クド?」
来ヶ谷さんと鈴の姿をじっと見つめているクドの事が気になった。それはどこかクドがいつもより小さく見えたかもしれない。
「リキ? あ、いえ…………なんでもありません」
「そう?」
あまり隠し事が得意ではない、というより感情がすぐ顔に出るクド。
じっと視線を合わせるとクドは困ったように微笑んだ。
「……ただ、きょうだいがいるというのはどんな気持ちなのか考えていました」
「そっか……」
僕もクドと同じように鈴たちを眺めた。
無口で人見知りの激しかった以前の鈴の姿。それと同じように塞ぎこんでいた自分の姿。きっと恭介がいなかったら、僕は今、この世界に存在していなかったのかもしれない。
「僕にも兄弟がいなから分かんないけど、僕にとっては恭介たちが兄弟みたいなものかな」
「棗さんがですか?」
「うん。それだけじゃなくてバスターズのみんなが家族みたいなものだから……」
親友以上の仲間だから。
「クドにもそうなってもらいたいな」
「リキ……」
「少年、言葉というのはもっと選びたまえ」
「うわぁ!?」
「わふっ!!」
背後から突然掛けられた声。
「そこは僕がクドのお兄さんになるよ、ぐらいの気概のある言葉を用意しておくべきではないのか?」
いつの間にか背後に立っていた来ヶ谷さんが呆れたような溜息をついた。
「来ヶ谷さん……何やってるの……?」
「なに、少年が能美女史となにやらいけ好かない雰囲気を作っていたものだから少し拝聴させてもらったよ」
「はぁ」
「それにしても理樹君。君はあれかね、ジゴロなのか?」
ジゴロって……
「気のある振りをしてふらふらと。決めるときははっきりするべきだ」
「決めるって言われても何がなんだか」
「まあその件に関しては保留しておこう。ところでクドリャフカ君」
「はい?」
突然話題を振られたクドは不思議そうに小首を傾げた。
「姉がほしいのならおねーさんに任せなさい。呼び方も自由にしてくれて構わない。いつでも大歓迎だぞ」
「むぎゅっ」
潰れるクドを気にすることもなく正面から抱きしめる来ヶ谷さん。そうしてしばらく堪能した後、恍惚の表情を浮かべながら開放した。
「いやいや、やはり鈴君の抱き心地も素晴らしいがクドリャフカ君もまた格別だ」
「あんまりそういうことしたら駄目だよ」
「ファッキンこのアマクドの身体は俺だけのものだ気安くさわんじゃねえよメーンとでもいいたげだな」
「思ってないから……」
どうにも僕の知り合いには人の話を聞かない人が多すぎる。
……いや、聞いていてなお無視しているのかもしれないけど。
「それにクドが迷惑してるから」
「あ、その……もう少しゆるめてもらえればのーぷろぶれむですから」
「ほらクドリャフカ君もこういっていることだしもう一度。なんならお姉ちゃんでもなんでも、自由に呼び方を変えてもらっても構わないぞ」
「呼び方ですか」
むー、と困っているのか楽しんでいるのか良く分からない顔でしばらく悩みんでいる。
「ならゆいちゃんでけってーい」
「わっ」
がくんと突然両肩が押し下げられる。
何かと思って振り返ろうと思ったところで甘い香りが漂ってきた。
「……小毬君。その呼び名は拒否したはずだが?」
小毬さん? ということは僕にもたれかかっているのは小毬さんなのか。それにこの甘い匂い……絶対にお菓子の匂いに違いない。
「でもゆいちゃん、クーちゃんには好きに呼んでいいっていったのに〜」
「あれはクドリャフカ君に言ったわけであって……」
「む〜〜ひいきだ〜」
やっぱり来ヶ谷さんは小毬さんに弱いなあ。
「……仕方ない。そんなに呼びたいのだったら命令すればいい。まあ今日一日だけだがね」
つまりは王様の命令。それならば来ヶ谷さんも断れないだろう。
「ってことは私も姉御に恥ずかしい名前つけていいってことですよネ?」
「そういうことになるな」
「よっしゃー。これは姉御に恥ずかしい名前を着けて楽しむチャーンス!!」
「ただそれなりの報復は覚悟して置きたまえ」
「うっ……」
不敵な笑みを浮かべる来ヶ谷さんに暫しの逡巡を見せるものの、葉留佳さんにとってはリスクよりもリターンだったらしい。
「かかってこいやーーーっ!!」
「面白い。受けてたとうじゃないか」
どうしても葉留佳さんが負ける未来が浮かんでくるんだけど……
「美魚君はどうするのかね?」
「……私は特には」
「理樹君にあんな名前やこんな呼び方をさせれるまたとない機会だぞ?」
「……」
「だからなんで顔を赤らめるの……?」
「べ、べつに赤らめたりはしていません。ちょっと想像してみただけです」
「想像って……」
何を想像したのかは聞いたら駄目なんだろうな。
「へっ、そういうことだったら俺も参加するぜ」
「真人も?」
いつの間にか復活していた真人が話しに加わる。
「いつかの借りを返さねえとな」
ぎらぎらとした闘志を隠そうともせず好戦的な笑みを浮かべる。
「今日こそてめえをらいらいやと呼んでやるぜっ!!」
随分と根に持っているようだった。
「よーし、それじゃあみんなに可愛い名前付けてあげるね〜」
よく分かっていない鈴と我関せずの謙吾、そして暗い笑顔を浮かべる恭介を除いたメンバーは楽しそうに呼び名を考えている。
八順目
でも誰がどの番号か分からないのに、みんなどうするつもりなんだろう。
「っしゃあ!! 俺が王様だぜ」
力強く札を握り締め高らかと声を上げる真人。こういうときの勝負強さというのも真人らしいといえるけど。
「真人少年では王様というよりはバカ殿というべきだな」
「おおー、たしかにそんな感じデスネ」
「理樹君はその従者といったところか」
「では三枝さんは下町の腕白少女といったところでしょうか」
「そういう美魚君は城内の女中さんだな」
「私はなんですか?」
「クド公はやっぱワンコでしょ」
「が、がーん……」
「はっはっは。クドリャフカ君は隣国のお姫様といったところか」
「やったですっ」
嬉しそうにはねるクドの姿はどう見てもやんちゃなお姫様だろう。
「小毬君も鈴君と合わせて三人で下町の少女だな」
「こまりちゃんと一緒か。わるくない」
「よろしくねー」
「ん」
ちりんと鈴を鳴らしながら小さく頷く。
「ねーねー鈴ちゃーん。私はー?」
「うっさいから知らん」
「はるちんしょっーーーっく!!」
けれど鈴も本気で言っているわけではないと思う。現に小毬さんに促されるとすぐに頷いている。こう見ると鈴と小毬さんと葉留佳さんで確かに三人娘といった感じだ。
「宮沢さんは城に仕える武士ですね」
「ああ、確かに」
「悪くは無いな」
それは僕も納得。
謙吾はまんざらでも無い様子。
「それでは来ヶ谷さん自身はどうなのですか?」
「私か? まあ私は裏方の傍観者だな。登場人物の様子を楽しく見るだけで結構だ。まあそれでなければ賭博場の主といったところか」
まあ似合っているけれど……
「僕は来ヶ谷さんもお姫様って雰囲気だと思うけどな」
「……正気かね、理樹君?」
「うん」
「そうもきっぱりと……第一私がそんな柄か? 私などよりももっと似合っている人物がいるだろう」
「そんなことないって。来ヶ谷さんは格好いいし綺麗だし。それに着物も似合うと思うよ」
「やけに来ヶ谷さんを押しますね……」
「えっ? それは……」
確かに西園さんの言うとおりだった。自分でもどうしてここまで来ヶ谷さんを押すのか分からない。
けれどどこか一歩引いている来ヶ谷さんの姿が無性に寂しく見えたからかもしれない。
「なあ恭介……今って俺が王様だよな……?」
「ああ……」
「なんか影が薄くなってねえか……」
「ふっ……そういう時もあるさ……」
うわぁ、真人と恭介が隅で丸くなっている……
「ほ、ほらみんな、今は真人が王様だよ?」
「ん? ああ、そういえばそうだったな」
「にゃはははは、ゴメンゴメン」
「さっさと言え」
「へ……わりいな理樹……」
複雑な表情をしながら真人がこちらに寄ってきた。
「来ヶ谷……俺をここまでコケにしやがったんだ。覚悟は出来ているんだろうな?」
「能書きは言い。さっさと命令したまえ」
「いい覚悟だ……ト屬!! てめえの名前は今日かららいらいやだっ!!」
「あっ、僕がイ澄
「へっ?」
「アホだな」
「あほ」
「えーと……」
「……さすが井ノ原さんです」
「ど、どんとまいんどですっ」
「ここまでアホだとは……」
「救えんな」
「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」
九順目
「ほら真人、元気出しなよ」
「ああ……」
「それに次の番で挽回すれば大丈夫だって」
「そうか……そうだよな。おっし、それじゃ次こそは俺の知的な一面を見せてあいつすげえじゃねえかってとこを思い知らせてやるぜ」
「すでにその台詞がアホだな」
「鈴君の言うとおりだな。まあ放っておいて次に行こう。王様だーれだ」
「あっ、僕だ……」
割り箸にあるのは王のマーク。
「エロエロな理樹君の命令か。いったいどんなプレイをさせられるのやら」
「ぷれい? なんだそれは」
「プレイというのはだな……」
「言わなくていいから!!」
「クドリャフカ君。プレイというのはだな」
「だから!!」
「小毬君」
「そんな命令しないから……」
「……しないのですか?」
「しないって……」
西園さんがものすごく残念そうだった。
「それじゃあ理樹君はどんな命令にするの?」
「悪いけど葉留佳さんの期待に応えられないからね」
ここは無難に……
「それじゃあ,凌佑△凌佑里發里泙佑鬚垢襦
「おおっ、なかなか良さそうな命令ですネ」
そんなに変わった命令だろうか。
「,浪兇。それで誰の真似をすればいいんだ?」
そう謙吾が札を上げたところで気がついた。まねをするのは男同士、女同士とは限らない。もしかしたら謙吾が、たとえば小毬さんの真似をするというのもあり得るんだ。
……僕は取り返しの付かない命令をしてしまったのかもしれない。
明らかに期待している三人の視線を振り切り、僕は△真人であることをひたすらに祈った。
「△……」
祈りは届かなかった。
「俺じゃないか」
けれど残る僅かな可能性に引っかかった。
「ということは俺は恭介の真似をするわけか……」
最悪の可能性も考慮していたけれど、考えられる最高の結果に転がることが出来た。
謙吾は意外とモノマネが上手い。以前真人の真似をしたときなんかは僕が絶賛するほど上手かった。
謙吾はじっと考え込み、みんなも何も言わず待っている。
「それでは行くぞ」
謙吾は静かに目を開いた。
「――今回の作戦名はオペレーション・リトルロリロリハンターズだ。
ちょっと待て、別に俺がロリってわけじゃないぞ? ただ単にこの雑誌に書いてあっただけだ――っておい!! なんでそこでドン引きなんだよ!?
くそぅ……こんな屈辱は初めてだぜ……もういいよ、こうなったらロリでも真性でも勝手に呼んでくれ。
はっ、俺ひとりでロリロリハンターズを旗揚げして見せるぜ!!」
なんだろう……
似てる。すごい似てるけど……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
女性陣の視線が物凄い……
「……時に理樹君。今のは似ているのかね?」
「えーと……」
なんと答えるべきなんだろう、と迷っていると鈴がぼそっと呟いた。
「恭介は変態だ……」
その言葉に女性陣は一斉に恭介から距離をとった。
さらにクドと小毬さんを恭介から隠すような位置に移動させた。
「うああああああああーーーーーっ!!」
もうどうしようもなかった。
「才能というのは恐ろしいものだな」
「もっと別のを選んであげようよ……」
「ま、これ以上評価は落ちようもねえんだから良かったんじゃねえか?」
そういえばそもそもどういう流れでそんな話になったんだっけ。
暫く考えてみても思い当たるものが無い。けれどその事実だけは頭の中に残っている。
ぼんやりとした思考。そこにぽっかり空いた虚無。忘れてしまったということだけを覚えている違和感。けれどあと少しでそこに届きそうな気がする。
そう……あれは……誰かにプレゼントしようとして、確か雑誌を見ていて――
「理樹君」
軽く頭を小突く誰かの手。その衝撃に収束しかけていた思考が途端に霧散していく。
「あまり難しいことは考えず今は楽しみたまえ」
「あ、来ヶ谷さん……」
優しい微笑を残し僕の手から割り箸を抜き取る。
何の変哲も無い動作だったのだけれど、どうしてか僕はその背中が気になって仕方がなかった。
十順目
「それじゃあ次にいこうか」
何とか復活した(本当になんとかだけど)恭介がさわやかに促す。
けれども女性陣はまるで猛獣に餌を差し出すかのように恐るおそる、そして割り箸を手に取ると即座に手を引っ込めていく。
そんな様子を眺める恭介の眼差しはとても寂しそうだ……
「王様だーれだ」
とりあえず妙な空気になったのを仕切りなおす。
「……あたしだ」
手を上げたのは鈴だった。
けれどもその顔は困っているように見える。
「どうかしたの?」
「べつに大したことじゃない。けど……」
歯切れの悪い様子で口ごもってしまう。小毬さんと葉留佳さんも不思議そうに鈴の顔を覗き込んでいる。
「鈴君は命令する内容をどうするか困っているのではないか?」
「どうして? さっきもそれに悩んでたんじゃないの?」
それは鈴が思うとおりの命令をすればいいって事で納得したと思ったんだけど。
「そんなのテキトーに盛り上がるのを言っとけばいいじゃん」
「先ほどの恭介氏のこともあるんだろう。適当なことを言って自分に被害が回ってくるのを避けたいということだろう」
「それもソですねネ」
確かに僕も自分があの境遇になるのはちょっと遠慮したい。
影を背負った恭介を横目で見ながらそう思う。
「それにだ、鈴君なりに場を盛り上げたいと思っているのだろう」
「変なことを言って場をしらけさせたく無いってこと?」
協調性なんて以前の鈴には理解出来ないことだと思っていた。なのに今の鈴は遊びといえど考えて行動しようとしている。それは考えられないほどの成長だと思う。
難しい顔をしながらみんなの顔を眺める鈴。その視線が真人のところに行き当たったところで何かにひらめいたかのように声を上げた。
「思い出した」
「何を?」
「この前テレビでたくさん食べてるやつがいた」
「それって大食いの人のこと?」
頷いて肯定する。
「あれは盛り上がっていた」
「まあ盛り上がってはいたけどよ……」
あれは記録に挑戦とか、そういうものがあるからだと思う。
「俺もどうかと思うぞ。第一食事は楽しむものだ。苦しんでまでするものではないだろう」
おお、謙吾がまともなことを言っている。ちょっと前のネジが外れていない謙吾だったら当たり前だったかもしれないけど。
「うーん、でもりんちゃん。食べるものそんなに多くないよ?」
小毬さんが言うとおり、今僕たちが持っているのはみんなが持ち込んだお菓子ばかりだ。主な供給源は小毬さんだけど。
それにこのメンバーで大食いといってもあまりいい結果にはならないと思う。
「あの、リキ。おおぐいってなんですか?」
「あ、クドは知らないんだ」
といってもなんと説明すればいいんだろうか。
「えーと、フードファイトというかビッグイーターというか」
「おおっ、ぐらとにーですね!?」
「ん、そんな感じ……かな」
まあ間違ってはいないと思う。
「ですがなにを食べるんですか?」
「それはだな」
「……来ヶ谷さん。クドに変な事言わないでよ」
「ん? 理樹君よ、変なこととはなんだい? すまないがおねーさんに教えてくれないか?」
明らかにからかわれている。にやにやと笑みを浮かべる来ヶ谷さんに思わず溜息が出た。
「というのは冗談だ」
そういって来ヶ谷さんはゴトン、という音とともにいくつかビニール袋を取り出した。
みんなの注目がそれに集まる。
「なんですか、コレ」
やっぱりこういうものにいち早く興味を示したのは葉留佳さんだった。
ビニール袋をごそごそと探りながら中のものを取り出した。
そこには一見ジュースのように見える缶が所狭しと入っていた。なんだろうと思い一つ手にとってみればはっきりと書かれている一つの単語。
「お酒……」
次々と取り出してみてもはっきりと間違いようもなく書かれているお酒の文字。果実酒やチューハイなどばかりでビールはなかったけれどれっきとしたお酒だ。
「どうしたの、コレ?」
「いやなに、先ほど少しな」
まあ行きには持っていなかったから買ったんだろうけど。
「酒ですよ酒!! さっすが姉御、分かってますねー」
「葉留佳さん未成年でしょ? それに来ヶ谷さんだって」
「そんなものは単なる目安だろう。身体的、精神的に発達しているか否かで判断するべき事柄を年齢などという杓子定規なやり方で決め付けるのは間違っているのではないか?」
「そう、なのかな……」
なんだか上手く丸め込まれてしまったような気がする。
「いいんじゃないのか、修学旅行らしくて」
「恭介」
「無理やりじゃなければいいだろう。ま、その辺は各自の裁量に任せよう」
恭介はようやく普段の調子を取り戻してくれたようだ。
「くるがや、結局どうなったんだ?」
鈴は決して恭介に視線を合わせようとはしなかったけれど。
やっぱり兄妹の確執は深いらしい。
「大食いは食べるものが無いから禁止、ただ代わりに飲むのはアリ、ということだ。異存のあるものはいるかな?」
否定する人はいなかった。一人ぐらい難色を示す人がいるかと思ったけれど、旅先ということもあってか、幾分か気が緩んでいるようだった。まあ僕もその一人だったけれど。
けれどついつい大丈夫かなあと思ってしまう。
来ヶ谷さんや恭介はお酒を飲んでも大丈夫だと思う。謙吾も多分大丈夫だろう。真人はどうだか知らないけれど体育会系だからだろうか、苦手というイメージはあまり無い。
問題なのは残ったメンバーだ。
鈴はお酒なんて飲んだこと無いだろうし、小毬さんも同様だ。クドなんてもってのほかだし、葉留佳さんは間違いなく悪酔いするだろう。西園さんもどうみても強いようには見えない。もしかしたら体調を崩してしまうかもしれない。
「不安だ……」
そんな僕の呟きをよそに鈴は納得したように頷いている。
「なんだか盛り上がるみたいだな」
「まあ人によるがアルコールが入る時点で盛り上がるだろうな」
来ヶ谷さんの一押しで決まったようだ。みんなも異存がないようでさっきよりもテンションが上がっている。
「……ですがいいのでしょうか」
「どしたのみおちん。もしかしてお酒駄目なタイプだったり?」
「いえ、私ではなくて井ノ原さんが」
「あ? 俺がどうしたんだ?」
「……お酒は飲まないのかと」
「なんでだ? 飲めるけどよ……それがどうかしたのか?」
みんなも不思議そうな顔をする。
「普段から筋肉がどうとか騒いでいるものですから……」
「ああ、そういうことか」
来ヶ谷さんだけが納得している。この二人は意外とあっているみたいだった。
「美魚君が言いたいのはテストステロンとコルチゾンのことではないのか?」
聞いたことも無いような単語にハテナマークが浮かんでいる。
「はい。諸説ありますがアルコールが筋肉の発達を妨げるというのは有名な話です。アルコールを大量に摂取することにより蛋白質の合成が阻害されるという研究結果が提示されています。蛋白質というのは筋肉の主成分のことですね」
「ぐぅ……頭が痛え…………」
「ちょっと、真人大丈夫!?」
僕たちでも頭が痛くなるような単語ばかりで大変だっていうのに、真人に耐えられるはずがないじゃないか!!
「テストステロンという男性ホルモンのレベルが低下することにより筋肉の成長に著しい影響を与えてしまうのです。さらに筋肉を分解するコルチゾンの分泌量が増加、つまり筋肉量の減少が起こるわけですね。
加えて内蔵にも負担がかかります。ですから井ノ原さんにとってはお酒は厳禁だと思ったわけですが……」
全員が撃沈していた。
「……少々長すぎました」
少し赤くなりながら西園さんは頭を下げた。
「って真人!?」
真人が灰になっていた。目に光がなく、意識もあるかどうか分からない。
「……難しすぎてパンクしたみたいだな」
「あたしも頭が痛い」
普段なら真人にツッコミを入れる鈴もぐったりしていた。
「あ、真人くん起きるみたいだよ」
「…………」
「真人、大丈夫?」
気がついたみたいだけど何かぶつぶつ呟いている。
「やべえ……俺は何てことしちまったんだ…………」
急に頭を起こした真人は震える右手を握りながら声を張り上げた。
「うおおぉぉぉっ!! 俺の筋肉が震えている!? やべえ、わなないていやがるっ!!
こいつは……筋肉の下克上だぁぁぁーーーーーーっ!!」
「ありゃりゃ、倒れちゃった」
「って葉留佳さんなに冷静に見てるのさ!?」
「うわー、真人くん大丈夫?」
「井ノ原さんふぁいとですっ」
よっぽどショックだったのか、真人は倒れたままだった。
「……申し訳ありません」
「なに、西園のせいじゃないさ」
「恭介氏の言うとおりだ。なあに真人少年のことだ、起きたら全部忘れているさ」
それも酷い言いようだった。
「全く、酒ぐらいで。こいつも精進が足りんな」
「ならけんごが飲め」
命令、と鈴が謙吾を指差す。
「名指しして命令することは出来ないんじゃなかったのか?」
「なら番飲め」
「俺じゃないか!?」
鈴の指先が謙吾の手元に下がる。
「みえてる」
「ほんとだ」
確かに鈴の言うとおりだった。
「不覚……」
「ま、見せるほうが悪いから仕方がないな。謙吾も諦めろ」
「まあ……問題はないだろう。して何を飲めばいいんだ?」
「じゃあコレをどーぞ」
葉留佳さんがボトルを取り出す。というかさっき缶しかなかったような……
どこから出したんだろう。
「では飲みたまえ」
紙コップに注いだお酒を来ヶ谷さんが差し出す。
「ささ、ここは男らしくぐいっと行っちゃってくださいよ」
「……まあ少量だったら問題ないだろう」
謙吾は以外と乗せられやすかった。
コップに入った量を確認し、一気に傾けた。
「いっきに飲んじゃったんですかっ!?」
クドの驚きに答えるようにごくりと喉が動き――
「ありゃりゃ、また倒れちゃった」
音を立ててひっくり返ってしまった。
「謙吾ー!?」
「謙吾が秒殺とはな……いったい何を飲ませたんだ?」
恭介がボトルを手に取りラベルを見る。
『スピリタス』
「うわぁ……」
誰とも分からない同情の声が漏れた。
「すぴりたす? くーちゃん知ってる?」
「あいどんとのーです」
良い子の二人は知らないみたいだった。
「アルコール度数が高く、火をつけると燃える酒だな。まあコレを酒といっていいのか疑問は残るがな」
そして悪い子がいけない知識を教えつける。
「その前に謙吾を何とかしないと!!」
「そう慌てるな。ただ喉が熱くて悶絶したんだろう。水を飲ませてやれば大丈夫だ」
恭介は冷静に謙吾に水を飲ませていた。
やっぱり恭介は頼もしい。
「そもそも葉留佳さんはどうしてこんなもの持ってるの?」
「なんか面白そーだなーと思いまして」
「だからって……」
まあ葉留佳さんならやりそうな理由だけど。
例のシュールストレミングとか……
「でも恭介、お酒なんか飲んで大丈夫なのかな?」
「大丈夫さ。現にみんなもう飲んでいるだろう」
「え?」
思わず振り返れば、確かにいくつかの缶が空になっていた。
「そんなあっさり……」
学生だとか難しく考えていた僕のほうが固すぎるんだろうか。
「まあまあそう悩むこともあるまい。第一理樹君だってもう飲んでいるだろう」
来ヶ谷さんが指差すのは僕の紙コップ。中身はウーロン茶。
「ってもしかして!?」
注意深く匂いを嗅ぎ口に含めば微かに違和感がある。
「正解。ウーロン茶というよりはウーロン茶わりだな。まあ気付かない程度だがな」
既になくなりそうなペットボトル。最初から交じっていたのだとしたら結構な量を飲んでいたことになる。
「分からなかった……」
「お酒を飲んだことの無い人間にはコレぐらいが丁度いい」
ちょうどいいね……
「なんだかきもちいいのですっ」
「あははー。くーちゃんも? 私もだよー」
「ごくごく…………おかわり」
「みなさん。飲みすぎは良くありませんよ。ですから節度を守ってください」
「美魚ちゃんが一番飲んでますからね……」
完全に酔いの回っている様子の面々。葉留佳さんが一番正常に見えるのはどうなんだろう。
「これは予想外だ……」
「以外だな。来ヶ谷にも予想外のことがあったとは」
「私にだって計算外のこともあるさ」
「そうか? 俺にはそれすら予想通りだと思ったが、、気のせいだったか?」
「それは深読みしすぎだ」
意味深な会話をする二人。
そしてダウンしている幼馴染二人。
きっとこれからの展開は僕一人ではどうしようもないのだろう。
まだまだ夜が更けるのには早そうだ。
あ〜疲れました。最近忙しすぎてPCに触れてなかった(´・ω・`)
更新間際のすん止め状態。マジカンベンでしたね。
ちなみに内容ですが、ホントは四話構成になりそうだったけどがんばって短めにしました。gdgdにならんくらいで丁度いい。あとネタはフィーネさん、半分あたり。もう半分はD.C.兇諭PAはとくに最後のあたりとか。
んであんま関係ないけどまた最近やったゲームの話。今度は新作ね。
君のぞ→やっぱいいねえ。バッドエンドなんて戦々恐々としながらも嬉々として魅入ってみました。ネタばれになるからあんま書きませんが、第三章はやるべき。まあ君のぞやったことのある人なら間違いなく買いでしょうがwww
やったことの無い人は即刻やるべし。鬱ゲーとか言われてるけど、その辺の腐ったケータイ小説とか、ご都合主義大いに結構な恋愛ものを見るよりもよっぽどいい。
かみぱに → しんたろー(原画)はどうしてこうもライターに恵まれんのか……。ボーイミーツガールのときよりはまだいいけど、出だしのムカつきかげんはどうにかならんだろうか。実際やめようかと思ったし。最後までやればそれなりにいいものかな? と思える。
暁の護衛 → これ本編? 体験版じゃなくて? 超ビミョーな終わり方だし。まあ絵はいいよ。やっぱツンデレか……
そういえばとらはもやったよ。今更!? ってツッコミ待ちで。
とにかくシナリオがよければそれでいいと改めて実感。それに絵も悪く無いなーとやってるうちに思ってきた。
リリカルなのはでも見てみようかな……w
03月20日(木) [ リトルバスターズSS ] # 67 <固定リンク>
- リトルバスターズSS 〜本日より絶対王政に移行しました。〜
-
「今日は今までと違った遊びをしようと思う」
恭介が突然そんなことを言い出すのには既に慣れたものだった。もう十年近く幼馴染をしていれば大概のことには驚かなくなってしまう。しかし、だからといってその内容が予想できるものだった例は一度として無い。むしろ僕はその予想外を楽しみにしていた。
今僕たちが居るのは浜辺のとある旅館。なんでこんなところに居るのかというと、病院から退院したばかりの恭介が、『修学旅行に行くぞ』と言って僕たちを学校帰りに連れ出したからだった。一応荷物は取りに戻ったものの、全くといっていいほど準備は出来なかった。
金曜の夕方から土、日、おまけに振り替え休日の月曜を利用した小旅行。メンバーはいつもの通りバスターズの面々である。
「あんまり騒がしいのは禁止だよ。他のお客さんに迷惑がかかるからね」
恭介の提案する遊びは以前の缶蹴りのように激しく体を動かすものが多々ある。怪我に繋がるとかそういうわけでは無いけれど、それでも恭介はまだ怪我が治りきっていないのだ。周りへの迷惑以上に、僕たちを楽しませるために無理をしないかの方が心配だった。もっとも僕が言うまでもなく恭介自身が一番分かっていることだと思うけれど。
「当たり前だろう? 俺は決して他の人には迷惑をかけたりはしないぞ」
「ほう。つまりは私たち自身には迷惑がかかるかもしれないと」
「フッ、流石は来ヶ谷だな」
鋭い相貌を細め楽しそうに唇を吊り上げる来ヶ谷さん。そして恭介はその言葉を待っていたとばかりに薄っすらと笑みを浮かべた。
「なになに、どゆこと?」
「私もわかんないです」
葉留佳さんとクドは意味が分からないとばかりに首をかしげている。そういう僕も同様で、恭介と来ヶ谷さんが何を言わんとしているのかが分からなかった。もともと頭の回転が速い二人だ、シャーロックホームズのように話の道中を抜かして顛末を読み合い、そこらからの派生のみで会話を続けてしまう。
真人と謙吾は興味ありげに、鈴は不思議そうに会話を聞いている。
「なるほど。ちなみに怪我をするようなものではないんですね?」
「もちろんだとも。ただ精神的に苦痛を味わうかもしれないがな」
「そういうことですか」
一方西園さんは理解したようで、数度質問をすると何度も納得したように小さく頷いていた。
となると残るのは小毬さんだけなのだが――
「???」
お菓子を口に運びながら首をかしげていた、まあ予想通りというか全く理解していないようだ。もとより聞いていたかどうかも怪しいところだ。まあ他人とは少しずれた感覚を持つ小毬さんなら当然といえば当然。ちなみに決して悪い意味ではなく、思考の裏を読むとか先手を打つとか、そういうものとは縁の遠い真っ直ぐで明瞭な性格だということだ。
「それで恭介、何をやるつもりなの?」
「ああ。今回は修学旅行の夜に相応しいものを用意した。ちなみに修学旅行といえばみんなは何を思い浮かべる?」
「はいはいはーい!!」
「それじゃあ三枝」
「覗きっ!!」
「うむ、葉留佳君は覗いて欲しいと言うわけだな。では遠慮なく覗かせてもらおう。ついでに心のシャッターだけでなく、物理的にも保存させていただくとしよう」
「エ? いや、その……あははははは、冗談ですヨ?」
「チッ……」
どうにも来ヶ谷さんの舌打ちに力が篭っていた気がするけどきっと気のせいだ。
「学生らしいが却下だ。見られたほうが楽しく無いだろう?」
「分かったぜ!!」
「真人」
「筋ト――」
「却下だ。私たちにそんなことをやれと?」
「却下です。美しくありません」
「あほかっ!!」
「なんでだよっ!? 楽しいだろーよ!? つか最後まで言わせろよ!!」
「いや、楽しくはないと思うが」
「うむ、鍛錬自体に文句は無いが、あえて大人数でやることも無いだろう。まあ滝行なら別だがな」
「おめえらまでそんなこと言うのかよ!? なあ理樹、いつかみたいにお前からも言ってやってくれよ。僕、筋トレ大好きです!! ってよ?」
「そんなこと思ってないけど……」
「マジかよっ!? くそっ、なら仕方ねえ……おめえらがやりたくなるよう目の前で実践してやるよ!!」
視界の隅で腕立て伏せを始めた真人はスルー。
「う〜ん、トランプとか?」
「まあ悪くは無いな。だがな神北、それだと普通過ぎないか? おまけに夜でなくても出来る。というわけでハズレだ」
「そうだよね……」
みんなも困ったように考え込んでいる。西園さんと来ヶ谷さんは答えが分かっているらしく、かたやぼんやりと、一方にやにやと、みんなの顔を順に見回している。
「それじゃあ今回のゲームを説明しよう」
そう言うと、いつの間に作っていたのか背後から巻物のような布を取り出した。その端を僕に持たせるとおもむろに駆け出した。
「第一回・リトルバスターズ情け無用の王様ゲーム〜」
思わず言葉を失ってしまった。
リトルバスターズSS 〜本日より絶対君主制に移行しました。〜
「えっと……」
数秒の間のあと、僕が最初に発した言葉は垂れ幕に書かれた文字を確認する声だった。来ヶ谷さんと西園さんは予想通りといった顔をしているが、その他全員は固まっていた。このメンバーで王様ゲームをやるといった発想自体が思いつかないことだったし、第一王様ゲームをやるといった発想より前に、鈴や真人や謙吾はゲームの存在すら知らなさそうだった。
「ま、知らないやつも居ると思うから確認がてら説明をするぞ」
王様ゲーム リトルバスターズ特別ルール
最初に割り箸などに参加人数引く一人分の番号を用意する。この場合は1〜9まで。
さらに『王』と書かれたものも用意する。
それらを他の人にばれないよう混ぜ、各自一本ずつ引く。
『王』のマークが書かれた割り箸を手にした人物は番号を指定して命令(ミッション)を与えることが出来る。
命令(ミッション)を実行したらまた,北瓩襦
ただし王の支持は絶対である。
一度出した命令は取り消せない。
番号の複数指定も可とする。
セクハラ等は常識の範囲内で禁止とする。
夜でなくても出来るとか、どこが学生らしいのかとか、いろいろとツッコミどころに溢れているけれどここは自重すべきところなのだろう。
「以上だ。何か質問のある奴はいるか?」
「うん」
「ああ」
「おっけーですっ」
「はい」
「問題ない」
「大丈夫っス」
「えーと、命令って例えば何があるのかな?」
小毬さんがおずおずと手を挙げた。
「なら試しに一回やってみたほうがいいんじゃないデスカネ?」
「うむ。葉留佳君の言うとおりだな」
なんか企んでそうな二人の口調。でも王様ゲームなら誰かを個人的に狙うのは不可能だから、よっぽどのことが無い限りまあ大丈夫だと思うけど。
「そうだな。口で説明するよりやったほうが早いだろう」
そう言ってまた背後から番号の振られた割り箸と筒を取り出した。
いつも思うんだけど、恭介の背中って居候型お助けロボットのごとくどこか異次元と繋がっているんだろうか。
「一つ聞きたいのだが、その割り箸は恭介氏が用意したものなのだな?」
「ああ、そうだ」
恭介に確認を取りながら割り箸をじっくりと眺める来ヶ谷さん。
「ああ? どうしたんだよ来ヶ谷」
「いや、どうもしないよ。真人少年が気に留める必要などありはしない何の変哲も無い割り箸だったよ」
持って回った言い回し。けれどもその言葉に疑問を覚えるまもなく恭介が場を仕切った。
「よし。それじゃあ始めようか」
来ヶ谷さんから割り箸を受け取ると、番号のほうを筒に入れ勢いよく混ぜ始めた。
「鈴も真人もやり方分かるよね?」
「大丈夫だ」
「へ、そう心配すんなよ。いざとなったら俺の筋肉が答えを導いてくれるぜ」
「ならいいんだけど(また良く分からない筋肉頼みだ)」
そして一番心配な謙吾は――
「なるほど。つまり王様ゲームという名前の由来は命令を必ず実行しなければならないという点から来ているわけか。しかしそれなら王様でなくてもいいんじゃないのか? 例えば殿様ゲーム……いや、武将ゲームのほうがいいか」
別のことで考え込んでいた。
「ほらほら、喋ってないで始めるぞ」
そして王様ゲームが始まった。
一巡目(練習)
恭介が蓋の口を押さえて見えないように差し出す。
「ちなみに俺は最後でいいぞ。余ったやつが俺のだ。あと番号は見えないように手で隠せよ」
各々が割り箸を引いていく。
「それじゃあ、王様だーれだ?」
恭介の掛け声とともに全員が自分の番号に注目する。ちなみに僕が引いたのはだった。
「あたしだ」
王様は鈴だった。
「何を命令すればいいんだ?」
駄目な王様だった。
「鈴が思うとおりのことを言えばいいんだよ。何番が何をしろ、とかさ」
「そうですヨ。鈴ちゃんが思うとおりに下人を動かせばオッケーですヨ」
「ああ。フフフまるでゴミのようにちっぽけなクズどもは私のために働き蜂のごとく忙しなく働くがいい、という気持ちで命令するのだな」
「そんな嘘言っちゃだめだって……」
「分かった」
「鈴もなんで分かっちゃうの!?」
王様は意地悪な大臣に誑かされてしまった!!
まったく、どうしてバスターズのメンバーはこうも素直すぎるんだろうか。いや、それとも来ヶ谷さんの言うことだからだろうか。
確かに来ヶ谷さんの言葉はいつも自信満々というか妙に強制力を持っているというか、とにかく説得力があるのだ。だからついつい頷いてしまいそうになってしまう。
「よし、決まったぞ」
ともかく鈴は何を命令するか決まったみたいだった。
「じゃあい,縫妊灰團鵑垢襦
「はるちんピーンチ!!」
「あ、葉留佳さんが,覆鵑澄帖帖
ここで真人や謙吾がい世藩嬶渦造気鵑心配になるんだけど、一体誰なんだろう。
「わふー、私ですっ」
「なーんだ、クド公なら安心ですネ。むしろドンとコイ、みたいな気分ですヨ」
「まあ女子同士なら問題ないだろう。能美、手加減は無用だ」
「クー公じゃハエも潰せねえんじゃねえのか?」
みんな笑っているけど僕はふとあることを思い出した。クドは昔からおじいさんとスポーツをやっていたと聞いたことがある。それもテニスやスカッシュなどラケットを使うものだ。ということは握力もそれなりにあるということだから――
「とうりゃぁ」
「ふぶわぁーーーっ!?」
クドの掛け声は思わず気が抜けてしまいそうだったけれど、それに反して威力はかなりのものだったみたいだ。風船が割れるみたいな気持ちの良い音とともに、葉留佳さんの口から理解不能な奇声が飛び出した。
女の子にあるまじき悲鳴とともにごろごろと畳の上を転がりまわる葉留佳さん。浴衣の隙間から所々肌が見え隠れしているけど、正直色気も何もあったものではない。
「ううぅ……クド公め〜」
二桁ほど回転しようやく停止した葉留佳さんは、目に涙を浮かべながら額を何度もさすっていた。
「しかし自分から強くしてとは。葉留佳君はあれか、Mの人なのか?」
「エェ!? 違いますヨ。ハイ、そんなことはこれっぽっちもあり得ません」
「それはどうかな? どうも葉留佳君は佳奈多君に叱られるのを喜んでいる節がある」
「あいしんくとぅーです。お二人は仲良しさんなのですっ」
「佳奈多×葉留佳……これもアリかもしれません」
「なあ理樹、みおは何を言ってるんだ?」
「鈴は一生知らなくてもいいことだよ」
正直分かってしまう僕もどうだろう。
一回目からこんな調子では大変なことになりそうだったが、こんな無茶苦茶な時間も学生らしくて良いかもしれない。
「まあ命令はこんな感じで出せばいいぞ。後はノリだな。最初は簡単なものから、場が盛り上がってきたら多少行き過ぎたとしても問題は無い」
「うん。おっけーだよ」
恭介は小毬さんのその言葉に満足そうに頷くと、全員から割り箸を受け取りシャッフルし始めた。
二順目
「王様だーれだ?」
今度は全員が一斉に声を合わせる。葉留佳さんや小毬さんはもともとこういったゲームのノリがいい。みんなもそれにつられるようにテンションが上がっているのだろう。
「お、俺が王様だ」
真人がそう口にした瞬間、みんなの体が一瞬硬直したように思えた。かく言う僕もその一人だ。
普段の真人の言動を考えると、どんな無茶振りがされるのか分かったものではない。いつもならツッコミを入れて流すところなのだけれど、王様の命令は絶対。僕に許されるのは真人に指名されないことを祈るだけだった。
「命令……命令か」
皆が真人の言葉に注目している。
「そうだな。ならい三十秒間腕立てを続けたあとこれを飲むってことでどうだ?」
取り出したのは僕もいつかもらったことのある真人特製のプロテインだった(命名、マッスルエクササイザー)。以外と美味しかったのが記憶に残っている。
「三十秒やり続けるってのには筋持久力と瞬発力のトレーニングになるんだぜ。つまりは蓄えた筋肉を生かすためのトレーニングってこった」
その筋肉に関する知識を溜め込むうちの何割かを勉強に回せばいいと思わずには居られなかった。
「それにな、昔の偉い奴は言ったんだぜ。パンがなければ筋肉を付ければいいじゃない、ってな」
「言って無いからね。絶対に」
まあそれはともかく。
「だそうだ。い話だ?」
「……私です」
恭介に小さく答えたのは西園さん。
「……なあ理樹、すんげえ罪悪感が芽生えてきたんだが……」
「でも……」
「ルールはルールだ。西園、できるな?」
「仕方ありません」
そう小さく呟くと西園さんはその場で正座の姿勢になった。
「ちなみに、出来なければどうなるのですか?」
「その場合は罰ゲームだな。とりあえ次の王様の命令を指定されたやつと一緒になってやってもらう」
それってかなり過酷だと思う。つまり次の王様は西園さんにやらせたいことを指定できるということだ。仮に来ヶ谷さんに渡ったとしたらとんでもないことになってしまう。
「みおちゃん頑張って〜」
「みおちんガンバ」
「ふぁいとですっ」
みんなの声援に小さく頷くと両手を下につけた。
「それじゃあスタートだ」
恭介の掛け声とともに西園さんが両腕を深く折り曲げた。速くはないものの女の子としては上出来だし、それに淀みなく一連の動作をこなしている。
けれどその一回を終えたところで西園さんは停止してしまった。
みんなが疑問に思う中、西園さんは微動だにせず、十秒、二十秒と時間が過ぎ、そして時間が終わろうとしたその間際にもう一度、まるで忘れていたかのように沈み込んだ。
「それまでだ」
――二回、それが西園さんの記録だった。けれど西園さんは全く気にする様子もなく、整然と言ってのけた。
「頑張ったのですが三十秒では二回しか出来ませんでした。ですが回数の指定はありませんでしたので問題は無いかと」
なるほど、命令の裏を付いた上手い逃げ方だった。確かに『三十秒間やり続ける』とはあったけれど何回以上とは指定されていなかった。
「ああ、OKだ」
その言葉を聞くと、西園さんは真人に向き直った。
「今の命令はどうかと思いました。女性が多いこの場であのような命令を出すと場が白けてしまう恐れがあります。ですが井ノ原さんに女性が苦痛を感じているのを見ることに興味を持っているのなら話は別ですが。
そうでないのならもう少し考えたほうがいいかもしれません。
しかしそこが井ノ原さんらしいと言うこともできるかもしれません。やはり今のままでも十分かと思います」
「なんだ? よく分かんなかったが俺は今誉められたのか?」
「そう思っていいんじゃない?」
まあ終わりよければそれでいいとも言うし。
「ほらほら、次行くぞ」
三順目
「王様だーれだ?」
「わふっ、私ですっ」
とても嬉しそうにクドが手を挙げた。尻尾が付いていたなら間違いなく千切れんばかりに振っていることだろう。
全身で喜びを表すクドだったけれど、放っておけばいつまでも踊っていそうだったのでこちらに引き戻しておかないといけないだろう。
「ほらクド、みんな待ってるよ?」
「そうでした」
慌てたように我に帰り、そこからうんうんと唸りだしてしまった。何を命令すればいいのだろうか悩んでいるみたいだ。まあ僕もその気持ちは良く分かる。普段からクドは誰かにお願いしたりすることはなかったように思う。むしろ手伝いを申し出ても遠慮する姿のほうが良く見かける。
「何でもいいんだよ、クーちゃん。ちょっとしたお願い事とかね?」
「それならあります。実はですね、前に膝枕をしながら髪をなでているしーんをじゃぱにーずむーびーで見たことがありまして、それを一度やってみたいと思ってたんですっ」
「ということはクドリャフカ君の命令は膝枕をしながら髪をなでるというあたりだな。ちなみに番号は何番が何番に膝枕するのかな?」
あれ? なんか今の言い方変だったような。
「では,凌佑┐凌佑砲靴討ださい」
クドがそう言ったところで来ヶ谷さんの言葉が可笑しかったことに気がついた。
「ねえクド。膝枕をしてあげたいんだよね? それだとクドが出来ないんじゃない?」
「そうでしたっ!!」
「しかしルールだ。命令の変更は出来ないぞ」
「うむ、恭介氏の言うとおりだ。王が一度下した勅命はそうやすやすと撤回することは叶わない。残念だが諦めるしかあるまい」
そう言った来ヶ谷さんの口調がやけに楽しそうだったのを聞いて、今の誘導がわざとだったのではという疑念が湧いてきた。だからといって確証はあるわけではないし、もし仮にそうだったとしてもどうするわけでもないけれど。
「というわけで,里笋帖挙手」
「膝枕か……なかなか面白そうじゃないか」
口を開いたのは謙吾だった。差し出した割り箸に書かれていた番号は確かに △弔泙蠅鷲枕をされるほう。
みんなの前で膝枕だなんて恥ずかしいと思うけれど、いつになくハイになっている謙吾はお構い無しだった。
でもこのメンバーの中の誰が膝枕をするほうなんだろうか。王様のクドは除外。当人はもちろんのこと、僕も違う。イメージ的には西園さんなんかがぴったりなんだけれど。でも来ヶ谷さんもいいかもしれない。鈴は良く分かってないと思うしクドや小毬さんはどっちかと言うとしてあげるほうが喜ぶかもしれない。葉留佳さんは……うまく想像できないや。
そうやってみんなの顔を順に見渡していると一人様子のおかしい人物が居た。
「どうしたの真人。トイレ?」
小刻みに震えている真人に声を掛けるものの、真人は僕の声が聞こえていないかのように一言呟いた。
「俺だ……」
ぽとりと畳の上に落ちた割り箸にあったのは┐凌字。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
七人分の沈黙が痛いくらいに同調する。よく分かっていなさそうな鈴とクド、明らかに面白がっている来ヶ谷さんを除いたみんながなんとも言いがたい空気を作り出している。そしてゆっくりと恭介のほうに視線を集める。みんなが否定したい、けれど恭介は無情にも予想されていた答えを口にした。
「……ルールだ」
王様の命令は絶対、これほど王政による被害者を哀れに思ったことはなかった。けれど観衆でしかない僕が抱いている憐憫なんて当事者にとっては慰め程度にしかならず、ましてやどうにかできるわけがない僕には名前を呼ぶことしか出来なかった。
「とりあえずは真人君がそこに正座したまえ。その上に謙吾君が頭を乗せる。これが王様の命令だ」
「なあおい、マジでやんのかよ? つーかそもそもなんで俺が謙吾を乗せなきゃいけねえんだよ?」
「俺だって御免だ。命令を別のものに変えるわけにはいかないのか?」
二人して震える声でみんなに意見を求めるが、決定は覆らなかった。
「だぁーーーーーーーっ!! 分かったよっ!! やればいーんだろ!?」
「うっさいわぼけ」
「すんません」
鈴に後頭部を蹴りぬかれた真人は静かに腰を下ろした。その姿は諦めとか後悔とか、いろんなもの混ぜ合わさってとても小さく見えた。
「くそっ、どうせやんなら理樹のほうが良かったぜ……」
「いろんな意味で危険だから変なこと言わないでね」
ほら、西園さんと小毬さんが変な目で見てるじゃないか。
「仕方あるまい。ここで騒ぐのも男らしくないだろう」
謙吾も渋々ながら頷き真人の傍らに歩み寄る。
「……ほらよ、さっさと寝ろよ」
「ああ……」
胡坐をかいた真人の膝の上にゆっくりと頭を下ろす。男同士でするのはもちろん、他人の膝枕を見るというのはちょっと気まずかった。
「膝枕ってゆーより、戦友の手当てって感じですネ」
「確かに」
葉留佳さんのおかげで妙な想像が消し飛んでくれた。二人の姿はお互いを助け合う友人同士の姿だった。
「だがな三枝、命令には『髪をなでる』とあったが?」
「えー、戦場じゃあ男同士もアリとか?」
「アリなの!?」
「フフ、小毬君にはまだ早い話だったかな?」
「あたしもよく分からん。なあ理樹、どういう意味だ?」
「鈴は知らないほうがいいと思うよ」
正直もっと説明に困る話だ。第一二人はそういう関係じゃないし。
「むう、なんだか仲間はずれにされた気分だ」
「そんなことよりも今は真人君と謙吾君のほうが先決だな」
「ああ。というわけで二人ともやってくれ」
恭介の言葉に促されるように真人の大きな手が謙吾の髪に伸ばされる。ごつごつしていて粗暴そうな手だったけれど、その見た目に反して優しく繊細な触り方だった。
「なんか……変な気分だな……」
「俺もだ……」
無言で視線を合わせるふたり。真人は謙吾の髪を優しく梳かし、謙吾は身体の緊張を抜きリラックスしている。
その姿はなんと言うか……
「きしょいんじゃぼけっ!!」
「ぐぼゎ!?」
本日二度目の蹴り。しゃがみこんでいる真人の頭の高さは見事に鈴のミートポイントだった。
「おわっ!?」
そしてその巻き添えになった謙吾も一緒に体勢を崩してしまった。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
その場に居た全員が固まってしまった。原因を作り出した鈴も状況を把握できず目の前の光景を凝視しているだけだった。
どうなっているかというと、あまり理解はしたくないんだけれど、その……謙吾の上に真人が圧し掛かっていて、それで……うう、止めておこう……。
「ハイ、チーズ」
最初に動いたのは葉留佳さんだった。けれど固まっていた僕は――いや、僕だけじゃない、葉留佳さん以外の全員がその言葉を耳に入れながらも聞き流していた。僕たちが反応したのは音ではなく光だった。
「っ!?」
突然目の前が明るくなった。そう、まるでフラッシュをたかれたかのように。
「……フラッシュ?」
思わず葉留佳さんを振り返ればその手にあったのはデジタルカメラ。
「もしかして、撮ったのか?」
恐るおそるそう口にした恭介。それに答える葉留佳さんは困ったような笑顔を浮かべていた。
「にゃははは。そのですネ、ついつい身体が動いてしまったんですヨ」
「うがーーーーーー!!」
葉留佳さんの肯定に壊れたような叫びを溢れさせる真人。地獄の怨嗟に血の涙、その姿から思わずそんな言葉が連想されてしまった。
「終わりだ……もう終わりだ…………」
対照的に謙吾はうわごとのように呟いている。真っ白になったその姿からは普段の堂々とした頼もしさなど微塵も感じられない。一瞬のうちに老年期に入ってしまった、あるいは燃え尽きたかのようにうな垂れている。
誰もが掛ける言葉を見つけられず、痛々しいその姿を沈痛な面持ちで見守っている。
ちらりと恭介に視線を送り――だけどそこでふと思う。何でも恭介に頼るのは良くないと。
きっと恭介なら上手く場をまとめることが出来るのだと思う。でも二人は僕の友達でもある。だったら僕が言うべきじゃないのか。
「写真……写真に撮られた……よりにもよって謙吾なんかと…………」
「あああ……もう駄目だ。やはりその気の人と思われてしまうんだ…………」
「ねえ、二人とも、ちょっといいかな……?」
ぶつぶつと取り憑かれたかのように繰り返す真人と謙吾に、恐るおそる、なるべくやんわりと声を掛けた。
「今のはさ、その……事故みたいなものだよ。みたいと言うかむしろ事故。写真だって葉留佳さんの冗談だしさ、そんな気にするようなものでもないって」
「そ、そうか?」
「そうだって。僕たちの中で気にする人なんていないよ」
「だ、だよな……」
「謙吾も気にしないほうがいいよ」
「ああ、俺としたことが取り乱してしまったな」
ようやく二人もいつもの調子に戻ってきたようだ。視界の隅には満足げな恭介の表情。ついつい僕も笑顔を浮かべていた。恭介に頼るのではなく、自分にできることを見つけることができた。自分の力で仲間を助けることが出来た。
なんて言うと大げさに聞こえるけれど、それでも僕でも手を差し伸べることが出来た。
「しかし真人少年と謙吾君がキスをした事実は変わりようもないぞ」
来ヶ谷さんの言葉は治りかけた二人の傷を、再び深々と抉ることとなった。
「あ〜、それじゃあ次いくか」
四順目
メンバーの慰めもあって何とか立ち直った二人を加えもう一度割り箸をシャッフルする。あれだけのことがありながら律儀に参加する辺り、二人ともみんなで騒ぐということが好きなんだと改めて実感する。
もしかしたら騒いでさっきのことを忘れたいのかもしれないけれど。
「王様だーれだ?」
恭介も努めて明るい声を出している気がする。けれどもその努力を嘲笑うかのような声が紡がれる。
「フフ……私が女王様だ」
きっとハートの女王様だろう。そう思ったのは僕だけではない。メンバーの全員がその宣言の硬直してしまっていた。とりわけ真人と謙吾の変化は顕著で、顔を塗り替えたかと思うほどに血の気が薄れていた。
「……来ヶ谷さん、あんまり酷いのは駄目だよ?」
「君は以外と失礼なことを言うな。私はただ場を盛り上げているだけだぞ」
心外だと言わんばかりに溜息をつく。だけど僕には来ヶ谷さん自身が一番楽しんでいるように思える。
「それで姉御の命令はなんなのですか?」
「うむ、そうだな……」
来ヶ谷さんはみんなが持つ割り箸の番号を透視するかのように、その手元をじっと眺めていった。
「恭介氏に一つ確認したいことがあるのだが」
「なんだ?」
「女の子同士だとどこからがセクハラだと思うかね?」
とんでもない質問だった。
「それは……随分とかっとんだ質問だな。とりあえずはここには男もいるということだけは自覚しておいてくれ」
「了解した」
満足げに頷くと、来ヶ谷さんは小毬さんが持ち込んだお菓子を一つ手に取り命令を下した。
「△鉢でポッキーゲームだ」
「ん? なんだそれは?」
メンバーが沈黙に捕らわれる中、一人命令を理解していない鈴だけが口を開いていた。の割り箸を手に持ちながら。
「えーーー!? りんちゃんとなの!?」
「こまりちゃんとなのか。ところでポッキーゲームってなんだ?」
「私も知らないのです」
鈴とクドが純粋な視線をこちらに向ける。
僕だって実際にやったことは無いけれど、何をやるかぐらいは知っている。けれど何のためにやるのかと言われると困ってしまう。
「そうだな、お前と神北がお互いにポッキーの端を口に咥えればいいぞ」
「こうか?」
何の疑いも持たず素直に口に咥える鈴。一方小毬さんは、あ〜とか、う〜とかあたふたとしながら唸っている。まあ小毬さんの性格なら知り合いといっても衆人観衆の中でそんなことをするのは恥ずかしいものがあるのだろう。
「ささ、小毬ちゃんも恥ずかしがらずばくーーーっ!! と行っちゃってくださいな」
「葉留佳君の言うとおりだぞ。むしろ恥ずかしがるほうが鈴君に失礼だ」
どうにも来ヶ谷さんが口を開くと嫌な予感がして仕方が無い。
「つまりはポッキーの長さ=お互いの距離ということだ。ならば鈴君と出来ないということはそれだけ距離があるということに他ならないのではないか?」
確かに納得できる部分はあると思う。それなりに親しい人でないと出来ない。
「う、う〜ん、そうなのかな……?」
「そうだとも」
「そうそう」
来ヶ谷さんと葉留佳さんに促され、加えてお互いの親密さを測れると言われたからだろうか、鈴には期待したような不安を抱えているような眼差しを向けられた小毬さんは戸惑いながらも納得したようだった。
鈴とは逆の端に口をつけ、ゆっくりと進んでいく。鈴も少しずつだけど進んでいる。
「おい理樹……見てるほうが恥ずかしいんだが俺だけか?」
「僕もそう思うよ……」
口に咥えているから当たり前だけれど、無言で食べ進んでいく二人を見ているとどうにも気まずくなってくる。恭介や謙吾も同様で困った表情をしている。
けれど女性陣は逆に平気な顔、むしろ楽しんでいる。特に来ヶ谷さんは紅潮した顔を緩め笑みを浮かべている。
「ん〜〜〜っ」
後僅かで鼻が触れ、唇まで触れ合いそうになったところで音を立て二つに折れた。
「くちゃくちゃ恥ずかしいぞ!!」
そう言った鈴の顔は真っ赤だった。小毬さんも全力疾走を終えた後のように真っ赤になってへたり込んでいた。
「いやいや、堪能させてもらったよ。それにしても鈴君と小毬君は仲がいいのだな」
「当たり前だ。あたしとこまりちゃんはなかよしだぞ」
残った距離は僅かにノート一冊ほど。鈴が胸を張って仲が良いと言うのには十分な距離だった。
「私もやりたいのですっ!!」
「えっと……本気で?」
羨ましそうなクドの言葉に思わず聞き返してしまった。
「もちろんです。これはふれんどしっぷを、えっと……めいくしゅあーするものなのですよね?」
めいくしゅあーだから……確認ね。友情を確かめ合う。クドの言っていることは間違いではない。ないのだけれど……
「ですからリキと私がどれくらい仲がいいのか知りたいです」
他意はないんだ。うん。クドは純粋にどれくらいの距離感なのかを知りたいだけなんだと思う。それを余計な勘繰りを交えて考えるのは僕が歪んでしまったからだろうか。
どきどきと高鳴る鼓動を感じながらゲームは進んでいく。
重傷者三名、軽傷者一名を交えながら。
五順目
「よっしゃー!! はるちんが王様だーーーっ!!」
掛け声をかけるよりも早く、葉留佳さんが高らかと王のマークを掲げていた。
「にっひっひー。それじゃあ誰にしようかなー」
獲物を狙うかのごとく目を細め顔を見渡していく。そんなことをしても誰に命令するか決めれないと思うんだけど……
「決定!! さっきの復習じゃー。ミニ公よ覚悟せい!!」
「わ、私ですかーっ!?」
「嘘っ、葉留佳さん番号分かるの!?」
「……本当かね、葉留佳君」
「勿論ですとも。私に掛かればざっとこんなもんですよ」
得意げに胸を張る葉留佳さんの言葉に全員の視線が集まる。
「恭介、それは本当なのか?」
謙吾からすれば番号が分かっているのならさっきの出来事が仕組まれたものだっていいたいんだろう。
「いいや、他人に番号が知られるようには作ってないぞ」
僕も恭介が否定するようにそういう風には作っていないと思う。恭介はこういうところで下手な真似はしない。
「ではでは、王様の命令のといきましょうか」
神妙な表情を作って口を開いた。
「と屬凌!! 番に十秒間ずつ脇と足の裏をくすぐられなさい!!」
「えええええぇぇぇ!? また私なの!?」
「ありゃ、クド公じゃなくてこまりんがと屬世辰燭鵑澄」
「んだよ、三枝の野郎出任せ言いやがって」
「だから言っただろ? 他人が見て分かるようには作ってないと」
「ところで番は誰なんだ?」
「うげ、俺じゃないか……」
恭介は先ほどまで浮かべていた得意げな表情から一転、まるで靴紐が切れてしゃがみこんだついでに百円を見つけ、傍を黒猫が横切り頭上をカラスが旋回していたときみたいな表情を浮かべた。
……いや、よくわかんないけど嬉しそうなのと嫌そうなのが1:9の表情だった。
「ということは恭介さんが神北さんをくすぐるんですか?」
「それは大変なのですっ。私だったらわんなのせこんど、いえ、わんぴこせかんども我慢できませんっ!!」
「これはこれは、羨ましい限りだな」
口々にはやし立てるけれど、これってセクハラなのだろうか。
「いやいや、このぐらいだったらこまりんもオッケーですよネ?」
「う、う〜ん……でもルールだしね」
「なあ神北、あまり無理はしなくていいんだぞ……」
珍しく恭介が慌てた様子で小毬さんを説得しようとする。けれどもそれを嘲笑うかのように立ちはだかる影があった。
「恭介氏よ。自らの言葉は覚えていような」
「…………ああ。残念だが――」
「そう。ルールだ」
「流石に物分りがいいな。では早速やりたまえ」
来ヶ谷さんにかかれば恭介も手玉に取られてしまうみたいだ。
でもどっちかというと被害者は小毬さんだと思う。
「さっさとやってくれよ恭介。後がつかえてんだ」
「真人のいうとおりだ。俺もやらなければ気が済まん」
……他意はないんだろうけど妙に嫌な言葉遣いだ。
「分かったよ……それじゃあ神北、いいな?」
「はっ、はひ!!」
緊張のあまり噛みまくった返事だった。
「じゃあ十秒は私が計りますんで、恭介せんぱいは思う存分小毬ちゃんをくすぐってやってくださいな」
「分かった……」
恭介の手がおそるおそる小毬さんに伸びていく。
そして僅かに小毬さんのわき腹に触れた。
「わひゃあ!!」
悲鳴とともに小毬さんが飛び上がった。
「あ、いや、スマン……」
「いえいえ、こちらこそ騒がせてすみませんでした」
「だが驚かせたのは俺だからな。その、なんというか、悪かったな」
妙にうぶな恭介だった。
「ほれほれ、十秒続けてくれないとカウントになりませんヨ?」
「分かってるさ……それじゃあ続けてもいいか?」
「我慢はしてみるけど、で、出来ればあんまり酷くして欲しくないな〜なんて」
「ああ……」
再び手を伸ばし――
「ふわあああぁぁぁーーーー!! ふにゃっ!! きゃははははははっ!! ひやぁあああぁぁぁっ!!」
やっぱり悲鳴が上がった。
「はうぅ〜〜〜」
十秒間のくすぐりの刑が終わった後、小毬さんはぐったりとした様子で布団の上で倒れこんでいた。憔悴し、うめき声を上げる小毬さんの姿は、なんというか、こう……
「とてもエロくて僕の激情を燃え上がらせた。次第に僕の手は彼女の柔らかな肌に伸び荒い呼吸とともに上下する胸を弄るようにして這わせていた。
理樹台詞。いいよ〜小毬ちゃんはあはあたまんないよ」
「……妙なナレーションをつけないでよ」
「いやなに、理樹君の胸のうちを代弁してあげただけだが」
「そんなこと思ってないからね」
「何だと? 年頃の男の子なら誰もが抱く劣情だろう? 毎日はあはあ小毬ちゃんの下着めっさかわいーとか思いながらぶるんぶるんするものを振り回しているんだろう?」
「しないからね……」
ほんとにこの人は僕をどんな目で見ているんだろう……
「なあ理樹……なんか俺、汚れちまったみたいだ……」
「うわ恭介、どうしたの!?」
恭介は随分と疲弊した表情を浮かべていた。徹夜明けの編集者だってこうはならないと思う。
「はは、どうもしないさ……ただ今の俺は何を言われても辛くは無いだけさ……」
「恭介のやつはどうしたんだ?」
「どっから見たってやばそうだぜ、アレは」
「僕もそう思うけど……」
「どうやら良心の呵責に耐えかねてしまったようですね」
「何を言っているんだ西園。俺はいたって正常だぞ。さあ、次の王様を選ぼうじゃないか」
「壊れたか」
「壊れちまったか」
「壊れてしまいましたね」
「ありゃりゃ」
「だめだな」
「だいじょーぶですかー?」
多分駄目だと思う。
「それ、いくぞー」
さわやか過ぎる笑顔が痛かった。
六順目
「恭介氏がアレでは仕方があるまい。暫くの間は私が仕切るとしよう」
現実逃避を続ける恭介の変わりに来ヶ谷さんが割り箸を集める。
「それでは、王様は誰だ?」
「はーはははは、俺だっ!!」
「うわ……」
恭介のキャラがどんどん分かんなくなってきた。
「恭介さん。あまり奇行に走るとファンが減ってしまいますよ?」
「気にするもんか。俺は楽しいことが一番だ」
「こわっ!! なんだこいつは!?」
「おいおいお兄様に向かってなんて口の利き方だ。待てよ……ん、そうだな。それじゃあ口の悪い鈴には呼び方を直してもらおうか」
「……どういうことだ?」
「なあに、簡単な話だ。Г里笋弔浪兇里海箸鬚兄ちゃんと言う事」
「あたしじゃないかっ!?」
「うわあ……まじすげぇっスネ」
「……心眼か? 恭介め、いつの間に……」
今の恭介は無敵だった。
「さあ鈴、俺のことを心ゆくまでお兄ちゃんと呼ぶがいい」
おまけに無恥だった。
「いやじゃぼけっ」
「あんなのでも王様だからね……」
「う〜〜〜、最悪だ……もうくちゃくちゃ最悪だ。まだ真人が兄だったほうがよかった……」
そこまで嫌がられる恭介も可哀相だった。
「まあまあ。一回ぐらいいいじゃない」
「理樹君の言うとおりだよ。りんちゃんも、お兄ちゃんは大切にしないとね」
何の変哲も無い口調。けれどもどこか愁いを帯びているようにも感じられた。
「……うん、こまりちゃんがそう言うんだったら仕方ない」
だからだろうか。あるいは単に小毬さんの言葉だからだったかもしれない。鈴は本当に嫌そうな顔で恭介のほうに向き直った。
「……おい」
ものすごく面倒だといわんばかりに顔をしかめている。一方恭介はキラキラした目で鈴の言葉を待っている。
「ドへんたいでクズでアホでどうしようもない真人以下のお兄ちゃん」
「どうした妹よ」
「うわ……」
鈴の呼び方も酷いものだったけれど、それを喜んで受け入れる恭介も酷いものだった。
「こいつにはプライドが無いのか……?」
「恭介も落ちぶれたもんだぜ……ってちょっと待てよ? 俺は今の恭介と比べられる程度の存在なのか?」
「鈴の中ではそうなんだろうな」
「うああぁぁぁぁぁーーーっ!!」
「お、落ち着いてよ真人。ほら、真人のほうがマシなんだから、ね」
「そ、そうだよな。ひゅー、危なかったぜ。サンキューな、理樹。まあ筋肉の差が明暗を分けたってとこだな」
「さあ鈴よ。もう一度お兄ちゃんと呼んでみろ」
「うっさいわクズ。さっさと次に行け」
「分かったよ……」
なんかもうワケが分かんなくなってきた。恭介は壊れたまんまだし、真人と謙吾はトラウマを抱えてるし、来ヶ谷さんは暴走気味だし。
これって学生らしいんだろうか。
そんな不安を抱えつつも王様ゲームとみんなのテンションは終わりどころか盛り上がる一方だった。
前編終了。続く……
更新大分遅れた……。合宿→風邪で一週間ほど更新できませんでした。申し訳ない。(⊃Д`。)゜
突発的にリトバス書いたけど、正直微妙。てか長っ。多分三回分になるかと。
個人的には佳奈多さんが嫌いだけど、自分の手でキャラとしていい感じにしたい!! とか思ったけどEX出るまで自重。ことみさんもはよ何とかしたいし。その前にドラゴンか。
全くもって関係ないけどChienにはがっかりした。まだ前の作品のほうが良かった。あくまで良かったってレベルだけど。
OVAのよつのは見て無性にゲームをしたくなった。やっぱいい♪
ナギサのよりナツメグだろ?
この二個はキャラがいいね〜。星三つですっ☆☆☆
東鳩AD:ま−りゃん → 最悪
よっち → 良い
ちゃる → かなり良い
ミルミル → アリ
シルシル → 最高
ロリ → やべぇ……恥ずかしい……
隠れキャラ → まあ、おまけだし……
ノストラダムス
→まあやって見れば? ってレベル。個人的にはNavelの次回作よりシアのファンディスクは作られるのかどうかに興味が行ってます。
D.C.P.K → ああ、そんなんあったね。てかわざわざゲームで出す必要あった?
まあここ最近の感想でした。

03月09日(日) [ キリ番SS ] # 66 <固定リンク>
- ありきたりでベッタベタな日々
-
人間が霊長類の長であることはもはや言うまでも無い事実だ。発達した知能、発展した文明。日々進歩し続ける技術に人自身がついて行けぬほどに社会は流れ続ける。
そんな複雑な時代に生きる人の心情も、他の生物には度し難いほどの機微を抱きかかえている。
喜怒哀楽。趣味思考。それも個人の過去、生活環境で大いに差が出るほどの不安定な感情。そしてその際たるものは恋愛感情ではないだろうか。
考えてもみて欲しい。子孫を残すという生物にとって共通の命題、それを果たすにあたり好き嫌いの感情など余計なものではないだろうか。ただ機械的に機能的に、より効率よく優秀な遺伝子を後世に残す。それこそが本来ヒトという生物に籠められている本能のはずだ。例えば男で言えば骨格の発達具合、筋肉の量、病原体の有無。女で言えば優秀な子孫を残すための母体に適しているか。これこそが生物として持つべき概念である。
けれども事実は異なる。
ともに時間を共有し、ともに感情を交流し、心から認め合える相手とともに新たなる一歩を踏み出す。中には肉体的接触を第一とする者もいる。おれはそれを否定したりはしない。だがその根本に流れるものは同じだと思う。
大切な人たちと笑い合いっていたい。
本能にとっては不要である恋愛感情、けれどもそれこそが人間の素晴らしい部分であり、同時におれが大切にしたい部分でもある。ただ生きるのではなく幸せになる。おれにとってはそれが大切な人たちとともに過ごすことだと言えるだろう。そのためにおれは生まれ故郷へと戻ってきた。
信頼する友人は四人。こう言うと少ないと思われるかもしれないが、そもそもおれの故郷には子供が少なかったのだ。加えておれは他人との会話が苦手だった。
まあそれはさておき、その友人たちは皆女の子だった。傍から見れば羨ましいとよく言われる。まあその子達は友人としての贔屓目を除いたとしても間違いなくトップクラスの容姿を備えている。性格も面白いやつばかりだ。一緒に馬鹿なことをしたり、ふざけ合い、本音を語り明かせる。そして何より、おれはそんな皆といることが幸せだった。ただ何気なく、平坦な日常を過ごすことが何物にも変えがたい宝だった。
おれが望むもの、それはただ皆と一緒いたいということだけだった――
「一緒にいたいだけなんだよ……」
「ちょっと賢一、なにぶつぶつ言ってんのよ?」
「健、人の話はちゃんと聞きなさい」
ただ皆といたいだけなのに、どうしてこんなことになったんだろう。
現在おれは自室で正座中。おれの正面にはお姉ちゃん、そこから時計回りにさち、夏咲、灯花がおれを見下ろしている。流石のこのおれも状況の推移にはついていけなかった。
そもそも今日は皆で泊まろうという計画だった。場所はおれの家。日本の修学旅行みたいだと灯花や夏咲がはしゃいでいたのが懐かしい。
初めは皆で取り留めの無い話をしていただけだった。数分後には忘れているであろうどうでもよい内容、けれどもその瞬間こそが楽しかった。晩飯も皆で食べ、あっという間に時間が過ぎていった。
そろそろ寝ようかという時刻になった。流石にみんなと一緒に寝るのはおれが躊躇したので、女性陣には客間を使ってもらうことにした。いやなに、それなりに広い部屋ではあるが如何せん、五人で寝るには少しばかりきついのだ。決して可愛い女の子に囲まれてはドキドキしっぱなしで寝れないなんてウブなハートのせいではない。決してない、ないったらないのだ!!
とにかく、おやすみと言って皆が部屋から出ようとしたときに問題が起こったのだ。何気ない様子にさりげない口調。けれどもその言葉が皆の警戒網に引っかかってしまったのだ。
「それじゃあ健、布団出してくれる?」
「うん」
そういって押入れから二人分の布団を取り出したのだが、何故か皆は部屋から出る直前で固まっていた。
「あ、あはははは。あたしってばちょっと寝そうになってたみたい」
「さっちゃんも? わたしもね、少し夜更かしさんになっちゃった」
「二人とも、聞こえたんだ。私も幻聴が聞こえたみたいだったから」
微妙な間、それとともにやけに早口で切羽詰った雰囲気だった。いつもなら妙な言葉遣いの夏咲に訂正を入れていたところだが、それすら出来ないほどに。
「皆どうしたんだ?」
「いやね、ちょーーーっち気になることがあってさ。ほら、あたしって変なことが気になるタイプだしさ」
「そうか……? むしろお前は細かいこと気にしないタイプだろ? ちょっと嫌な事があっても、なんだかんだ言って、結局は笑って何とかしそうだし。それに、友達にもっと嫌な事があったら自分のことなんてすっ飛ばして解決してくれるだろ?」
「賢一……」
「ん?」
「やっぱ賢一ってさ、ちゃんと見てるんだね……」
そう言ってさちは自然とおれの手を取っていた。快活なその笑顔を取り戻すことが出来てよかったと実感できる。
「って、そうじゃないでしょ!!」
唐突に割り込んできたのは灯花だった。
「どうしたんだ、突然服を脱ぎだしたりして?」
「誰が脱いだのよ!?」
「え? お前だろ?」
「馬鹿なこと言わないでよね!! 私はちゃんと服着てるわよ!!」
「下着は?」
「そりゃ下は穿いてるわよ」
「なるほど。ということは上は着けてないんだな。まあお前には必要ないか」
思わず夏咲に視線が行ってしまうのを何とか押し留めた。はずなんだが、何故か視線が合ってしまった。
「えへへ」
何が嬉しいのかにこにこと微笑んでいる。そんな幸せそうな笑顔を見ているだけで、おれまで温かくなってくる。
「賢一、あたしは寝るときにはつけるタイプだから」
「う、うん」
さちになにやら弾力性の物体が押し付けられたがおれはいたって平常心だ。初めのころはヤバイ位に動揺していたが、最近は慣れたもので動揺したりせず、心臓がバックンバックン、顔が熱くなって思わず汗が出て言葉がどもってしまうくらいのもんだ。
うん、だから冷静に考える。何か話題を逸らさないとマズイ。いやな、年頃の女の子がこう男にベタベタと接触するのはいかがなもんかと思うわけで。
「ちょっと賢一!?」
その一喝に挙動不審なおれの心情は即座に冷静さを取り戻した。もっとも威厳ある声だからというわけではないのだが。
「そこ!! 人の話は聞きなさいよ!!」
「悪い悪い、灯花が寝るときは下着をつけないって話だったっけ」
「してるわよ!!」
「でも灯花ちゃんは上は着けてないんでしょ?」
「うっ……それは、その……私は成長途中だし。ほらっ、寝るときにつけると育たないって話しも聞くじゃないですか……」
「ほうほう」
「だからね、あくまで今は必要ないだけで、これからはどうなるか分かんないし……」
「灯花ってしてないんだ。あたしは着けて寝るけど?」
「わたしもだよ。つけないと動いちゃって変な感じするもんね」
「う、動いて……?」
「そうそう。ちょーっときつい感じはするけど、つけてないと崩れちゃうしね」
「崩れっ……!?」
あのさ、一応ここに年頃の男の子がいるわけなんだよね。だから平然とそういうことを話されるとね、居たたまれなくなってきちゃうんだよ。
それにしても皆仲がいいなあ。でも内容が微妙だし、入っていけないなぁ。
「あーーーーっ、そうじゃなくて!!」
灯花が我慢できなくなったように突然声を張り上げた。
「胸の話なんて今はどうでもいいのよ。それよりもコレよコレ。一体どういうことなのよ!?」
足元を指差しおれに詰め寄る灯花。
「どうって……何が?」
なんら変哲の無い布団。おれたちが騒いでいる間にお姉ちゃんが敷いてくれたみたいだ。綺麗に引かれた二組の布団。どこから見ても異常は見当たらない。
「お前はコレが空飛ぶ乗り物に見えるのか?」
まあ飛ぶのはベッドだけど。
「だから違うって!! 私が言いたいのはどうして二人分の布団があるのかって事よ!!」
二組の布団――おれとお姉ちゃんのものを指差し憤慨する灯花。けれどもおれはどうして灯花がそんなことを言うのかが理解できなかった。
「どうしてって……」
思わずお姉ちゃんのほうに視線を送る。先ほどまでなにやら考え込むようにじっと黙っていたお姉ちゃんは、小さく笑って形のいい唇を吊り上げた。
あれは何か考え付いた表情だ。そして決まっておれにとっていい結果にはなりえない。
「へえ〜、ふう〜ん。そっかそっか。なるほどね〜。うんうん」
なにやら怪しげな笑みを零すお姉ちゃんの様子に皆の視線が集まっていた。灯花は引きつった笑みで、さちは困惑した様子で、夏咲は全く分かっていないぽやぽやとした表情で。
お姉ちゃんはそんな三人に微笑みながら口を開いた。
「それはね、私が健と毎晩仲良く寝ているからよ」
車輪の国、向日葵の少女SS 〜ありきたりでベッタベタな日々〜
ああ、そんな推移だった。確かに流れは理解した。けれども理由はどうにも解せない。その後何故かおれは正座させられおまけに周囲を取り囲まれてしまった。何もしていないのにどうしてだろうか。理不尽な対応だと思うが、それでも部屋の中を包む緊迫した雰囲気に何も言えずにいた。おれの気分を言い表すにはSF小説の中の台詞がちょうど良いだろう。
――四面楚歌。敵はいないはずなのにどうしてかこの言葉が頭に浮かんでいた。
「それで、どうして一緒に寝てるんですか?」
灯花の口調は丁寧であるがとげとげしい雰囲気が漂っている。言葉もお姉ちゃんに向かっているものの、おれを詰問するような視線が突き刺さる。
「だって健は弟よ? 家族が一緒に寝るのは可笑しいものなのかしら?」
「家族だからって変ですよ。それに賢一と璃々子さんって血も繋がってないんですよね?」
「嘘っ、ホントに!?」
おいおいさちさんよ。そんなことも知らなかったんですかね? ん、いや待てよ、そういえば言ってなかった様な気もしないでもないような……まあさちだから忘れてるってこともあるよな。
「あら、灯花ちゃんもさちちゃんも、血が繋がってないと家族じゃないって言うの?」
「え、いえ、そういうわけじゃないんですけど。ほら、私もお母さんとは血が繋がって無いけどそれでも家族だし。えと、なんていうかその……」
「だったら構わないでしょ? 家族なんだから一緒に寝たって。それとも灯花ちゃんはお父さんと一緒に寝るのも嫌かしら?」
「その、えっと……嫌じゃないです、けど……」
やはりと言うべきか、あっという間に言いくるめられてしまった灯花だったが、回転の速いさちは納得できないようにお姉ちゃんに詰め寄った。
「でもそれって賢一と璃々子さんが一緒に寝てもいいってだけで、寝る理由にはなりませんよね?」
「あら、そうかしら?」
「そうです」
ずいっと不満げに璃々子さんにしかめ面を近づける。けれどもお姉ちゃんは全く動じることなく大仰に首を振って見せた。
「仕方ないわね。それじゃあ健に決めてもらいましょうか」
「え?」
突然振られた言葉に対処が出来なかった。質問の意味を理解する前にお姉ちゃんがおれの前に膝を下ろした。端正な顔、それでいてどこか不安げなその表情をおれに向け、短く呟く。
「健は、お姉ちゃんと一緒に寝るの、嫌?」
「別に、嫌じゃないけど……」
「なら好き?」
「好きだよ……」
「はい決定。ん〜、流石は健ね。いつまでたってもお姉ちゃんがだ〜い好きだもんね〜。うっは、コレってすごくね? やっばいな〜マジやっべーよ。弟から告白されちゃったよ〜。そそるな〜」
「あの、璃々子さん?」
「というわけで健は私と寝ることになりました。はい拍手。さちちゃんも灯花ちゃんも、お互いの同意もあるから文句無いわよね?」
「え……」
「その……」
お姉ちゃんのテンポについていけなかった二人は置いてきぼりだった。もっとも、付いていけたところでおねえちゃんを論破できることなんて出来なかっただろうけど。それにしてもお姉ちゃんの聞き方も問題だったと思う。二択なんかで迫られたらどうしようもない。まあ初歩的な誘導でもあり、かつおれがそれを知っていたとしても、あんな顔をされたら嫌だと言えるはずが無いじゃないか。
――トン、と。
三人の話を俯いたまま耳に入れていると、唐突に背中に暖かいものを感じた。
「なっちゃん……?」
それが誰のものであるかなんて振り返らずとも分かった。包み込むような柔らかさ、太陽の匂い。まるで陽だまりに居るかのような安らぎを覚える。
おれを抱きしめるかのように回された両手。静かな息遣いはおれに全てを預けるかのように落ち着いていた。
「zzz……」
「寝てんのかよ!?」
「むにゃむにゃ……ケンちゃん、もう食べられないよ……」
「起きてよなっちゃん。そんなベタな寝言はいらないからさ」
「ケンちゃん……もう入らないよ……」
「同じ意味でもなんかエロいから駄目だって!!」
「はぁはぁ……ねえ健、今度はお姉ちゃんがえっちぃ台詞言わせて良い?」
「お姉ちゃんも息が荒いって!!」
「ふわ? あれ、ケンちゃんだ。どうしてケンちゃんがここにいるの?」
「ここはおれの部屋だって……」
ユルイ、超ユルイ。何だこのテンポは? さっきまで胃の縮む思いで正座していたのに一気に雰囲気が変わってしまったではないか。
「そうなんだ〜。それじゃあ一緒に寝よっか」
返事も聞かずそのままおれの横に不時着。けれど背後から回された両腕は離れることはなく、結果としておれは夏咲と向き合うようにして布団へと倒れこんでいた。同時に普段の様子からは想像できないような滑らかさで掛け布団を抜き取り、あっという間に被っていた。
「ちょっと夏咲ちゃん!? それは私のポジションよ!!」
「えへへへへ」
何だコレは!? 柔らかくてあったかくて頭がクラクラしてくるこの匂い。このまま目を閉じればきっと知らない世界へと旅立てるかもしれない。けれどもそれは片道切符。そんな希望よりも確信を持って言えるのは、このままではろくな事にならないという経験則。けれども過去に裏打ちされたおれの意思も、この状況ではあっという間に薄弱と化し流されるままのダメ人間となってしまうだろう。気分は既に十五少年――もとい、十八少年漂流記。(注、この物語の登場人物は十八歳以上です)
「それじゃあたしは左側ね」
布団にもぐりこみながらそう嘯くさち。おれが止める間もなく左腕を抱きかかえていた。
瞬く間に両腕を拘束されてしまったおれ。身じろぎ一つ出来ないほどがっちりと抱え込まれ、仰向けのまま無防備無抵抗に正面をさらけ出したこの姿。無理やりにでも外そうとすれば、逆におれの肩が外れてしまうほどの完璧なホールド。
「な、なら私は正面を貰うからね」
おまけに灯花が腹の上に抱きついてきた。それも勢いよく。
幼馴染(妹キャラ)の称号を欲しいがままにするほどの見事なボディープレス。普段ならばこんなラブコメチックで痛たたたな行為など返り討ちにするおれなのだが、如何せん、おれの体は避けることすらままならないほどに固められていた。
――結果。
「くぁwせdrf――っ!?」
寸分の狂いもなくおれの上に落下した灯花は、体内から酸素を奪いつくしただけでは飽き足らず、意識さえも刈り取らんとその牙をむいた。
両手を胸の前で抱きしめるような格好。その両肘がわき腹を、組まれた手がおれのみぞおちを正確に打ち抜く。急激に空っぽになった酸素を脳が求めるものの、外傷を負った呼吸器官はその役割を果たすことが叶わず、金魚のように口を開閉するだけだった。
だんだんとブラックアウトしていく意識。思考はとうに停止し、ただ外部からの音を耳から流し込むことしか出来なかった。
「マズイわね、健の呼吸が止まってるわ。これは早急な治療が求められるわね」
「嘘っ!? 賢一ってば大丈夫!?」
「わわわ……ど、どうしよう……」
「ケンちゃん、もう寝ちゃったの?」
「皆、慌てないで。私が対処法を知ってるから大丈夫よ。今必要なのは健の呼吸を元に戻すこと。というわけでここは私が人工呼吸をするわ」
「ちょ、ちょっと璃々子さん? 本気ですか?」
「何を言ってるの? コレは医療行為よ。なんらやましい気持ちは持ってないし、ラッキーこれって据え膳じゃね? うはうは、やるっきゃないわねコレは。なーんてこれっぽっちも思ってないわよ」
「うわ……メッチャ怪しいんですけど……」
「もう、さちちゃんまでそんな事言うの?」
「いえいえっ!! ただの独り言ですから気にしないで下さい」
「それじゃあやるわね」
「うん……」
「はい……」
「はぁはぁ。弟の寝込みを襲う姉の図。萌えるわね…………じゅるり。それじゃあいただきます」
「ダメ!! そんなのダメです!!」
「おおっと、夏咲ちゃんからダメだしを受けちゃったわこの私。でもね、コレは仕方が無いこと、全ては健のためなのよ?」
「それならわたしがやります。わたしだってやり方は知ってるんですから」
「はいはい!! それじゃあたしが!! やり方は教えてくれればいいから」
「そ……それじゃあ、私も……」
「「どうぞどうぞ」」
「えぇ!? い、いいの!? でも私がやっても上手くできないかもしれないし…………でも皆が譲ってくれたんだし。あ、ど、どうしよう……あぁ……分かんないよぅ……」
「うは、やっぱ灯花ちゃんをいじるのは楽しいわね……」
「と、とにかくケンちゃんを助けるのは私の役目なんです」
「えー、夏咲ばっかずるいよ。あたしだって賢一の世話したいんだから」
「うぅ……私は…………」
とりあえず俺が意識を失う直前に思ったのは、早く俺の上からどいてくれということだけだった。
「いてぇ…………」
最初に思ったのはそれだけだった。
気がつけば布団の中。柔らかな温もりと鳥たちのさえずりが俺の意識に朝だと訴えかける。
ここはおれの部屋。それは間違いない。けれど布団が四つも敷かれていることに疑問を覚え、そのどれもがもぬけの殻になっていることに疑念を覚える。
段々と鋭敏になってゆく感覚が物音を捉えた。加えて微量のガスの臭い。明らかに俺以外の存在がこの家の中にいる。そこまで考えがいたると後の行動は速かった。身を縮めドアの脇へと移動する。数秒待ち一瞬だけ顔を覗かせる。オーケー、とりあえずは誰もいない。
大きく静かに呼吸をする。ああ畜生、おれは一体何をしているのか。あんなにも消し去りたかった戦場の感覚がおれの身を包んでいる。こんな馬鹿げた行動をせずともただの杞憂に過ぎない。寝起きで頭が回っていないだけだ。
延々と愚痴を垂れながらも、死臭のように染み付いた戦場の名残りは機械のように正確な動作でおれのぜんまいを巻き続ける。
足音もなく気配へと近づいていく。定期的に耳に届く衝突音。金属的な響き――おそらく刃物だろう。それ以外にも金属同士がこすれあう音が微かに聞こえる。呼吸を殺し、一歩、また一歩とにじり寄っていく。
――そして一気に間合を詰めた。
「あっ、賢一起きたんだ」
「今日は早いのね、健」
「うん、おはよう」
まあ別に変わったことなんて無いんだけど。
キッチンでは夏咲と灯花が朝食を作っていた。リズミカルに包丁が動き、鍋がかたかたと揺れている。この独特な匂いは味噌汁だろうか。他にも焼き魚や野菜らしきものが準備されている。
なんとなくその料理に共通するものが理解できた。
「和食か」
料理とSFが好きな灯花らしいメニューだった。
その横で夏咲は鼻歌を歌いながら盛り付けをしていた。誰が見ても幸せなオーラを前面に押し出しているその姿は、見ているほうも楽しい気分にさせてしまいそうだった。残念ながら鼻歌は恐ろしいほどに外れていたが。
一方で爽やかな挨拶をかけたお姉ちゃんとさちは、その言葉に反してテーブルにうな垂れたままの格好だった。虚ろな視線の先には料理を続ける二人の姿。なんとなく理由は分かるものの、それが当たっているのかどうか、むしろ女の子として外れていて欲しい気持ちで問いかけた。
「…………二人とも、何してるんだ?」
返ってきたのは気の抜けた返事。それでも一応はおれのほうを向いて口を開いた。
「んとさ、とりあえずはおなか減ったなーっと」
「それで動く気が湧かなかったからぼーっとしてたんだけどね」
「このまま食べるのを待つだけで、手伝わないのは女としてどうだろうと疑問に思ってさ」
「けど手伝うにも二人の邪魔になるだけだと気付いたのよ」
「そんな料理の出来ない自分が不甲斐なくってさ」
「こうして反省してたところなのよ」
見事な意思疎通で交互に話を進めてくれた二人。まあ要するに料理が出来ないからすることが無いと。
「でも二人とも料理できるだろ?」
「そりゃまあそれなりには出来るけどさ、やっぱ二人には敵わないからさ」
「健だってどうせなら美味しいほうがいいでしょ?」
「確かにね」
そんなことを話している間に朝食の準備が整ったようだ。食欲をそそる香りとともに温かな料理か運ばれてきた。予想通りの和食、おれも前に自分で作ってみたことがあったが、やはり灯花と夏咲の腕はおれ以上だったようで、とてもおいしそうだった。
全員が席に着く。長方形のテーブルの長辺にそれぞれさちとお姉ちゃん、夏咲と灯花が座っている。
いざ食べようと箸を手に持ったところでとある光景が脳裏に浮かんだ。それはここ最近のおれを取り巻く甘ったるい状況から推察すれば容易に想像できる展開であり、お姉ちゃんの性格を考えれば至極当然の行動だった。
けれどもおれはそれを甘んじて受け入れるほどベッタベタなラブコメ路線を突き進んではいない。だからおれは茶碗を手に持ち、限界の速度で朝食を口に運んでいった。
「はい健、あ〜ん」
「ちょっと、璃々子さん!? それってずるくないですか!?」
「そうかしら? 灯花ちゃんは健のために手料理を作った。本当は私も作りたかったけれど灯花ちゃんにその権利を譲ってあげた。だから私はその料理を健に食べさせてあげる。どこか変かしら?」
「そう言われると、変じゃないというか……」
「それならあたしだって食べさせてあげてもいいじゃないですか」
「残念ながらそれは無理ね。席が遠いもの」
「なら変わってくださいよ」
「だが断る!! ねえさちちゃん、先の展開を読んで行動するのは社会の常識よ?」
「ケンちゃん、あーんして、あーん」
「しまった!? 伏兵の存在を忘れていたわ!!」
「ちょっと夏咲はご飯作ったでしょ!?」
「???」
「駄目だ……通じてないよ」
「ケンちゃんケンちゃん、このお魚上手く焼けたんだよ。食べさせてあげるね」
「それは私の仕事だって言っているでしょう!?」
「ふう、ご馳走様……」
騒がしい周囲を完全に無視し、何とか胃の中に全て収めることが出来た。それにしてももっと静かに食べれないものかね。
「って健ってばもう食べ終わってるじゃない!?」
「ホントだ。いつのまに食べたの?」
「お前らが騒いでる間にだよ」
「わ、わ。すごいねケンちゃん。わたしまだ一口しか食べてないよ」
「なっちゃんもある意味すごいね」
「もう健ったら。ちゃんと空気を読まないと駄目でしょ?」
「読んだからこうしたんだよ」
溜息をつきながら食器を流しに持っていく。皆もようやく自分の食事に戻ってくれたようだ。
「ちょっと思ったんだけどさ、璃々子さんって毎日賢一と生活してるんですよね?」
「そうだけど?」
「それって不公平じゃないですか? いつも賢一と一緒なんて」
「だって姉弟だもの。健の裸だって見たことあるんだから」
「あ、あたしだって賢一と一緒にお風呂入ったんだから」
そういえばそうだったな。
「私は、その、親公認なんだからね!!」
その前におれが認めた覚えがないぞ。
「わたしはね、ケンちゃんのお嫁さんになるんだよ」
初耳なんですけど。
「なっちゃんったら、いつのまに光源氏計画なんて……」
「それ違うから」
むしろそれはお姉ちゃんのほうじゃないのか? 自分好みに育てるあたり。
「とにかく璃々子さんばっかり一緒に居るのはどうかと思います」
「私もそう思う」
「わたしはケンちゃんと一緒なら楽しいよ」
「というわけで賢一を日替わりで回すことを提案します」
「あれ? いつの間にそうなったの?」
「仕方ないわね。多数決で決まったのなら私も文句は言えないわ。それで、具体的にはどうするの?」
「う〜ん……四人で七日を分けるんだよね。でもそうすると余っちゃうし……」
「それならこういうのはどうかしら。さちちゃん、夏咲ちゃん、灯花ちゃんで順番に回すの。私は二回に一回でいいわ」
「いいんですか?」
「ええ。私と健は一心同体だもの」
「ええっ!?」
「マジ!?」
「ウソ!?」
「はぁ?」
初耳だった。いつの間にそんなことになったのだろうか。
お姉ちゃんはそんなおれたちの反応に満足がいったようで、にこやかな笑顔で頷いて見せた。
「あれはいつだったかしら。私が病気で寝込んでいるとき、健は一晩中私の枕元に居てくれたわ。そして私の手をとって言ってくれたの。天に誓うわれら生まれた親は違えども、寝るときは同じ部屋、同じ布団を願わん」
「いや、嘘だから、それ」
「やっぱ同じ布団で寝てるんだ」
「不潔よ!!」
「私もケンちゃんと一緒に寝たいな」
ああもう、どうしてこうも鵜呑みにするかね。
「やっぱり環境が悪いんじゃない? 同じ家でずっと一緒に居るからそうなっちゃうんだよ」
「あたしもそう思うな」
「やっぱり一緒に暮らしてるのがいけないのよ。さっきの話なんだけど、私の家と寮と賢一の家を交代で回るのはどうかな?」
「さすがは灯花ちゃんね。なかなかいい案を出すじゃないの。それじゃあ一週間の周期で回しましょう」
「えへへ。ケンちゃんと一緒だ」
「それだとやっぱり最後の一日が余っちゃうよ?」
「決まってるじゃない。全員でこの家に泊まるのよ」
「なるほど。さっすが璃々子さん」
「え、えっちなのは禁止なんだからね」
「??? よく分かんないけどなんか楽しそうだね」
やっぱりおれの意思とは関係なく決まっていく出来事。流されるままに進んでいくのはどうにもいい気分がしないものだが、それでも皆が楽しそうに笑っているところに横槍を入れるのははばかられた。
もとよりおれがここに残ったのは皆と幸福に、平穏に、それでいれ平凡に暮らしていくことを望んだからだ。ならば今がその望んだ生活ではないだろうか。確かに迷惑を被ってはいる、けれどもそれが心底嫌というわけではない。むしろおれを慕ってくれていることは素直に嬉しいと感じる。ただその表現の仕方が照れくさく苦手なだけだ。なら無下にするのも違うのではないだろうか。
相変わらず騒ぎ合っているその顔を順に見回しながらそんなことを思った。
――ラブコメにも慣れてみよう。
なんとか書き終えましたよ。出来はさておきですが。
次の更新はまた新しいのに挑戦しようかと。タイトルは『本日より絶対君主制に移行しました。』なんとなく内容の分かるあなたは最高です☆
ちなみに111111の報告は今のところないっす。まあそういう時もあるさ。

03月09日(日) [ 未分類 ] # 65 <固定リンク>
- ようやく完成
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とりあえず完成。今から推敲するもんで多分今日中、もしくは日付が変わる頃にはのせれるかと。
自分は出来るだけ作品お雰囲気と文体を崩さないように書いているんで、ちょいと時間がかかってしまう。しかしやり直してみて改めて優作であることを実感。思わず泣けてきた。特に――って、今思わず感想書きそうになったけど自粛。まあバレバレではあるけれど、もうチョイ待ちで。
そういえばそろそろ111111ヒットも行きそう。ほかにも123456ヒットとか。報告しだいではなんかやるかもwww
ついでに最近やったゲームを紹介。
2/29より
東鳩AD ←どっちが先だったっけ?→ ひだまり → SS用の作品 → ノストラダムス → D.C.P.K → 確かに君はここにいた → よくばりサボテン→ ナギサの → inocent color → そして明日の世界より――(プレイ中)
…………申し訳ない。こんだけやってたら遅くなるのは当然です。(⊃Д`。)゜
まあ兎に角、今一番のオススメは『そして明日の世界より――』
ライターさんは『遥かに仰ぎ、麗しの』でおなじみの健速さんです。まだ途中だけどまじめに感想書くと。↓
突如終わる世界。それは大きな枠の中の出来事であり、同時に小さな世界の出来事である。
喧騒から外れた楽園。何も無い代わりに何にも捕らわれない。そこにあるのは人間臭さ。人としての美しさと醜悪さ。胸に救う恐怖と対峙し、それを乗り越えることで己自身の浅ましさに愕然とする。
普通であるがために何もせず、何もしないがために努めて普通であろうとする。其処に救いはなく、祈りもありはしない。ただ小さな安らぎと真に得がたいものがある。だからこそ彼らは何も無い日々が幸せだったと想い返す事が出来る。
それは涙を誘う物語でなければ笑いを誘う喜劇でもない。悲劇であることも止めただ其処にひっそりと佇むだけの小さな世界のお話。たゆたう波のように進んでゆく二週間。
ただの日常であるからこそ、それはかけがえの無い宝となる。
読了感や充足感ではなく、胸に残るのは複雑な思い。暗鬱たる思いは拭えない、けれど確かに彼らは幸せだった。
あくまで感想。これも自分にとって考えさせられる物語の内の一つであった。










