隠れオタでもいいじゃないか
主にPCゲームの二次創作を書かせていただいています。 あとは最近やっているゲームやら読んでいるラノベやらのこととか……。
02月16日(土) [ 藤浪朋子 SS ] # 56
- ホントのところ
-
――――パンドラの箱
それはゼウスがパンドラに持たせた一つの箱、あるいは壷。そこに詰まっていたのはあらゆる災い。そして最後に残ったのは希望といわれている。
現在では隠喩として主に開けてはならない箱、明かしてはならない物事を指し示す。
…………思わずそんな神話的な解説が頭の中に浮かんできた。
危ない危ない、ちょっと意識が飛んでいた。これはたぶんあれだ、恐らく本能の防衛機能の一種だろう。見たくは無いもの、見てはいけないものを無意識に追い出し自己の平静を保とうとする。うん、これは決して悪いことでは無いだろう。
確かに現実から逃避することがあまり良いと言うことはできないだろう。しかしだ、一概に悪いと断言するできないのではないだろうか。
少し考えてもみて欲しい。もし現実を全て受け入れなければならなかったとしたら、人はその重荷に耐え切れず崩れ落ちてしまうのではないか。人の心に巣くう暗い闇。常に動き続ける社会の波。夢を追うことさえ罪とされ、他人に希望を与えることさえできない。
そんなものは日々という靄の中をさまよい続ける罪人のようではないか。重い足かせをつけ、悲しみや苦しみを背負い日々を痛みとともに歩んで行く。
だからこそ人は空想の世界へと足を踏み入れるのだろう。騒がしい喧騒を忘却のかなたへ押しやって、病んだ心を癒すため虚構の世界や空想の空間、あるいは純粋な理想の世界を目指すのではないだろうか。
ある者は将来の夢を抱き、またある者は童心に帰る。そうして安らぎの一時や明日への活力を得るのではないか。
だからたとえ私が、一応この撫子学園の中で成績優秀、とりあえず品行方正で通っており、客観的に見てもそれなりに顔立ちの良い藤浪朋子がこの現状を受け入れられず、少々思考というものを放棄してしまったとしても、誰にも責めることなどできやしないだろう。
延々と自己防衛の言葉を頭の中で繰り返し、天井を仰ぎながら大きく息を吸い、そして吐き出す。
心の準備を終え、ゆっくりと慎重に、まるでゴーゴンの姿を盗み見るかのように恐るおそる手元へと視線を落とした。
美術準備室の一角、何故か丁寧に梱包されたダンボールに埋葬されていたその物体。
ああ、なんということだろう。やはり神など偶像の産物。無常にも視界に入れずとも手に取った感覚でそこにあるのが分かってしまう。暖かな毛並みとそれに不釣合いな合成樹脂のひんやりとした感触。加えてほっそりとした毛並みを持つ物体。
今世間で話題のアレがここにある。
「……………………ネコミミ」
――用途不明の物体が大切に保管されていた。
ホントのところ
〜 Nonchalant happiness 〜
実際に目にするのは初めてだが、これがどういうものかはなんとなく理解はできる。あくまでなんとなくだが。
ぱっと見ではチープな玩具に見えるこの物体。けれど良く見れば作りは丁寧であることが分かる。
猫の『耳』に当たる部分には柔軟性があり、まるで本物のような柔らかさを持っている。普段から猫に触り慣れているこの私が触っても勘違いしそうなほど違和感が無い。毛並みも綺麗に生え揃っており、唯一の違いといえば本物のように動かないというところぐらいだろうか。
『尻尾』に当たる部分は恐らく針金のようなものが入っているのだろう。ちゃんと筋が通っているように綺麗な形を保っている。不自然な曲がり方をしているわけではなく、しなやかな曲線を描いている。正直この尻尾だけが物陰から見えていたら本物の猫だと勘違いしてしまうだろう。
それらの物体には体に装着するだろう部位が存在している。
以上のことから考えられること。
つまりこの用途不明の物体は、いわゆるコスプレと呼ばれるジャンルのものなのだろう。それも本格的な。
残念ながら私にはこのような知識が存在しないため相場が分からないが、それでも『これ』が念入りに作られており、なおかつ結構な値が掛かっていることぐらいは想像できる。
問題はそれが何故美術準備室に、しかも大切に保存されているのだろうか、ということだ。
『これ』があったのは美術準備室にある職員用の机の脇、授業で使う教材に混じって保管されていた。つまりこの物体が誰の所持品であるかということも明白である。
言わずもがな。美術教科の担当教諭であり、なおかつ美術部顧問でこの部屋の使用者である上倉浩樹先生である。
どれほど立ち尽くしていただろうか。私はようやく長い硬直から解き放たれ、オイルの切れたロボットのようにゆっくり動き出すことができた。
それにしても浩樹――いやいや、上倉先生だ。学校では浩樹ではなく上倉先生と呼ぶ約束だ。そうしないといろいろと厄介なのだ。この前だって食堂で――話が横道に逸れてしまった。閑話休題、兎に角あの人がこんなものを持っているとは青天の霹靂にも程がある。この衝撃度はランクで言えば火サスで開始直後に犯行現場を見てしまった家政婦と同じぐらいだ。
そのくらいのショックが私を襲ったのだ。背後に雷が落ちたってなんら不思議では無い。本当なら私だってこんなこと知りたくはなかった。今日だって美術室に部活で使うための筆や絵の具を取りに来ただけだ。
冬休み明けから美術部に入部しもう一ヶ月だ。そろそろ本格的に何か書いてみようという話をしたのが昨日。その流れで上倉先生が昔使っていた道具を譲ってもらうことになったのだ。本来ならば上倉先生と一緒に来るはずだったのだが、いざ美術室へというところで上倉先生に来客があったため、待っているのも不自然だろうと仕方なく私だけ先に来ていたのだ。
別に何の他意もなく単に時間を潰すため、それ以外の理由を無理やり挙げるならば純粋にどんな絵が置いてあるのか興味があっただけだ。まあちょっとは先生がいつもいる場所を見ておこうとかな、と思ったけれど。
そうして何気なく準備室を見て回っていただけなのに。
――それがこんなことになるなんて。
私を包む脱力感とやるせなさ。この言葉にし難い悲しみをどう表現すればいいのだろうか。上手く言い表すことができないが、それでも近い言葉を上げさせてもらうならば、愛読する少女漫画をふた周り以上歳の離れたおっさんが真剣に読んでいるのを見たとき、と表現するべきだろうか。
直球勝負で行かせてもらうと、婚約者の悲しい性癖を見てしまったときだ。
思いっきりベタなベッドの下にあるとか、木を隠すなら〜といったように本棚に紛れこませてあるならまだいい。しかし汚れがつかないように梱包して、同時に衝撃から守るために綿のクッションを用意。加えてその上から紙袋をかぶせさらに気泡緩衝材――通称プチプチで保護。最後にダンボールで大切に保管という徹底振りだ。正直痛すぎる。
こんなこと、一生知りたくはなかった。
しかし改めて確認してみると『これ』には何度か使用された形跡がある。装着部には何度か止めた形跡があるし、尻尾にも撫で回したような痕跡が残っている。だからといって汚れや痛みがあるというわけではなく、『これ』が丁寧に扱われているということをより一層際立たせている。
…………扱われている?
そうだ。使用した形跡があるということは当然誰かが着けていたということだ。
――ではいったい誰が?
そう考えたとき自然と頭の中に浮かび上がった光景があった。
放課後の美術室。夕暮れの部屋で呼び出した美術部員の女生徒と二人きりでいる上倉先生。授業の話をしながら流れで女生徒にモデルになってくれと頼む。了承したところでさりげなく女生徒にネコミミを着けさせようとする上倉先生。
(上)「さあ、これを着けるんだ」
(女)「駄目です。恥ずかしくてできません」
(上)「何を言っているんだ。君はモデルの役割を引き受けたんだろ? だったら言うことを聞かなければ駄目じゃないか」
(女)「でもこんな格好をするなんて……」
(上)「大丈夫さ。ほら、鏡を見てごらん? こんなにも似合っているじゃないか」
(女)「あぅ…………」
(上)「とっても可愛いよ。――それじゃあこの服も着てみようか。きっと君の魅力が引き立つと思うんだ」
(女)「……それってメイドさんの、ですよね?」
(上)「ああ。君にぴったりだと思うよ。きっとこれを着た君はより一層可愛らしく見えるだろうね」
(女)「わ、分かりました……。ちょっと待っててくださいね」
(上)「おっと、どこへ行くんだい? ここで着替えるんだよ」
(女)「えっ、でも……上倉先生が見ていますし……。それにどうしてスケッチの準備をしているんですか……?」
(上)「決まっているだろう? 君の美しい姿を描くためだよ。ありのままの君から着飾った君まで。俺がその全てを描いてあげるよ」
(女)「先生……」
(上)「潤んだ瞳も綺麗だね。――それじゃあ後は俺に任せてごらん?」
(女)「――――はい」
「わああああああああああああああああああぁぁぁっ!!」
堪えきれず机に拳を叩きつけた。
部屋中に反響する衝撃音、同時に机の上に置かれていた資料が花吹雪のように勢いよく舞い上がる。宙に飛び散った大量の紙は羽毛のようにゆっくりと落ちてくる。しかしそんな光景に目を取られている余裕なんてありはしない。
「いったいどうすれば……」
紙が床と触れ合う音だけが部屋にその存在を示す中、私の小さな呟きは自問のように掻き消えていく。もっとも誰かいたとしても私の問いに答えられる人物などいるはずがない。つまり 今の私は孤立無援、どうしようもない窮地だって一人で乗り切らなければならない。
「クールよ、クールになりなさい、藤浪朋子。あなたはどんな危機だって乗り越えてきたじゃない」
酸素を脳に取り込み平常心を心がける。大丈夫だ、私はやれる。
今の私を支えるのは過去に裏打ちされた自信。義妹に美女に寡黙少女。偉大なメイドさんに尊敬する身体がちょっと小さめの可愛らしい先輩。あっ、幼馴染は除外で。あれは初めからランク外、枠すら用意されていないからもーまんたい。
そんなライバルがひしめき合う戦地の最前線。ルール無用の情け容赦なし。あるときは共謀しまたあるときは簡単に裏切り放り出す。騙し騙され他者を蹴落とし、弱肉強食のバトルロワイヤルを勝ち抜いた私に与えられた称号は『婚約者』。
そんな私が弱気になってはいけない。揺らいでもいけない。まして諦めるなんて、それこそ退いていった彼女たちに失礼だ。諦めてはそこで試合終了だとおっしゃった先人の志を忘れたのか。
俯いていた顔を持ち上げる。
零れたミルクは戻らない。過去を嘆くなんて馬鹿らしい。ならば私の選ぶ道はただ1つ。大きく息を吸い――吐く。心を落ち着け、全身全霊を籠めて『それ』に手を伸ばす。
ここから私の新たな挑戦が始まるのだ。
* * *
「ついにやってしまった……」
思わず口から出た言葉だがそれは決して悲観的ではない。ほどよい疲労感と心地よい高揚感。ようやく私も新たなステージに上がってきたのかというある種の達成感さえ感じる。コスプレの極意と言うべき魂が、乾いた砂漠に落とされた水滴のように見るまもなく染み渡っていく。
身も心も軽くなり、ふわふわとした気分で鏡の前に立つ。そのままステップを踏み一回転。スカートがふわりと花弁のように広がり、名残りを残すかのようにゆっくりと閉じていく。連動するようにゆらゆらと動くアクセント。同時に頭の上につけられた飾りもその存在を主張するかのように可愛らしく動く。
――――完璧だ。
誰が見てもその着こなしには感嘆せざるをえないだろう。
私の頭につけられた『それ』――ネコミミとその付属品である尻尾は見事に私の体に馴染んでいる。主観による贔屓目などではなく本当に似合っていた。ナルシストなんかではないが、思わず自分自身に惜しみない拍手を送ってやりたくなるほどだ。まさに私のために作ったのではないかと錯覚を起こしてしまう。
「――いやいや、現状で甘んじていたら駄目だ」
向上心の無いやつは馬鹿でしかない。鏡の中の自分に言葉をかける。もう一人の私は心なしか頼もしげに頷いたように見える。
それでは具体的にどうするべきか。そっと瞳を閉じれば即座に流れ落ちてくる天啓。流石私の思考といったところか、やや思案すれば即座にその答えがヒットする。
今は形から入ったのだ。ならば今度は中身を充実させるべきではないのか。
キャラクターの衣装を身に纏っただけでコスプレだと言い張る愚民共が闊歩するこの世の中。真にその意味を捉えているのは極少数、そしてその本物の人たちは決して他者にそれを強要したりはしない。
けれどそれでは駄目なのだ。本当のコスプレとはそのキャラクターに身も心も、そして魂までも成り切るべきなのだと誰かが警鐘を鳴らさなければなるまい。
そして私はその誰かになってみせよう。
チャイム・ウィル・リング。いつかではいけない。ここから始めるのだ。
瞳を閉じ心を落ち着かせる。想像しろ、そして創造しろ。
――その人物の理念を鑑定し、基本となる性格を想定し、構成された人格を複製し、創作における技術を模倣し、人気にいたる経験に共感し、蓄積された心象を再現する。――
「どうかにゃ? 似合ってるかにゃ?」
そう、私は今完璧にそのキャラクターになりきったのだ!! もう何の欠点を挙げられないほどに!!
――いや、私はまだ高みに登ることができる。考えろ、考えて考え抜き見極めるのだ。精神を統一すれば思い浮かぶのはあのライバルの勇姿。
たなびくエプロン、揺らめくフリル。その頂点に悠然と冴え渡るのはヘッドドレス。
私がより一層輝くためには彼女の力を借りるしかない。
息をゆっくり吸い心に強く思う。
「ご主人様、可愛がって欲しいにゃ〜」
そう、私は今メイドになったのだ!! それもネコミミメイドだっ!!
このネコミミとメイドという完璧なコンビネーション。率直ではあるが愚直ではなく、王道でありながら覇道として成り立つ正義。見る者に対し直球で勝負に掛かるこの実直さ。そして貫くこの破壊力。
「ふふ……」
思わず小さく笑みがこぼれてしまう。おっと、参ったわ……。思わず自分の発想に感激してする余りくらりと来てしまった。鏡の中の自分もそれに合わせて右にゆらりとずれる。私の正面にいる竹内先輩も驚きの余り声を失っているようだ。まったく、そんなに驚かないでくださいよ。いや正面には鏡があるから実際には自分の背後か。ちょうど私の姿に隠れるようにして立っていたため今まで気付かなかったようだ。それにしても先輩も黙っていなくて声をかけてくれればいいの、に……?
「「………………………………………………………………………………………………………………………………」」
私と先輩は鏡を通して見詰め合う。その間およそ数十秒。
瞬時に世界が凍りつく。どこぞの『ざ・わーるど』とかおっしゃっている御方なんて話にならないほどの沈黙が空間をとりまく。
先に硬直を破ったのは相手だった。
困ったような笑みを貼り付けたままゆっくりと反転しようとする。
――――瞬間、私は光になった。
彼女が振り返り終わるまでの一瞬の間、およそ十歩の距離を一息で駆け抜ける。勢いを殺さぬまま彼女の眼前まで駆け寄り、口と両腕を拘束すると同時に急停止。激しい摩擦による音、ゴムと床が焼ける匂いを五感で捉える前に反転し部屋の中へと引き戻す。後ろ足でドアを閉めそこで一区切り。
部屋の中は数秒前の沈黙が戻っていた。
私はその沈黙を害さぬほどの小さな声で拘束している人物へと問いかける。
「黙って。動かず騒がず、身じろぎ一つしないでください。貴女には反論は許されていません。肯定なら首を縦に、否定なら首を横に。いいですか?」
優しく問いかけたのが功を奏したのか、竹内先輩は壊れたおもちゃのようにものすごい勢いで首を縦に振ってくれた。
「もう、そんなに硬くならなくても大丈夫ですって」
何故か直立不動で起立している先輩に優しく語り掛ける。こんなに緊張していては話し合いにならないではないか。
「それではまず最初に、今からこの手を離しますが、決して騒がず逃げず大人しく私の話をしいていただけますか?」
静かに首が縦に振られる。私はそれを確認するとゆっくりと両手を放した。
ぎこちなくこちらに振り返った先輩は、困ったようでいて泣きそうな、それでいて戸惑っているような、なんともいえない微妙な表情をしていた。
「今から私のする質問に静かに答えてくださいね。それでは一つ目の質問です。今の私の格好をどう思いますか?」
すると先輩は恐るおそる私の姿を確認する。上から下へ、ゆっくりと目をやり一言。
「……えっと、似合っているわよ?」
「何が似合っているんですか?」
「…………その、頭についてる飾りが……」
「先輩ったら何を言っているんですか。私の頭に何も付いていませんよ?」
「えっ…………でも藤波さんの頭の上……」
「先輩、今から私とピクニックに行きましょうか。そうですね山梨に森林浴に行くとかどうですか? 早朝にはフィトンチッドが出ているから気持ちよく睡眠ができるようになりますよ。それはもうぐっすりと。末永く」
「ちょ、ちょっと落ち着きましょう、ね? それに山梨ってもしかして青木ヶ原じゃないの?」
「問題ありませんって。青木ヶ原に入ると出られないなんてただの俗説ですから。ただ手違いで事故にあってしまうかもしれないだけですよ」
「や、やっぱり早急に物事を決めるのは良くないと思うわ。ここは冷静に話し合いましょう」
「――――それじゃあ私がちょっとした手品をしますね。三つ数えたら先輩は今までの記憶を失うんです。それじゃあ、ワン・ツー・スリー・はい」
数え終わると同時に手を叩く。
「ほら、何も、付いて、いませんよね?」
ゆっくりと、言葉を区切って、丁寧に同意を求める。
「――――あっ、うんうん。付いて無いわね。私の勘違いだったわ。御免なさい」
慌てたように途端に早口になって訂正する先輩。先ほどは可笑しな事を言っていたけれどようやく正常に戻ってくれたようだ。これも私が落ち着いて質問をした成果だろう。
たとえ尋常じゃなく冷や汗をかき、赤みがかった目に薄っすらと涙が浮かび、必死な表情で懇願しているように見えても私の口調は冷静だっただろう。
ようやく落ち着いた室内で私と先輩は椅子に向かい合って座っている。
しかし先ほどの私は本当にどうかしていた。変な格好をしようとしたり、怪しい台詞を口にしようとしたり。あくまでしようとしただけだが。きっと何か変な物質が頭の中で生成されていたに違いない。
「それで竹内先輩はどうしてここに? 部活は休みだったと思いますけど」
「ええと、ここを最後に使ったのは私たちのクラスだったの。それで授業のときに忘れ物をしちゃったみたいでね、それを取りに来たの」
にこやかに会話を進む。やはり円滑なコミュニケーションというものは心地よいものだと改めて実感する。
「藤浪さんは?」
「私は上倉先生に道具を貰いに来たんです。本格的に始めるなら道具が必要だろうって。なんか昔先生が使ってた物らしいですけど……」
「…………そう」
なにやら思案顔になる先輩。何かを考えているようで時折小さな声が聞こえてくる。もっとも断片的にしか聞こえてこず、「あの人がわざわざ」とか「やっぱり最後は」といった言葉が届くだけだ。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
なにやら不穏な空気が流れ出しそうだったので慌てて話題を振る。先輩も先ほどまでの思考を放棄して快く返事を返してくれる。
「もしもの話なんですけど、仮に私が頭に特徴的な装飾品――たとえば動物の耳をつけたとしたらどんなものが似合うでしょうか?」
先輩は難題を当てられてしまった生徒のように当惑した表情で固まってしまった。
「あくまで『仮に』、ですから」
「え〜っと……そうね……」
先輩は私の頭と腰の辺りに視線をさまよわせ、猫かな? と答えた。
「そうですか。それなら猫の耳を付けたら似合うと思いますか?」
「うん。似合ってるわ」
まるで見ていたかのように頷く先輩。きっと想像できるぐらい似合っているのだろう。
「ところで藤浪さん。いつまでそれを――――」
私は先輩が言い切る前に飛び出していた。
私の突然の行動に驚く先輩の腕を掴み、近くにあった石膏の像の裏に引きずり込む。
「えっ、ちょ、藤浪さん!? どうし――」
「静かに。じっとしていてください」
先輩の口を塞ぎじっとその時を待つ。
数秒後、沈黙に包まれた部屋に足音が届く。
二つの足音はだんだんと部屋に近づき、やがて部屋の前で止まる。それに加え微かに聞こえる男女の話し声。
「この声って……」
小さく呟くような先輩の声。それに合わせて二人の人間が入ってきた。
一人は上倉先生。もう一人は知らない女性徒だった。
先輩に視線を送るが、返ってきたのは首を横に振るというものだった。ということは二年生の 確率が高く美術部員ではないということだ。
(よく分かったわね。私なんて近くに来るまで気が付かなかったわ)
(まあ私の特技みたいなものです。特に先生の気配ならすぐに分かりますよ。 まあこれも一種の絆ですね)
(…………そう)
視線を介しての無言のやり取りをしている間に、二人はなにやらスケッチブックを持ち出していた。
「それにしても熱心だな。美術部でも無いのにわざわざ絵を見てほしいだなんて」
「すいません……どうしても上手くかけないところがあったので……」
女生徒は赤みが指した頬を隠すかのようにやや俯いて、それでも嬉しそうに笑みを零す。
私はある種の確信を持った。隣を見やれば先輩も同様の意見を持ったようだ。どこか冷ややかな視線で二人を見ている。
――こいつは敵だ。
かつて死闘を繰り広げた戦友だからこそ共感できる想い。私たちが持つある種のセンサーに引っかかったこの生徒は即刻排除するべき存在だ。
しかし上倉先生の目の前で行なうのは得策ではない。今はこいつの顔を覚え、身辺調査を行なったうえで処分するべきだ。
「それでこの部分なんですけど……」
スケッチブックを先生に見せる生徒A。先生は彼女の手元を覗き込もうと身体を寄せる。
「「――――っ!!」」
思わず『近いっ!!』と言いかけてしまった。ギリギリで何とか押し留めたがそれは先輩も同じだったようだ。二人揃って息を呑む音が重なった。
上倉先生は女生徒との距離など全く意識していないようで、視線はスケッチブックに向けられている。
「ん……、この部分は鉛筆を立てすぎだな。光がこっちから差しているわけだからもうちょっと流れる感じで……」
真剣に絵を見つめる先生に思わず吸いつけられてしまった。子供のように純粋で、同時に熱を秘めている魅力的な瞳から目を逸らすのがもったいなく感じる。
以前は絵に対する思いが行き場をなくし、怠惰な日々を過ごしていたようだが今は違う。感嘆の念を零すほどの活力に溢れ、桜花展に向けて真剣な思いで筆を取る充実した日々だ。なんと言っても部活中でも生徒を放っておいて自分の絵のことが気にかかってしまうほどだ。竹内先輩は部活に出てくれてよかったけれど、ちゃんと指導もして欲しいと苦笑していた。もっとも先生の絵を見て技術を盗もうとしている生徒がほとんどだが。
数年もの間押し留めていた欲求は、そんな風にただ『描きたい』という子供のような衝動を生み出している。
真っ直ぐで純粋でとても綺麗な瞳。無邪気でそれゆえ危なっかしく、どうしても引き付けられて目を逸らせない。今の上倉先生は無自覚に他人を引き付けてしまっていた。
――そしてこの女生徒も。
頬を染め陶酔した表情をしている。まさに恋する少女の目。数ヶ月前まで自分が同じような表情をしていただろう事に恥ずかしさを覚えるが、同時に自分はそこから一歩抜け出したのだというちょっとした優越感を感じる。
そんなことを考えている最中、女生徒は更なるアクションを起こしていた。
先生の目がスケッチブックに向いているのをいいことに、身体を先生の方にずらしたのだ。
ピシリ、と何かにヒビが入る音が聞こえた。
それは私の中から聞こえたのか、それとも目の前の石膏から聞こえたのか。あるいは両方か。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、なんだか寒気が……」
「気をつけろよ。最近かなり寒くなってきてるからな」
「は、はい……」
その親しげな会話に思わず拳が震えた。なんか勘違いしてそうな女生徒に、無意識に勘違いさせているこの教師。いい加減自分のやっていることを自覚しなさい。
「あれ……いま揺れませんでしたか?」
「そうか? 俺は気が付かなかったな。まあこの校舎はかなり頑丈に作られているから弱い地震なんかじゃほとんど揺れやしないぞ」
(ちょっ、藤波さん。落ち着いて。怪しまれるわよ)
(――――っ!?)
竹内先輩に窘められようやく落ち着くことができた。目の前の二人も会話が少し横道に逸れたことで縮まりかけた距離は元通りになった。やっぱり先生と生徒との距離はこれぐらいでないといけない。
――しかしこれからどうするべきだろうか。
先生が誰か(女性)と話している声が聞こえたため思わず隠れて様子を見ようと思ったのだが。
今この場で出て行って手を出せないように牽制するべきか、あるいはこの場を黙ってやり過ごし後で闇討ちをかけるべきか。
ちらりと隣を伺う。それだけで先輩は察してくれる。
(そうね……どちらを取ってもリスクは付きまとうわ)
(と、言うと?)
(まず前者。どうして隠れたのかという疑問を抱かせることになるわね。それによって変なイメージをもたれることになるでしょうね。加えて盗み聞きしていたというマイナスイメージ。これはかなり気まずい展開になるわ)
(ならここは黙って見送るべきと?)
相変わらず女生徒は楽しそうに先生と絵の話をしている。本当ならば即刻手を下したいところだが、我が偉大なブレーンの言うことは聞いておいて損は無い。
怒りに震える拳を何とか静めようと押さえていると、先輩は優しく諭すように私に呼びかけた。
(落ち着いて、藤浪さん。何も指をくわえて黙って見ているほうが言いというわけでは無いわ)
(――つまり、そちらにもリスクがあると?)
(ええ。――藤浪さん、世の中には『既成事実』という恐ろしい言葉があるのは知っているわね?)
(はい。でもそれが――――まさか!?)
一瞬ではじき出される解答。しかしそれは実現させてはならない最悪の展開でもある。
私の表情から正しい結論が導き出されたと確信したのだろう。先輩は小さく頷いた。
(先生は意外と流されやすいところがあるわ。相手から誘われたぐらいではなびかないでしょうけど……押し倒されたら話は別。でもそれは断じて許されることではない)
そう。それは許されることではない。
ルール無用の無法地帯ではあるけれど、そんな中でも唯一といっていいほどの協定があった。それは自然界における弱肉強食に近代の武器を持ち込むような無粋なもの。それが指すものはひとつ。
『上倉浩樹に対して身体で迫ってはならない』
それは女性として戦うわけではなく、個性で立ち向かうわけでもない。たんに本能に対する欲求で迫るだけの下劣な行為でしかない。
状況がどうであれ、先生は責任を取ろうとするだろう。それでも良いという人間は存在するだろうが私たちはそれを良しとしなかった。己のプライドを弾倉につめ、学園という戦場を駆け巡り、嫉妬という弾丸を掻い潜り、ただ一人の相手に向け純粋なる想いをかけて引き金を引いた。
そんな大切な思い出をただ一度の蛮行によって汚させるわけにはいかない。
(絶対に、させない……)
(ええ、そのために状況を見極めなければいけないわ)
顔を見合わせ同じ決意を固めた。
そこからは特に危うい状況はなかった。ただの教師と生徒らしく淡々と時間は過ぎていった。時折女生徒が何かを試みようとする表情をしていたが、ことごとく失敗していた。
(これなら心配無さそうだけど……)
けれど一つだけ心配な点がある。それは先生が私のことを不審に思わないかという点だ。本来私は先生から道具を貰うために美術室にいるはずなのだ。けれどその私が見当たらないのでは不審に思うはずだ。もっとも今は生徒の指導に気をとられているため忘れているだろうが、何のきっかけで思い出すか分からない。そのときになんと言い訳をすればいいのか。
(――っ!? 藤浪さん!!)
無言でありながら大声で私の意識を引き戻すという器用な真似をした先輩。普段は冷静沈着なこの人がそんなに慌てる理由はなんなのか。
ちょっとした疑問を抱えながら二人に目を向けると、その瞬間にそんな疑問は吹き飛んでしまった。
スケッチブックを持つ女生徒の右手と上倉先生の右手がばっちり重なっていた。体勢を見るに、おそらく落下しかけたスケッチブックに慌てて手を伸ばしたというところだろうか。ある意味よくある状況だ。
しかし今、ここであってはならないものだ。だが驚くべきところはそれだけではなかった。
(空気が……甘い!?)
思わず呟いた言葉だったが、それはまさに的を射ていた。教室にいる二人を中心としてなにやら甘酸っぱい雰囲気が漂っていた。
(こ、これはどういうことですか!?)
初めての出来事に戸惑う私は、苦々しく顔をしかめる先輩に説明を求めた。
(世界が彼女の心の内――心象風景に塗りつぶされていく。多分この桃色空間は彼女の想い――――思わぬ出来事に高鳴る彼女の心が教室を包み込もうとしているのよ)
教室を取り囲む壁は取り払われ、あたり一面に花畑が広がっている。世界との境界は緩やかに流れる小川。空には眩いばかりに輝く虹とさえずりを零す小鳥たち。
(夢見る少女の中に広がるメルヘンな世界。現実を容易に塗り替え、侵食する。等価交換の原則すら無視する少女漫画の世界。それを作り出すこの空間――それが固彼女の固有結界)
まさにこの空間では彼女が世界の主だった。
恋人が総理大臣の孫で大会社の社長だったり、世界トップのF1レーサーだったり、転校した先で運命の出会いを果たし幸せ一直線の人生だったり。
そう。ここは何でもありの少女漫画の世界だった。
その中心にいる女生徒はだんだんと先生との距離を近づけていく。先生は彼女が何をしようとしているのか分からず不思議そうに見ている。重なり合っていた右手を握り左手で先生の袖を掴む。前かがみになった先生に背伸びをして近づき――――
「いい加減に離れろぉーーーーーーーーーーーっ!!」
怒号と共に石膏が弾け飛んだ。
花火が間近で咲くような衝撃と爆音。石膏は原形をとどめず、ただの塊として床を滑っていく。小さな塊が粉塵と化し、暴風のように吹き荒れる拳を中心として同心円を描く。
その他の塊の行く先。浩樹と女生徒は呆然とし、隣にいる竹内先輩も唖然として固まっている。それらの視線が集まる先には拳を突き出したまま停止している私の姿だった。
――やってしまった。
あれだけ自重していたにも関わらずあっさりボロを出してしまった。しかし状況を考えれば仕方がなかったのではないかと思う。
「藤浪……お前…………」
いち早く言葉を取り戻したのは浩樹だった。私の顔を見て困惑の表情を浮かべている。それもそうだろう。危うい状況に突然婚約者が現れたら驚くのも道理だ。私にも隠れていた気まずさがあるものの、それ以上に言ってやりたいことがある。とりあえず浩樹は悪くない。現況はこの女だ。まずどうしてやろうか。
頭の中で五通りほど考えたところで浩樹が口を開いた。
「その頭、どうしたんだ?」
予想外の返答。頭に何か付いているだろうか。もしかして石膏の粉塵をかぶってしまったとか?
首をかしげる私に先輩がそれ、と指を差し小さく声をかける。疑問を浮かべながら頭に手をやれば、そこにあるのはふさふさとした感触。それだけでは分からなかったので鏡に目をやる。
そこにあったのは『ミミ』だった。
意味が分からず硬直していると浩樹が戸惑いながら声をかけてきた。
「何でネコミミなんかつけてるんだ?」
その一言で全てを思い出した。
竹内先輩に見られたことで自身にも暗示めいたことをかけていたのか。兎に角今の今まで全くといっていいほど気が付かなかった。
驚き、慌て、どうしたらいいのか分からず、次第に目から暖かいものが溢れ落ちそうになる。顔が赤くなり、その後青くなり、もう前を見ていられなかった。
羞恥、当惑、混乱、悲哀。どうしようもなく交じり合った感情が留まることなく膨らみ続ける。
「――――」
浩樹が何か言おうと口を開きかけた。
その言葉を聞く前に、私は駆け出していた。
両手で耳を塞ぎ教室から逃げ出す。下駄箱まで息もつかず走りきり、流れるような動作で靴を履き替える。そして後ろを振り返ることもせず学園から飛び出した。
* * *
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
馬鹿みたいに間延びした溜息が口からこぼれ出た。
夕暮れの中、雪の残る道を一人とぼとぼと歩く私に付き添うのは、何も言わぬ長く伸びた影だけだ。さくさくと雪を踏む音がやけに耳に届く。
白く名残りを残す吐息のように私は後ろ髪を惹かれる想いだった。
考えるのは当然の事ながら先ほどのこと。今思えばどうしてあんなことを、と思わずにはいられない。悔やむことなら後からどんどん沸いてくる、本当に言葉通り後悔なのだが、それでも自分の失態を恥じずに入られない。
もう一度小さく溜息をつく。茜色の空を飛び交う烏さえ私のことを馬鹿にしているとしか思えない。
「――っひゃ!?」
唐突に肩へと伝わった刺激に、思わずしゃっくりをしたみたいな悲鳴を上げてしまった。私は咄嗟に身構え、距離をあけ背後を振り返った。
「…………何やってるんだ?」
しかし警戒しながら振り返った先にいたのは、私の行動を怪訝な眼で見ながらちょっと引いてる浩樹の姿だった。
「えっ……なんで…………?」
驚きの余りそんな間抜けな言葉しか出てこなかった。もっとも、その驚きはどうして浩樹が追ってきたかではなく、どうして私に気付かれずに背後に立つことができたかというものだったが。普段なら浩樹が近くにいるだけで気配というか匂いというか、とにかくなんとなく分かるのだが……。
「何でって、お前を探してたに決まってるだろ? んで、やっと見つけたと思ったのに何回呼んでも気づかないし。仕方ないから直接呼ぼうと思って近づいたらなんかぶつぶつ呟きながら俯いてるから…………正直ちょっとアレな人だったぞ」
声をかけようか迷ったよ、と笑いながら話す浩樹。恐らく本人はちょっとした冗談のつもりなのだろうが、今の私は心が既にグロッキー状態。その上追い討ちをかけられればダウン寸前になるのは避けられない。
そんな今の私には重すぎる言葉が、ず〜んという擬音と共に背後に影を背負わせる。
「にしてもなんで急に逃げたりしたんだ?」
「…………それは」
さらに重い質問が来た。つま先で地面をぐりぐりといじりながら言葉を捜す。これ以上私の株を下げないよう何とか言い訳を探すが、そもそもこれ以上下がるような株があるのかどうか。
「まあ大体のことは竹内から聞いたんだけどな」
けれど浩樹はさらに残酷な言葉を紡いだ。
大体のこと――つまり私がネコミミを付けていたこととか、その理由とか。メイド宣言をしたこととか語尾ににゃーを付けていたこととか、闇討ちをすることとか。
一瞬で真っ白になった頭。唯一考えられた行動は一つ。
――逃走。
反転しながら地面を蹴って距離を開けに掛かる。とりあえず今は一人になりたい。そんな思いで足を踏み出した。
けれど残念ながら運動神経を母親のお腹の中に置き忘れてきたこの藤浪朋子。雪の中を歩いたことなど片手で数えられるほどしかなく、あまつさえ雪の中を走るというあくろばてぃっくな所業を行なうなどできるはずもなく。
つまりはこけた。
つるっと滑って半回転。そのまま頭からダイヴ――と思いきや、何故か私の体は宙に浮かんでいた。
状況を確認するために辺りを見回せば、正面に上下逆さとなった上倉先生の姿があった。
「だから逃げんなって。まったく、いつまでたっても野良猫みたいなやつだな」
そうやって苦笑しながら私を抱きしめていた。
と言っても両腕で抱きしめるといったそんなロマンチックな体勢では無い。私は片手で子供みたいに抱えられていた。ちょうどお腹を始点にしてぶらんと吊り下げられた姿で持ち上げられている。
「別にお前をどうこう言うつもりは無いよ。でも何であんな格好してたんだ?」
「…………アンタがあんなもん持ってるからでしょ」
逃げ場がなくなった私は仕方なく口を開いた。
「あんなもんって…………ああ、あのパーティーグッズか?」
「何が『ああ』よっ!! そんな軽く言うんじゃないわよっ!!」
浩樹が何でも無いような気軽さで言うのにカチンと来た。こいつは私がアレを見つけたときどんな気持ちだったのか分からないのか。
「暴れんなって。危ないだろ?」
じたばたともがく私を浩樹は慌てて地面に降ろす。
「それにしてもほんとに軽いな。その辺の中学生だってもうちょっとあるんじゃないか?」
「――っ、悪かったわね、子供っぽくてっ!! どうせ私は色気も無いし優しくも無いわよ。おまけにメイド服も似合わないしネコミミをつけてるような変な女よ!!」
「……いや、意味が分からないんだが……」
「うっさいっ!! 私だってどうなってんのか分かんないわよ」
何を言ったらいいのか分からなかった。悲しいのか恥ずかしいのか、それとも怒っているのか。自分の気持ちのくせに好き勝手暴れまわる感情に振り回されてしまう。瞳から流れ落ちる雫がちょっとづつ雪を溶かしていく。
「あ〜、なんて言うかな、あれだ。最後の二つは良く分からないがな、それ以外については一つ言いたい」
俯いた私の元に浩樹が近寄ってくるのが分かる。互いの距離がどんどん近くなり、ほとんどゼロになったところで足を止めた。表情は見えないがきっと微笑んでいるのだろう。そう思ったときには私の背に両手が回されていた。
そのまま何も言わず抱きしめられる。
ぽふ、という音と共に暖かさが身体を包む。空気の抜ける音と共に、私の張り詰めた感情も見る見るうちに萎んでいく。ちょうど頭が胸の中にすっぽり納まる私の指定席。その頭にこつんと当てられる浩樹の額。それだけで私の頬は緩んでしまった。
「ったく、そんなこと気にしてないっての。別に子供っぽいなんて言ってないし、いつも優しくないわけじゃないだろ?」
「……否定はしないんだ」
それでもちょっとだけ膨れながら些細な非難を試みる。
「だーかーらー、そんなこと気にならないぐらい惚れてるんだから。何回も言ってるだろ?」
「ぅ〜〜〜〜」
何の打算もなくストレートに言うものだから私の頬は一瞬で真っ赤になってしまった。
ずるい、本当にずるい。そんなこと言われたら何も反論できないじゃないか。私にできるのなんてせいぜい恥ずかしさを紛らわすためにうなることぐらいだ。
「…………ならあのネコミミは?」
もうちょっとだけ、頑張って拗ねてみる。
「ああ、アレは前にハロウィンの時に生徒が持ってきたんだよ。みんながいろんな仮装をしててな、まあそのときの忘れ物だ。結局誰が持ってきたのか分かんなくなってな、捨てるのもなんだし置いておいたんだよ」
ちょっと考えてみれば分かることだったのかもしれない。けれどあのときの私はとんでもないものを見つけてしまった衝撃でそんなこと考えもつかなかった。
「……なら物静かな文学系美術部員(眼鏡付き)とかと変な関係を持ったりしてないわよね?」
「はぁ? 何のことだ? んなのあるわけ無いだろ」
「それじゃあ活発系スポーツ少女とか色気ムンムンの看護教諭とか幼馴染とかも?」
「……ほんとに大丈夫か? 第一看護教諭は坂井先生だし、アレをつける幼馴染って…………柳か?」
「ごめん最後のは無しで」
当然のことながらあの体育教師は選択肢に無いということで。
「とにかく変なことに使って無いのよね?」
「当たり前だろ。第一変なことする相手がいない――というか、いなかった。俺がこっちに来てから好きになったのはお前だけだよ」
思わず頬が真っ赤になる。でもなんか上手く丸め込まれたみたいで悔しい。
「…………でも私のほうがずっと好きだったもん」
だから抱えられたまま呟くように反論。
「でも俺は一瞬で好きになったぞ。それに告白したのは俺からだしな」
反則すれすれの反論。
どちらが好きになったかというちょっと変わった言い合い。他人から見れば変な会話だけれど今の私にはそんなこと気にならない。
今胸にあるのは幸せな気持ち。私たちはお互いにぽわぽわした心地よさを感じていた。
「ほら、帰るぞ」
抱きしめていた腕を緩め、そのまま右手を差し出し私の手をとった。
「……うん」
小さく答えその手を握り返す。
未だにちょっと恥ずかしいこの行為だけれど、それ以上にここにある確かな幸せをかみ締める。
二人は自然と笑顔に変わる暖かさを感じながらゆっくりと歩き出した。
「ところでどうしてあんなもの付けてたんだ?」
「それは…………浩樹がああゆうの、好きなんだと思って……」
「ぷっ……」
「ちょっとなに笑ってんのよ!?」
「いや、可愛くて」
「なっ――――」
「そういうところも好きだな」
「う〜〜〜〜〜〜〜」
「膨れんなって。んで、ホントのところ付けてみてどうだった? 実は似合ってると思っただろ?」
「………………………………悪い?」
「いや、悪くない。ものすごい似合ってるぞ」
「……何で過去形じゃないのよ?」
「だって今も付けてるだろ?」
「――――ぅあっ!?」
「別にそんな慌てなくてもいいだろ? もう気になんないよ。それに似合ってるって言っただろ?」
「………………………………うん」
「ほら、帰るぞ」
「………………………………」
「ん? どうした?」
「……ちなみに、ホントのところ、浩樹はこういうコスプレとか、好きなの?」
「まあ嫌いじゃないな。なによりお前に似合ってるからな」
「……それじゃあメイド服とかも?」
「…………似合いそうだな」
「……なら今度着てあげる」
「こんなに可愛いメイドがいるなんて夢みたいだな」
「……バカ」
〜Nonchalant happiness overflows before days.
By the side so immediate as for it.〜
< end >
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コメント
初めて読ませていただきました^^
かなり面白かったです。始めの方の『発見してしまった』みたいなところも良かったのですが、主人公の多少天然が入ってる部分がかなり好きです。主人公の天然にちょっと吹きそうになった部分もありましたw
多少誤字脱字がありましたが、読めないといわけではないので全然大丈夫でした。
次回作も楽しみにしています↑↑
今後なるべくコメントしようと思います。^^b
どう気をつけてもミスが無くなんないもんでorz そういうときはズバッと言ってやってくださいw
今後も期待に沿えるように頑張ります☆
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